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第六話 少女と狼犬
19、
しおりを挟む「ごめ、な……」
「くうん?」
俺の謝罪を不思議そうに見つめる竜人。お前は賢いな。
賢いお前のことだから、俺がもう長くない事も理解してるだろう。理解しながら、そばに居てくれるんだな。
でももういいんだ。俺はもう、いいんだ。
だからどうか。
「りあ、な、さま、の、ところ、へ……」
彼女を守ってくれ。俺はもう何も出来ないから。
ああでもお前も……狼犬のお前でも、あの人数の大人相手では敵わないだろう。やられてしまうだろう。
それは駄目だ。それでは駄目なんだ。
もっともっと、強く──
『ではお望みのままに』
不意に聞こえた気がした。耳を澄ますも、もう聞こえない。
何だったのか分からないが、それでも俺は理解した。それが出来ると瞬時に理解できたのだ。
俺は霞む目で必死に竜人を見た。心配そうな瞳。
きっと人ならば泣きそうになってることだろう。
そう、人ならば。
「ごめん。ごめんな、竜人……」
また俺は謝って。
動かなかった筈の手をそっと伸ばした。今だけは、不思議と動かせた、痛みの無い手を竜人に向けて。
「俺の体をお前にあげる。俺はもう駄目だから。でもお前なら……きっとお前なら俺の何倍も強くなれる。里亜奈お嬢様を守れる」
「わう?」
「ごめんな、辛い役目を……しんどい役目をお前に押し付ける事になって。だけど俺は……」
愛してるんだ。
あの小さく弱い少女を。
心の奥に強さを秘めた、少女を。
「里亜奈様は優しくて可愛くて、思いやりがあって……強くて弱い人だから」
「……」
「だから、お前が守ってあげてくれ」
俺の代わりに。
「出来るよな?」
「ワンッ!!」
俺の問いに応えるように、竜人は大きく一声鳴いて。
そっと俺の手に頭を添えてきた。
お前は本当に賢いな。
俺はそっとその頭に手を置いた。
「後は頼んだよ」
「ワウ!」
力強い返事に俺は微笑んで。
頭から手を離した。
──いや、力なく手は滑り落ちた。
直後。
俺の意識は闇へと消えた……。
※ ※ ※
ハアハアと呼吸荒く、私は山道を迂回して走った。そしてようやく見えてきた屋敷。
苦しいけれど、あと少しだ!
ホッとして周囲に誰も居ない事を確認してから、私は玄関へと向かう。
いや、向かおうとして気付いた。
裏庭に、誰かが倒れてるのが見えてその足は止まる。
誰──?
錯乱してた時に私がやってしまった人が生きていて、外まで出てきたのだろうか?
よく見ればその体は小さい。子供?
たしか私がやった人間の中に、子供は居なかったはず。子供は使用人用の棟に居るはずの時間帯だったから。夕飯時だったはずだから。
ではあれは誰だろう?
ゆっくり近づいて見れば、それは血まみれの様相で──
「ひ──!!」
驚愕に目を見開く。
あれは、あれは……!!
「正人おぉっっ!!!!」
それが誰であるか分かった瞬間。
私は周りに気を付ける事もせず叫んで走り出した。
走って走って……その姿にすがりつく!
ボロボロの……血まみれで、ボロボロになってしまってる正人に!
「正人、正人、正人!!しっかりして正人!!」
どうして、どうしてなの!?正人は何もしてないのに!悪いのは私なのに!どうして正人をこんな目に──!!
揺さぶっても反応が無い。
少し触れて分かる。正人の体が、手足がおかしな方向に曲がってる。体の感触がおかしなことが分かる。
全身殴られて体中がズタズタになってるのだ。──生きてる方がおかしいくらいに。
「正人……?」
そっと呼びかけるも、やはり反応は無かった。
何かに向けられたかのように伸びた手。
それをそっと手に取って。
「──!!」
あまりの冷たさに、驚いて手を引っ込めた。力なく地面に落ちる正人の手。
「あ、ああ、あああああ……!」
正人は、死んでいた。
もうその温もりは無い。
もう名前を呼んでくれない。
もう──あの優しい目で、私を見てはくれない。
正人は
死んでしまったのだ
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