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第五章 パラレル
第151話 日常
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翌日、学校では特に変化もなくいつもの日常が通り過ぎていく。
朝から身体的コミニュケーションがうざい友紀ちゃんも、楓ちゃんの優しさも、そして十一夜君のそっけなさも。
昼休みにいつものメンバーで食事に向かう途中、また例の木下先生が進藤君と話し込んでいた。
用事があれば普通は先生が職員室なりに呼び出すのだが、ここ最近でこうして渡り廊下なんかで話しているのを見かけるのは二度目だ。
しかも前に見た時には木下先生が感情的になっているようにも窺えた。
秋空が広がる爽やかな空気の中、わたしは少し不穏なものを感じて気になるのだった。
「夏葉ちゃん、どうかした? あ、進藤君? 何々、気になってるの?」
「あ、ちょっとね」
「なんですと――――っ!?」
「ちょっとちょっとぉ。どうした、夏葉ちゃん!?」
あ、そっか。この人たちと話すとこうなるか。
「あー、違う違う。気になるってそういう意味で気になるわけじゃないから」
「じゃあ、どういう意味で気になるのかなぁ?」
うっざ。あぁ、面倒くさいわ、この子たちのこの絡み。
「はぁ~。たまたま前にも木下先生から今みたいに進藤君が捕まってるの見かけたから、なんかトラブってるのかなぁって思っただけ」
「ほぉ~。進藤君ねぇ……あ、そういえばさぁ。あの木下先生って何か怪しくない?」
「え?」
「あ~、怪しい怪しい」
「ん?」
立て続けに友紀ちゃんの怪しい発言に呼応する楓ちゃんに、わたしの視線はわけも分からずふたりを往復するのだった。
何々、興味津々なんですけど? あの人もしかするとわたしの敵かもしれないんですけど、何かあるの?
「怪しいって、何が?」
「怪しいっていうか、変な噂が立ってるよね」
「噂? どんな噂?」
「借金抱えてるとか、暴力団と関わってるとか?」
「何それ」
友紀ちゃんによれば変な噂が最近広まっているとか。まあ胡散臭いっちゃ胡散臭いかな。
「わたしが聞いたのは、教頭と不倫してるとか、居酒屋に夜な夜な現れる流しのギター弾きだとか」
「いや、ますます訳わかんないし」
楓ちゃんの話もとんでも話に近い。
どれもこれも信憑性に欠けるホントの噂にしか過ぎないような話だなぁ。
「あぁ、あとあれ。歌舞伎町のゲイバーで見かけた生徒がいるとか、錦糸町でキャバ嬢やってるところ見たとか?」
「マジで? そういえばわたし五反田の風俗でバイトしてるとかいう話も聞いた気がする」
「はぁ? 歌舞伎町のゲイバーにいたって別にそりゃ本人の自由じゃない。てかむしろそんなところで見かけてる生徒の方が問題なんだけど? キャバ嬢も風俗も」
この噂はおかしい。
どれもこれも何ともしれないバカバカしい話ばかりだ。不自然なくらい根拠のなさそうな怪しい話ばっかり次から次に出てくるけど、かえってわざとらしさを感じてしまう。
何か裏がある?
そう考えてしまうくらいには不審な噂が流れ過ぎてる。
「ねー。やば過ぎてありえないよね」
たしかに楓ちゃんのいう通り色々あり過ぎてとても信じられない。
「だよねー。でもさ、これだけおかしな噂が流れまくってるところが怪しいって話」
「それそれ。そういうことよ」
ふたりの言う通りだ。これだけいろんな噂話が流布されていることが怪しい。
これは十一夜君に相談した方が……って、余計なことか。
「ま、でも人の噂も何日だとか言うよね? どうせその内忘れられるって」
「そそ。そんなもんだって」
今度は友紀ちゃんの言葉に迎合する楓ちゃん。
「そんなもんか。ちなみに七十五日な」
一応そこだけ指摘して、三人は昼食に向かうのだった。
オープンカフェ形式で外に出ている丸テーブルを囲んでランチを取っていると、やにわに友紀ちゃんが一点を見つめて頬を赤らめている。
「あ、華名咲さんたち」
振り返ればあのピンデスのメンバーが揃って立っていた。なるほど、ピンデスの熱心なファンである友紀ちゃんがこうなるわけだ。
「先輩たち、聞きましたよ。メジャーデビューだそうで。おめでとうございます」
「あぁ、もう知ってるの? 早いね」
「はい、この子が熱狂的なファンで」
そう言って友紀ちゃんを差し出すと、先輩たちは驚いた様子で友紀ちゃんを見ている。
「どうもありがとう。あの、前にも一度話させてもらったことあったよね」
渡瀬先輩がそういえば思い出したといった感じで友紀ちゃんに声をかける。貴重なファンは大事にしなきゃだよ、先輩。
「ハ、ハイッ! 覚えて頂いてたなんて、光栄です!」
緊張しながらも高いテンションで友紀ちゃんが応じている。頑張れ!
