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第五章 パラレル
第142話 こまったくんとこまったちゃん
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色々あって迎えた週末。
わけあって今わたしは、秋菜とディディエと連れ立って撮影スタジオを訪れている。
「いいよっ!」
「はい、今度は少し動きつけてみよっか」
「あぁいいねっ。きれい、すっごくいい!」
シャッターの連写音の合間、合いの手のように響くカメラマンの煽り文句。
秋菜はその言葉にどんどん盛り上がるのか、かっこよさげなポーズを決めまくってすっかりモデル業が板についている様子。
一方ディディエの方も、あれでなかなかなもので、元々の素材の良さもありかなり様になっている。
わたしも何とか二人についていかなくては、と思いつつ焦ってあれこれやった結果すごく不格好になってるのじゃないかと不安だ。ていうか不安しかない。
そう。
今我々は、ファッション誌ディセットの撮影中なのだ。
どうしてこうなったか。
つまり、秋菜とディディエの二人はともかくとして、なぜこの私まで撮影に参加しているのか。
はめられた……。としか言えないのだが、あれよあれよとなし崩し的に結局モデルとして参加させられる羽目になったのだ。
それというのもタユユこと祐太の件で、ディセット誌の豪腕編集長である瀬名女史に大きな借りを作ってしまったからに他ならない。
祐太のプライバシーと人権保護ため……そう言われたら断れなくなってしまうもんなぁ。
そんな祐太は大方、今頃アニメショップでも呑気に彷徨いてでもいるんだろうかと思うと多少の恨めしさも覚えるってものだ。
メイクさんにテカリを抑えられたり髪を直されたり、服も何着か換えたり何となくおもちゃにでもされたような感じだが、ひたすら言われるがままだった。
こっちは何しろ素人だ。
秋菜はこの仕事に取り組んで成長著しいし、ディディエは何だか腹立たしいことにあの残念キャラのくせして何をやらせてもキマってる。
解せぬ。
「いやぁ、秋葉ちゃん。ホントに初めて? 素人にしちゃ良かったよぉ」
なんて煽てられるけど、きっと気を使ってくれているのだろう。秋菜を見ていたら自分との違いは明白だ。秋菜がモデルの仕事に一生懸命打ち込んで普段から努力しているのも知ってるし、そんな秋菜とぽっと出の自分に差が出なかったら嘘だ。
だから「素人にしちゃ」という枕詞が付くわけだ。ま、秋菜の代役を務めたことがあったので一応まるっきりの初めてというのではないけれど、プロの目には始めても2回目も大差あるまい。
この撮影が終わる頃にはすっかり神経が擦り減ってヘトヘトだったし、こんな思いは二度と嫌だと心底思ったのだった。
とまぁ、撮影時はそんな風に思っていたのだが、いざ雑誌が発売されるともの凄い勢いでバズってしまったらしく、結果的に大騒ぎになってモデル業を簡単には断り難くなってしまった。
華名咲のネームバリューと血統の良さ、おまけに超イケメンフランス人のディディエまで血縁ってことで些か大袈裟に騒がれ過ぎだと感じている。
とは言うものの、やはりどう考えてもモデルの活動を大っぴらに続けていくわけには行かなだろう。
こちらとしては何しろMSに狙われている特異点なる存在であるからして、極力こうして騒がれたりして世間の注目を集めたくはない。はっきり言って困る。
そしてもうひとつ大きく困ることがある。
私と秋菜の双子設定に絡む事柄だ。
実際のところは私と秋菜は双子じゃなく見た目が瓜二つのいとこ同士なのに、なぜ秋葉という偽名を使ってまで双子設定していたのか。そこのところの事情に根本的な問題がある。
突然の謎の女子化によって、ついこの間まで男子だった華名咲夏葉はこの世から忽然と姿を消してしまったわけだ。
