山吹アマネの妖怪道中記

上坂 涼

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天狗大戦争

最終局面

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 藍玉の幹部、構成員達が紫藤の左右に整列している。
「ふぉっふぉっふぉ」
 紫藤が鳳仙の頭を踏みつけ、アマネ達が電磁バリアによって吹き飛ばされる様子を壁に備え付けられたモニターで見ていた。
「残念じゃったな。これで主らは万事休す。我らの崇高なる宿願が果たされるのを、そこで這いつくばりながら見ていると良い」
 紫藤の傍らには小室が立っていた。
 鳳仙と同じように這いつくばる幽奈がぐぎぎと牙を見せる。二人は小室に捕らえられ、両手両足をふん縛られていた。
 藍玉の観測室はドーナツ型で、中央は吹き抜けになっている。吹き抜けの手すりから下を覗けば、十六の門が円を描いて並ぶ友人門が一望出来る。門といっても扉があるわけではなく、神社の鳥居と同じ形をしていた。
 紫藤が観測室から下方に向けて、声を上げた。
「相模坊殿。進捗はいかがですかな」
「ご覧の通りです。あと一分|《いちぶ》といったところでしょう」
「さっきからいちいちうるせえぞじじい! 黙ってみてろや!」
 相模坊の言う一分とは三分のことである。相模坊と眷属達、そして一人紫藤に悪態をついた治朗坊が石造りの門に向けて両手の平を向けて、力を注いでいる。彼らの身体は紫色の光を纏い、石造りの門も同じく全体を覆うようにもわもわとした紫色のオーラを纏っていた。
 門が通ずるまでの時間が間もなくと知った紫藤は、いやらしく頬を弛緩させた。
「そうですか。邪魔者も一掃しましたし、もはや敵なし。ようやっと愛しい妻に会えるのですな……お前らも黄泉の国へと向かう準備を整えておきなさい」
 紫藤が藍玉の幹部達を一瞥した。ある者は喜びを押し殺してほくそ笑み、ある者はヒステリックに泣き崩れ、またある者は喜びに狂って、ケタケタ笑いながら走り回った。
「ようやくだ……ようやく」
 紫藤が噛みしめるように、何度も同じ言葉を呟いた刹那――。
 耳をつんざくような爆音が飛来した。
 雷轟電撃の勢いで、身を焦がすような爆風と熱風が観測室に襲いかかる。
「なにごとだ!」
 紫藤が地面に這いつくばり、目を血走らせた。二十名ほどいた構成員と幹部の半数以上が爆発で巻き起こった風に煽られ、吹き抜けの穴へと落ちていった。その高さは十メートル以上。当たりどころが悪ければ骨折や全身打撲どころでは済まない。
 と、幹部の一人が治朗坊の真上に落ちた。治朗坊がその幹部を受け止め、搬送する荷物を扱うように、土の地面へと投げて転がす。
「さがみん。ちょっくら上に行ってきても良いか? おもしれえことになってるみたいだ」
「いいでしょう。貴方の本領は喧嘩の中にある。思う存分暴れてきなさい」
 相模坊の許しを得て、治朗坊がへっと鼻を鳴らす。すぐさまバサリと黒い翼を広げ、観測室へと舞った。
「おいおい。えらいこっちゃだな。こりゃあ」
 治朗坊が吹き抜けから観測室へとやってくると、紫藤が小室に取り押さえられている場面だった。
 だが治朗坊が驚いたのは、それだけが理由ではなかった。紫藤と小室の後方――鳳仙と幽奈の縄を解いている者達の影。やがて爆発で生じた白い煙が晴れ、その姿が露わになっていく。その影達は横に並列し、別々のヒーローポーズを決めていた。
「東島秋義……参上!」
「向井アズサ推参」
「鳴神雪恵、見参!」
「白井要、馳せ参じました」
「東島ミカン……こうりん!」
「東島デストロイヤー、登場」
 紫藤を縛りあげた小室が、のそりと立ち上がり、手に持つ小さな機械のボタンをカチリと押す。そしてこう短くつぶやいた。
「どかん」
 駆けつけたモンスターハントーの面々の後方で、爆発が起こった。小室がヘラヘラと笑って、白衣のポケットに両手を突っ込んだ。
