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第四章 Love And Hate
第73話 待ち合わせ
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撮影会とカラオケやサバゲーで過ごした週末が明けて、週も半ばの水曜日のことだ。
その日は秋菜がクラスメイトに付き合って寄り道して帰るということだったので、わたしは一人で下校していた。
日直だったので職員室に日直簿を届けたりして少し用事を済ませてからの下校だ。最寄りの駅の近くをやや早歩きで急いでいたところ、とあるビルから出てきた麻由美ちゃんと鉢合わせした。
鉢合わせしたのが麻由美ちゃんということで、わたしは少し緊張を覚えて顔が強張ったのかもしれないが、麻由美ちゃんの方も少し焦った様子だ。
その表情を見てはたと気付いたのだが、麻由美ちゃんが出てきたこのビル、もしかして十一夜君が言っていた雑居ビルじゃないのだろうか。麻由美ちゃんにとって、これはマズいところを見られてしまったという気まずい表情だったのだろうか。
「あら、珍しいところで会うね。お買い物か何か?」
どう見てもオフィスビルなので、こんなところで買いものということはあり得ないのだが、その場を取り繕うためにとっさの思い付きで口を突いて出た言葉がそれだった。まあ会話としては差し障りがなく妥当なところじゃないだろうか。
「うぅん。……実はわたしね、このビルにある病院に通ってるんだ」
麻由美ちゃんは少し躊躇いがちに言った。
病院と聞いて、先日十一夜君たちと話した精神疾患のことが思い出される。
「病院? どこか悪いの?」
不躾かもしれないが、なるべく重くならないように訊ねてみた。
「うん、そうなんだ。ちょっと言い難い病気で、今はまだ言えないんだけど、言えるときが来たら華名咲さんにも聞いてもらえたらと思う」
言い難い病気かあ……。やっぱりあの豹変ぶりがそうなのかなぁ。
どちらにしろ謎は謎のままだ。本人も病気の所為であんな感じになっているのなら苦しんでいるのかもしれないし、わたしが一方的に被害者意識を持つのは公平じゃないかもしれない。今のところは被害者だとしか思えないけど。
麻由美ちゃんとはそのまま駅まで歩いて、ホームが別々だったため、そこで別れた。わたしはその足でまゆみちゃんが出てきたビルまで引き返し、ビルのテナントの中に病院を探した。
あったあった。医療法人秀朋会高橋こころのクリニックという看板が掲げられている。ここか……。
あれ、だけど十一夜君が言っていたエデン・ベンチャー・キャピタルは?
疑問に思って一応その会社も探してみたところ、実際に十一夜君が言っていた通りの状態で存在していた。
これはどういうことだろう。麻由美ちゃんが嘘を吐いているのか、それとも十一夜君の推察が間違っていたのか……。
取り敢えずわたしは看板をスマホで撮影し、今あったできごとと共に十一夜君たちと情報を共有した。
その晩、LINEでのやり取りで、聖連ちゃんから麻由美ちゃんの病気は解離性障害ではないかとの意見が出た。
すぐにネットで解離性障害について調べてみたところ、これは所謂多重人格と呼ばれていた病気で、一般的には何らかの精神的に大きな衝撃を受けるようなできごとに直面した場合に、それを回避するために別人格が出現する精神疾患の一種のようだ。
だとしたら麻由美ちゃんの過去に何らかのトラウマとなるような酷いできごとがあったのだろうか。
それと気になるエデン・ベンチャー・キャピタルという会社の存在だ。MSとこの会社は関係しているのかどうかが今後調査していく上でのポイントになるだろう。
麻由美ちゃんのことをあれこれ考えていたら何だか疲れてしまって、その晩は早めに床に就いた。
朝、目が覚めてカーテンを開けて朝日を取り入れると、昨日の朝とは打って変わって晴れ空が広がっていた。
ジョギングの後シャワーを浴びて部屋に戻ると、携帯に何件か着信履歴が残っていた。
こんな早い時間から誰だろうと思い確認してみると、何と武蔵のじっちゃんからだった。
