上 下
4 / 8

4、

しおりを挟む
 
 
「テリー様、お茶をどうぞ」
「ありがとうエリス。キミが淹れてくれたのかい?」
「はい。疲れに効くという茶葉を使用しております。最近お忙しいようでなかなかお帰りになれない旦那様のために、評判の良い物を調べて取り寄せました」
「そうか、エリスは優しいね。それだけで俺の疲れは吹き飛んでいくよ」
「ふふ、そう言っていただけると嬉しいです」



チチチ チュンチュン



 朝チュンと共に目覚める。目を開いて横を見ても、そこには誰も居ない。当然だ、私は随分前から広い寝台で一人眠っているのだから。かつて共に寝ていたあの人は、昨日も帰る事はなかった。

「……朝チュンってこう……なんていうか色気のある場面からの転換に使われるんじゃなかったかしら」

 どう考えても今の私は色気とは程遠いのだけど。まあ雀がそんなこと気にしてチュンチュン鳴くわけないのだろう。

 かつての私とテリー様。かつてのラブラブ夫婦だった頃の夢。良い思い出のはずが、現状のせいで最悪の思い出となった新婚の頃の夢を見た。
 ……最悪の夢見からの朝チュン、だ。まったくもって爽やかな朝ではないけれど、夢のせいで気分悪い一日を始めるのは勿体ないので切り替えよう。

「う~ん、今日もいい天気ねえ。……たまにはお買い物でも行こうかしら」

 大きく伸びをして窓の外を見やる。カーテン越しでも太陽の存在が感じられた。
 そういえばここのところ仕事が詰まってて引きこもっていたっけ。夢見も悪かった事だし、たまには気分転換も必要かもしれない。
 どんなに忙しくとも休息は必要というもの。
 決めた私は今日の予定をユーシアに伝えるべく、着替えるために立ち上がる。

 直後、メイドが扉をノックして入って来た時に

「旦那様がお戻りになりました」

 と告げてきた瞬間、最悪の朝だなと罪のない雀を恨みたくなったのだった。



* * *



「お帰りなさいませ、旦那様」
「やあエリス、久しぶり!随分お寝坊さんだね、いい天気なんだから早起きしなくちゃ!」

 知るかそんなこと!少なくとも朝チュンの時間に起きたわい!そもそもこっちは昨夜遅くまで仕事をしてたんだ。一段落ついたのが何時か知ってて言ってるわけ!?

 何もせずに愛人宅に入り浸ってる男の言葉にイライラするも、それでも一応の当主とくれば怒るわけにもいかない。
 久々の執務室に居座る旦那様に、私はとりあえず引きつった笑みを返しておいた。

 それにしても本当に久しぶりな気がする。前回帰って来たのっていつだったかしら?たしか……半月ぶりだったかしら?もはやどうでもいいので覚えてないわ。

「今日はどういったご用件で?」
「あはは、笑わせるなよエリス!用件なしに自分の家に帰ったらいけないのかい?」

 あはは、笑わせるなよ馬鹿旦那様!外での用件がない時だけ家に帰る阿呆の居場所なんて、この家にはないんですよ!

 とは言えないのが悲しい。

「そうですか。それでは朝食を用意させますね」

 出来れば一人で食べて欲しいのだけど、これは一応一緒に食べる必要があるわよね。一応夫婦なんだから。一応。今なら腹痛大歓迎。違う、旦那様のお腹に菌の攻撃ゴー。

「ああ頼むよ」

 ……まあそんな私の願望が届くわけないんですけどね。知ってた。

 返事を受けて私は執務室を後にするのだった。

 にしても執務室、ものすっごい綺麗に片付いてるわあ。山がないから旦那様も登ろうとはしないのね。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全部未遂に終わって、王太子殿下がけちょんけちょんに叱られていますわ。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられそうだった女性が、目の前でけちょんけちょんに叱られる婚約者を見つめているだけのお話です。 国王陛下は主人公の婚約者である実の息子をけちょんけちょんに叱ります。主人公の婚約者は相応の対応をされます。 小説家になろう様でも投稿しています。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

夫に惚れた友人がよく遊びに来るんだが、夫に「不倫するつもりはない」と言われて来なくなった。

ほったげな
恋愛
夫のカジミールはイケメンでモテる。友人のドーリスがカジミールに惚れてしまったようで、よくうちに遊びに来て「食事に行きませんか?」と夫を誘う。しかし、夫に「迷惑だ」「不倫するつもりはない」と言われてから来なくなった。

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります

柚木ゆず
恋愛
 婚約者様へ。  昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。  そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

結局、私の言っていたことが正しかったようですね、元旦那様

新野乃花(大舟)
恋愛
ノレッジ伯爵は自身の妹セレスの事を溺愛するあまり、自身の婚約者であるマリアとの関係をおろそかにしてしまう。セレスもまたマリアに対する嫌がらせを繰り返し、その罪をすべてマリアに着せて楽しんでいた。そんなある日の事、マリアとの関係にしびれを切らしたノレッジはついにマリアとの婚約を破棄してしまう。その時、マリアからある言葉をかけられるのだが、負け惜しみに過ぎないと言ってその言葉を切り捨てる。それが後々、自分に跳ね返ってくるものとも知らず…。

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした

今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。 二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。 しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。 元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。 そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。 が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。 このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。 ※ざまぁというよりは改心系です。 ※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

処理中です...