「一度やってみたかったんだよ。ヒーローショーの演出的なやつ」
 新たに巻き起こった爆煙から新たな影。
「じろうぼぉおおおお!」
 それは隼の如く焔色の羽をはためかせ、突進してくる影。それは爆煙を瞬く間に吹き飛ばし、治朗坊の頬っ面に鉄拳をかます赤き山神。
「兄貴!?」
 治朗坊の兄貴分――太郎坊であった。
「てめえ、人の子をみだりに殺めるようなマネしやがって」
「オレじゃねえ! オレは直接手を下しちゃいねえ」
「同じじゃボケェ!」
 太郎坊は治朗坊の青い山伏衣装の胸ぐらを掴み、ガスガスと殴打する。
「悪かったね、お二人さん。あのまま組織内での逃亡劇が続いていれば銃火器で蜂の巣か、消し炭か、ドロドロに溶けていたろうからね。一芝居打たせてもらったよ」
 小室がヘラヘラとした表情を崩さずに、鳳仙と幽奈へ謝罪する。
「構いません。そんなところだろうと思っていましたので。命を救っていただき、ありがとうございました」
 冷静な小室とは打って変わって、幽奈がギャンと吠える。
「あたしがマジになれば、こんなヘナチョコども一発だったっつうの!」
「子ども達の巧みなチームワークに翻弄されて、呆気なくとっ捕まったのはどこのどなたですか」
 ぐううと、幽奈が自身の顔を両手で覆った。
 小室がニヤけながら俯き、首を左右に振る。
「いやはやともあれ。君らがプラスチック爆弾を、リュックサックいっぱいに持ってきてくれた功績が大きいよ。おかげで電子バリアの動力源である機関室も破壊出来た。感謝するのはこちらの方さ」
 状況が優勢へと変わり、落ち着きつつある探偵コンビとモンスターハントーの面々とは打って変わって、太郎坊と次郎坊の問答は相も変わらず止まず。太郎坊の怒号と治朗坊の絞り出すような声とのやり取りが続いている。
「だって可哀想だろう……! 相模坊の腹をちと慮ればピンと来るはずだ! 兄貴だって本当は分かっているんだろう!? 相模坊が幾百年の苦しみを抱いていたことをよぉ!」
「だからって守るべきものを不埒に殺める阿呆がどこにいるんだ!? 詭弁は寝てから言えってんだよ!」
 容赦のない殴打が炸裂する。とうに治朗坊の天狗の面のほとんどは砕け散り、坊主頭の精悍な顔が露見していた。
 ――その時、立ち込める爆煙から更なる合流者が登場した。
 艶やかな長い黒髪と、粗雑な短髪。凛とした顔立ちと、ザ・親父な顔立ち。意気揚々な立ち振舞と、背中を丸めてポケットに手を突っ込むような気だるげな立ち振舞。片や羽団扇を手に持ち、片やギターを背負った二人組。どこを取ってもデコボコで、お互いを補い合える名コンビ。
 山吹アマネと野沢明人である。
「もうそのくらいで良かろうて!」
 野沢が両手を膝の上に置くのと同時に、アマネが颯爽と駆け飛び、空中で言い争いを繰り広げる二人の間に割って入った。
「じろっさんも、おとっつぁんもいい加減にしろっての!」
 強引にぐぐぐと引き剥がそうとする。当然、力自慢の治朗坊と天狗最強の太郎坊を腕力で引き剥がせるわけもない。
「その呼び方……まさかアマネちゃんか!?」
「ああそうだよ! 久しぶりですねえ!」
 アマネはパッと笑ったかと思えば、ころりと真顔になった。
「……だが、山吹家の人間を見殺しにした件については、私も許しちゃいねえから覚えとけよ。てめえのしたことは、偽善も偽善。この世に蔓延る偽善の中でも最上級のクソッタレな我が儘だ」
「っ! ……そう、だろうな。けどよっ!」
「てめえに弁解する場面は用意されてねえ」
「そう、だけどよ……」
 いくら腕力で劣っていようと、アマネは天狗達に可愛がられてきた人間である。一時を共にした身内であり、なおかつ二十七歳の小娘に諭されては、幾千年も生きてきた天狗としては引かざる負えなかった。
 太郎坊がしぶしぶ治朗坊の胸元から手を離す。解放された後も、治朗坊は力無く宙に漂うばかりだった。
「おーい! お前ら、無事かぁ?」