「あ、おはようございます。華名咲です」
すぐに折り返して架電した。
『ああ、嬢ちゃんか。朝早くから悪いのお。なかなか捜査の方は難航しておるようじゃな。どうだ、気分転換に爺の道楽に付き合わんか』
爺の道楽って何だろう。まあ別に構わないが、ただ遊びに付き合えってことではないよな、多分。
「はい。全然構いませんが、いつですか?」
『おお、付き合いがいいのお。いいぞいいぞ。年寄りには優しくしておくもんじゃ。では今度の土曜日はどうじゃ』
「ええ、大丈夫ですよ。じゃあ、土曜日は空けておきます」
『よしよし、それじゃあ土曜日は楽しみにしておるよ。細かい打ち合わせはまた連絡するわい』
するわいって、何ていうステレオタイプな昭和のじっちゃん。本当にいるんだな、こういう人。
「こちらこそ楽しみです。それじゃあまた。ご連絡お待ちしています」
土曜日か。何だろうな。一連の事件についての何かだと思うのだが……。
約束の土曜日までの間はいつものように平和だが何か靄々したような、何とも言えない独特の時間を過ごすことになる。というのも麻由美ちゃんについて未だはっきりとしたことが分からないからだ。彼女が一連の事件の背後にいるのは高い確率で間違いなさそうだ。しかし丹代さんのような例もあり、単純に敵味方と決め付けてしまうのもどうかと思うのだ。
これもまたわたしの甘い考えなのかなぁ。
さて、そんな中、今日は放課後にちょっと呼び出されて図書室に来た。
実は高校に入ってから時々あるのだけれど、雰囲気からすると多分告白というイベントだ。
告白にも二つあるが、こちらがする側ではなくありがたくも告白される側。
但し、未だ自分の中で恋愛に関しての立ち位置は定まっていない。自分は女子になってしまったわけだが、じゃあそれで恋愛の対象が男子になったのかというとそんな気はしない。では相変わらず女子にドキドキするのかと言うと、そういうこともなくなった。
この状況で誰かから付き合ってと言われても、正直なところ受け入れることができない。しかも実のところ、高校に入ってからは男子からだけでなく、何故か女子からも告白されることがある。自分の中の男子の部分が出てしまっているのだろうか。
そんな時、今更ながらだけどまだ自分の中に幾許かの男子成分が残っていて、それが滲み出ちゃったりしているのだろうかとちょっとむず痒いような、だけどもちょっと嬉しいような気持ちになったりする。
何にしろ自分を好きになってくれる人がいるということ自体、勿論嬉しいものだけど。
でも今の自分にはそれに応えることができないので、その点については胸の奥がチクリと痛む。
呼び出された図書室に着くと、何人かの生徒が静かに読書をしている。こんなところで告白というのもちょっとやり難そうだ。もしかして告白じゃないのかな? てっきり告白されるとばっかり思っていたが、もしかして調子に乗ってたかと思うと少々気恥ずかしい。
相手が誰だか分からないことだし、わたしは書架から適当な本を取り出し、読みながら相手を待つことにした。
図書室の机は六人がけくらいの大テーブルになっていて、わたしは誰も使っていないテーブルを選んで着席した。窓際に近い席だが、カーテン越しの日差しは柔らかかったし、風にカーテンが揺れていて涼しそうだったので良しとした。
ストーリーのある本だと、途中で辞めるのを名残惜しく感じてしまうので、服飾の歴史に関する本を選んだ。時代ごとの流行や背景が図入りで解説されているので、読むと眺めるを半々ぐらいの割合で進めることができる。
女性向けの服飾の歴史はまあ勉強にはなるが、中世の西洋で着用されていたドレスは、正直言って元男の自分にとってあまり魅力を感じるようなものではなかった。大仰で華美で、自分好みではない。
女の子は小さい頃からこういうのに憧れてたりするのだろうか。その辺のところは自分には理解できない部分かもしれないな。
男物は男物でこれまたなんじゃこりゃな感じの服装だ。襟元にピエロみたいなピラピラが付いていたり、白いタイツ姿だったり、これはないなと言う雰囲気の服ばかりだ。