「友紀ちゃん、CD出たら絶対買って先輩たちにサインしてもらうって言ってたくらいなんですから」
一応助け舟を出すわたし。ナイスフォロー。誰も言ってくれないから自分で褒めるよ。
友紀ちゃんはわたしのアシストに完全にテンパった様子で「そんなこと言ってないよ、何言ってんの夏はちゃんっ」なんて言ってるが、内心ではもっとやれと言っていそうだ。
「ありがとう! そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいよな」
渡瀬先輩がバンドメンバーに呼びかけるとみんなが笑顔をほころばせて口々にありがとうと友紀ちゃんに感謝を伝える。
友紀ちゃんはもう天に召されんばかりに頬を上気させて、頭からは蒸気が出そうだ。
「それに、ピンデスのあのサルタチオでのライブの時、実は彼女と一緒に見に行ってたんですよ」
「え、それじゃあの事故に巻き込まれちゃったわけか。それは申し訳なかったね……。あ、お詫びとお礼を兼ねて、よかったらCDのサンプル盤が何枚かあるから、あとでみんなでサイン入れて届けるよ。えっと、確か1年5組だったかな?」
「うわ、良かったじゃん友紀ちゃん! ありがとうございます、先輩たち。ほら、友紀ちゃんも、固まってないでお礼言わないと」
友紀ちゃんは完全に固まっているようで、促してもフリーズして使い物にならない状態だった。
なぜかわたしと楓ちゃんが必死で友紀ちゃんの分までお礼した後、先輩たちと別れた。
どんだけピンデスに入れ込んでるのかね、この人は。
午後には件の木下先生の授業もあったりしたが、別段何か変わったこともなく普通の授業だった。
わたしとしては、黒板に向かう木下先生の後ろ姿を眺めつつあれこれと思うところはあったのだが、結局進藤君と話してる姿を立て続けに見かけた以外で彼女に特に不審な言動もなく(おかしな噂話の流布を除けば)、これと言って学校で変わった出来事もないのであまり考えてもしょうがないかという結論に至った。
黛君とは、十一夜君から釘を刺されていることもあってこちらから近づいたり声をかけたりすることも特にしていない。特に向こうからも何か言ってくることもあまりないので何となく寂しい気もするが、こちらの世界に馴染んで普通の生活を送れているのなら何よりだ。
ただ、思いがけずできたこちらの世界にできた親戚とは時々連絡を取り合っているという話は聞いている。
このような調子で、わたしの日々はただ粛々とあるいは淡々と通り過ぎていくようにも感じられて、今までのちょっとスリリングな日常がちょっと懐かしいなんて、いささか不謹慎な考えがちょっとだけ過ぎったりしたのも事実だ。
そういう時にはわたしの前の席で憎たらしく机に突っ伏している十一夜君の背中を恨めしく睨みつけてみたりしたが、それで何かが変わるわけでは当然なかった。
そんな折のこと。
その日もたまたまひとりで帰宅中、電車を待つホームでの出来事だった。
「お久しぶりですね、華名咲さん」
突然声をかけられて驚いて声の方に向けば、あのMSのいかにも胡散臭そうなおじさんだった。
すかさず朧さんのバラの香りがほのかに香る。誰かの柔軟剤の香りかなという程度なので、知ってるわたしだけが朧さんのサインだなと気づける。
「あ、はぁ。どうも……」
「そう警戒しなくて大丈夫ですよ。何も獲って食おうってわけじゃありません。今日は華名咲さんに招待状を届けに上がりました」
そう言って男はきれいな横型の封筒をよこした。
「招待状?」
「ええ。今週末の日曜日、詳細は中身をご確認ください。お食事も兼ねてちょっとあなたとお話したいだけです。どうぞ平服で手ぶらでおいでください。迎えをよこしますので」
それだけ言うとわたしの返事も待たずに、またいつものように立ち去っていった。
「朧さん、どうしよ。この後ご相談、いいですか? 立ち話もなんですし、近くの喫茶店で」
わたしが傍から見たら独り言のようにつぶやくと、またほのかにバラが香るのだった。
朝から身体的コミニュケーションがうざい友紀ちゃんも、楓ちゃんの優しさも、そして十一夜君のそっけなさも。
昼休みにいつものメンバーで食事に向かう途中、また例の木下先生が進藤君と話し込んでいた。