 勢いが消沈し、宙でくゆる硝煙の向こうから関西のイントネーションが飛んでくる。
 最後の合流者――天照大御神である。
 なぜか彼女は各地を飛び回り、相模坊一派を探していたという豊前坊の背中に乗った姿で現れた。さらに二人の後に続いて、チェスを楽しんでいた伯耆坊とその眷属達がぞろぞろと飛んでやってくる。
 オールスター勢揃いである。アマネと野沢に味方する者が集う程に、二人の身体に力が漲っていった。
「おい豊前坊! もうちょい丁寧に飛ばんか! お尻が真っ赤になる!」
「すみません母上。これでも最大限に気を遣っているのです」
「母上!? テラ公、お前天狗の息子がいたのか?」
 野沢が驚嘆した。テラ公がほっほっほと自慢げに笑う。
「そりゃあいるじゃろう。天狗の息子の一人や二人」
「いねえよ!」
 テラ公は野沢の的確な突っ込みには耳を貸さず、続いて天狗最強の男に気さくな声を掛けた。
「おっ! サッちゃんやん! 久しぶりやなあ!」
 最強の男は、びくりと肩を震わせ、テラ公へとゆっくりと振り返った。
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 野沢が訝る。それに対し、テラ公は顔の前で手をひらひらと振った。
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 テラ公は鞍馬に指示を出し、太郎坊の側に寄った。それから、太郎坊の肩にぽんと手を置く。
「な、サッちゃん」
「そ、そうですな」
 あの威厳あふるる太郎坊が、たじたじになっている。これは一体全体どういうことなのか。
「ところで、ウズメ――」
「よ、よしましょう天照様。今は斯様な会話で花を咲かせている場合ではないでしょう」
「ほっほっほ。そうやねえ」
 テラ公はわざとらしく鷹揚に笑った。
 ――刹那。
 吹き抜けの穴全体から紫色の光が溢れ出した。
 それは発光した瘴気そのもので、瞬く間に施設内に広がっていく。
「おうおめえら! ぼうっと突っ立ってんじゃねえ! 全力で押し返すぞ!」
 太郎坊の怒声が空気を震わせた。
 バババッと翼の音が幾重にも重なり、その場にいる天狗達が瘴気吹き出す穴を囲うように円形を作った。その中には治朗坊と豊前坊の姿もある。
 瘴気を辺りに散らしてはならないため、単に強い風を送れば良いというわけにはいかなかった。息を合わせて、瘴気をその場に押し止める必要があった。繊細な力加減がものを言う局面である。
「耐性を持たない人間はすぐに逃げるんだ!」
 アマネが野沢の隣に降り立ち、探偵コンビとモンスターハントーの面々に避難するように持ちかけた。
 ――と、穴を覆う鉄柵付近で伸びていた藍玉職員が絶叫した。
 それに呼応するように、各方面から悲痛な叫びが上り始める。とどまることを知らないその勢いを見るに、門は今も瘴気を吐き出し続けているようだった。風で抑え止めようとも、瘴気の質量が増せば、いずれは漏れ出てしまうだろう。
 絶えず、地獄の業火に焼かれるような叫びが飛び交う。吐き出されている瘴気の量が尋常ではないのか……グラスにヒビが入っていくように、瘴気は既に少しずつ漏れ出ているようだった。
「ぎゃあああ!」
 人間の身体が瘴気に包まれ、腐り落ちていく様は、何度見ても見るに堪えないものだった。
 要と雪恵が大声を上げた。
「お嬢、脱出を!」
「これはやべえやつね! 退避! たいひー!」
 小室の号令も続いてかかる。
「お前ら! 俺らの出番は終わり! あとはこいつらに任せて、とっとと脱出するよ」
 発生した瘴気に対して、対策も耐性も持っていなかったモンスターハントーの面々が観測室から退いていく。縛りあげられた紫藤も一緒だ。
「あ、おい! こんな気持ち良くなれそうな機会を逃しちゃいかんでしょ!」
「うるさい」
 と……一人、大ブーイングの秋義のみぞおちにアズサの鉄拳がめり込んだ。
「ああん!」