そんな調子でペラペラとページを繰っていたら大きな影に覆われた気がして顔を上げると、見知らぬ男子生徒が突っ立っていた。
わたしを呼び出したのはもしやこの人だろうか。背丈はわたしより高くて、そうだな……百七十センチ台の半ばくらいありそうだろうか。どちらかと言えば痩せぎすという部類に入る体型だ。
瓜実顔で上品な感じの顔立ちをしている。醸し出す雰囲気は優しそうだ。
「あの、来てくれてありがとう。僕、二年の渡瀬健人。ここじゃなんだから、カフェの方へ行かない?」
確かに図書室でお喋りはちょっと周りに迷惑だ。
学食は一般的な学食とは違ってどちらかと言えば雰囲気はカフェに近い。放課後は早い時間ならカフェとして何店舗か営業しているので、教員や生徒が利用している。
「ああ、はい、そうですね」
わたしは鞄を持って席を立ち、渡瀬先輩の後について学食へ向かった。
カフェではカップルや友達同士がお茶を楽しんでいる様子が散見されるが、人はそんなに多くはないようだ。
わたしはクランペットとウバティーを注文した。
「あの……華名咲さんは趣味とかある?」
少し緊張しているのだろう。暫く沈黙が続いたが、そのままでも埒が明かないので渡瀬先輩も何か会話の取っ掛かりを探していたのだろう。
趣味か。好奇心は旺盛なので興味は色々なことに向いているけど、こういうときに話せる趣味といったら何だろうな……。
「え~っと、音楽とか?」
「音楽か。聴く方? それとも演る方?」
「ああ、主に聴く方ですけど、楽器はピアノとギターを少々……」
ピアノは子供の頃から習っていたし、実は中学校でバンドを始めてギターも少し齧ったりした。
「へぇ~、凄いね。どんなの聴くの?」
来たなぁ。この質問がいつも一番困るのだ。一般的な音楽好きと比べるとジャンルは多岐に渡っているし、どれか特定の音楽に絞ることができない。
「う~ん、クラシックから民族音楽に至るまで聴いてる音楽は多岐に及びますから、これと絞り込むことができないです」
「あ、そうなんだ。本当に音楽好きなんだね。僕、実はバンドをやっていて、最近はライブハウスなんかでも演るようになったんだ。これ、よかったらチケットなんだけど、プレゼントするから見に来てくれると嬉しいな」
なんだ、宣伝のためにわざわざ呼び出された?
「二枚あるけど、できたら男と一緒には来ないで欲しいんだけど……華名咲さん、もしかして付き合ってる人とかいる?」
むむ、そう来たか。
「付き合ってる人は特にいませんけど、誰とも付き合う気もないんですよね」
そう言って牽制しておく。
「あ、そうなの? よかった」
よかっただと? ううむ、この人は一体どういう意図で近付いてきたのだろうか……。
「……?」
「だって、まだ誰にも出し抜かれてないってことだからね」
前向きか! 何ていうポジティブさなんだ。自分にはないな、こういう前向きさは。
「前向きですね」
些か苦笑いが起こってしまうが、こういう人にはどう接すればいいのだろうか。
「そうかな。僕、君のことが好きです。すぐに付き合ってとは言わないけど、音楽好きってことだし、よかったら音楽友達からでも始められたらなって思うんだけど、どうかな?」
うわっ、いきなり来たか。脈略ぶった切っての不意打ち告白。
「先輩はどんな音楽やってるんですか?」
取り敢えずスルーして音楽の話をしてみる。
「え、うちのバンド? オリジナルをやってるんだけど、ロックとエレクトロニカっぽい要素をミックスしたような感じ?」
「へえ~、面白そうですね」
「よかったら、今度うちのデモ音源持ってくるから、聴いてみてよ」
「あ、いいんですか? じゃあ是非」
音楽自体はかなり好きなので、先輩たちのバンドの音楽がどんなものなのかは興味がある。
先輩のいきなりの告白はスルーしたまま、のんびりお茶を飲みながら音楽話をして、結局その場はそのままやり過ごすことができた。
渡瀬先輩は結構この手のことに余裕がある感じなのだろうか。焦ってそれ以上のことを言ってくることもなく、終始音楽の話をしていた。
