10 / 42
第一章 戻る時間
6、
しおりを挟む気味の悪い娘だ。
そう言って父は立ち上がった。
どれだけ殴られても表情を変えずにいたら、徐々に父のほうが表情を変える。最初は真っ赤な顔で鬼の形相だったのが、最後には恐ろしいものを見るかのような目が私に向けられた。顔色は青い。
そしてついには手を止め、父は私から離れたのだ。
なんだ、変に抵抗するよりもこうすれば簡単に終わったのね。もっと早くに気付けていれば良かったのに。
うっすら開けた目に映るのは、私を殴った手が赤く腫れあがっているのと、その痛みに顔を歪める父の顔。メイドに冷たいタオルを用意しろと命じ、父は部屋を後にした。おそらく自室で手を冷やすのだろう。
「ふふ、バカみたい」
私に痛い思いをさせようとして、自分が痛い思いをするなんて。手を傷めるなんて。
間抜けとしか言いようがないわ。
本当は大声で笑いたいが、体中が痛くて指一つ動かせない。ゴホリと咳き込めば、血の味が口の中に広がった。
そんな私の体を、使用人の誰かが慌てて起こし、小さな桶が目の前に差し出される。そこに遠慮なく血を吐き出して、ホッと一息ついた。それを確認してから、誰かが医者を呼びに行くと話すのが聞こえ、誰かが私を抱き抱えて寝台に横たわらせた。
「ありがとう」
どうにか絞り出した声が、使用人に届いたかはわからない。
だが直後、使用人以外の者が私の顔を覗き込む気配を感じて目を開いた。
それだけで痛みに顔が引きつる。
「おに、さま……?」
それはアルサン兄様だった。お兄様は、私の顔を心配そうに覗き込む……なんてことはしない。
ニヤニヤと汚い笑みを浮かべて私を見ろしている。
「ざまあないな、リリア。いっそ死ねば良かったのに」
死。
11歳の子供が吐くに相応しい言葉とは言えない。それを兄は平然と口にする。妹の私に向けて。
「お兄様あ、もう終わりですの? つまらない……お父様ったら、もっとやってくだされば良かったのに」
同じく9歳の子供とは思えないとんでもないことを口にするのは、ミリス。
その顔は本当に残念だと思ってるように見える。
ギリと唇を噛めば、意図も簡単に血は流れる。唇も切れているのだ。
「まあそう言うな、ミリス。あんまりやっても、な。今後のお楽しみがなくなるだろ? こんな見すぼらしい娘が僕の実の妹だなんて……ホント恥ずかしいよ。我が公爵家のため、美しいミリスのため……こいつには、踏み台になってもらわなきゃ。せめてそれくらいの役に立ってもらわないとな」
私が聞いてないと思ってるのか、聞いてても構わないと思ってるのか。おそらく両方であろう兄は、そう言って笑う。
「お兄様ったら悪い人……いいえ、素敵な人。大好きですわ」
そう言って、ミリスも嬉しそうに笑って兄に抱きついた。それを受け止めギュッと抱きしめ返す兄。
「ああミリス、お前は本当に美しく可愛い妹だね。血が繋がってないのが残念で仕方ない。……いや、繋がってないことを喜ぶべきなのかな? 血のつながりがないのなら、結婚もできるからね」
「うふふ、お兄様ったら……」
「愛してるよミリス」
ミリスの額に兄は口づけを落とし、二人はそのまま手を繋いで部屋を後にした。
二人が居なくなるのを確認したところで、また使用人達が慌てて駆け寄って来た。
痛みで動けない私を、メイド達が世話をしてくれる。それをされるがまま、動かせない体の中で唯一動く口をいびつに歪ませる。
「は、ははは……あはははは……」
大声で笑うことは痛みで出来ない。だが可能な限りに私は笑った、笑い続けた。
愚か者たちの愚かな行為に、もう傷つく私ではない。あまりに愚かすぎて笑うのだ。
笑って、笑い続けて。
医者が来るまで、私はただ笑い続けた。
涙を流しながら。
82
お気に入りに追加
1,966
あなたにおすすめの小説
【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
【完結】愛してないなら触れないで
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「嫌よ、触れないで!!」
大金で買われた花嫁ローザリンデは、初夜の花婿レオナルドを拒んだ。
彼女には前世の記憶があり、その人生で夫レオナルドにより殺されている。生まれた我が子を抱くことも許されず、離れで一人寂しく死んだ。その過去を覚えたまま、私は結婚式の最中に戻っていた。
愛していないなら、私に触れないで。あなたは私を殺したのよ。この世に神様なんていなかったのだわ。こんな過酷な過去に私を戻したんだもの。嘆く私は知らなかった。記憶を持って戻ったのは、私だけではなかったのだと――。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※2022/05/13 第10回ネット小説大賞、一次選考通過
※2022/01/20 小説家になろう、恋愛日間22位
※2022/01/21 カクヨム、恋愛週間18位
※2022/01/20 アルファポリス、HOT10位
※2022/01/16 エブリスタ、恋愛トレンド43位
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!
風見ゆうみ
恋愛
「1番愛しているのは君だ。だから、今から何が起こっても僕を信じて、僕が迎えに行くのを待っていてくれ」彼は、辺境伯の長女である私、リアラにそうお願いしたあと、パーティー会場に戻るなり「僕、タントス・ミゲルはここにいる、リアラ・フセラブルとの婚約を破棄し、公爵令嬢であるビアンカ・エッジホールとの婚約を宣言する」と叫んだ。
婚約破棄した上に公爵令嬢と婚約?
憤慨した私が婚約破棄を受けて、新しい婚約者を探していると、婚約者を奪った公爵令嬢の元婚約者であるルーザー・クレミナルが私の元へ訪ねてくる。
アグリタ国の第5王子である彼は整った顔立ちだけれど、戦好きで女性嫌い、直属の傭兵部隊を持ち、冷酷な人間だと貴族の中では有名な人物。そんな彼が私との婚約を持ちかけてくる。話してみると、そう悪い人でもなさそうだし、白い結婚を前提に婚約する事にしたのだけど、違うところから待ったがかかり…。
※暴力表現が多いです。喧嘩が強い令嬢です。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。
格闘シーンがお好きでない方、浮気男に過剰に反応される方は読む事をお控え下さい。感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、感想欄での感情的な批判、暴言などはご遠慮願います。
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
【完結】愛とは呼ばせない
野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。
二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。
しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。
サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。
二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、
まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。
サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。
しかし、そうはならなかった。
どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。
kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。
前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。
やばい!やばい!やばい!
確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。
だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。
前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね!
うんうん!
要らない!要らない!
さっさと婚約解消して2人を応援するよ!
だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。
※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる