37 / 37
37、最終話
しおりを挟む切っ先が近づく。
けれど私の体に刺さる直前に、それは叩き落されるのだった。ヘンリー様の手によって。
「痴れ者が!!」
叫んでスザンナを思い切り殴り飛ばした!
「ぐげっ!!」
醜い叫びと共に、スザンナは床に崩れ落ちた。もう、ピクリとも動かない。
父は蒼白な顔で、床に膝をついたまま動かなかった。
トラドスは涙でグシャグシャになった顔をそのままに、ただひたすら泣き続けた。
「アデラ、行こう」
呆然とする私の手をそっととって。
ヘンリー様はこの場から私を連れだすのだった。
最後にチラリと部屋を見る。
動かない妹に父、泣きじゃくるトラドス。
一瞥して、私は前を向いた。ヘンリー様の後へと続く。
家族との訣別の瞬間だった──
※ ※ ※
「ア~デラ、何してるの?」
「──!ヘンリー様、驚かさないでください!またノックもせずに入って来たんですか?」
「ちゃんとしたよ。集中してて気付かなかったみたいだけど」
突然肩にのしかかる重みの原因に、顔が真っ赤になるのを自覚しつつ。咎めると反論されたので、マイヤを見れば頷かれてしまった。
「アデラは仕事熱心だなあ」
「性分です」
あれから一ヶ月が過ぎた。
公爵家は新たに私が当主となって再出発した。毎日やってくるヘンリー様にお手伝いと称した邪魔をされつつ、どうにか公務をこなす日々だ。
これまで仕事は全てやってきたとはいえ、当主交代となると色々手続きがかかるのだ。お披露目や挨拶も忙しい。
邪魔と言ったが、正直ヘンリー様は非常に仕事が出来る方なので、本当は大助かりなのだけど。
どうにも集中をかき乱されて困る。
「今日のお仕事は?」
「終わったよ」
流石ですね。なんて言えばご褒美は~?とか言ってキスしようとしてくるのは……経験済みなので、心の中でだけ言うことにしよう。
「私も少し休憩しますね。マイヤ、お茶の用意を」
「本日はどちらで?」
「そうね、天気もいいし中庭で」
「かしこまりました」
一礼してマイヤは去って行った。
彼女が居なくなるタイミングを待っていたのだろう。
スッと真剣な顔に戻って、ヘンリーが小声で私に言った。
「処分が下ったよ」
誰の、とは聞かない。分かっていたから。
息を呑んで私は彼の顔を見た。少し悲し気な顔の彼が視界に入る。
悲しんでるわけではない。彼には『奴ら』への情は無い。ただ、私の気持ちを思いやって悲し気なだけだと分かる。
「どのようになりました?」
だから私は悲しい顔をしてはいけない。彼に心配させたくないから、敢えて気丈に振る舞う。
冷静に問えば、ふう……と息をついて、彼は話してくれた。
「ボルノ公爵は、爵位剥奪。これからは平民となる」
「生きていけるでしょうか」
「さてね」
軽く肩をすくめるヘンリー様。どうするつもりもないのだろう。
まあ……私もどうするつもりもないから、実は私は性悪なのかもしれない。
「トラドスと侯爵家も同様」
「あそこはほぼ潰れかけてましたからねえ」
大して変わらないんじゃないでしょうか。
無駄に根性出して生き延びそうな気もするけど。
「トラドスは処刑でも良かったんだけどね」
その言葉の裏に潜む闇を感じて、苦笑する。
「君を襲ったこと……死に値すると今でも俺は思ってる」
そう言ってジトッと恨めしそうに見られては、ますます苦笑するしかない。流石に処刑は……と言ったのは私なので。
「まあ未遂に終わりましたから」
「でも許せん」
せいぜい極貧生活を送って苦しめばいいさ!
そうヘンリー様が言うのだ。きっとトラドスはこれから何をしても、絶対貧乏生活から出れないことだろう。
そして。
「──スザンナは?」
どう、なったのでしょう。
そう問えば。
少しの間を置いて、答えて下さった。
「──彼女は……処刑だ」
未遂でも、姉を──王子の婚約者を殺そうとした。
手紙を偽造して姉を騙した。
王印を盗むのも全て、彼女の計画だと──指示だと発覚した。
もう、擁護する理由はどこにもなかった。
「そう、ですか……」
「一週間後、刑は執行される。……会いたいかい?」
問われるも、迷いなく私は首を振った。
「いいえ」
いいえ、会いたいとは思いません。
会えば、きっと彼女は泣き叫ぶだろう。
助けてと涙ながらに──情に訴えようとするだろう。
それを無視できると断言は出来なかった。甘いと言われるかもしれないが……確かに私は甘いのだろう。
だから会わない。
キッパリと言い放つ私をどう思ったのか。黙ってジッと見ていたヘンリー様は、けれど何も聞いてはこなかった。
ただ一言「そうか」とだけ言って、私を抱きしめてくれるのだった。
かつては愛した父に妹。
確かに大切だった人々。
情が完全に消える事はない。喪失感はきっと永遠につき纏うだろう。
それでも。
「愛してるよ、アデラ」
「私も愛してます、ヘンリー様」
彼の愛が、それら全てを埋めてくれるだろうことを。
私は信じて疑わない。
~fin.~
===あとがき===
思ったより長くなって、5万文字超えちゃいました、残念!