自分自身は付き合う気にはなれないが、普通の女子だったらどう思うんだろうな。個人的にはその余裕から女慣れしているような印象を受けて、何とも言えない感じがした。
その日は秋菜がクラスメイトに付き合って寄り道して帰るということだったので、わたしは一人で下校していた。
日直だったので職員室に日直簿を届けたりして少し用事を済ませてからの下校だ。最寄りの駅の近くをやや早歩きで急いでいたところ、とあるビルから出てきた麻由美ちゃんと鉢合わせした。
鉢合わせしたのが麻由美ちゃんということで、わたしは少し緊張を覚えて顔が強張ったのかもしれないが、麻由美ちゃんの方も少し焦った様子だ。
その表情を見てはたと気付いたのだが、麻由美ちゃんが出てきたこのビル、もしかして十一夜君が言っていた雑居ビルじゃないのだろうか。麻由美ちゃんにとって、これはマズいところを見られてしまったという気まずい表情だったのだろうか。
「あら、珍しいところで会うね。お買い物か何か?」
どう見てもオフィスビルなので、こんなところで買いものということはあり得ないのだが、その場を取り繕うためにとっさの思い付きで口を突いて出た言葉がそれだった。まあ会話としては差し障りがなく妥当なところじゃないだろうか。
「うぅん。……実はわたしね、このビルにある病院に通ってるんだ」
麻由美ちゃんは少し躊躇いがちに言った。
病院と聞いて、先日十一夜君たちと話した精神疾患のことが思い出される。
「病院? どこか悪いの?」
不躾かもしれないが、なるべく重くならないように訊ねてみた。
「うん、そうなんだ。ちょっと言い難い病気で、今はまだ言えないんだけど、言えるときが来たら華名咲さんにも聞いてもらえたらと思う」
言い難い病気かあ……。やっぱりあの豹変ぶりがそうなのかなぁ。
どちらにしろ謎は謎のままだ。本人も病気の所為であんな感じになっているのなら苦しんでいるのかもしれないし、わたしが一方的に被害者意識を持つのは公平じゃないかもしれない。今のところは被害者だとしか思えないけど。
麻由美ちゃんとはそのまま駅まで歩いて、ホームが別々だったため、そこで別れた。わたしはその足でまゆみちゃんが出てきたビルまで引き返し、ビルのテナントの中に病院を探した。
あったあった。医療法人秀朋会高橋こころのクリニックという看板が掲げられている。ここか……。
あれ、だけど十一夜君が言っていたエデン・ベンチャー・キャピタルは?
疑問に思って一応その会社も探してみたところ、実際に十一夜君が言っていた通りの状態で存在していた。
これはどういうことだろう。麻由美ちゃんが嘘を吐いているのか、それとも十一夜君の推察が間違っていたのか……。
取り敢えずわたしは看板をスマホで撮影し、今あったできごとと共に十一夜君たちと情報を共有した。
その晩、LINEでのやり取りで、聖連ちゃんから麻由美ちゃんの病気は解離性障害ではないかとの意見が出た。
すぐにネットで解離性障害について調べてみたところ、これは所謂多重人格と呼ばれていた病気で、一般的には何らかの精神的に大きな衝撃を受けるようなできごとに直面した場合に、それを回避するために別人格が出現する精神疾患の一種のようだ。
だとしたら麻由美ちゃんの過去に何らかのトラウマとなるような酷いできごとがあったのだろうか。
それと気になるエデン・ベンチャー・キャピタルという会社の存在だ。MSとこの会社は関係しているのかどうかが今後調査していく上でのポイントになるだろう。
麻由美ちゃんのことをあれこれ考えていたら何だか疲れてしまって、その晩は早めに床に就いた。
朝、目が覚めてカーテンを開けて朝日を取り入れると、昨日の朝とは打って変わって晴れ空が広がっていた。
ジョギングの後シャワーを浴びて部屋に戻ると、携帯に何件か着信履歴が残っていた。
こんな早い時間から誰だろうと思い確認してみると、何と武蔵のじっちゃんからだった。
「あ、おはようございます。華名咲です」
すぐに折り返して架電した。
『ああ、嬢ちゃんか。朝早くから悪いのお。なかなか捜査の方は難航しておるようじゃな。どうだ、気分転換に爺の道楽に付き合わんか』
