上 下
1 / 13

1、プロローグ

しおりを挟む
 
 
「ちょっとお姉ちゃん、この煮物何?すっごい不味いんですけど!」
「あ、ごめん……」
「たく、お前はいつまでたっても料理が上手くならねえなあ」
「ごめんなさい……」
「んも~お兄さん、いっつもこんなの食べさせられてるんですか?かわいそ~」
「そう思うだろ~?郁美ちゃん、俺に美味い料理作ってくれよお」
「え~あたしの料理は高いですよ~」
「いいよいいよ、体で払うからどう?」
「んもう、お兄さんったら、やだ~」

 目の前で夫と妹がいちゃつくのが視界に入らないように、私は俯きながら黙々と食事を続けた。

 これはいつもの事。
 夕飯時に私達夫婦の家に妹の郁美がやってきて、夕食を共にし。
 私の食事に文句を言いながらいちゃつく。

 そして。

「しゃあねえ、郁美ちゃん、外に食べに行こうぜ!」
「え~やっすいファミレスは嫌よ~?」
「まかせとけ、いい店知ってるんだ。……おい!」

 最後の呼びかけは、私にだ。

 視線を上げれば、右手を差し出す夫、明彦の手。

「お前の不味い飯なんか食ってられっか。外食いに行くから金出せ」
「はい……」

 私は言われるがまま、財布を渡す。

「ち、しけてんな、三万しかねえのかよ。おい、もっとねえのか!?」
「今はもうそれ以上は……」
「使えねえなあ、お前は!」
「お姉ちゃん、ちゃんとしてよ~?旦那様のためにもっと稼がなくちゃ!」
「そう思うだろ?こいつ、ほんと出来ないやつでさあ」
「もっと仕事増やせばぁ?」
「そんな……早朝から深夜まで複数掛け持ちしてるのに。この後もまた仕事に行くのに……これ以上増やすなんて」
「口答えしてんじゃねえよ!」

 ボロボロになりながら仕事を掛け持ちしてるのに、まだ増やせという郁美の鬼のような言葉に。
 さすがに反論しようとしたら、明彦の蹴りが入った。

「ぐえ!」

 思わず苦悶の声をだして、床にうずくまる。

「お前は俺らの言う事聞いて、黙って仕事してりゃいいんだよ!しょっぼいお前を嫁に貰ってやったんだ!態度で感謝を示せってんだ!!」
「ご、ごめんなさ……い!ひ、ひぐう、蹴ら、ないで……!」
「なあにお姉ちゃん、蹴るのが嫌なら殴ってあげようか?」

 そう言って、郁美はそばにあった盆を手にとり。

 ゴッ……!

 嫌な音が響く。
 思い切り頭を殴られたのだ。

 ポタリポタリと床に落ちる血。
 呆然とそれを見つめる私を尻目に、二人は出て行った。

 バタンと扉が閉じる音がして。
 二人の大きな声がまだ聞こえる。

「床、ちゃんと掃除しておけよ!」
「じゃあね~お姉ちゃん!」
「飯食った後は当然ホテルだろ?」
「え~でもそんなお金あるのぉ?」
「ま~無理ならどっか外ですっか?興奮するぞ」
「やだあ、変態~!」

 キャッキャと郁美が笑う声が徐々に遠ざかって。

 残るは静寂のみ。

「血……拭かなきゃ」

 頭をタオルで押さえながら、私は雑巾を取りに向かった。

 どうしてこうなったとか、今更考えてももう意味は無い。

 最初はこうではなかったのだ。
 明彦はよき夫で。
 郁美は可愛い妹だった。

 なのに、ある日体調を崩して仕事を早退した時。

 見てしまったのだ。
 ベッドで裸で抱き合う明彦と郁美の姿を。

 それから二人は遠慮しなくなった。いつでもいちゃつき、時には今からするから明日まで帰るなとか。酷い有様だ。

 私も私で、離婚して出て行けば良かったのに。
 それでも時々……本当に時々だが、優しくされると、やっぱりこのままの方がいいんじゃないかと思ってしまい。

 完全に、精神を病んでいた者の思考だと気付いたのは。

 気付い、たのは……

 視界が揺らぐ。
 いつの間にか私は床に倒れ込んでいた。

 意識が朦朧とする。

 手足が動かない。

 ああ、これはやばい状況なんだ。郁美に殴られた場所が悪かったのだろう。

 助けを呼ぼうにも、もう声も出ない。

 私は一人寂しく、死んでいく。
 こんな、こんな悲しい最期を迎えてようやく気付くなんて!