グダグダになってきたので最後は一気に書き上げました。
なんだかんだで最後の方はシリアスで終わりましたね。
嬉しいことに、ホットランキングに入ってた期間、作品の中で多分最長じゃないでしょうか。お気に入り登録者数も。感謝の極みです<(_ _)>
いつも勢いで書く短編が多いので、たまにはちゃんとしたものを…と思って書きました。が、ちゃんとしてるの、か…?(°°;)
筆者の書く主人公に有能タイプは滅多に居ません。アデラもしかり。本人も言ってますが、能力無いのを努力で補っております。努力が報われて幸せゲットしたって事ですね。
筆者の能力が能力だけに…優秀な女性、書けません。確実にボロが出るから、アハハ(^^;)
次はまた勢い短編になるか、それとも…色々思案中です。
またのご縁が有りましたら宜しくお願いします(^-^)
最後までお読みいただきありがとうございました!
32
お気に入りに追加
4,930
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(153件)
あなたにおすすめの小説
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます
新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。
ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。
「私はレイナが好きなんだ!」
それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。
こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!
村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。
木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。
彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。
ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。
その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。
そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。
彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。
紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。
すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。
しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。
美形揃いの王族の中で珍しく不細工なわたしを、王子がその顔で本当に王族なのかと皮肉ってきたと思っていましたが、実は違ったようです。
ふまさ
恋愛
「──お前はその顔で、本当に王族なのか?」
そう問いかけてきたのは、この国の第一王子──サイラスだった。
真剣な顔で問いかけられたセシリーは、固まった。からかいや嫌味などではない、心からの疑問。いくら慣れたこととはいえ、流石のセシリーも、カチンときた。
「…………ぷっ」
姉のカミラが口元を押さえながら、吹き出す。それにつられて、広間にいる者たちは一斉に笑い出した。
当然、サイラスがセシリーを皮肉っていると思ったからだ。
だが、真実は違っていて──。
可愛い姉より、地味なわたしを選んでくれた王子様。と思っていたら、単に姉と間違えただけのようです。
ふまさ
恋愛
小さくて、可愛くて、庇護欲をそそられる姉。対し、身長も高くて、地味顔の妹のリネット。
ある日。愛らしい顔立ちで有名な第二王子に婚約を申し込まれ、舞い上がるリネットだったが──。
「あれ? きみ、誰?」
第二王子であるヒューゴーは、リネットを見ながら不思議そうに首を傾げるのだった。
妹に人生を狂わされた代わりに、ハイスペックな夫が出来ました
コトミ
恋愛
子爵令嬢のソフィアは成人する直前に婚約者に浮気をされ婚約破棄を告げられた。そしてその婚約者を奪ったのはソフィアの妹であるミアだった。ミアや周りの人間に散々に罵倒され、元婚約者にビンタまでされ、何も考えられなくなったソフィアは屋敷から逃げ出した。すぐに追いつかれて屋敷に連れ戻されると覚悟していたソフィアは一人の青年に助けられ、屋敷で一晩を過ごす。その後にその青年と…
妹に醜くなったと婚約者を押し付けられたのに、今さら返せと言われても
亜綺羅もも
恋愛
クリスティーナ・デロリアスは妹のエルリーン・デロリアスに辛い目に遭わされ続けてきた。
両親もエルリーンに同調し、クリスティーナをぞんざいな扱いをしてきた。
ある日、エルリーンの婚約者であるヴァンニール・ルズウェアーが大火傷を負い、醜い姿となってしまったらしく、エルリーンはその事実に彼を捨てることを決める。
代わりにクリスティーナを押し付ける形で婚約を無かったことにしようとする。
そしてクリスティーナとヴァンニールは出逢い、お互いに惹かれていくのであった。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
この作品はとても筋が通っていますね。
良い作品だと思います。
「無茶を通せば通りが引っ込む」という言葉がありますが、なんちゃって『ざまぁ』を押し通すとどうしてもその余波が隅々にまで及んでしまい、作品自体の評価を著しく下げてしまいます。
この作品はそのようなことが感じられませんでした。
まだ読んでる途中やけど、面白いやんー!随所で笑えるギャグセンス、ハマるわー続きは夜か明日か、仕事がんばろ
結局、父は、王印を何に使ったんですか?(王印って何に使えるのだろうと、、??)遊びに、、散財でOK??それとも使わなかった?(妹が使っただけ?)
ヘンリー様は、なぜ3ヶ月会いに来なかったの??それとも会いに来てたけど、会わせてもらえなかったとか?ヘンリー様が出し続けた手紙には何が書いてあったんだろう??
最後、駆け足の通り、、読解力がなかったらすみません。
面白かったです!ちゃんと、ざまぁすっきりして良い~~。読みやすくてすいすい読んじゃいました!
これからヘンリーは入り婿ですね!うんうん、アデラだけでも公爵家を盛り立てられるだろうし、よいねーー^^!