爺の道楽って何だろう。まあ別に構わないが、ただ遊びに付き合えってことではないよな、多分。
「はい。全然構いませんが、いつですか?」
『おお、付き合いがいいのお。いいぞいいぞ。年寄りには優しくしておくもんじゃ。では今度の土曜日はどうじゃ』
「ええ、大丈夫ですよ。じゃあ、土曜日は空けておきます」
『よしよし、それじゃあ土曜日は楽しみにしておるよ。細かい打ち合わせはまた連絡するわい』
するわいって、何ていうステレオタイプな昭和のじっちゃん。本当にいるんだな、こういう人。
「こちらこそ楽しみです。それじゃあまた。ご連絡お待ちしています」
土曜日か。何だろうな。一連の事件についての何かだと思うのだが……。
約束の土曜日までの間はいつものように平和だが何か靄々したような、何とも言えない独特の時間を過ごすことになる。というのも麻由美ちゃんについて未だはっきりとしたことが分からないからだ。彼女が一連の事件の背後にいるのは高い確率で間違いなさそうだ。しかし丹代さんのような例もあり、単純に敵味方と決め付けてしまうのもどうかと思うのだ。
これもまたわたしの甘い考えなのかなぁ。
さて、そんな中、今日は放課後にちょっと呼び出されて図書室に来た。
実は高校に入ってから時々あるのだけれど、雰囲気からすると多分告白というイベントだ。
告白にも二つあるが、こちらがする側ではなくありがたくも告白される側。
但し、未だ自分の中で恋愛に関しての立ち位置は定まっていない。自分は女子になってしまったわけだが、じゃあそれで恋愛の対象が男子になったのかというとそんな気はしない。では相変わらず女子にドキドキするのかと言うと、そういうこともなくなった。
この状況で誰かから付き合ってと言われても、正直なところ受け入れることができない。しかも実のところ、高校に入ってからは男子からだけでなく、何故か女子からも告白されることがある。自分の中の男子の部分が出てしまっているのだろうか。
そんな時、今更ながらだけどまだ自分の中に幾許かの男子成分が残っていて、それが滲み出ちゃったりしているのだろうかとちょっとむず痒いような、だけどもちょっと嬉しいような気持ちになったりする。
何にしろ自分を好きになってくれる人がいるということ自体、勿論嬉しいものだけど。
でも今の自分にはそれに応えることができないので、その点については胸の奥がチクリと痛む。
呼び出された図書室に着くと、何人かの生徒が静かに読書をしている。こんなところで告白というのもちょっとやり難そうだ。もしかして告白じゃないのかな? てっきり告白されるとばっかり思っていたが、もしかして調子に乗ってたかと思うと少々気恥ずかしい。
相手が誰だか分からないことだし、わたしは書架から適当な本を取り出し、読みながら相手を待つことにした。
図書室の机は六人がけくらいの大テーブルになっていて、わたしは誰も使っていないテーブルを選んで着席した。窓際に近い席だが、カーテン越しの日差しは柔らかかったし、風にカーテンが揺れていて涼しそうだったので良しとした。
ストーリーのある本だと、途中で辞めるのを名残惜しく感じてしまうので、服飾の歴史に関する本を選んだ。時代ごとの流行や背景が図入りで解説されているので、読むと眺めるを半々ぐらいの割合で進めることができる。
女性向けの服飾の歴史はまあ勉強にはなるが、中世の西洋で着用されていたドレスは、正直言って元男の自分にとってあまり魅力を感じるようなものではなかった。大仰で華美で、自分好みではない。
女の子は小さい頃からこういうのに憧れてたりするのだろうか。その辺のところは自分には理解できない部分かもしれないな。
男物は男物でこれまたなんじゃこりゃな感じの服装だ。襟元にピエロみたいなピラピラが付いていたり、白いタイツ姿だったり、これはないなと言う雰囲気の服ばかりだ。
そんな調子でペラペラとページを繰っていたら大きな影に覆われた気がして顔を上げると、見知らぬ男子生徒が突っ立っていた。
わたしを呼び出したのはもしやこの人だろうか。背丈はわたしより高くて、そうだな……百七十センチ台の半ばくらいありそうだろうか。どちらかと言えば痩せぎすという部類に入る体型だ。
