上 下
28 / 48
第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】

2、

しおりを挟む
 
「これまた不用心」

 呟くドランケの視線の先には、窓辺に佇む一人の女性。開け放たれた窓から入る風が、彼女の長い髪を揺らしている。

「ふうむ、まあ及第点かな」

 こちらを向いた女性の顔を見て、頷くドランケ。血の美味さは、その美しさに比例する。というのが吸血鬼の間では共通の認識。
 偉そうに人の容姿をあれこれ言える立場なのかといえば、言える立場なドランケ。黙っていればアルビエン伯爵といい勝負と、誰もが認める美形な彼は、肩にかかる黒髪を払う仕草も、また様になっている。

「だがディアナには遠く及ばないな」

 これまでの長い生で、ディアナ以上に美しい存在を見たことが無い。それこそ自分を魅了するほどに、彼女は美しい。初めての出会いも、彼女の美しさと美味そうな血の匂いに惹かれてのことなのだ。
 だがそれも彼女が伯爵の想い人となった時点で、食指は動かなくなった。というか動かせない。ディアナに何かしようものなら、伯爵が黙ってはいない。

 伯爵に嫌われるのだけは絶対嫌だ。

 一体なぜそれほどにドランケは伯爵に固執するのか……そこに理由なぞない。
 ただ吸血鬼でもないのに不老不死で、独特の能力を持つ彼のことを、一目見て気に入ったのだ。「お前、俺の友達」などと言い出すくらいには。言って伯爵に白い目で見られても、気にしないくらいに伯爵はドランケのお気に入り。

 そんなアルビエン伯爵お気に入りの存在、モンドーもドランケは可愛くて好きだ。少年だから最初から食指は動かないし、吸血鬼が人狼を吸血したいと思うほど酔狂でもない。ただのペットのような感覚。
 ディアナも美しいから好き。彼は美しいものが全て好きだ。だがディアナはドランケを嫌っている。理由は明白。その理由による問題を解決すべく動くべきなのだが、一向に手掛かりがつかめないので、ちょっと最近飽きてきた。……なんて言おうものなら、確実にディアナに絶交を言い渡されるだろう。そうなれば伯爵とも同じ道を辿るのが目に見える。

「……明日から、また動くか」

 だが今はとりあえず、そっちの解決は後回し。まずは腹ごなしが必要と、そっとドランケは窓辺に近付いた。
 家は裏通り沿いで、人気ひとけはない。女性の居る窓の部屋は三階だが、コウモリに変身できるドランケにとってその程度の高さは意味をなさない。

「よし、いく……」
「そいやー!」
「ぞお!?」

 よし行くぞと気合いを入れかけた、まさにその時、。ドランケの掛け声と同時、なにやら声がしたかと思えば気付けば彼は吹っ飛んでいた。
 何かが闇から飛び出して、何かがドランケに体当たり。ドンと飛ばされ、飛んだ先にはゴミ捨て場。

 あわれドランケ、ゴミまみれ。

「ななな、なんだあ!?」

 ゴミの山をかき分け、どうにか立ち上がろうとするも運悪く明日はゴミ収集の日。朝一に出すようにというお触れはあってないようなもの、守らぬ住人によってゴミ捨て場は前日から既に山となっている。それこそ埋もれれば簡単に這い上がれないくらいに。

「くそ、立ち上がれん……! 変身……したら、コウモリのままゴミに埋もれてしまいそうだな」

 吸血鬼の最期がゴミの中とか、絶対に嫌すぎる。しかしこのまま明日の収集時間まで埋まり続けるのも間抜けが過ぎる。

「へ、ヘルプ……」

 誰か助けてと情けない声とともに伸ばされた手は、期待通りにはっしと掴まれ、引っ張られる。

「わ!?」

 その勢いの強さに思わず声を上げ、ゴミの山から飛び出たドランケは「とと、と……!」と勢い余ってタタラを踏んだ。

「うう、くさい……」

 ようやく脱出できた喜びを上回る悪臭に、その美しい顔が嫌そうにしかめられる。

 思わず自身の体をクンクンと嗅いだところで「なにやってるんだ、お前は」と声がかかった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

連帯責任って知ってる?

よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

迦国あやかし後宮譚

シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」 第13回恋愛大賞編集部賞受賞作 タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として現在3巻まで刊行しました。 コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です! 妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...