 後悔がひたすら押し寄せてきた。

 どうしてもっと早くに正気に戻らなかったのか。
 どうして早く出て行かなかったのか。

 どうして、あいつらの好きにさせていたのか。

 どうして、どうして……!!

 後悔が波のように押し寄せてくる。
 きっとあの二人は殺人の罪に問われるだろう。それだけが唯一の救いだと思いつつも。

 それでももっと痛い目に遭わせてやれば良かったと思った。

 復讐をしてやりたいと思った。

 ああでももう目を開けていられない。
 意識が消えそうだ。

 そうして、私の人生は終わった。全て、終わった──

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉は私を虐げたい。私は姉を●●したい

リオール
恋愛
マリナとルナは仲の良い姉妹だった。 だが妹のルナが王太子と婚約したことで、その関係は破綻する事となる。 王太子を愛する姉は妹を虐げたい。 では妹は──? 憎しみをぶつけ合う姉妹が迎える結末は、はたして…… ====== シリアスです。 タグにハッピーエンドとバッドエンド両方入ってますが、その意味は……

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります

柚木ゆず
恋愛
 婚約者様へ。  昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。  そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

Endless - エンドレス

泉野ジュール
恋愛
『この想いは消えない。たとえ立場が変わっても』 かつて王子だった少年は、国の侵略により奴隷に身を落とした。15年後、青年へと成長した少年は、自らが仕える侵略者のフィアンセに屈折した想いを寄せることになる。 愛は憎しみへと形を変えた。 そして、侵略者が再び征服されるとき、終わらない夢がはじまる。 【魔法のiらんど、小説家になろう様等にも掲載しています】

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

【完結】悪気がないかどうか、それを決めるのは私です

楽歩
恋愛
「新人ですもの、ポーションづくりは数をこなさなきゃ」「これくらいできなきゃ薬師とは言えないぞ」あれ?自分以外のポーションのノルマ、夜の当直、書類整理、薬草管理、納品書の作成、次々と仕事を回してくる先輩方…。た、大変だわ。全然終わらない。 さらに、共同研究?とにかくやらなくちゃ!あともう少しで採用されて1年になるもの。なのに…室長、首ってどういうことですか!? 人見知りが激しく外に出ることもあまりなかったが、大好きな薬学のために自分を奮い起こして、薬師となった。高価な薬剤、効用の研究、ポーションづくり毎日が楽しかった…はずなのに… ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))中編くらいです。

転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ
ファンタジー
ご連絡!  4巻発売にともない、7/27~28に177話までがレンタル版に切り替え予定です。  無料のWEB版はそれまでにお読みいただければと思います。  日程に余裕なく申し訳ありませんm(__)m ※おかげさまで小説版4巻もまもなく発売(7月末ごろ)! ありがとうございますm(__)m ※コミカライズも絶賛連載中! よろしくどうぞ<(_ _)> ~~~ ~~ ~~~  織宮優乃は、目が覚めると異世界にいた。  なぜか身体は幼女になっているけれど、何気なく出会った神獣には溺愛され、保護してくれた筋肉紳士なおじさん達も親切で気の良い人々だった。  優乃は流れでおじさんたちの部隊で生活することになる。  しかしそのおじさん達、実は複数の国家から騎士爵を賜るような凄腕で。  それどころか、表向きはただの傭兵団の一部隊のはずなのに、実は裏で各国の王室とも直接繋がっているような最強の特殊傭兵部隊だった。  彼らの隊には大国の一級王子たちまでもが御忍びで参加している始末。  おじさん、王子、神獣たち、周囲の人々に溺愛されながらも、波乱万丈な冒険とちょっとおかしな日常を平常心で生きぬいてゆく女性の物語。

縦ロール悪女は黒髪ボブ令嬢になって愛される

瀬名 翠
恋愛
そこにいるだけで『悪女』と怖がられる公爵令嬢・エルフリーデ。 とある夜会で、婚約者たちが自分の容姿をバカにしているのを聞く。悲しみのあまり逃げたバルコニーで、「君は肩上くらいの髪の長さが似合うと思っていたんだ」と言ってくる不思議な青年と出会った。しかし、風が吹いた拍子にバルコニーから落ちてしまう。 死を覚悟したが、次に目が覚めるとその夜会の朝に戻っていた。彼女は思いきって髪を切ると、とんでもない美女になってしまう。 そんなエルフリーデが、いろんな人から愛されるようになるお話。

処理中です...