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第一章 【殺人鬼】

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「全ては自警団が無能なせいだ! ワシは無駄金を使うために奴らを雇っているのではないぞ!」

 自警団は町長直轄だ。無駄金と言うが、自警団員はそれだけで生活できるほど給金を貰っていない。皆が別の職業……というか、本職を別にもちながら自警団員をしているのだ。

(偉そうなことを言う前に、給金をきちんと支払え)

 とは出さない伯爵の心の声。
 自警団は様々で、町長や村長次第で色々変わる。ちなみに伯爵が直接治めている、拠点の屋敷がある街は、その給金だけで生活できるので、なかなかに優秀な自警団で形成されている。

「翌日仕事があるんですから、夜の見回りにも限界があるんでしょう」
「人の命がかかってるんだ、仕事くらい休め!」
「いやいや、生活がかかってますから……」
「治安が悪くなったら町から人が出て行くかもしれんではないか! 人が減れば税収が減る!」

 結局は、自分の懐に入る金の心配か。
 このヅラ爺め! と叫びたいところをグッとこらえる。
 村長の髪はヅラで、それを取れば立派なツルリンが待っているのだ。そんなことの為に町長への給与──税金はあるのではない。と、声を大にして叫びたい伯爵。

 ヅラを取ったところを想像したら吹き出しそうになった。思わず口に指を当てたら、思案してると思ったのか、「お前如きが考えても犯人なんぞ分からんだろ」と言われた。いよいよそのヅラを奪ってやろうかと、伯爵が腰を浮かしかけた、その時。

「父さん、なにを大声でわめいているんだい。赤ん坊が起きてしまうじゃないか」

 家の奥から声がして、見れば若い男性が立っていた。

「おや、これは伯爵様」

 伯爵の顔を知る人物、それは彼がこの家の長男……つまり、町長の息子だからに相違ない。

「やあザカエル。久しぶりだね」
「ご無沙汰しています」

 およそ町長の息子とは思えぬ丁寧な態度と言葉遣いで、町長の息子ザカエル・ディッパルオは頭を下げた。伯爵の知る中で、この代々続く町長一族で彼に頭を下げたのはザカエルが初めてである。
 町長はともかく、その亡き奥方が至極真っ当に息子を育てたのであろう。

 幼い頃の彼を思い出して目を細める伯爵。
 ザカエルは女の子のように可愛らしい子だったが、成長した今や立派な青年。男らしいがその美しさはそのままで、とても美形に育っている。ちなみに子供二人を持つ良き父親だったりもする。
 滅多に来ないが、今回のようにやむを得ずこの町長宅を訪問するたびに、むしろ伯爵こそがストレスで髪を失いそうになった。だがそうはならなかったのは、ひとえにザカエルがとても可愛い子供で、癒しになっていたからだろう。
 これもまた、この代々続く町長一族では初めてのこと。

(どうか彼の息子もまともに育って、この呪いの連鎖を断ち切ってくれることを願うよ)

 そうでなければ、いい加減髪が無くなりそうだ。そんな怖い事を考えて、思わず伯爵は頭に手をやった。

「今日はどういった御用で?」
「うん……れいの殺人事件が気になって、ね」
「ああ。リバリースと彼の家族には気の毒なことで……」
「そうだね。ちなみに何か情報は入ってないかな?」

 頷いて質問するため見た先は、町長だ。一応は町長、腐っても町長、この町のことなら彼に全ての情報が流れる。それを得るための訪問だ。けして髪を減らすためではない。
 だがフンッと町長は鼻を鳴らすのみ。

「ワシに入る情報は、自警団が無能ということくらいだ。被害者の身元くらいなら分かるが、それ以上のことはなにも知らん」
「さようで」

 つまり無駄足だったということか。
 深々と溜め息をついて、伯爵は立ち上がった。

「ではリバリースの家にでも行ってみるかな」

 被害者に共通点は無い。夜中に出歩いていたということだけ。
 とはいえ、あんな物騒な裏通りになぜ家具屋の店主が夜中に行く必要があったのか。昨夜は満月で明るかったとはいえ、十日前に殺人があったばかりで警戒心はなかったのか。
 詳細を聞くには遺族に話を聞くのが手っ取り早い。

 カルディロンら自警団も話を聞きに行ったのかと問えば、「してません」と言われてしまった記憶は新しい。
 忙しいとはいえ、なるほど確かに町長の憤りも分かる気はする。まあ数日のうちに話を聞きに行くだろうが。
 こういうのは時間が勝負だ。……と、これまで読んだ推理小説が教えてくれる。

「リバリースの家ってどの辺だろう?」

 これ以上は町長と会話したくないと、伯爵の質問先は息子のザカエル。
 すると彼は、

「ご案内しますよ」

 と、連れて行ってくれると言うのだった。町長と違って、彼はきっとハゲないだろうなと伯爵はこっそり思ったり。

 連れだって外に出れば、背後から

「早く帰って仕事をしろ! 遊びの仕事じゃないぞ、後継として町長の仕事をだ!」

 と町長の声がかかって扉は閉じた。
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