この奇妙奇天烈な珍現象に対応するため、中学までの同級生たちの間では男子だったはずの私は、一先ず、父の転勤で家族と一緒にパナマに引っ越したことになっている。そうして大学までエスカレーター式で持ち上がりの元の学校から出て今の学校に編入したわけだが、華名咲夏葉の名前が世に出ると男子だった自分を知る元の学校の人たちの目にはどう映るだろうか。
それを回避するために秋葉という偽名で秋菜と双子設定にして小規模にモデル活動していたわけだが、当然今の校内で私が夏葉で実は双子でないことを知る人たちも結構いるはずだ。口に戸は立てられないと言うが、有名になれば秋葉の本名が夏葉であることがすぐに知れ渡ってしまうであろうことは必至だ。つまり男子時代を知る人たちに今の女子力バリバリの夏葉が知れ渡るというわけだ。
トランスジェンダーであることを公表して活動する? うーん……私の場合はちょっと事情が違うということもあるし、そこのところで世間の好奇の目や差別と闘う覚悟もない。
そもそも自分の性別に違和感を感じて性転換したわけじゃないんだもんなぁ、私の場合は。子供の頃から性自認の違和感に悩んで悩んで闘う覚悟を決めた人とは根本的に違う。
それにまだ、自分が男子に戻る可能性もゼロではないと思っている。何しろ謎のホルモンバランス異常で、今もなおホルモン治療は継続中の身だ。但し染色体は完全に女性という不思議な状態なのだが……。だけど再び染色体まで男の状態に戻ることがあるかもしれないじゃないか。
突然男子に戻ったらモデルの仕事には大いに支障が出るだろう。そして世間からどう見られるだろう。しかも元の自分を知る人たちからしたら、男から女になったかと思ったらまた男になった。何やってるんだあいつと、それはそれは好奇の目を向けられることであろう。
どうしよう……。だからモデルの仕事は頑なに固辞してきたのに、ここにきてこんな事態になるとは……。巧いこと角を立てずに断る方法がないだろうか。
柵ってやっぱり出てきちゃうもんなんだなぁ。華名咲の大人たちはきっとそういう柵問題とうまく付き合ってきたはずだ。何かアドバイスもらえるだろうか、相談してみようかな……。
わけあって今わたしは、秋菜とディディエと連れ立って撮影スタジオを訪れている。
「いいよっ!」
「はい、今度は少し動きつけてみよっか」
「あぁいいねっ。きれい、すっごくいい!」
シャッターの連写音の合間、合いの手のように響くカメラマンの煽り文句。
秋菜はその言葉にどんどん盛り上がるのか、かっこよさげなポーズを決めまくってすっかりモデル業が板についている様子。
一方ディディエの方も、あれでなかなかなもので、元々の素材の良さもありかなり様になっている。
わたしも何とか二人についていかなくては、と思いつつ焦ってあれこれやった結果すごく不格好になってるのじゃないかと不安だ。ていうか不安しかない。
そう。
今我々は、ファッション誌ディセットの撮影中なのだ。
どうしてこうなったか。
つまり、秋菜とディディエの二人はともかくとして、なぜこの私まで撮影に参加しているのか。
はめられた……。としか言えないのだが、あれよあれよとなし崩し的に結局モデルとして参加させられる羽目になったのだ。
それというのもタユユこと祐太の件で、ディセット誌の豪腕編集長である瀬名女史に大きな借りを作ってしまったからに他ならない。
祐太のプライバシーと人権保護ため……そう言われたら断れなくなってしまうもんなぁ。
そんな祐太は大方、今頃アニメショップでも呑気に彷徨いてでもいるんだろうかと思うと多少の恨めしさも覚えるってものだ。
メイクさんにテカリを抑えられたり髪を直されたり、服も何着か換えたり何となくおもちゃにでもされたような感じだが、ひたすら言われるがままだった。
こっちは何しろ素人だ。
秋菜はこの仕事に取り組んで成長著しいし、ディディエは何だか腹立たしいことにあの残念キャラのくせして何をやらせてもキマってる。
解せぬ。
「いやぁ、秋葉ちゃん。ホントに初めて? 素人にしちゃ良かったよぉ」
