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第三章 Hello, my friend
第57話 悪玉
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「須藤麻由美……」
今十一夜君がフルネームを読み上げたその麻由美ちゃんは、わたしたちのクラスメイトで、彼氏持ちの麻由美ちゃんだ。
「何々、まさかのお知り合いだったり?」
聖連ちゃんも予想外だったようで、身を乗り出してわたしたちの反応に興味津々といった感じだ。
「お知り合いもお知り合い。麻由美ちゃんはわたしたちのクラスメイトだよ……」
「あちゃー」
聖連ちゃんが戯けたように右手で両目を覆ってみせるが、わたしとしては正直まるで笑えない。あの麻由美ちゃんがまさかの黒幕だったとは思いもよらなかった……。
「えぇ~~~」
改めて、受け入れ難い事実に頭を抱えてしまうのだった。
「随分とまた身近なところにいたもんだなぁ。敵が……」
十一夜君はそう言うが……。
「やっぱり、敵……なのかな……?」
わたしの知っている麻由美ちゃんは、サバサバしていて気さくだし、話しやすい人だ。フランクでオープンで客観的で、一緒にいても安心できる印象だった。麻由美ちゃんには、例えば丹代さんのような怪しげなところがない。
そんな麻由美ちゃんが、敵? 信じられないし、信じたくもないし。
「組織の人間だとしたら、僕にとっては敵。それがクラスメイトだとしてもね。そして華名咲さんを襲った連中も組織絡みだ。華名咲さんにとっても敵と言っていいと思うよ」
十一夜君の態度と言うか、立場ははっきりしている。明らかに組織に関係する人間を敵対者と見做しているのだ。
わたしはやはり甘い人間なのだろう。丹代さんのことも麻由美ちゃんのことも、それに進藤君の義妹さんのことも、わたしの敵であって欲しくないし、敵だと思いたくはない。
だけどきっと十一夜君の方が正しいのだろうな。
わたしの考えは……いや考えというかこれは感情にすぎないか。感情でそうであって欲しくない、そう思いたくない……そんな風に願ってしまうだけなのだ。
このところの一連の出来事を通して、わたしの考える正義というものが、ただの自己満足的で浅はかな希望にすぎないことを思い知った。それは極めて近視眼的で、辛いことや悲しいことが自分の目に映らないようにしていたい、そんな自己本位の願望にすぎないのだと知った。
十一夜君はそうではない。自分にできることとできないこと、必要なこととそうでないこと、やりたいこととやりたくないこと、すべきこととすべきでないこと……全体を見据えた上で、すべてに明確な線を引くことができる人のようにわたしには見える。
そんなわたしは、最早十一夜君の意見に対して押し黙るより他に何の術も持たない。
「どうするの、圭ちゃん?」
「取り敢えず、バックドアは仕込み済みだよね?」
「勿論」
この兄妹の間ではもう当たり前のことなのだろう。バックドアというのはネットワークに繋がっているパソコンに仕掛けた、こっそり自分が出入りできるお勝手口のような意味らしい。ハッキングしたからにはそのバックドアを仕掛けてきたという前提で話が進む。
「家族の携帯がもしWi-Fiに繋がれば在宅か不在か監視ができる。それを監視していれば生活パターンが分かるから、潜るタイミングを図りやすくなる。それと家族が組織と関わりを持っているかどうかも、引き続き調べてもらえるかな」
「了解」
潜るというのはつまり、麻由美ちゃんの家に潜入するという意味だろう。そんなことを当たり前のように言っているこの兄妹だが、一見するとごく普通の高校生と中学生にしか見えないのだから世の中怖いものだよね。
近頃の携帯電話は、ガラケーと呼ばれるような機種であってもWi-Fi接続できるのが普通だそうだ。それで、家族の携帯電話のWi-Fi接続状況を監視して、留守を狙うというのが十一夜君の潜入作戦ということだ。
「華名咲さんは今まで通りだ。須藤麻由美と今までと変わらず接することは可能?」
「う、うん。できると思う」
「OK。もし個人的に彼女から誘われたら、キーホルダーで直ぐに知らせてくれるかな。何も起こっていなくてもいい。例えば放課後とか休み時間、何処かへ誘われるようなことがあったら、真っ先にに知らせて欲しい。できるね?」
「うん、大丈夫。いつも肌身離さず持ってるし」
「よし。それと聖連にも華名咲さんの緊急通知が届くようにしておくから、そのときは基本僕が動くけど、バックアップ頼むね」
「任せて。何ならいつでもわたしが乗り込むし」
「頼もしいな。なるべくそうならなくて済むように頑張るよ」
「あはは、圭ちゃんに頑張られちゃうと出番が無くなっちゃうなぁ」
微笑み合う十一夜君と聖連ちゃんだが、この最強コンビが味方だと思うと心強いことこの上ない。
「それじゃあ華名咲さん、どんなことでもいいんだけど、須藤麻由美について知ってることを教えてもらえるかな?」
「麻由美ちゃんのこと……? う~ん、そんなに知ってるわけじゃないんだけど……。まず、麻由美ちゃんは受験組だって言ってたな。そして中学の頃から付き合ってる彼氏がいるんだってさ。あとは……え~っと……あれ、考えたら麻由美ちゃんについて知ってることってそれくらいだなぁ」
そんなにいつも一緒にいるわけじゃないけど、それにしても思ったより彼女について知ってることって少ないものなんだなぁ。
「なるほど、うまく情報操作しているようだ。須藤麻由美か……意外に侮れない相手だね」
「え、どういうこと?」
情報操作? 麻由美ちゃんがそんなことしてるの?
