上 下
45 / 64
第六話 少女と狼犬

15、

しおりを挟む
 
 
「ああああっ!!」

 痛みで意識を取り戻した姉がまた咆えた。舌が無いから咆えるしか出来ないのだ。

 なんと汚い声だろう。あんなに可愛らしかった姉なのに。今やその影はどこにも残っていない。
 それに引き換え私は──すぐに血は消えて美しい手で私の頬を撫でた。

 ああ、スベスベだ。姉より美しい肌、美しい容姿。

 これならば──きっとお父様も愛してくださるに違いない。
 もう殴られる事もないかもしれない。

 そして……
 
「お嬢様!?」

 不意に、声がした。それは聞き覚えのある声。

 大好きだけど、今は聞きたくなかった、それ──

 私は恐る恐る声のした方を……玄関扉の向こうを見たのだった。そこには──

「正人──」

 恐怖で真っ青になってる正人が、そこに居た。
 彼の足元には大きな狼犬。

「竜人……」
「え!?」

 私の呟きに驚いた顔で見る正人。ああ、彼は私が里亜奈だとは気付いていないんだ。
 誰とも分からない人物に、真里亜が襲われてると思ってるのだ。

 それほどまでに私は変わってしまったのだ──

 急速に頭が冷える。
 状況を理解し。
 私は自分のしたことを考えて恐ろしくなった。

「──ひ!」

 持っていた物を慌てて床に放り投げる。あれは姉の眼球。今、あるべき場所から奪い取った……

「あ、あ……私……」

 それまでの高揚感が嘘のように冷え切った心。
 何かを失いかけていた私の心が、正人の登場によって──

 血まみれの手。──もう綺麗になる事なく、それは赤黒く汚れたままだ。
 屋敷中に転がる屍の数々。死屍累々たる光景に私は血の気が引き、そして正人もまた、蒼白になっていた。

 竜人の唸る声でようやく完全に私は我を取り戻した。

 私は何をしていたの?
 なんて恐ろしい事をしたの?

 ガクガクと体が震えだした。

「里亜奈お嬢様、なんですか……?」

 恐怖で。自分が恐ろしくて。
 自身の体を抱きしめてガタガタ震えていると、正人が信じられないという顔で問うてきた。

 それを怯えた目で見る私。
 それが問いへの答え。

「そんな……まさか……」

 信じられないだろう。私も信じられない。これが夢で無くて現実だと?そんなこと、誰が信じられるものか。

 けれどこれはけして覚めない、覚める事のない……現実、なのだ。

「いや……」

 嫌だ。

「いやよ……」

 こんなのは嫌だ。

「嫌よ嫌よ……いやああああああ!!!!」

 愛して欲しかった。
 可愛くなりたかった。
 優しくされたかった。
 優しくしたかった。

 ──強くなりたかった。

 なのに私はこんなにも弱い。邪悪な存在の甘言を受け入れて、己の欲望に従い、我を忘れて罪もない人々を地獄に落として──!

 頭を抱えて叫ぶ私。
 自身の犯した罪に耐えられず、私は床にうずくまってしまった。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 許されない。許されるはずもない大罪。それでも私に出来るのは謝罪する事だけなのだ。

 ボロボロと涙を流してひたすら謝り続ける。
 その時──フワリと温もりを感たのだ。

「大丈夫ですよ、里亜奈お嬢様」

 正人だ。正人が抱きしめてくれてるのだ。変わらぬ温かい手で、私を優しく包み込んでくれる──

「あ、あああ、あああああ……!!」
「大丈夫です。お嬢様は大丈夫ですから……」

 ボロボロと大粒の涙を流しながら、私はその体に縋りついた。縋りついて、ひたすら泣いた──




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

暗愚う家で逝く

昔懐かし怖いハナシ
ホラー
 男の子四人が、ある遊園地に来たときの話  彼らは、遊園地の奥ヘ入っていく。  その時、広場を見つけ、そこでボール遊びをしていた。いろんなアトラクションがあったが、何個かの面白い物は、背が足りなくて乗れないためであったからだ。  その近くには、誰も寄り付かないような、暗い木造りの家があった。二階のあるそこそこ大きいものだった。普通の家だ  さぁ、その家の真実が今明かされる。命をかけた、9時間の出来事。今思えば、悲しく、恐いものだった…  フィクションです。

渡る世間はクズばかり

翠山都
ホラー
漆器や木工を扱う製造販売会社「タケバヤシ」に勤める渡世里佳子は、オンライン販売部門を担当している。彼女のところには日に何件ものクレーム電話が持ち込まれるが、その大半はお客の理解不足だったり理不尽な要求だったりで、対応に神経をすり減らす毎日が続いていた。 ある日、里佳子は帰宅途中に見知らぬ祠を発見する。つい出来心でその祠に「この国から、クズみたいな人間がいなくなりますように」とお願いをした日から、彼女の日常は少しずつ変質しはじめる……。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

黒い花

島倉大大主
ホラー
小学生の朝霧未海は自宅前の廊下で立ち尽くしていた。 とても嫌な感じがするのだ。それは二つ隣の部屋から漂ってくるようだ……。 同日、大学でオカルト研究会に所属する田沢京子の前に謎の男が現れる。 「田沢京子さん、あなたは現実に何か違和感を感じた事はありませんか?」 都市伝説の影に佇む黒い影、ネットに投稿される謎の動画、謎の焦燥感…… 謎を追う京子の前で、ついに黒い花が咲く!

処理中です...