用事があれば普通は先生が職員室なりに呼び出すのだが、ここ最近でこうして渡り廊下なんかで話しているのを見かけるのは二度目だ。
しかも前に見た時には木下先生が感情的になっているようにも窺えた。
秋空が広がる爽やかな空気の中、わたしは少し不穏なものを感じて気になるのだった。
「夏葉ちゃん、どうかした? あ、進藤君? 何々、気になってるの?」
「あ、ちょっとね」
「なんですと――――っ!?」
「ちょっとちょっとぉ。どうした、夏葉ちゃん!?」
あ、そっか。この人たちと話すとこうなるか。
「あー、違う違う。気になるってそういう意味で気になるわけじゃないから」
「じゃあ、どういう意味で気になるのかなぁ?」
うっざ。あぁ、面倒くさいわ、この子たちのこの絡み。
「はぁ~。たまたま前にも木下先生から今みたいに進藤君が捕まってるの見かけたから、なんかトラブってるのかなぁって思っただけ」
「ほぉ~。進藤君ねぇ……あ、そういえばさぁ。あの木下先生って何か怪しくない?」
「え?」
「あ~、怪しい怪しい」
「ん?」
立て続けに友紀ちゃんの怪しい発言に呼応する楓ちゃんに、わたしの視線はわけも分からずふたりを往復するのだった。
何々、興味津々なんですけど? あの人もしかするとわたしの敵かもしれないんですけど、何かあるの?
「怪しいって、何が?」
「怪しいっていうか、変な噂が立ってるよね」
「噂? どんな噂?」
「借金抱えてるとか、暴力団と関わってるとか?」
「何それ」
友紀ちゃんによれば変な噂が最近広まっているとか。まあ胡散臭いっちゃ胡散臭いかな。
「わたしが聞いたのは、教頭と不倫してるとか、居酒屋に夜な夜な現れる流しのギター弾きだとか」
「いや、ますます訳わかんないし」
楓ちゃんの話もとんでも話に近い。
どれもこれも信憑性に欠けるホントの噂にしか過ぎないような話だなぁ。
「あぁ、あとあれ。歌舞伎町のゲイバーで見かけた生徒がいるとか、錦糸町でキャバ嬢やってるところ見たとか?」
「マジで? そういえばわたし五反田の風俗でバイトしてるとかいう話も聞いた気がする」
「はぁ? 歌舞伎町のゲイバーにいたって別にそりゃ本人の自由じゃない。てかむしろそんなところで見かけてる生徒の方が問題なんだけど? キャバ嬢も風俗も」
この噂はおかしい。
どれもこれも何ともしれないバカバカしい話ばかりだ。不自然なくらい根拠のなさそうな怪しい話ばっかり次から次に出てくるけど、かえってわざとらしさを感じてしまう。
何か裏がある?
そう考えてしまうくらいには不審な噂が流れ過ぎてる。
「ねー。やば過ぎてありえないよね」
たしかに楓ちゃんのいう通り色々あり過ぎてとても信じられない。
「だよねー。でもさ、これだけおかしな噂が流れまくってるところが怪しいって話」
「それそれ。そういうことよ」
ふたりの言う通りだ。これだけいろんな噂話が流布されていることが怪しい。
これは十一夜君に相談した方が……って、余計なことか。
「ま、でも人の噂も何日だとか言うよね? どうせその内忘れられるって」
「そそ。そんなもんだって」
今度は友紀ちゃんの言葉に迎合する楓ちゃん。
「そんなもんか。ちなみに七十五日な」
一応そこだけ指摘して、三人は昼食に向かうのだった。
オープンカフェ形式で外に出ている丸テーブルを囲んでランチを取っていると、やにわに友紀ちゃんが一点を見つめて頬を赤らめている。
「あ、華名咲さんたち」
振り返ればあのピンデスのメンバーが揃って立っていた。なるほど、ピンデスの熱心なファンである友紀ちゃんがこうなるわけだ。
「先輩たち、聞きましたよ。メジャーデビューだそうで。おめでとうございます」
「あぁ、もう知ってるの? 早いね」
「はい、この子が熱狂的なファンで」
そう言って友紀ちゃんを差し出すと、先輩たちは驚いた様子で友紀ちゃんを見ている。
「どうもありがとう。あの、前にも一度話させてもらったことあったよね」
渡瀬先輩がそういえば思い出したといった感じで友紀ちゃんに声をかける。貴重なファンは大事にしなきゃだよ、先輩。
「ハ、ハイッ! 覚えて頂いてたなんて、光栄です!」
緊張しながらも高いテンションで友紀ちゃんが応じている。頑張れ!