 くの字に折れ曲がり、恍惚な表情で膝をつきそうになる秋義を、巨大化したデストロイヤーが背負い込む。
「アマネさん! あとはお願いします。また天狗マジック見せてください! 私、待ってます!」
「アズサちゃん……」
 アズサが珍しく声を張り上げた。それに対し、アマネが一瞬ハッと身動きを止める。アマネはふっと口角を上げて、腕を高々と頭上に持ち上げた。頭の上では真っ直ぐ親指が立っていた。
 彼女の返事を受け取り、アズサもぐっと親指を立てた。それから前に向き直り、観測室へと脱出していった。
「ねえ、私達も尻尾巻いて逃げろっての?」
 幽奈が不機嫌そうにアマネの顔を覗き込んだ。
「お前が良くても、鳳仙はどうするんだ。これは最高濃度の瘴気だ。ものの数秒で身体が腐るぜ?」
 幽奈は、ぐっと唇を噛んだ。
「死ぬなよ」
「当然」
 幽奈が鳳仙の手を取って、出口へと走り出す。
「アマネさん……ご武運を!」
 助手に手を引かれながら、鳳仙が振り返って言った。それに対して、手を持ち上げて返事をする。
 残されたのは、藍玉の者達による断末魔と天狗達の羽音。
 そしていつもの三人組……アマネ、野沢、テラ公。三人は横に並んで首を持ち上げていた。
 彼女らが見上げるのは、竜巻の如く荒れ狂う瘴気の塊。それは今も密度を増していっており、人の手の中で暴れ回るウナギのように、時折その身体をくねらせる。
 ――と。高くそびえる瘴気の渦から紫色の塊が大量に飛び出してきた。
 キン! 甲高い金属音が鳴った。
 何事かと三人は音の鳴った方に目をやる。
 すると、太郎坊が天狗の錫杖を刀で受けている光景が目に入った。
 紫色の塊だと思っていたものは、相模坊側に付いていた天狗達であった。瘴気を押し止めようとする太郎坊達を妨害しにきたのだ。
 そこで風狂な叫声が轟く。
 瘴気の渦の一部が風船のように、ぷくりと膨らみ――突き破られる。現れたのは腐り落ちた皮膚や粘膜によって粘り着きあった人骨の塊。それらが所々から突き出てきて、植物の触手のようにウネウネとくねりながら天狗達へと迫っていく。
 さらにはダメ押しと言わんばかりに、怨念を纏った大勢の死霊達が瘴気をすり抜けてきた。人骨の触手同様に、天狗達へと襲いかかっていく。
 その様子を見ていて気づいたのは、奴らが見境なく相手を襲っているということ。つまり狙われているのは相模坊に付いている天狗達も例外ではなかった。
 そんな混沌とした光景を目の前に、テラ公がふむと腕を組んだ。
「いよいよ最終局面やな」
 神は二人の前に出て、振り返る。
「ウチが黄泉の門まで連れて行ったる」
「大丈夫なのか? さすがのテラスちゃんでもこの瘴気は……」
 種族によって瘴気への耐性は違う。基本的に身に纏う気が淀んでいる程に耐性が強くなるため、妖気を扱うアマネと野沢の耐性は高い。羽団扇による恩恵を賜われば、ほぼ無害といっても良いほどだった。しかし……神霊であるテラ公は言わずもがな、耐性の無い部類であった。
「かまわんかまわん。入る前からこの濃度やからな。根の国をすっ飛ばして、黄泉の国と直結しとるのだろう」
 黄泉と現世の間には、境界線が設けられている。
 現世側の境界線は、先程まで太郎坊達が守護していた黄泉比良坂。黄泉側の境界線は根の国と呼ばれる死者の住まう国だという。途方もないほど広大な国であり、知る人ぞ知る三途の川もこの根の国に存在すると、野沢は以前アマネから聞いたことがある。
 その際、仏教と神道の考えがごっちゃになっていると野沢は指摘したが、真実は最初から変わらずそこに存在しており、同じ宗派が全ての正解を知っているわけではないと往なされた。
「ちゅうわけで、端から黄泉の国までは付いていってやれんし、出来ることと言ったらこれくらいよ。あのバケモノ共と真っ向から相手しとったら、時間なんかいくらあっても足りんしな」
「悪いな、テラ公。人事には介入しないと言ってたのによ」
