12 / 12
エピローグ
しおりを挟むポカポカと気持ちの良い陽気の春。
樹齢何年なのかも分からない大きな木の下で、彼は気持ちよさげに眠っていた。
15歳という成長期の彼は驚くほどメキメキと体が大きくなって、あっという間に私を追い抜いてしまった。
そんな彼がもたれても余裕があるほどの大木。
程よい木陰で彼はスースーと寝息を立てている。
そっと近づいて顔を覗き込んでも、まだ起きない。
いたずらしちゃおうかしら──
ムクッと起きたいたずら心のままに、彼の頬にそっと手を伸ばしたら……
ハッシとその手を掴まれてしまった。
ふっと開く双眸は、とても美しい金──太陽の如き眩しさを放っている。
「……起きてたの?」
いたずらしようとして逆にされてしまったことへの不満からか。
唇を尖らして拗ねたように聞いた。
「今起きた」
「わ!」
そのままグイと腕を引っ張られる。
私は当然のように彼の胸に飛び込んで──その腕に閉じ込められてしまった。つまりは抱きしめられたのだ。
「でもまだ眠い」
「今日は気持ちいい天気だからね~。……と、駄目よ寝ちゃ」
「どうして?」
「おばさんが探してたよ。何か手伝って欲しい事があるみたい」
「う~ん、また何か力仕事かなあ」
小さな村の男たちは、皆大きな町へ出稼ぎに行っている。帰ってくるのは週に一度か二度。
そこそこ力がついてきて、けれどまだ村を出る程には大人になってない年頃。
そんな男子は村では重宝がられる。
「……アッシュ、すっかり大きくなったものね。力も強くなったし」
「そりゃ鍛えてるからね」
そう言って、ムンと力こぶを作る。
毎日あれこれと鍛えてるのは知ってるけれど、それを一体どう活用する気なんだろう。
「猟師か木こりにでもなるの?」
まあこの村ではそれが無難。
もしくは出稼ぎだけれど。
「う~ん、それはちょっとなあ……」
あまり稼ぎにならないからなあ。
そう頭を傾げる彼に、私は少し不安になった。
「ねえ、アッシュ」
そう呼べば、うん?と彼は私を見る。
その優しい金の瞳が私に向けられる瞬間が好きだ。
「アッシュも……町に出るの?」
「そうだな、騎士なんかいいよな」
そう言って空を仰ぎ見る。
途端に襲い来る不安。
「アッシュも……行っちゃうのね」
父さんは週に一度は帰ってくる。それでも寂しいけれど。
昨年、兄は家を出て町へ行ってしまった。そこで商売を始めるのだと言って。
両親は応援しながらも少し寂し気だった。勿論私も。
小さいこの村では仕方ない事とはいえ、親しい人たちが出て行くのは本当に寂しいのだ。
幼馴染のアッシュもまた、出て行くのだろうか。
「ジュリアは?」
不意に聞かれて、キョトンと彼を見る。
「ジュリアはどうするの?もうすぐ16歳──俺たちは成人する。ジュリアはどうするの?」
成人したら、男子は家業の手伝いをするか起業するために町へ出るか、はたまた起点はこの村で、町へと出稼ぎに出るか。
女子もまた町へ出る者が多い。けれどそれは男子とは異なり、腰掛けの仕事をしつつ出会いを求めてだ。
村に出会いがあればそれでもいいのだが、小さな村ではなかなかうまくいくことはなく。自然と町へ出るのが多い。
私の友もまた、何人か出る事を決めている。
けれど私は──
「私は、この村が好きよ。たまにしか会えないけど父さんが帰る場所のこの村が。兄さんは──滅多に会えなくなってしまったけれど、それでも彼の帰る場所の一つだし。母さんがいて、幼い妹が居て──出来ればここに居たいわ」
「そうだね、それがいいよ」
その言葉にチクリと胸が痛む。
一緒に来てとは言わないのね──
確かに私達は恋人同士ではない。けれどそのうち……そうなると思っていたのは自分だけなのかと悲しくなった。
「ジュリアはこの村に居るべきだ。町なんか出てもろくな事にならないよ」
「何それ」
ちょっとムッとしてしまう。
「どうせ私はもてないし、ろくな男見つけられないわよ」
「そういう意味じゃなくて……」
その言葉にアッシュが苦笑する。
じゃあどういう意味よ。
そう聞けば、彼は「あー」だとか「うー」だとか言って頭を抱えてしまった。
一体なんなのだ。
「だからさ、こういう意味」
「え?」
どういう意味?
そう聞く事は出来なかった。
アッシュの顔が、金の瞳が目の前にあって眩しいと思った直後。
重ねられた唇。
息が止まりそうになって。
思わずギュッと目を瞑り、縋りつくようにアッシュの服を握りしめた。
長い長い口づけが終わる頃には、私の息はあがっていた。
「な、なに……」
「町なんか出て悪い虫がついたらどうするんだよ。ジュリアは俺の嫁さんになるんだから」
「はあ!?」
恋人でもないのに、話が飛躍しすぎじゃない!?