「友紀ちゃん、CD出たら絶対買って先輩たちにサインしてもらうって言ってたくらいなんですから」
一応助け舟を出すわたし。ナイスフォロー。誰も言ってくれないから自分で褒めるよ。
友紀ちゃんはわたしのアシストに完全にテンパった様子で「そんなこと言ってないよ、何言ってんの夏はちゃんっ」なんて言ってるが、内心ではもっとやれと言っていそうだ。
「ありがとう! そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいよな」
渡瀬先輩がバンドメンバーに呼びかけるとみんなが笑顔をほころばせて口々にありがとうと友紀ちゃんに感謝を伝える。
友紀ちゃんはもう天に召されんばかりに頬を上気させて、頭からは蒸気が出そうだ。
「それに、ピンデスのあのサルタチオでのライブの時、実は彼女と一緒に見に行ってたんですよ」
「え、それじゃあの事故に巻き込まれちゃったわけか。それは申し訳なかったね……。あ、お詫びとお礼を兼ねて、よかったらCDのサンプル盤が何枚かあるから、あとでみんなでサイン入れて届けるよ。えっと、確か1年5組だったかな?」
「うわ、良かったじゃん友紀ちゃん! ありがとうございます、先輩たち。ほら、友紀ちゃんも、固まってないでお礼言わないと」
友紀ちゃんは完全に固まっているようで、促してもフリーズして使い物にならない状態だった。
なぜかわたしと楓ちゃんが必死で友紀ちゃんの分までお礼した後、先輩たちと別れた。
どんだけピンデスに入れ込んでるのかね、この人は。
午後には件の木下先生の授業もあったりしたが、別段何か変わったこともなく普通の授業だった。
わたしとしては、黒板に向かう木下先生の後ろ姿を眺めつつあれこれと思うところはあったのだが、結局進藤君と話してる姿を立て続けに見かけた以外で彼女に特に不審な言動もなく(おかしな噂話の流布を除けば)、これと言って学校で変わった出来事もないのであまり考えてもしょうがないかという結論に至った。
黛君とは、十一夜君から釘を刺されていることもあってこちらから近づいたり声をかけたりすることも特にしていない。特に向こうからも何か言ってくることもあまりないので何となく寂しい気もするが、こちらの世界に馴染んで普通の生活を送れているのなら何よりだ。
ただ、思いがけずできたこちらの世界にできた親戚とは時々連絡を取り合っているという話は聞いている。
このような調子で、わたしの日々はただ粛々とあるいは淡々と通り過ぎていくようにも感じられて、今までのちょっとスリリングな日常がちょっと懐かしいなんて、いささか不謹慎な考えがちょっとだけ過ぎったりしたのも事実だ。
そういう時にはわたしの前の席で憎たらしく机に突っ伏している十一夜君の背中を恨めしく睨みつけてみたりしたが、それで何かが変わるわけでは当然なかった。
そんな折のこと。
その日もたまたまひとりで帰宅中、電車を待つホームでの出来事だった。
「お久しぶりですね、華名咲さん」
突然声をかけられて驚いて声の方に向けば、あのMSのいかにも胡散臭そうなおじさんだった。
すかさず朧さんのバラの香りがほのかに香る。誰かの柔軟剤の香りかなという程度なので、知ってるわたしだけが朧さんのサインだなと気づける。
「あ、はぁ。どうも……」
「そう警戒しなくて大丈夫ですよ。何も獲って食おうってわけじゃありません。今日は華名咲さんに招待状を届けに上がりました」
そう言って男はきれいな横型の封筒をよこした。
「招待状?」
「ええ。今週末の日曜日、詳細は中身をご確認ください。お食事も兼ねてちょっとあなたとお話したいだけです。どうぞ平服で手ぶらでおいでください。迎えをよこしますので」
それだけ言うとわたしの返事も待たずに、またいつものように立ち去っていった。
「朧さん、どうしよ。この後ご相談、いいですか? 立ち話もなんですし、近くの喫茶店で」
わたしが傍から見たら独り言のようにつぶやくと、またほのかにバラが香るのだった。
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