上 下
5 / 7

5、

しおりを挟む
 
 
「兄と何かあったのですか?」

 私の様子が変だと思ったのだろう。心配そうに見られては、誤魔化すのも気が引ける。私は小さく溜め息をついて「婚約解消すると言われたのですが……冗談だったと言って無しになったのです」と説明した。

「なんだそれは……」

 不快気に眉根を寄せ、ハンス様は苛立ちを隠そうともせずに頭をガリガリと掻いて、大きく溜め息をつく。

「まったく、あの人は……何を考えてるんだか」
「何も聞いておられないのですか?」
「初耳です」

 キッパリと目を見て言われてしまいました。
 婚約解消の話をされたその日のうちに、私は父に話をした。失礼な話だと激怒した父が王家に説明を求めたのは翌日のこと。そうして、あれは冗談だったと返答が来たのが今日の事なのだ。

 つまり国王様には話がいってるけれど、ハンス様はまだ耳にされてない、ということなのだろう。

「デニス様は会えばいつも文句ばかりで……さぞや私に不満だらけだったのでしょう。本音が出たと思われますが、やはりそんな簡単に解消出来ないと思われて考え直されたのではないでしょうか」
「どうなんでしょうね。あの人の考えは今一つ分かりにくいから……」

 言って、どちらからともなく……同時に大きな溜め息が出た。

 婚約者からも弟からも呆れられる存在。それってむしろ凄い。お馬鹿すぎて凄いね。そんなのが王太子で、この国大丈夫なのかしら。

 だがそれは私が心配することではない。いや、この国の民としては心配すべきなんだろうけど。

 今私が最も心配すべき案件は、婚約がどうなるか、のみである!

「エレナ様はどうしたいのですか?」

 心の中で決意の拳を握りしめていたら、ハンス様に聞かれてしまった。答えは決まっている。

「婚約も結婚も嫌です」
「つまり?」
「解消できないなら破棄させていただきます!」

 決意は固いのだ!!

 もう私の婚約解消は決定事項だった。それなのに、やっぱなしとか言われてハイそーですかとなるわけないでしょ!あの阿呆は私の事を全く理解できてない!そんな人と結婚できるかっての!

「かりにも王太子という立場ある方が、そう簡単にご自分の発言をコロコロ変えるなんて許されるわけがありません。そんないい加減な方と結婚できると思いますか?これは正当な理由だと思うのです!」

 そして私は今度こそ本当に拳を握りしめて言った。

「絶対!婚約破棄します!!」

 宣言してしまえば、どうしたことか不思議と心が軽くなった。

 そうだそうだ、相手が無しだと言って来たところで私の方から申し立てれば問題ないではないか。

 理不尽な理由だと、慰謝料が……とか、父の立場が……とか色々悪い事になりそうだけど。
 今回の場合は、言い出しっぺはデニス様の方なのだ。そしてそれを聞いた学生──つまりは証人は大勢居る。ご丁寧に私の教室に来て、私とデニス様自身の学友の前で婚約解消宣言してくださったのだから。
 ちなみに、あれから毎日のように友人達にどうなったのかと心配されている。……どうも楽しんで見えるのは、退屈な日々を送る令嬢達には仕方ないのかもしれない。娯楽欲しいよね。

 決心がついたところで、私は早々に帰る事にした。

 ハンス様に挨拶をして、私はいそいそと王城を後にするのだった。

 背中がウキウキしてる私を、見えなくなるまで見つめるその視線に気付くことなく──


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族から見放されましたが、王家が救ってくれました!

マルローネ
恋愛
「お前は私に相応しくない。婚約を破棄する」  花嫁修業中の伯爵令嬢のユリアは突然、相応しくないとして婚約者の侯爵令息であるレイモンドに捨てられた。それを聞いた彼女の父親も家族もユリアを必要なしとして捨て去る。 途方に暮れたユリアだったが彼女にはとても大きな味方がおり……。

全部未遂に終わって、王太子殿下がけちょんけちょんに叱られていますわ。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられそうだった女性が、目の前でけちょんけちょんに叱られる婚約者を見つめているだけのお話です。 国王陛下は主人公の婚約者である実の息子をけちょんけちょんに叱ります。主人公の婚約者は相応の対応をされます。 小説家になろう様でも投稿しています。

せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから

甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。 であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。 だが、 「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」  婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。  そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。    気がつけば、セリアは全てを失っていた。  今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。  さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。  失意のどん底に陥ることになる。  ただ、そんな時だった。  セリアの目の前に、かつての親友が現れた。    大国シュリナの雄。  ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。  彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

元婚約者の恋人がわざわざ嫌みを言いに来たんだが。

ほったげな
恋愛
ストランド伯爵と婚約したが、彼は他に好きな女性がいるらしく、婚約破棄となった。その後、伯爵の恋人が私の家にやって来た。

婚約破棄から~2年後~からのおめでとう

夏千冬
恋愛
 第一王子アルバートに婚約破棄をされてから二年経ったある日、自分には前世があったのだと思い出したマルフィルは、己のわがままボディに絶句する。  それも王命により屋敷に軟禁状態。肉塊のニート令嬢だなんて絶対にいかん!  改心を決めたマルフィルは、手始めにダイエットをして今年行われるアルバートの生誕祝賀パーティーに出席することを目標にする。

とある令嬢の婚約破棄

あみにあ
恋愛
とある街で、王子と令嬢が出会いある約束を交わしました。 彼女と王子は仲睦まじく過ごしていましたが・・・ 学園に通う事になると、王子は彼女をほって他の女にかかりきりになってしまいました。 その女はなんと彼女の妹でした。 これはそんな彼女が婚約破棄から幸せになるお話です。

婚約破棄は先手を取ってあげますわ

浜柔
恋愛
パーティ会場に愛人を連れて来るなんて、婚約者のわたくしは婚約破棄するしかありませんわ。 ※6話で完結として、その後はエクストラストーリーとなります。  更新は飛び飛びになります。

処理中です...