そう問えば「とっくに恋人だろ」と笑われてしまった。
悔しいけれど言い返せない。
私はアッシュが好きだ。
アッシュも私が好きだ。
ならば恋人なんだろう。
幼い恋は成就したということなんだろう。
「いつか迎えに来る──と言いたいところだけど。それまで俺が待てそうにないからなあ」
「何それ」
「騎士団への入団試験が合格したら、すぐに式を挙げような」
「へ?」
「村で一番豪華な式を挙げよう。……きっとジュリアの花嫁姿は綺麗だろうな」
空を眺めながら、何頬を赤らめて想像してるの。
というか、勝手に話を進めないでよ。
「嫌?」
「い、嫌じゃないけど……!」
分かってる。
私達はまだ未熟な子供で。
この約束が本当に果たされるとは限らない。
それでも。
「愛してるよ、ジュリア」
「……私も愛してるわ、アッシュ」
再び近づくアッシュの顔に、私は目を閉じてその瞬間を待った。
触れる唇。
どうしてだか、その感触を私は知ってる気がした。
先ほど、初めてのそれを経験した時から、どこか不思議に思った。
このキスを知っている。
私は確かに、このキスを知っているのだ。
「ねえアッシュ」
唇が離れても、まだその距離は近い。
互いの吐息を感じるまま、私はアッシュに問うた。
「ひょっとして、私達って前世からの知り合いだったりする?」
「なんだそれ」
今度はアッシュがキョトンとする番だ。
「なんだろう……何かが思い出せそうで思い出せない。そんな感じなのよね」
「ま、そういう事もあるだろ」
こともなげに言われてしまえばそれ以上は何も言えない。
「そっか。ま、いいか」
「そうそう。前世なんてどうでもいいだろ。今が大事だって」
そう言って輝く笑顔を向けられて。
私もニッコリ笑って「そうだね」と告げたのだった。
~fin.~
22
お気に入りに追加
190
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説
あなたをずっと、愛していたのに 〜氷の公爵令嬢は、王子の言葉では溶かされない~
柴野
恋愛
「アナベル・メリーエ。君との婚約を破棄するッ!」
王子を一途に想い続けていた公爵令嬢アナベルは、冤罪による婚約破棄宣言を受けて、全てを諦めた。
――だってあなたといられない世界だなんて、私には必要ありませんから。
愛していた人に裏切られ、氷に身を閉ざした公爵令嬢。
王子が深く後悔し、泣いて謝罪したところで止まった彼女の時が再び動き出すことはない。
アナベルの氷はいかにして溶けるのか。王子の贖罪の物語。
※オールハッピーエンドというわけではありませんが、作者的にはハピエンです。
※小説家になろうにも重複投稿しています。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる
田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。
お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。
「あの、どちら様でしょうか?」
「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」
「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」
溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。
ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。
好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
(完結)夫に殺された公爵令嬢のさっくり復讐劇(全5話)
青空一夏
恋愛
自分に自信が持てない私は夫を容姿だけで選んでしまう。彼は結婚する前までは優しかったが、結婚した途端に冷たくなったヒューゴ様。
私に笑いかけない。話しかけてくる言葉もない。蔑む眼差しだけが私に突き刺さる。
「ねぇ、私、なにか悪いことした?」
遠慮がちに聞いてみる。とても綺麗な形のいい唇の口角があがり、ほんの少し微笑む。その美しさに私は圧倒されるが、彼の口から紡ぎ出された言葉は残酷だ。
「いや、何もしていない。むしろ何もしていないから俺がイライラするのかな?」と言った。
夫は私に・・・・・・お金を要求した。そう、彼は私のお金だけが目当てだったのだ。
※異世界中世ヨーロッパ風。残酷のR15。ざまぁ。胸くそ夫。タイムリープ(時間が戻り人生やり直し)。現代の言葉遣い、現代にある機器や製品等がでてくる場合があります。全く史実に基づいておりません。
※3話目からラブコメ化しております。
※残酷シーンを含むお話しには※をつけます。初めにどんな内容かざっと書いてありますので、苦手な方は飛ばして読んでくださいね。ハンムラビ法典的ざまぁで、強めの因果応報を望む方向きです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
なんてこったい!
切なすぎるよ。
ホントに刹那な二人が哀しいお話だけど、最後で少し救われたのかな…
とてもいい作品だったけど、切ないねぇ。はぁ
感想ありがとうございます。
あまり書かない悲恋ものでしたが、切なさをうまく表現できてましたでしょうか。
最終章では思わず泣いてしまいました
切ない、切ないです。・゜・(ノД`)・゜・。
失ったあとに気づく思い
大きな歯車の一つでしかない自分
エピローグも最高でした
もうもう、キュ-(⸝⸝⸝°◽︎°⸝⸝⸝)→ ン
ありがとうございます。
生まれ変わっても出会う二人。今度は自由に生きて、幸せになって欲しいですね。
一番の復讐相手は王家じゃ?王家の人間根こそぎとまではいかなくても国王になったら毎晩、罪も無く犠牲にされて来た人に襲われる悪夢見る呪いとかかけれたら良いのにねw
ですね、王家が一番悪い説。ひっそりと王家にも不運が舞い降りてると思っておきましょう(◎_◎;)