 テラ公は、ふふんと笑う。
「いんや……今回はウチもあながち無関係ではないんよ。黄泉の国が絡んでしまっては尚一層な」
 アマネがそれに対して何か言いかけるのを見て、テラ公が咄嗟に二人の手を掴んだ。
「さあ、行くで!」
「ひぅ!?」
 野沢は臓物が揺れるような衝撃を感じた。アマネに抱きかかえられて飛んでいる時とは比にならないほどの乱暴さ。野沢達に気遣う余裕が無いほどに、この瘴気はテラ公の身体にとって毒なのだろう。
 紫色の膜に鋭いナイフを突き刺すように、三人は紫紺色の世界へと突入した。
 テラ公に手を引かれている最中、太郎坊が何かを言ったようだったが、全く聞き取ることが出来なかった。耳に届くは、無音にほど近い風切音のみ。
 動転する意識から覚醒した時には、既に黄泉の国への門前だった。
 テラ公が乱雑に二人を地面へと放り出す。アマネがすぐさま頭上を見上げ、大声で彼女の名前を呼んだ。
「テラスちゃん!」
「ウチにかまうな!」
「……でも!」
 さすがのテラ公も最高濃度の瘴気にあてられて、苦しそうに顔を歪めていた。追い打ちとばかりに黄泉の者達がテラ公へと縋り付くようにへばり付いてくる。その都度、テラ公は神力を使って消滅させている。
「いいから行けェ! お前らが相模坊を止められんかったら、次に待っとるのは人間界を巻き込んだ魑魅魍魎と神との大戦争じゃ! ウチのことはいいから、とっとと黄泉の国に行ってこい!」
 ――と、テラ公が自身の髪飾りを乱雑に剥ぎ取った。
「明人、こいつを! 黄泉の国の主である二人が手助けしてくれるはずや。ついでに……ウチは、ウチらは元気でやっとると伝えてくれ」
 彼女が投げやったそれを、野沢が片手でキャッチする。
「なんだかわからんが、わかった!」
 テラ公がふっと力なく笑った瞬間――。
「!? テラスちゃん、避けろォ!」
 神の背後で、人間を百人は一呑み出来るほどの巨大な怪物が、その口を開けて迫っていた。
 神は笑顔をたたえたまま、動こうとはしなかった。……いや、もはや動く力も残されていなかった。
 やがて……漆黒の闇が神へと差し迫り――呑み込まれた。
「テラ公ォォ!」
 野沢が絶叫する。アマネが怪物の喉元めがけて飛び立とうとした――その時。
 紫炎を纏った刀が閃光を放つように煌めいた。
 数秒後、怪物の首に一本の横線が入り、切り落とされた肉のように、胴体から首が滑り落ちた。
「天照様! 無事ですか!?」
 目にも止まらぬ抜刀術。その主である太郎坊がテラ公を抱えて宙に浮いていた。
 アマネが安堵の表情を浮かべたのも束の間、彼女はぐっと唇を噛み、野沢の手を引いた。
「行くぞ明人。これ以上、あの不埒な野郎に好き勝手させるわけにはいかねえ」
「ああ。そうだな」
 二人は短く視線を交わし、瘴気が渾渾と溢れ出る黄泉の門へと突っ走った。
 そんな彼女らを、宙から見下ろす二人の神。
「……サルタヒコか。すまんなあ。助かったわ」
「その名で呼ぶのはおやめください」
 テラ公は太郎坊の胸元に頭を預けた。
「いいじゃろ、別に。名などただの飾りじゃ。その者の本質が映るわけでもない」
「しかし……ですな」
「じゃあ何か? お前は相模坊や崇徳を憎むのか? 罰するつもりでいるのか?」
「……」
 太郎坊が喉の奥を鳴らし、唸るような声音を上げた。
「じゃろ? ……名は便利なものだが、残酷なものでもある。正か負の感情を注ぐ受け皿やからな。敬愛すべき名、忌むべき名。そのどちらかに天秤が大きく傾いたが最後……傾いた方の性質を一生背負うことになる。その被害は同じ名を持つ親族にまで及び、最悪――末代まで名に呪われ、名に殺される」
「ですな」
「名や過去に固執する必要は毛ほどもない。二人が崇徳と相模坊の本質を覗くことをできれば……。さすればきっと良くなる。頼んだぞ。明人、アマネ」
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