「人に興味を持たれやすいような情報を、敢えて自分の方から話すんだよ。その話題に食い付いてもらえれば暫くはその話だけで盛り上がるからね。早く溶け込めるし、結果的に自分に関するあれこれを詳しく話さずに済むでしょ? 話題が一つに集中するから」
「あ~、なるほどぉ」
そう言わてみれば……うん、確かに中学から付き合ってる彼がいて、もうエッチを経験してるなんていう、高校生にとって関心の高い話題を先に聞いちゃったもんだから、話題はそのことで持ちきりだった……。
えぇ? 十一夜君の言うように計算づくで麻由美ちゃんがわたしたちに情報操作していたの? 嘘ぉ、信じたくないよぉ……。
でも、言われてみれば確かにその通りなんだよなぁ……。
「まぁ、そういうことさ。須藤麻由美は限りなく黒だね」
そんな十一夜君の言葉に、思わず黒い下着を着た麻由美ちゃんの姿を思い浮かべてしまったわたしはもっと緊張感持てよ。
今十一夜君がフルネームを読み上げたその麻由美ちゃんは、わたしたちのクラスメイトで、彼氏持ちの麻由美ちゃんだ。
「何々、まさかのお知り合いだったり?」
聖連ちゃんも予想外だったようで、身を乗り出してわたしたちの反応に興味津々といった感じだ。
「お知り合いもお知り合い。麻由美ちゃんはわたしたちのクラスメイトだよ……」
「あちゃー」
聖連ちゃんが戯けたように右手で両目を覆ってみせるが、わたしとしては正直まるで笑えない。あの麻由美ちゃんがまさかの黒幕だったとは思いもよらなかった……。
「えぇ~~~」
改めて、受け入れ難い事実に頭を抱えてしまうのだった。
「随分とまた身近なところにいたもんだなぁ。敵が……」
十一夜君はそう言うが……。
「やっぱり、敵……なのかな……?」
わたしの知っている麻由美ちゃんは、サバサバしていて気さくだし、話しやすい人だ。フランクでオープンで客観的で、一緒にいても安心できる印象だった。麻由美ちゃんには、例えば丹代さんのような怪しげなところがない。
そんな麻由美ちゃんが、敵? 信じられないし、信じたくもないし。
「組織の人間だとしたら、僕にとっては敵。それがクラスメイトだとしてもね。そして華名咲さんを襲った連中も組織絡みだ。華名咲さんにとっても敵と言っていいと思うよ」
十一夜君の態度と言うか、立場ははっきりしている。明らかに組織に関係する人間を敵対者と見做しているのだ。
わたしはやはり甘い人間なのだろう。丹代さんのことも麻由美ちゃんのことも、それに進藤君の義妹さんのことも、わたしの敵であって欲しくないし、敵だと思いたくはない。
だけどきっと十一夜君の方が正しいのだろうな。
わたしの考えは……いや考えというかこれは感情にすぎないか。感情でそうであって欲しくない、そう思いたくない……そんな風に願ってしまうだけなのだ。
このところの一連の出来事を通して、わたしの考える正義というものが、ただの自己満足的で浅はかな希望にすぎないことを思い知った。それは極めて近視眼的で、辛いことや悲しいことが自分の目に映らないようにしていたい、そんな自己本位の願望にすぎないのだと知った。
十一夜君はそうではない。自分にできることとできないこと、必要なこととそうでないこと、やりたいこととやりたくないこと、すべきこととすべきでないこと……全体を見据えた上で、すべてに明確な線を引くことができる人のようにわたしには見える。
そんなわたしは、最早十一夜君の意見に対して押し黙るより他に何の術も持たない。
「どうするの、圭ちゃん?」
「取り敢えず、バックドアは仕込み済みだよね?」
「勿論」