なんて煽てられるけど、きっと気を使ってくれているのだろう。秋菜を見ていたら自分との違いは明白だ。秋菜がモデルの仕事に一生懸命打ち込んで普段から努力しているのも知ってるし、そんな秋菜とぽっと出の自分に差が出なかったら嘘だ。
だから「素人にしちゃ」という枕詞が付くわけだ。ま、秋菜の代役を務めたことがあったので一応まるっきりの初めてというのではないけれど、プロの目には始めても2回目も大差あるまい。
この撮影が終わる頃にはすっかり神経が擦り減ってヘトヘトだったし、こんな思いは二度と嫌だと心底思ったのだった。
とまぁ、撮影時はそんな風に思っていたのだが、いざ雑誌が発売されるともの凄い勢いでバズってしまったらしく、結果的に大騒ぎになってモデル業を簡単には断り難くなってしまった。
華名咲のネームバリューと血統の良さ、おまけに超イケメンフランス人のディディエまで血縁ってことで些か大袈裟に騒がれ過ぎだと感じている。
とは言うものの、やはりどう考えてもモデルの活動を大っぴらに続けていくわけには行かなだろう。
こちらとしては何しろMSに狙われている特異点なる存在であるからして、極力こうして騒がれたりして世間の注目を集めたくはない。はっきり言って困る。
そしてもうひとつ大きく困ることがある。
私と秋菜の双子設定に絡む事柄だ。
実際のところは私と秋菜は双子じゃなく見た目が瓜二つのいとこ同士なのに、なぜ秋葉という偽名を使ってまで双子設定していたのか。そこのところの事情に根本的な問題がある。
突然の謎の女子化によって、ついこの間まで男子だった華名咲夏葉はこの世から忽然と姿を消してしまったわけだ。
この奇妙奇天烈な珍現象に対応するため、中学までの同級生たちの間では男子だったはずの私は、一先ず、父の転勤で家族と一緒にパナマに引っ越したことになっている。そうして大学までエスカレーター式で持ち上がりの元の学校から出て今の学校に編入したわけだが、華名咲夏葉の名前が世に出ると男子だった自分を知る元の学校の人たちの目にはどう映るだろうか。
それを回避するために秋葉という偽名で秋菜と双子設定にして小規模にモデル活動していたわけだが、当然今の校内で私が夏葉で実は双子でないことを知る人たちも結構いるはずだ。口に戸は立てられないと言うが、有名になれば秋葉の本名が夏葉であることがすぐに知れ渡ってしまうであろうことは必至だ。つまり男子時代を知る人たちに今の女子力バリバリの夏葉が知れ渡るというわけだ。
トランスジェンダーであることを公表して活動する? うーん……私の場合はちょっと事情が違うということもあるし、そこのところで世間の好奇の目や差別と闘う覚悟もない。
そもそも自分の性別に違和感を感じて性転換したわけじゃないんだもんなぁ、私の場合は。子供の頃から性自認の違和感に悩んで悩んで闘う覚悟を決めた人とは根本的に違う。
それにまだ、自分が男子に戻る可能性もゼロではないと思っている。何しろ謎のホルモンバランス異常で、今もなおホルモン治療は継続中の身だ。但し染色体は完全に女性という不思議な状態なのだが……。だけど再び染色体まで男の状態に戻ることがあるかもしれないじゃないか。
突然男子に戻ったらモデルの仕事には大いに支障が出るだろう。そして世間からどう見られるだろう。しかも元の自分を知る人たちからしたら、男から女になったかと思ったらまた男になった。何やってるんだあいつと、それはそれは好奇の目を向けられることであろう。
どうしよう……。だからモデルの仕事は頑なに固辞してきたのに、ここにきてこんな事態になるとは……。巧いこと角を立てずに断る方法がないだろうか。
柵ってやっぱり出てきちゃうもんなんだなぁ。華名咲の大人たちはきっとそういう柵問題とうまく付き合ってきたはずだ。何かアドバイスもらえるだろうか、相談してみようかな……。
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