118 / 162
第五章 パラレル
第119話 ふたりの出来事
しおりを挟む
ついつい自責の念に気持ちが鬱ぎがちではあったけど、どうにかこうにか持ち直しながら夏休みをやり過ごした。
学校が始まれば案の定、桐島さんの話題もちらほらと耳に入ってくる。十分予想されることだったので前もって心構えだけはしていた。
「ねぇねぇ、聞いた? 桐島さんのことっ」
「聞いたっ。びっくり! 亡くなったてねぇっ」
すぐ隣で交わされている友紀ちゃんと楓ちゃんの会話をどこか遠くで行き交う会話のように感じながら聞いていた。
「ねぇ、夏葉ちゃんも知ってた?」
友紀ちゃんがいつものセクハラも忘れて訊いてくる。まあそれくらいセンセーショナルな話題ではある。何しろ人一人の命がこの世界から失われたのだ。
「うん……花火大会のあの晩、十一夜君に聞いた」
「あ……そのことだったんだ……」
途端にちょっと気まずいような空気を醸す。
「うん……十一夜君、辛そうだった……」
「あぁ……」
わたしの発言に二人とも言葉を探すも見つからないといった様子だ。いかんいかん。この空気を作っちゃったのはわたしだ。重苦しくしてどうする。
とそこに、タイミングがいいんだか悪いんだか件の十一夜君が登校してきた。
「おはよう、十一夜君」
「おはよう、華名咲さん」
「十一夜君、おはよう」
楓ちゃんと友紀ちゃんもそれぞれ挨拶すると、十一夜君も挨拶を返し机に伏せて寝てしまった。まあいつも通りといえばいつも通りなので、心配した方がいいのかどうなのか今ひとつ判断がつかない。
「……」
わたしたち三人は無言で視線を交わした。言わずもがな、十一夜君の状況っていったいどんな感じなの? と誰も答えを持っていない疑問をぶつけ合ったのだ。
「ここは夏葉ちゃんの出番だね、うん」
楓ちゃんの無責任な案に友紀ちゃんもこれまた無責任にうんうんと頷いている。
「なんでよ……」
二人からの返答はなく、黙って頷いているだけだった。意味分かんないし。
結局その日、十一夜君と話す機会もないまま放課後を迎えた。休み時間はひたすら寝ている十一夜君は以前に戻ったみたいだけど、わたしの気持ちの問題なのか、なんとなく話しかけづらく感じてしまう。
下履に履き替えると後ろから声をかけられた。振り返れば十一夜君だった。
「久し振りに寄り道して帰らないか?」
おぉ。十一夜君と寄り道か。確かに久し振りだわ。
「あ、うん、いいけど。ホント久し振りだね」
取り敢えず秋菜に連絡して一緒に帰られない旨を伝えると、秋葉も友達と遊んで帰るとのことだった。
十一夜君が小腹が空いているというので駅前のハンバーガーショップに立ち寄ることになった。
まだまだ残暑の厳しいひなた道を歩きながら、十一夜君と何を話せばいいのだろうか考えていた。聞いていいか分からないが二人は恋人同士だったのかとか、そもそも桐島さんのことを話題にしていいものかとか、あれこれ気になっていることはある。
店に着いて十一夜君はクラシックアボガトチーズバーガーとロングポテトに加えナスとモッツァレラのトマトソースパスタを注文した。その体でどんだけ食べるんだ。小腹が空いてるってレベルじゃないぞ。大食らいは相変わらずだねぇ。ちょっと気圧されながら、わたしの方は自家製ジンジャーエールだけ注文した。
「恭平さんに治療してもらってるんだって?」
「え、うん……恭平さんに聞いてたんだ?」
症状が症状だけにあまり知られたくなかったんだけどなぁ。十一夜家に隠し事はできないか。どうせ朧さんにも知られてるんだろうし。ってかそういえば十一夜君が例の任務とやらを終えたわけだけど、朧さんの警護はどうなるんだろ。
「おぉ。あれでも医者だから守秘義務とかで詳しいことは聞いてないけど、大丈夫か?」
あぁ、十一夜君にバラされてはいないのか。恭平さんも気を遣ってくれたのかな。っていうかあれでも医者だからって、恭平さんって結構ちゃんとした医者だよね。まあ怪しげな入手ルートとか押さえてるけど。
「うん、恭平さんのお陰で順調だよ。ホルモンバランスがちょっと崩れただけ」
ちょっと崩れただけという事態でもなかったけど、まあ実際のところそれしか分かってないし言いようがない。
「そっか」
ってそれだけか! 相変わらずリアクション薄っ。もうちょい気遣えやっ。乙女の体は繊細だぞ。
「朧の警護は今後は外れることになるから、キーホルダーは肌身離さず持っておいて」
「あ、朧さんの警護無くなるんだ。お世話になりました」
直後にふわりとローズマリーの清涼な香りが鼻先をかすめた。差し詰めどういたしましてといったところだろうか。辺りを見回しても朧さんは見当たらない。そう広くもない店の中のことなのに、一体どうなっているのだろう。つくづく不思議だ。
「そういえば調査って進んでる?」
