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第五章 パラレル

第140話 いつもの店

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「お尋ね者って……そんな……」

 悲しい決別なのか、希望に胸膨らませての旅立ちなのか、それは本人にしか分からない。もしかしたら将来になって振り返ってみないと分からないことなのかもしれない。
 だけど今の黛君にとって、現状は希望へ向かっているんだろうか……。気になるなぁ。

「華名咲さんはどうやら知っているようだけど、今は政府の研究機関にお世話になっている状態でね。保護と生活を保証してもらっている代わりに、向こうの世界についての情報提供や技術開発に関するアドバイザーみたいなことをしてるんだ。もっとも僕は技術者じゃないし、今のところ単にオブザーバーとして見守るだけなことが多いんだけどね」

 なるほど、そうなんだ。だけど、十一夜君の情報によれば、今の政府が軍事国家としての向こうの日本を参考にしようとしているなんてきな臭い話も出ていた。
 黛君の話だと、現状でこちらから向こうの世界にコンタクトするのは不可能っぽいけど、万が一そんな事態になったら、折角向こうの世界が嫌でこちらに来た黛君の未来はどうなってしまうんだろうか。
 もちろんわたしたちみんなにとっても……。
 何だか大人の考える世界って悲しい。

「ところで話がまた戻るんだけども。私のことまたその政府機関からマークされちゃったりする?」

「いや、それはないと思うよ。今日こうして君に会うことは事前に報告済みで、単純にクラスメイトと寄り道するだけだってことになってる。よもや、まさかこんな話になるなんて僕も予想していなかったけどね。それに、知っての通り華名咲さんのことは、以前マークが付いて確認済みだから大丈夫だよ。但し、今日僕が話した内容は絶対漏らしてもらっちゃ困るけど」

 ごめん。会話内容全部盗聴されてるけどそれは秘密ね。だけど余計なところに漏れる心配はないからいいよね。ってそれを知ったら良くないって言うだろうけど。

「そっか。ならよかった」

「さっきの華名咲さんの話だと、例えお上のすることでも下手なことしたら逆に怖い目に遭いそうだ」

「まぁな。ウフフ」

「それにしても、あのMSって組織は一体何なんだい? あの時は本気で殺されるんじゃないかと思ったよ。華名咲さん、本当に関係ないんだよね?」

「ないない。むしろ私も何故か狙われてるっぽいくらいだし。実を言うと私も一回拉致られたことあって……」

「えぇっ!? 大丈夫、それ?」

 あのことを思い出すと遠い目になっちゃうなぁ。ま、幸い十一夜君の暗躍で無事ですんだんだけど。そう言えばあれが十一夜君のことを知る切っ掛けだったなぁ。

「ってどうしたの、華名咲さん? 急にニヤニヤしちゃってるけど、今そんな話の流れだったっけ?」

「ぬぅっ? ニヤニヤ? 全然してませんけど、何か?」

 何だろ、度々指摘されてるなぁ、最近どこそこで。しとらんわ、ニヤニヤなんか。ふーんだ。

「……まぁ、別にいいけど……でも、そのMSって連中は本気で危険な奴らだなぁ……」

「でしょ? だけどまぁ、わたしに手を出すとか恐れ知らずだよねぇ、って思うんだ。命知らずかって話だよ」

「――――どうやらそのようだね……」

 ってまぁ、実際にあんな目に遭った時は怖くて泣きそうだったんだけどね。ちょっと強がり言ってみました。何せ十一夜君が付いてるからね、今の私には。フフン。

「それよかさぁ。もうバラしちゃったわけだし、何かあったらいつでも呼び出してくれていいからね。私で良かったら話聞くくらいするよ」

 情報収集も兼ねてな、フフ。
 それは言わなかったが、真面目な話、こっちでもし孤独だったら、同世代の友達として力になりたい。わたしも秋菜や叔母さんの存在に助けられたから、自分も誰かのためにそんな風にできたらと思うんだ。

「ありがとう、華名咲さん。僕も大した力に離れないけど、特異点と言われてる件で何か分かったら知らせるよ」

 そう言う黛君の表情は初めて見るとても柔らかなものだった。

「あ、因みに政府機関からは特に今の所特異点としてチェックされてはいないはずだから、そこんとこよろしくね」

「了解」
 
 その後LINEを交換して店を出て別れたが、LINEの内容も全て監視されているのだとか。
 なので黛君にLINEで迂闊なことは言えない。折角自由を求めてはるばるこの世界に渡ってきたんだろうけど、不自由してるなぁ、黛君。

 黛君と別れて駅に向かって少し歩いていたら、突然背後から「送る」と声がした。

「ひゃっ!?」

 びっくりしたぁ。
 振り返ればいつにも増してぶっきらぼうな十一夜君だった。

「十一夜君、びっくりしたよぉ。気配もなく背後から声かけるからぁ。わたしがゴルゴじゃなくてよかったわ、ほんとにもぉ」

「……」

 って、ノーリアクションかーい。何だよ全く。

「バイク回すから待ってて」

 一方的にそう言うと匇卒そそくさとバイクを取りに行ってしまった。
 ひょっとして機嫌悪いのかな……?

