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 ラルフがリューランドに斬りかかる。
 だがその剣は難なく避けられてしまった。逆に、避けられラルフの体制が崩れた瞬間を、思い切り狙われた。

 剣を持つ手を叩き、落ちる剣に慌てるラルフの顎を──事も無げにリューランドは蹴り上げた。

「──!!」

 言葉にならない悲鳴は私のものか、フィリアのものか、それとも王太子自身のそれか。

 ラルフの体が浮くくらいの衝撃。
 そして。

 ゴッ!

 鈍い音と共に、後頭部に蹴りが入り、浮いた体は一瞬にして地面へと落ちた。顔面から。

「……」

 誰も何も言えなかった。

「……」

 誰も動く事が出来なかった。ただ一人を除いて。

「他愛ないなあ」

 リューランド……魔王と名乗ったその男を除いて。
 ヒョイと肩をすくめて、彼は苦笑のような呆れたような笑みを浮かべた。

「これでこの国の次期王が務まるのかね。弱すぎ」
「……!」

 横で息を呑む気配がした。ベリアトだ。色々いざこざはあれど、ベリアトとラルフは幼い頃から切磋琢磨し合った仲だ。ラルフが弱くない事を最も知ってる人物。ギリッと歯を食いしばる気配があった。

 ラルフへの侮辱ともとらえられる言葉が我慢ならないのだろう。

 私もある程度ならラルフの実力は知っていた。少なくとも、この国では剣術でなら一番だったと思う。大魔導士であるロビーが居なければ、実力ナンバー1だったろう。ロビーの魔法の前では、さすがのラルフも敗北を喫していた事は知ってる。でもロビーの強さは規格外だ。そんなラルフをも凌ぐ力……。

 赤子同然にラルフをあしらう力を、彼は、リューランドは持ってるということだ。

 呆然と見ていたら、ユラリと立ち上がる影が視界の隅に映った。

「フィリア?」

 ゆっくりと立ち上がったフィリアは。ラルフを心配するでもなく、ただリューランドに見入っていた。

(げ……あの目は……)
 その視線の熱さに、私は嫌な予感しかなかった。

 前世でも今世でも。
 彼女がその熱い目を見せる時。
 それはつまり……

「素敵ですわ!リューランド様!!」

 誰かに惚れ込んだ時の顔だった!

 ウットリと……頬に手を当てリューランドを見つめる様は、まさに恋する乙女!頬を赤くして、完全に心射抜かれてますね!

「フィリア……って、フィリア!?」

 恐る恐る声をかけようとしたら、急に彼女は走り出したのだ!
 魔王リューランドに向かって!

「リューランド様あぁぁ~!」

 ドン引きですよ。
 なんつーピンクな声で魔王を呼ぶのか。
 両手広げて抱きつこうとしてるし!

 えええええ。

 止める事も出来ずその予想外の光景を見入っていたら。

 ゴッ!

「ふご!」

 またも鈍い音と、さっきは無かった情けない悲鳴。
 ──見事に。
 本当に見事に、フィリアの顔面にパンチが!顔面パンチが!
 たまらず彼女は地面にへたり込むのだった。

「ふぃ、フィリア!」

 大丈夫!?
 流石に心配して声をかけたんだけど。
 返事の代わりに変な声が聞こえてきたのは、その直後のこと。

「ふ、ふふふ……うふふふふ……魔王、魔王様……魔王様あぁ~」

 不気味な笑い声を出しながら、ズリズリと魔王へと這い寄る。
 フィリアの異常な行動を目にするのだった。

 ズリズリと這い寄って、そして魔王の足に、フィリアは縋りついた。

「ああ、魔王様……私の最大の推し!」

 そう言えば、と今の台詞で思い出した。
 前世でフィリアは魔王キャラが好きだったっけなあと。
 乙女ゲーだと、大抵隠し攻略キャラである魔王を早く出そうと必死になってたわ。

 思い出した。
 思い出したけど!

「お~い、ラルフ大丈夫~?」

 呑気なロビーの声が、場違いな声が。その場に響くのを耳にしながら。

 ラルフ、可哀そうになあ~。とちょっとだけ彼に同情するのだった。



 
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