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「……今なんとおっしゃいました?」

 優秀なコックは、朝っぱらから突然やって来た……違った、帰って来た旦那様の分の朝食も問題なく用意する。下剤でも入れたらいいんじゃないの?という私の進言は「クビにならなければやりたいところなのですが……」という実に残念そうなコックの言葉と共に却下されてしまった。実に残念無念。

 そうして半月だかひと月だかぶりに向かい合っての朝食。……全く味せんわ、これ。ごめんね作ってくれたみんな。
 などと心の中で謝罪してる時だった。
 旦那様ことテリー……様、が何かを言ったのだ。

 よく聞き取れなかった。というか聞き間違いか?いっそ聞き間違いであってほしい。
 そう思いつつ聞き返せば、テリー……様はニッコリと唯一の取り柄である美形の顔にスマイルを浮かべてもう一度言った。

「うん。だからね。この侯爵家敷地って無駄に広いだろ?せっかくだから敷地内に別宅でも作ろうかなあと思うんだ」
「なぜに」
「うーんと……特殊な仕事する人たち?の住まう場所?」

 なぜに疑問形。
 というか、その特殊な仕事する人って、まさかまさか、まさかわんさかやぶさかとさかじゃないでしょうね?頭パニックですよ。

「あの、旦那様?その特殊な仕事する方って……女性ばかりですか?」
「そうだよ。よく分かったねえエリス!さすが俺の奥さん!」

 わーお。



* * *



 トンカントンカン

 小気味よい音が侯爵家敷地内に響き渡る。
 大きな庭は確かに持て余し気味で勿体ないとは思っていた。だが、まさかとさか──もういい──このような暴挙に出るとは。

 私は屋敷二階にある自室に据え付けられたバルコニーから、その光景を眺めていた。

 その光景とは。

「やあん、テリー様、私は角部屋がいいんですう!」
「そうかそうか、じゃあミラはここの……」
「やーだー!角部屋はマリアンがもらうのー!」
「そうかそうか、じゃあマリアンは反対のこっちで……」
「え~じゃああたしはどうなるの~?日当たりいいとこがいいー!」

 完成予定の図面を広げながら、建設風景を見つめる旦那様。そしてそんな旦那様を取り囲むのは、複数の女性。誰も彼もが露出の多い服で、胸や腕を旦那様に密着させながら談笑していた。
 うん、実に卑猥だ。子供が見るの厳禁な光景だ。

 ──で、これはどういう状況よ。

「ユーシア、これは一体どういう状況?」
「異常な状況ですな」

 激しく同意!ユーシアもたまにはまともなこと言うね!

 というか、誰もが異常な光景だと思ってるだろう。思ってないのは、その異常を作り出してる当人達だけだろう。

「奥様、お怒りのところ申し訳ありませんが……こちらの書類が急ぎでして。対応いただけますか?」
「あー、うん。……ああこれね、急ぎ指示を……」

 阿呆な連中が居座る庭から視線をはずし、私は執務に意識を向けた。

 ユーシアに指示を出しながら、ふと思う。

 ……私、何やってんだろ。


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