 そんなことがちらっと過ぎったりしているうちに、無免許バイクの十一夜君はすぐ戻ってきた。
 ムスッとヘルメットを手渡され、いつもみたいにタンデムシートに跨って彼の背中に体を預ける。機嫌悪いのかなとかチラッと思ってたけどなーんだ、いつも通りじゃん。温かくて私が一番安心する背中。

「今、恭平さんから新しい情報が入った。腹いっぱいかもしれないけど、どこかで話せる?」

 ん、そういうことなら先に言えばいいのに。

「じゃあ、さっきの店に戻ろっか?」

「…………いや、店を変えたい」

 何だよ、めんどくさ。すぐそこなんだからわざわざお店変えなくて良くない?
 何だかわがままだし、今日の十一夜君やっぱりちょっと変。

「そこまで言うなら別にいいけど? 私はどこでも」

「じゃあちょっと海の方へ行っていいか? 港区にウチでやってるドルチェの専門店があるから」

 まぁ、そう遠くはないし別にいいけど、その辺の店でもいいのになぁ。
 なんて思ってるとバイクが加速を始めた。ギュッと十一夜君にしがみついている腕の外側を風がなぞっていく。
 十一夜君の背中にヘルメットの頬を付けて、流れていく景色を眺めている内にあっという間に十一夜君の目的の店には到着した。

 店の外観は明るくかわいらしい色使いで、見るからにスイーツを扱ってますという雰囲気の女子受けの良さそうな店舗だ。店は2Fがイートインスペースになっていて、海に面した大きなガラス戸から広がるパノラマが素敵だ。

 店内に入ってすぐに十一夜君はスタッフに何かカードみたいなものを見せていた。経営者の一族であることを伝えるものだったようだ。
 案内された席は、海の景色は見えるが窓際ではなく少し奥まった落ち着けるスペースだった。

 メニューを広げるとどれも美味しそうで、この時期はまだジェラートも充実しているようだ。
 わたしは瀬戸内産の八朔はっさくのジェラートを注文することにした。八朔のジェラートなんて珍しい。
 十一夜君は、ショートケーキの盛り合わせと瀬戸内産レモンのジェラートにブリオッシュを注文していた。相わからずの大食い。
 
「素敵なお店」

「まぁな」

「フフフッ。よかった、いつも通りだ」

「え?」

 怪訝そうに顔を上げる十一夜君。自覚ないんか、ったく。

「うぅん。なんでもない」

「またか。いっつもそんなこと言ってる」

「そうだっけ?」

「あぁ」

「そっけないの」

「まぁな」

「何でそこいっつもドヤ顔なのよ? プハハハハ」

 思わず笑っちゃう。この素っ気無い感じがむしろいつも通りに戻った感じで安心する。
 不機嫌でそっけないのと、普段通りのそっけないのと、何となく区別がついてしまう。我ながら変だと思うけど。

「黛君と結構話せてよかった」

「あぁ」

「何か役に立つ情報あったかなぁ」

「あぁ」

「ちょっとぉ。もっと何かないのかなぁ」

「何が?」

 かぁーっ、愛想悪い。そっけないのにもほどがあるわ、この朴念仁が。

「もうちょっとさぁ、何かあっても良くない? 役に立ったとか、良くやったとかぁ。全然駄目だったかなぁ?」

「いや、そんなことない。凄く役に立つよ」

「その割に何か言いたそうなんですけど」

「いや、巧いこと話を引き出せてたと思うよ、ホントに。……ただ、最後の方……ゴニョゴニョ」

「最後の方? 何、ちゃんと聞こえない」

 何だかゴニョゴニョ言ってるけど、何言ってるのか聞き取れない。どうしたんだ今日の十一夜君は。おかしいぞ、ホント。

「何でもない。お疲れさん」

 そう言うと手が伸びてきて、優しく手櫛で髪を梳くみたいに撫でられた。十一夜君の骨ばった手だけど、こうされるのは不思議と嫌じゃない。
 でも何だかこれで誤魔化されたような気がしないでもない。だってこれ、楓ちゃんが何か有耶無耶にしようとして使う常套手段なのだ。これされるとふにゃんってなっちゃうんだもん。
 やるな、十一夜君。

 しょうがない。誤魔化されてやるとするか。ふにゃん。
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