「ああ、調査というかそのための段取りというか。瞳子さんの面倒見てたのもプロジェクトの一環だったんだ」
「恭平さんがね。十一夜君が就いてるのは悲しい任務だって言ってた……このことだったんだね」
「恭平さんが? そうか……確かにね……。悲しい任務か。凡そ十一夜らしくない言い回しだけど、恭平さんらしい……」
「ふふ。恭平さん、自分は変わり者だって言ってた」
「あぁ……十一夜では変わり者だね……て言うか問題児扱いされることもあるけど」
「へぇ、そうなんだ。いい人じゃない」
「まあな。それに問題児扱いの恭平さんと言っても、十一夜家ではカリスマ的存在の曾祖父の血を一番濃く受け継いでるって言われてるんだ。曾祖父っていうのが十一夜では伝説的な人でさ。でも一説には結構な変わり者で、そういうの恭平さんとよく似てるらしい」
十一夜君のひいお祖父ちゃんかぁ。話には聞いてる。武蔵じっちゃんとすみれさんが手玉に取られたっていうあの人だ。
「へぇ~、そうなんだぁ。恭平さんってお医者さんしながら十一夜君みたいな活動もやっぱりしてるの?」
もしかしたら話せないことだったりするのかもしれないけど。ま、その時は言えないって言うでしょ。
「あの人はなぁ……まあこっちの世界でも腕は立つけど気まぐれなんだよ。何より強制されるのが嫌いで任務を選り好みするし、かと思えばお願い事には意外に気軽に応じてくれたりするし。十一夜家であんなに自分勝手にやってる人間は誰もいないよ。というか許されない。なんであれで十一夜家の人間でいられるのか謎だ」
恭平さん、そこまでか……。恭平さんについて語る十一夜君の顔は批判めいた感じではなく、苦笑いを浮かべながらもどこか優しい表情をしていた。
そういえば十一夜君たちが恭平さんのことをどうせ暇だろうからみたいに言ってたのは、任務とやらに縛られてないからってことだったなのかなぁ。
「但し恭平さん、今回のプロジェクトにはなんか珍しく積極的なんだ。僕は曾祖父を知らないけど、恭平さんはかわいがられたらしくてね。その曾祖父の因縁の懸案ってことでやる気出してる」
「十一夜君のひいお祖父さんかぁ……よっぽどスゴイ人だったんだね」
「らしいな。僕はよく知らないが。それでちょっとショッキングな話かもしれないけど、十一夜家としては瞳子さんの亡骸に用があったんだ」
は⁈ ショッキングどころの話じゃないって。突然何言い出すかと思えば用があったのは桐島さんの亡骸⁈ なんか凄いことが語られる予感⁈
学校が始まれば案の定、桐島さんの話題もちらほらと耳に入ってくる。十分予想されることだったので前もって心構えだけはしていた。
「ねぇねぇ、聞いた? 桐島さんのことっ」
「聞いたっ。びっくり! 亡くなったてねぇっ」
すぐ隣で交わされている友紀ちゃんと楓ちゃんの会話をどこか遠くで行き交う会話のように感じながら聞いていた。
「ねぇ、夏葉ちゃんも知ってた?」
友紀ちゃんがいつものセクハラも忘れて訊いてくる。まあそれくらいセンセーショナルな話題ではある。何しろ人一人の命がこの世界から失われたのだ。
「うん……花火大会のあの晩、十一夜君に聞いた」
「あ……そのことだったんだ……」
途端にちょっと気まずいような空気を醸す。
「うん……十一夜君、辛そうだった……」
「あぁ……」
わたしの発言に二人とも言葉を探すも見つからないといった様子だ。いかんいかん。この空気を作っちゃったのはわたしだ。重苦しくしてどうする。
とそこに、タイミングがいいんだか悪いんだか件の十一夜君が登校してきた。
「おはよう、十一夜君」
「おはよう、華名咲さん」
「十一夜君、おはよう」
楓ちゃんと友紀ちゃんもそれぞれ挨拶すると、十一夜君も挨拶を返し机に伏せて寝てしまった。まあいつも通りといえばいつも通りなので、心配した方がいいのかどうなのか今ひとつ判断がつかない。
「……」
わたしたち三人は無言で視線を交わした。言わずもがな、十一夜君の状況っていったいどんな感じなの? と誰も答えを持っていない疑問をぶつけ合ったのだ。
「ここは夏葉ちゃんの出番だね、うん」
楓ちゃんの無責任な案に友紀ちゃんもこれまた無責任にうんうんと頷いている。
「なんでよ……」
二人からの返答はなく、黙って頷いているだけだった。意味分かんないし。
結局その日、十一夜君と話す機会もないまま放課後を迎えた。休み時間はひたすら寝ている十一夜君は以前に戻ったみたいだけど、わたしの気持ちの問題なのか、なんとなく話しかけづらく感じてしまう。
下履に履き替えると後ろから声をかけられた。振り返れば十一夜君だった。
「久し振りに寄り道して帰らないか?」
おぉ。十一夜君と寄り道か。確かに久し振りだわ。
「あ、うん、いいけど。ホント久し振りだね」
取り敢えず秋菜に連絡して一緒に帰られない旨を伝えると、秋葉も友達と遊んで帰るとのことだった。
