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第六話 少女と狼犬

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「ごめ、な……」
「くうん?」

 俺の謝罪を不思議そうに見つめる竜人。お前は賢いな。
 賢いお前のことだから、俺がもう長くない事も理解してるだろう。理解しながら、そばに居てくれるんだな。

 でももういいんだ。俺はもう、いいんだ。

 だからどうか。

「りあ、な、さま、の、ところ、へ……」

 彼女を守ってくれ。俺はもう何も出来ないから。

 ああでもお前も……狼犬のお前でも、あの人数の大人相手では敵わないだろう。やられてしまうだろう。

 それは駄目だ。それでは駄目なんだ。

 もっともっと、強く──

『ではお望みのままに』

 不意に聞こえた気がした。耳を澄ますも、もう聞こえない。

 何だったのか分からないが、それでも俺は理解した。それが出来ると瞬時に理解できたのだ。

 俺は霞む目で必死に竜人を見た。心配そうな瞳。
 きっと人ならば泣きそうになってることだろう。

 そう、人ならば。

「ごめん。ごめんな、竜人……」

 また俺は謝って。
 動かなかった筈の手をそっと伸ばした。今だけは、不思議と動かせた、痛みの無い手を竜人に向けて。

「俺の体をお前にあげる。俺はもう駄目だから。でもお前なら……きっとお前なら俺の何倍も強くなれる。里亜奈お嬢様を守れる」
「わう?」
「ごめんな、辛い役目を……しんどい役目をお前に押し付ける事になって。だけど俺は……」

 愛してるんだ。
 あの小さく弱い少女を。
 心の奥に強さを秘めた、少女を。

「里亜奈様は優しくて可愛くて、思いやりがあって……強くて弱い人だから」
「……」
「だから、お前が守ってあげてくれ」

 俺の代わりに。

「出来るよな?」
「ワンッ!!」

 俺の問いに応えるように、竜人は大きく一声鳴いて。
 そっと俺の手に頭を添えてきた。

 お前は本当に賢いな。

 俺はそっとその頭に手を置いた。

「後は頼んだよ」
「ワウ!」

 力強い返事に俺は微笑んで。
 頭から手を離した。
 ──いや、力なく手は滑り落ちた。
 直後。
 俺の意識は闇へと消えた……。




※ ※ ※




 ハアハアと呼吸荒く、私は山道を迂回して走った。そしてようやく見えてきた屋敷。
 苦しいけれど、あと少しだ!

 ホッとして周囲に誰も居ない事を確認してから、私は玄関へと向かう。

 いや、向かおうとして気付いた。
 裏庭に、誰かが倒れてるのが見えてその足は止まる。

 誰──?
 錯乱してた時に私がやってしまった人が生きていて、外まで出てきたのだろうか?

 よく見ればその体は小さい。子供?

 たしか私がやった人間の中に、子供は居なかったはず。子供は使用人用の棟に居るはずの時間帯だったから。夕飯時だったはずだから。

 ではあれは誰だろう?

 ゆっくり近づいて見れば、それは血まみれの様相で──

「ひ──!!」

 驚愕に目を見開く。
 あれは、あれは……!!

「正人おぉっっ!!!!」

 それが誰であるか分かった瞬間。
 私は周りに気を付ける事もせず叫んで走り出した。
 走って走って……その姿にすがりつく!

 ボロボロの……血まみれで、ボロボロになってしまってる正人に!

「正人、正人、正人!!しっかりして正人!!」

 どうして、どうしてなの!?正人は何もしてないのに!悪いのは私なのに!どうして正人をこんな目に──!!

 揺さぶっても反応が無い。
 少し触れて分かる。正人の体が、手足がおかしな方向に曲がってる。体の感触がおかしなことが分かる。

 全身殴られて体中がズタズタになってるのだ。──生きてる方がおかしいくらいに。

「正人……?」

 そっと呼びかけるも、やはり反応は無かった。

 何かに向けられたかのように伸びた手。

 それをそっと手に取って。

「──!!」

 あまりの冷たさに、驚いて手を引っ込めた。力なく地面に落ちる正人の手。

「あ、ああ、あああああ……!」

 正人は、死んでいた。
 もうその温もりは無い。
 もう名前を呼んでくれない。
 もう──あの優しい目で、私を見てはくれない。

 正人は

 死んでしまったのだ




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