瓜実顔で上品な感じの顔立ちをしている。醸し出す雰囲気は優しそうだ。
「あの、来てくれてありがとう。僕、二年の渡瀬健人。ここじゃなんだから、カフェの方へ行かない?」
確かに図書室でお喋りはちょっと周りに迷惑だ。
学食は一般的な学食とは違ってどちらかと言えば雰囲気はカフェに近い。放課後は早い時間ならカフェとして何店舗か営業しているので、教員や生徒が利用している。
「ああ、はい、そうですね」
わたしは鞄を持って席を立ち、渡瀬先輩の後について学食へ向かった。
カフェではカップルや友達同士がお茶を楽しんでいる様子が散見されるが、人はそんなに多くはないようだ。
わたしはクランペットとウバティーを注文した。
「あの……華名咲さんは趣味とかある?」
少し緊張しているのだろう。暫く沈黙が続いたが、そのままでも埒が明かないので渡瀬先輩も何か会話の取っ掛かりを探していたのだろう。
趣味か。好奇心は旺盛なので興味は色々なことに向いているけど、こういうときに話せる趣味といったら何だろうな……。
「え~っと、音楽とか?」
「音楽か。聴く方? それとも演る方?」
「ああ、主に聴く方ですけど、楽器はピアノとギターを少々……」
ピアノは子供の頃から習っていたし、実は中学校でバンドを始めてギターも少し齧ったりした。
「へぇ~、凄いね。どんなの聴くの?」
来たなぁ。この質問がいつも一番困るのだ。一般的な音楽好きと比べるとジャンルは多岐に渡っているし、どれか特定の音楽に絞ることができない。
「う~ん、クラシックから民族音楽に至るまで聴いてる音楽は多岐に及びますから、これと絞り込むことができないです」
「あ、そうなんだ。本当に音楽好きなんだね。僕、実はバンドをやっていて、最近はライブハウスなんかでも演るようになったんだ。これ、よかったらチケットなんだけど、プレゼントするから見に来てくれると嬉しいな」
なんだ、宣伝のためにわざわざ呼び出された?
「二枚あるけど、できたら男と一緒には来ないで欲しいんだけど……華名咲さん、もしかして付き合ってる人とかいる?」
むむ、そう来たか。
「付き合ってる人は特にいませんけど、誰とも付き合う気もないんですよね」
そう言って牽制しておく。
「あ、そうなの? よかった」
よかっただと? ううむ、この人は一体どういう意図で近付いてきたのだろうか……。
「……?」
「だって、まだ誰にも出し抜かれてないってことだからね」
前向きか! 何ていうポジティブさなんだ。自分にはないな、こういう前向きさは。
「前向きですね」
些か苦笑いが起こってしまうが、こういう人にはどう接すればいいのだろうか。
「そうかな。僕、君のことが好きです。すぐに付き合ってとは言わないけど、音楽好きってことだし、よかったら音楽友達からでも始められたらなって思うんだけど、どうかな?」
うわっ、いきなり来たか。脈略ぶった切っての不意打ち告白。
「先輩はどんな音楽やってるんですか?」
取り敢えずスルーして音楽の話をしてみる。
「え、うちのバンド? オリジナルをやってるんだけど、ロックとエレクトロニカっぽい要素をミックスしたような感じ?」
「へえ~、面白そうですね」
「よかったら、今度うちのデモ音源持ってくるから、聴いてみてよ」
「あ、いいんですか? じゃあ是非」
音楽自体はかなり好きなので、先輩たちのバンドの音楽がどんなものなのかは興味がある。
先輩のいきなりの告白はスルーしたまま、のんびりお茶を飲みながら音楽話をして、結局その場はそのままやり過ごすことができた。
渡瀬先輩は結構この手のことに余裕がある感じなのだろうか。焦ってそれ以上のことを言ってくることもなく、終始音楽の話をしていた。
自分自身は付き合う気にはなれないが、普通の女子だったらどう思うんだろうな。個人的にはその余裕から女慣れしているような印象を受けて、何とも言えない感じがした。
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