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「ノックぐらいしてくださいませ」
「したよ。でも聞こえてなかったみたいだね、失礼した」

 そう言われて驚いてマイヤを見れば、無言で頷かれた。怒りのあまり聞こえてなかったらしい。

 もう情けないやら恥ずかしいやら、でも会えて嬉しいやら。赤くなるべきか青くなるべきか分からず、内心混乱パニくりながらも、必死で平静を装う。

「お久しぶりです」
「うん、本当に久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」

 そう言って、ポンと小冊子を渡された。穴があったら入りたい。運動してたんですという言い訳が通用するだろうか。どんなと突っ込まれたら?小冊子投げ運動ですって?──通用するわけなかろう!

 ここは素直に
「申し訳ありませんでした」
 謝るのが一番だな。

 けれどそんな私の謝罪に、ヘンラオ様は優しく微笑んでくださった。

「気にしないで。謝るの禁止ね」

 イケメンか!いやイケメンだけど!行動もイケメンとか!もう末恐ろしいですよそのイケメンっぷりは!

「それで、今日は一体どういったご用件で?」
「会いたかったから」
「イケメンか!」

 もう声出るわ!思わず出てしまうわ!後頭部にマイヤが手刀くらわすわ!
 ちょっと落ち着けって事だよね。ごめん、そしてありがとうマイヤ。突然の再会にちょっと浮かれちゃってる自分を引き締めたいと思います。

 改めて正面見れば、体震わせて笑ってるイケメンが一人。もう帰っていいですか?いやここ私の家だね、詰んだ。

「は~いいなあ、アデラ嬢はやっぱり面白いねえ」
「不本意です」

 これは本当の私じゃないのですよ。本当の私は怒ってるように見えるのが基本なのです。

 そんな言い訳しても意味が無いなと考えていたら、ふと視線を感じてイケメンもといヘンラオ様を見る。

 笑いを止めた彼はなぜか私と机上に視線を交互させていた。あ、仕事の書類置いたままだ。

 よそ者に見られて困るような物は無いけれど、しかしあまり宜しくない状況だなと思って慌てて書類を背に隠した。
 一応公爵家は父が仕切っている事になってるのだ。私がやってるって事は──体裁よろしくないので、秘密にしておくにこしたことない。あと私がやってるのがバレると父が煩い。

 別に私は目立ちたちいわけではない。少しは褒めて欲しいが、それ以上に領民が幸せならそれで良いと思ってる。他所の貴族との交渉には流石に父親を引っ張り出すが、私が横からサポートするのが常だ。

 だから父が無能である事も、私が主導して動いてる事も、知る者は少ないのだ。

「えっとヘンラオ様、立ち話もなんですから、向こうでお茶でも……」
「仕事してるの?」

 私の誘導しようとする言葉を完全無視して、その視線は私の背後へと向いたままだった。向いたままで、彼は私に問うてきた。

 ここでしてないと言っても信用してもらえないだろう。
 私は深々と溜め息をついて。
 そして怪しまれない程度の情報を彼に伝えた。

「父の手伝いをしております」
「そうなんだ」

 18歳にもなれば、子供が父親の仕事を手伝うなど珍しい事ではない。女性としては珍しいが、皆無というわけでもないのだ。

 それで話は終わり。さあお茶しようと別部屋に誘うのだが。

「いつから手伝ってるの?」

 また問うてきた。移動する気ないですかー?

「え?」
「ここ最近始めたって様子じゃないよね。いつ頃から手伝ってるの?」

 なんでそんなこと聞くんだろう。
 首を傾げつつ、私は記憶を辿って答えた。

「三年前、くらいでしょうか」

 確か15歳くらいだったと記憶している。

 そう言えば、「そう」とだけ言って、彼は今度は素直に足を動かした。

 そして別部屋に移動してお茶をして。
 本当に他愛無い話をするのだった。

 それでも彼はけして自分の身分を明かさない。
 何が好きか、休日は何をして過ごすか。
 そんな事は話しても、けして自身の出生を語らないのだった。

 語らないのなら聞くべきではない。
 そうは思っても、どうしても出てきてしまう好奇心。それはもっと彼の事を知りたいがゆえなのだが。

「ああ、もうこんな時間か。楽しかった」

 そう言って彼が立ち上がる頃には、外は陽が落ち始めていた。楽しい時間はあっという間に終わってしまった。

 次はいつ会えるだろうか。
 私は彼の素性を知らないから、こうして来てもらわないと会えない。
 また来て欲しい。そう言ってもいいのだろうか。

 なんせ恋愛初心者の私だ。どこまで相手に我儘を言っていいのか分からない。そもそも彼は本気で私に好意を持ってくれてるのかも分からないのだ。

 逡巡して無言となってしまった私を見つめる視線が痛い。

 だが「ああそうだ」と言って彼が何かを差し出した事で、無言は終わる。

「これは?」

 何も書かれてない白い封筒だった。

「招待状」

 彼の返事も簡潔だ。

「招待状?」

 なんの?パーティだろうか?
 首を傾げれば、彼は満面の笑みで言うのだった。

「王宮への招待状。正確には王家からの呼び出しだね」

 爆弾発言とはこのことか。


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