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裏4-6、国にざまぁ(6)

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「お、王よ、早く逃げなければ危ないです!早く!」
「分かっておる、分かっておるから!妃よ、お前も早く──」

 慌てふためく公爵が急かす声に苛立たし気に返答し、王は背後を振り返った。
 だがそこで言葉を失う。

 掛ける言葉はもう出ない。

 王は無言で前を向き、そして公爵に顎で『行くぞ』と合図して歩き出すのだった。

 公爵もまた、そちらをチラリと見やり、無言で階段へと向かう。

 二人の背後には、それぞれの子供の無残な姿があった。
 そしてその子供らに付き添うように。

「王子、私の可愛い王子……ああ……お願い、目を開けて……愛しい息子……」
「モリア、美しく愛しいモリア。どうしたの?ほら、早く起きなさい。今日はお茶会の約束でしょう?お寝坊さんね、モリアは」

 瓦礫に潰されたアルンドガルスのそばで呆然と座り込む王妃。
 動かぬ屍となったモリアに気がふれたように話しかける公爵の妻。

 二人の母は、自分たちの愛する子供の死を受け入れられずにいた。

 そんな二人をどうにか奮い立たせて逃げるよう促す余裕は、王にも公爵にもない。そもそも自身の命が何より大事だ。

 ──ちなみにベニートの両親もまた、瓦礫の下だ。

 王と公爵は後ろを振り返ることなく、外へと向けて走り出すのだった。ようやく揺れが落ち着いてきたので、どうにか走れる。

 階段の途中で背後から大きな崩壊音が聞こえたが、二人は振り返らなかった。いつこの階段も崩れ落ちるか分からないのだ、立ち止まってる暇はない。

 ひたすら走り続けた二人は、ついに地上へと出たのだ。

「はあ、はあ!どうにか外に──」

 先に出た公爵の動きが止まる。

「ひいはあ……!く、くそ、必ずシュタウトを滅ぼしてやる!おい公爵、早く──」

 動かぬ公爵の肩越しに外を見るボランジュ国王。

 そこに広がる光景に、二人は動けなくなる。

「な、なんだこれは……!」
「魔物?なんという数だ……」

 叫ぶ王に呆然とする公爵。
 二人は信じられないものでも見るかのように、目の前に広がる地獄に言葉を失った。

 ふと、視界の片隅にキラリと光る物を認めて何だと視線を向ける。
 そこには金色のドラゴンが居た。

「あれは──光の神の使い!」

 叫んで王は走り出した。

「王!?どこへ──!!」
「光の国が危機の時に現れる、光の神の使いなのだ!あのゴールドドラゴンが我らをきっと助けて──」

 くれる。
 その言葉は最後まで紡がれる事は無かった。

 王が走り出した、まさにその瞬間!

「グオオオオッ!!!!」
「ぎゃあああああああ!!」

 突如飛んできたドラゴンが、王を一飲みにしたのだ!!

「ひいいい!?」

 眼前で起きた惨劇に、公爵は腰を抜かし、失禁して倒れ込んだ。

「ひい、ひい、ひいいい!!」

 ドラゴンはまだ口の中の王に気を取られている。
 その隙にどうにか逃げようと、ズリズリと地面を這いずる公爵。
 その視界の片隅に、金竜が見えた気がした。

 そして──

「ミレナ……?」

 確かに一瞬、見えた気がした娘の姿。
 確認しようとそちらに顔を向けた瞬間。

 視界が遮られる。

 ズシンと大きな揺れと共に目の前に、巨大なドラゴンが降り立つのだった。

「ひ──!!」

 視界一面を覆う程に巨大なドラゴン。

 公爵の目に映るは、ドラゴンが大きな口を開けて牙を見せる様。

「は、はははは……あははは!うひひひひ……ぃっ!!」

 恐怖が振り切った。
 狂ったように笑い続ける公爵の最期は。

 笑いながらドラゴンに食われる、というものであった──


※※※


「──お、お父様……!」

 父親の無惨な最期を、瓦礫の影から見ていた者。公爵家末娘のカンナだ。

 父の悲惨な最期に言葉を失う。
 おそらくは母ももう──

 感じる全ての終わりにガタガタと体が震えた。
 魔物の数は一向に減らず、助けが来る気配は皆無。

 全ての終わりを感じ取ったカンナは、その場にへたり込んだ。

 どうしてこんな事になってしまったのか。
 何が悪かったのか。
 一体どうする事が正解だったのか。

 それは考える必要もない問いだった。

 そっと胸に手を当ててカンナは感じる気配に思いを馳せた。

 実の姉、ミレナの姿。
 それこそが、カンナの中にも確かにその血が流れてる事の証。

(私もまた、シュタウトの血が流れているというのに……)

 今更だが、こうなって初めて、自身の中に流れる血筋の事を考えた。

 何とはなしに聞いた、曾祖母の話。シュタウトの王女。彼女の最期。
 それを聞いた時、自分はどう思っただろうか?

 まだ幼かった頃の記憶を辿る行為をするのは、現実逃避なのかもしれない。
 だが終わりが近づいてる今、そういう事を考えても良いだろう。

 目の前の地獄絵図を意図して見ないようにし、カンナは幼い頃の思いに馳せる。

(そうだ、その話を聞いた時。確か私は──)

 徐々に思い出される記憶。

(確か私は……可哀想だな、と思ったんだ)

 幼い頃。
 その頃はまだ姉の容姿に何も思ってなかった。

 確かに大好きだったのだ。
 モリアもミレナも。
 どちらも優しい姉で。
 三人仲良い姉妹、だった。
 それはカンナがまだ物心つくかどうかの遠い昔の話だ。

 けれどいつからか、本当にいつからか忘れてしまったけれど。
 全てが変わってしまったのだ。
 両親の態度が変わり、周囲の態度が変わり、モリアの態度が変わり。

 そしてカンナも影響されて変わった。

「そうか、私は──」

 ミレナの事、姉のこと。

 本当は。

「大好き、だったのね……」

 それは遠い昔の記憶。確かにあった気持ち。いつの間にか忘れてしまった思い。

 幼いがゆえに周囲に影響されてしまったカンナの罪は、そんなに重いものではないのかもしれない。

 だが。

 不意に、視界が陰る。
 背後からの唸り声を耳にして。

「ああ、終わりなのね……」

 もう、光の神は守護してくれない。
 闇の神も、確かにシュタウトの血を身にもつカンナを守らない。

 絶望するでもなく、ただそれを事実として認め。

 カンナは口元に静かに笑みを浮かべるのだった──



*****


 全ての終わりをドラゴンの背中から見終えた私は、そっと背後のアーロン王子を振り返った。

「──悲しいかい?」

 その言葉に、私は首を横に振った。

 悲しくはない。ただ──虚しいだけだ。

 憎しみの連鎖は結局は何も生まない、生み出さない。

 復讐を果たしたはずの私の中に去来するものは……何も無かった。

 無言で首を振る私に、王子が何を思ったのか知らない。
 だが、ただ一言。

「行こうか」

 そう言って、ドラゴンに指示を出す。
 大きく旋回した後、ドラゴンは力強く羽ばたき始めた。

 滅びゆく故郷を眼下に、私はもう一つの故郷へと向かう。

 ただ。
 ただ、一言だけ残して。

(さようなら)

 呟きは風に攫われて、消えた……



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