十一夜君が小腹が空いているというので駅前のハンバーガーショップに立ち寄ることになった。
まだまだ残暑の厳しいひなた道を歩きながら、十一夜君と何を話せばいいのだろうか考えていた。聞いていいか分からないが二人は恋人同士だったのかとか、そもそも桐島さんのことを話題にしていいものかとか、あれこれ気になっていることはある。
店に着いて十一夜君はクラシックアボガトチーズバーガーとロングポテトに加えナスとモッツァレラのトマトソースパスタを注文した。その体でどんだけ食べるんだ。小腹が空いてるってレベルじゃないぞ。大食らいは相変わらずだねぇ。ちょっと気圧されながら、わたしの方は自家製ジンジャーエールだけ注文した。
「恭平さんに治療してもらってるんだって?」
「え、うん……恭平さんに聞いてたんだ?」
症状が症状だけにあまり知られたくなかったんだけどなぁ。十一夜家に隠し事はできないか。どうせ朧さんにも知られてるんだろうし。ってかそういえば十一夜君が例の任務とやらを終えたわけだけど、朧さんの警護はどうなるんだろ。
「おぉ。あれでも医者だから守秘義務とかで詳しいことは聞いてないけど、大丈夫か?」
あぁ、十一夜君にバラされてはいないのか。恭平さんも気を遣ってくれたのかな。っていうかあれでも医者だからって、恭平さんって結構ちゃんとした医者だよね。まあ怪しげな入手ルートとか押さえてるけど。
「うん、恭平さんのお陰で順調だよ。ホルモンバランスがちょっと崩れただけ」
ちょっと崩れただけという事態でもなかったけど、まあ実際のところそれしか分かってないし言いようがない。
「そっか」
ってそれだけか! 相変わらずリアクション薄っ。もうちょい気遣えやっ。乙女の体は繊細だぞ。
「朧の警護は今後は外れることになるから、キーホルダーは肌身離さず持っておいて」
「あ、朧さんの警護無くなるんだ。お世話になりました」
直後にふわりとローズマリーの清涼な香りが鼻先をかすめた。差し詰めどういたしましてといったところだろうか。辺りを見回しても朧さんは見当たらない。そう広くもない店の中のことなのに、一体どうなっているのだろう。つくづく不思議だ。
「そういえば調査って進んでる?」
「ああ、調査というかそのための段取りというか。瞳子さんの面倒見てたのもプロジェクトの一環だったんだ」
「恭平さんがね。十一夜君が就いてるのは悲しい任務だって言ってた……このことだったんだね」
「恭平さんが? そうか……確かにね……。悲しい任務か。凡そ十一夜らしくない言い回しだけど、恭平さんらしい……」
「ふふ。恭平さん、自分は変わり者だって言ってた」
「あぁ……十一夜では変わり者だね……て言うか問題児扱いされることもあるけど」
「へぇ、そうなんだ。いい人じゃない」
「まあな。それに問題児扱いの恭平さんと言っても、十一夜家ではカリスマ的存在の曾祖父の血を一番濃く受け継いでるって言われてるんだ。曾祖父っていうのが十一夜では伝説的な人でさ。でも一説には結構な変わり者で、そういうの恭平さんとよく似てるらしい」
十一夜君のひいお祖父ちゃんかぁ。話には聞いてる。武蔵じっちゃんとすみれさんが手玉に取られたっていうあの人だ。
「へぇ~、そうなんだぁ。恭平さんってお医者さんしながら十一夜君みたいな活動もやっぱりしてるの?」
もしかしたら話せないことだったりするのかもしれないけど。ま、その時は言えないって言うでしょ。
「あの人はなぁ……まあこっちの世界でも腕は立つけど気まぐれなんだよ。何より強制されるのが嫌いで任務を選り好みするし、かと思えばお願い事には意外に気軽に応じてくれたりするし。十一夜家であんなに自分勝手にやってる人間は誰もいないよ。というか許されない。なんであれで十一夜家の人間でいられるのか謎だ」
恭平さん、そこまでか……。恭平さんについて語る十一夜君の顔は批判めいた感じではなく、苦笑いを浮かべながらもどこか優しい表情をしていた。
そういえば十一夜君たちが恭平さんのことをどうせ暇だろうからみたいに言ってたのは、任務とやらに縛られてないからってことだったなのかなぁ。
「但し恭平さん、今回のプロジェクトにはなんか珍しく積極的なんだ。僕は曾祖父を知らないけど、恭平さんはかわいがられたらしくてね。その曾祖父の因縁の懸案ってことでやる気出してる」
「十一夜君のひいお祖父さんかぁ……よっぽどスゴイ人だったんだね」
「らしいな。僕はよく知らないが。それでちょっとショッキングな話かもしれないけど、十一夜家としては瞳子さんの亡骸に用があったんだ」
は⁈ ショッキングどころの話じゃないって。突然何言い出すかと思えば用があったのは桐島さんの亡骸⁈ なんか凄いことが語られる予感⁈
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる