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第一章~矢井田と奥田

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 一度ならず二度までもとなれば、もうこれは絶対に偶然ではない。あの黒い球体は俺が選んだ人間を殺すんだ。
 理解していたはずなのに、あらためて突き付けられた事実に青ざめ、体が恐怖に震える。
 一度目ならば誰も気付かない。けれど二度目となれば気付く者が出てくるかもしれない。
 死んだ人間が、俺を虐めていたやつだと。

 気付かれたところでどうなるというのか。冷静な部分の自分がそう囁く。
 夢で黒い球体が選択を迫ってきたので、俺は選び、そして選ばれた人間は死んだ──なんて、実に荒唐無稽。誰が信じると言うのか。信じて俺を糾弾したとして、何を証拠とするのか。
 証拠は何も無い、俺のせいだと証明するものは何一つ存在しない。だって夢の世界での出来事なのだから。

 だから大丈夫だと頭では理解している。
 だがこのネットが蔓延してる時代において、有罪と断じられなくとも危険な状況は簡単に作り出される。誰かが俺を罪人だと言い出したら? 悪魔だと言い出したら?

 有罪とならずとも、世間は俺を罰することだろう。
 考えたら、嫌な汗が噴き出る。
 俺は頭から毛布をかぶってうずくまった。

 目の前で起きた惨事は数時間前のこと。現場に居合わせたことで警察から質問をされた。黙っていても後でバレるだろうし、そうなったら厄介だと、奥田がクラスメートであることを伝えた。
 刑事は驚いて「また連絡するかもしれません」と言っていた。また何か聞かれるのかと思うと憂鬱になる。調べればすぐに分かる俺への虐めについて、話さなくてはならないだろう。
 そしたら先日事故死した矢井田のことも伝わるはず。そしたらそしたら……どちらの現場にも、俺が居たこともすぐにバレる。

 やばいやばいやばいやばい。

「どうしよう……」

 事件のせいでショッピングは中止、俺と伊織は警察への話が終われば解放されたが、ロクに会話もせず無言で帰宅。無言で家の前で別れた。それから俺はずっと自室に閉じこもっている。
 ニュースを見たのか、ずっと俺の携帯を鳴らしていた母は、無事に帰宅した俺を見て安堵する。
 まだ犠牲者の名前は公表されていない。だからこそ余計に心配だったことだろう。

「良かったわ、無事で」

 安堵の顔を向ける母。
 だが本当に無事だったと言えるのだろうか? 無事ならば、どうしてこんなにも不安になるのか。

「俺は悪くない」

 言ってみたところで何も変わらない。
 俺が選んだ。
 死ぬ人間を選んだ。
 学校へ行けば、きっと誰かが俺に視線を投げてくる。きっと怪しんでくる。
 そしたらどうなる? SNSに『こいつが怪しい』と書き込まれるかもしれない。下手すれば顔もさらされるかもしれない。
 実行犯とは別に俺の呪いだと言い出す奴が居れば……

「くそっ!」

 同じことが延々と頭に流れる。不安が付きまとう。

 どうすればいいのか分からず悩んでいたら、だんだん腹が立ってきた。
 そもそも俺は被害者だ、イジメられていたんだ。いじめっ子が死んだことで喜ぶことはあれど、なぜ頭を悩ませなければいけない?
 腹立ちと共に、ガバリと毛布を払いのけた。

「うわっ!?」

 帰宅してからずっと部屋にこもり毛布をかぶっていたら、いつの間にか外は真っ暗。夜になっている。しかし目の前にギョロリと光る眼に気付き、俺は悲鳴を上げて後ずさった。ベッドは壁際にあり、背中はすぐに壁にぶち当たる。

「……い、伊織……?」

 目の主は伊織だった。家の前で別れたはずの彼女がなぜか俺の部屋にいて、鼻先すれすれに顔があったのだから驚きもしよう。
 でもなぜ?

「なんで俺の部屋に……」
「おばさんが入れてくれたの。今日のこと、良善がショックを受けてるみたいで心配だって言ったら、どうぞ入ってって」
「……」

 母は悪くない。思春期の息子が殺人事件の現場に居合わせて、帰ってきたら部屋に閉じこもる。その状況に親としてどう接していいか分からないのも無理はない。
 ならば同年代で幼馴染で、同じく現場にいた伊織に任せた方がいいと考えるのは至極当然。

「電気くらいつけろよ」

 チラリと扉そばのスイッチに目をやれば、窓から差し込む外套の明かりが肩をすくめる伊織を照らし出した。

「だって毛布にくるまっているから、意味無いと思ったんだもの」
「いつから居たんだ?」
「さあ?」

 チラリと時計を見れば、時刻は既に深夜。階下は静かだからおそらく母は寝たのだろう。となれば、こいつは一体何時間ここに居たのか。何時間、毛布にくるまりブツブツ言い続ける俺を凝視し続けたのか。
 考えたらゾッとし、考えないように頭を一度横に振る。

「……腹減ったな」
「ご飯、用意してあったよ」
「そうか」
「食べちゃったけど」
「おい」
「アハハ」

 いつものやり取りがなんだか妙に寒々しい。
 俺も苦笑を返すのが常なのに、俺は笑えなかった。当然だ、人がまた目の前で死んでいるのだから。
 目の前で伊織が死んだはずで、けれど結果は違う人間が死んだ。それを俺は目の当たりにしているのだから。

「伊織……」
「うん?」
「お前は、ショックじゃないのか?」
「ショック?」
「うん」
「なんで?」

 俺を心配して何時間も暗闇でジッとしていた伊織。
 いつもの軽く地を叩いて笑う伊織。
 一緒の現場に居合わせたはずなのに、二度も人の死を見ているはずなのに。

 それでもいつもと変わらない伊織に、俺は違和感を覚えた。
 なんで、と実に不思議そうに言って微笑む伊織に、ゾッと背筋が寒くなった。
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