6 / 27
第一章~矢井田と奥田
6、
しおりを挟む一度ならず二度までもとなれば、もうこれは絶対に偶然ではない。あの黒い球体は俺が選んだ人間を殺すんだ。
理解していたはずなのに、あらためて突き付けられた事実に青ざめ、体が恐怖に震える。
一度目ならば誰も気付かない。けれど二度目となれば気付く者が出てくるかもしれない。
死んだ人間が、俺を虐めていたやつだと。
気付かれたところでどうなるというのか。冷静な部分の自分がそう囁く。
夢で黒い球体が選択を迫ってきたので、俺は選び、そして選ばれた人間は死んだ──なんて、実に荒唐無稽。誰が信じると言うのか。信じて俺を糾弾したとして、何を証拠とするのか。
証拠は何も無い、俺のせいだと証明するものは何一つ存在しない。だって夢の世界での出来事なのだから。
だから大丈夫だと頭では理解している。
だがこのネットが蔓延してる時代において、有罪と断じられなくとも危険な状況は簡単に作り出される。誰かが俺を罪人だと言い出したら? 悪魔だと言い出したら?
有罪とならずとも、世間は俺を罰することだろう。
考えたら、嫌な汗が噴き出る。
俺は頭から毛布をかぶってうずくまった。
目の前で起きた惨事は数時間前のこと。現場に居合わせたことで警察から質問をされた。黙っていても後でバレるだろうし、そうなったら厄介だと、奥田がクラスメートであることを伝えた。
刑事は驚いて「また連絡するかもしれません」と言っていた。また何か聞かれるのかと思うと憂鬱になる。調べればすぐに分かる俺への虐めについて、話さなくてはならないだろう。
そしたら先日事故死した矢井田のことも伝わるはず。そしたらそしたら……どちらの現場にも、俺が居たこともすぐにバレる。
やばいやばいやばいやばい。
「どうしよう……」
事件のせいでショッピングは中止、俺と伊織は警察への話が終われば解放されたが、ロクに会話もせず無言で帰宅。無言で家の前で別れた。それから俺はずっと自室に閉じこもっている。
ニュースを見たのか、ずっと俺の携帯を鳴らしていた母は、無事に帰宅した俺を見て安堵する。
まだ犠牲者の名前は公表されていない。だからこそ余計に心配だったことだろう。
「良かったわ、無事で」
安堵の顔を向ける母。
だが本当に無事だったと言えるのだろうか? 無事ならば、どうしてこんなにも不安になるのか。
「俺は悪くない」
言ってみたところで何も変わらない。
俺が選んだ。
死ぬ人間を選んだ。
学校へ行けば、きっと誰かが俺に視線を投げてくる。きっと怪しんでくる。
そしたらどうなる? SNSに『こいつが怪しい』と書き込まれるかもしれない。下手すれば顔もさらされるかもしれない。
実行犯とは別に俺の呪いだと言い出す奴が居れば……
「くそっ!」
同じことが延々と頭に流れる。不安が付きまとう。
どうすればいいのか分からず悩んでいたら、だんだん腹が立ってきた。
そもそも俺は被害者だ、イジメられていたんだ。いじめっ子が死んだことで喜ぶことはあれど、なぜ頭を悩ませなければいけない?
腹立ちと共に、ガバリと毛布を払いのけた。
「うわっ!?」
帰宅してからずっと部屋にこもり毛布をかぶっていたら、いつの間にか外は真っ暗。夜になっている。しかし目の前にギョロリと光る眼に気付き、俺は悲鳴を上げて後ずさった。ベッドは壁際にあり、背中はすぐに壁にぶち当たる。
「……い、伊織……?」
目の主は伊織だった。家の前で別れたはずの彼女がなぜか俺の部屋にいて、鼻先すれすれに顔があったのだから驚きもしよう。
でもなぜ?
「なんで俺の部屋に……」
「おばさんが入れてくれたの。今日のこと、良善がショックを受けてるみたいで心配だって言ったら、どうぞ入ってって」
「……」
母は悪くない。思春期の息子が殺人事件の現場に居合わせて、帰ってきたら部屋に閉じこもる。その状況に親としてどう接していいか分からないのも無理はない。
ならば同年代で幼馴染で、同じく現場にいた伊織に任せた方がいいと考えるのは至極当然。
「電気くらいつけろよ」
チラリと扉そばのスイッチに目をやれば、窓から差し込む外套の明かりが肩をすくめる伊織を照らし出した。
「だって毛布にくるまっているから、意味無いと思ったんだもの」
「いつから居たんだ?」
「さあ?」
チラリと時計を見れば、時刻は既に深夜。階下は静かだからおそらく母は寝たのだろう。となれば、こいつは一体何時間ここに居たのか。何時間、毛布にくるまりブツブツ言い続ける俺を凝視し続けたのか。
考えたらゾッとし、考えないように頭を一度横に振る。
「……腹減ったな」
「ご飯、用意してあったよ」
「そうか」
「食べちゃったけど」
「おい」
「アハハ」
いつものやり取りがなんだか妙に寒々しい。
俺も苦笑を返すのが常なのに、俺は笑えなかった。当然だ、人がまた目の前で死んでいるのだから。
目の前で伊織が死んだはずで、けれど結果は違う人間が死んだ。それを俺は目の当たりにしているのだから。
「伊織……」
「うん?」
「お前は、ショックじゃないのか?」
「ショック?」
「うん」
「なんで?」
俺を心配して何時間も暗闇でジッとしていた伊織。
いつもの軽く地を叩いて笑う伊織。
一緒の現場に居合わせたはずなのに、二度も人の死を見ているはずなのに。
それでもいつもと変わらない伊織に、俺は違和感を覚えた。
なんで、と実に不思議そうに言って微笑む伊織に、ゾッと背筋が寒くなった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
神隠しの子
ミドリ
ホラー
【奨励賞受賞作品です】
双子の弟、宗二が失踪して七年。兄の山根 太一は、宗二の失踪宣告を機に、これまで忘れていた自分の記憶を少しずつ思い出していく。
これまで妹的ポジションだと思っていた花への恋心を思い出し、二人は一気に接近していく。無事結ばれた二人の周りにちらつく子供の影。それは子供の頃に失踪した彼の姿なのか、それとも幻なのか。
自身の精神面に不安を覚えながらも育まれる愛に、再び魔の手が忍び寄る。
※なろう・カクヨムでも連載中です
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
不動の焔
桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。
「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。
しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。
今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。
過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。
高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。
千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。
本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない
──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる