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第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
2、
しおりを挟む「これまた不用心」
呟くドランケの視線の先には、窓辺に佇む一人の女性。開け放たれた窓から入る風が、彼女の長い髪を揺らしている。
「ふうむ、まあ及第点かな」
こちらを向いた女性の顔を見て、頷くドランケ。血の美味さは、その美しさに比例する。というのが吸血鬼の間では共通の認識。
偉そうに人の容姿をあれこれ言える立場なのかといえば、言える立場なドランケ。黙っていればアルビエン伯爵といい勝負と、誰もが認める美形な彼は、肩にかかる黒髪を払う仕草も、また様になっている。
「だがディアナには遠く及ばないな」
これまでの長い生で、ディアナ以上に美しい存在を見たことが無い。それこそ自分を魅了するほどに、彼女は美しい。初めての出会いも、彼女の美しさと美味そうな血の匂いに惹かれてのことなのだ。
だがそれも彼女が伯爵の想い人となった時点で、食指は動かなくなった。というか動かせない。ディアナに何かしようものなら、伯爵が黙ってはいない。
伯爵に嫌われるのだけは絶対嫌だ。
一体なぜそれほどにドランケは伯爵に固執するのか……そこに理由なぞない。
ただ吸血鬼でもないのに不老不死で、独特の能力を持つ彼のことを、一目見て気に入ったのだ。「お前、俺の友達」などと言い出すくらいには。言って伯爵に白い目で見られても、気にしないくらいに伯爵はドランケのお気に入り。
そんなアルビエン伯爵お気に入りの存在、モンドーもドランケは可愛くて好きだ。少年だから最初から食指は動かないし、吸血鬼が人狼を吸血したいと思うほど酔狂でもない。ただのペットのような感覚。
ディアナも美しいから好き。彼は美しいものが全て好きだ。だがディアナはドランケを嫌っている。理由は明白。その理由による問題を解決すべく動くべきなのだが、一向に手掛かりがつかめないので、ちょっと最近飽きてきた。……なんて言おうものなら、確実にディアナに絶交を言い渡されるだろう。そうなれば伯爵とも同じ道を辿るのが目に見える。
「……明日から、また動くか」
だが今はとりあえず、そっちの解決は後回し。まずは腹ごなしが必要と、そっとドランケは窓辺に近付いた。
家は裏通り沿いで、人気はない。女性の居る窓の部屋は三階だが、コウモリに変身できるドランケにとってその程度の高さは意味をなさない。
「よし、いく……」
「そいやー!」
「ぞお!?」
よし行くぞと気合いを入れかけた、まさにその時、。ドランケの掛け声と同時、なにやら声がしたかと思えば気付けば彼は吹っ飛んでいた。
何かが闇から飛び出して、何かがドランケに体当たり。ドンと飛ばされ、飛んだ先にはゴミ捨て場。
あわれドランケ、ゴミまみれ。
「ななな、なんだあ!?」
ゴミの山をかき分け、どうにか立ち上がろうとするも運悪く明日はゴミ収集の日。朝一に出すようにというお触れはあってないようなもの、守らぬ住人によってゴミ捨て場は前日から既に山となっている。それこそ埋もれれば簡単に這い上がれないくらいに。
「くそ、立ち上がれん……! 変身……したら、コウモリのままゴミに埋もれてしまいそうだな」
吸血鬼の最期がゴミの中とか、絶対に嫌すぎる。しかしこのまま明日の収集時間まで埋まり続けるのも間抜けが過ぎる。
「へ、ヘルプ……」
誰か助けてと情けない声とともに伸ばされた手は、期待通りにはっしと掴まれ、引っ張られる。
「わ!?」
その勢いの強さに思わず声を上げ、ゴミの山から飛び出たドランケは「とと、と……!」と勢い余ってタタラを踏んだ。
「うう、臭い……」
ようやく脱出できた喜びを上回る悪臭に、その美しい顔が嫌そうにしかめられる。
思わず自身の体をクンクンと嗅いだところで「なにやってるんだ、お前は」と声がかかった。
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