この兄妹の間ではもう当たり前のことなのだろう。バックドアというのはネットワークに繋がっているパソコンに仕掛けた、こっそり自分が出入りできるお勝手口のような意味らしい。ハッキングしたからにはそのバックドアを仕掛けてきたという前提で話が進む。
「家族の携帯がもしWi-Fiに繋がれば在宅か不在か監視ができる。それを監視していれば生活パターンが分かるから、潜るタイミングを図りやすくなる。それと家族が組織と関わりを持っているかどうかも、引き続き調べてもらえるかな」
「了解」
潜るというのはつまり、麻由美ちゃんの家に潜入するという意味だろう。そんなことを当たり前のように言っているこの兄妹だが、一見するとごく普通の高校生と中学生にしか見えないのだから世の中怖いものだよね。
近頃の携帯電話は、ガラケーと呼ばれるような機種であってもWi-Fi接続できるのが普通だそうだ。それで、家族の携帯電話のWi-Fi接続状況を監視して、留守を狙うというのが十一夜君の潜入作戦ということだ。
「華名咲さんは今まで通りだ。須藤麻由美と今までと変わらず接することは可能?」
「う、うん。できると思う」
「OK。もし個人的に彼女から誘われたら、キーホルダーで直ぐに知らせてくれるかな。何も起こっていなくてもいい。例えば放課後とか休み時間、何処かへ誘われるようなことがあったら、真っ先にに知らせて欲しい。できるね?」
「うん、大丈夫。いつも肌身離さず持ってるし」
「よし。それと聖連にも華名咲さんの緊急通知が届くようにしておくから、そのときは基本僕が動くけど、バックアップ頼むね」
「任せて。何ならいつでもわたしが乗り込むし」
「頼もしいな。なるべくそうならなくて済むように頑張るよ」
「あはは、圭ちゃんに頑張られちゃうと出番が無くなっちゃうなぁ」
微笑み合う十一夜君と聖連ちゃんだが、この最強コンビが味方だと思うと心強いことこの上ない。
「それじゃあ華名咲さん、どんなことでもいいんだけど、須藤麻由美について知ってることを教えてもらえるかな?」
「麻由美ちゃんのこと……? う~ん、そんなに知ってるわけじゃないんだけど……。まず、麻由美ちゃんは受験組だって言ってたな。そして中学の頃から付き合ってる彼氏がいるんだってさ。あとは……え~っと……あれ、考えたら麻由美ちゃんについて知ってることってそれくらいだなぁ」
そんなにいつも一緒にいるわけじゃないけど、それにしても思ったより彼女について知ってることって少ないものなんだなぁ。
「なるほど、うまく情報操作しているようだ。須藤麻由美か……意外に侮れない相手だね」
「え、どういうこと?」
情報操作? 麻由美ちゃんがそんなことしてるの?
「人に興味を持たれやすいような情報を、敢えて自分の方から話すんだよ。その話題に食い付いてもらえれば暫くはその話だけで盛り上がるからね。早く溶け込めるし、結果的に自分に関するあれこれを詳しく話さずに済むでしょ? 話題が一つに集中するから」
「あ~、なるほどぉ」
そう言わてみれば……うん、確かに中学から付き合ってる彼がいて、もうエッチを経験してるなんていう、高校生にとって関心の高い話題を先に聞いちゃったもんだから、話題はそのことで持ちきりだった……。
えぇ? 十一夜君の言うように計算づくで麻由美ちゃんがわたしたちに情報操作していたの? 嘘ぉ、信じたくないよぉ……。
でも、言われてみれば確かにその通りなんだよなぁ……。
「まぁ、そういうことさ。須藤麻由美は限りなく黒だね」
そんな十一夜君の言葉に、思わず黒い下着を着た麻由美ちゃんの姿を思い浮かべてしまったわたしはもっと緊張感持てよ。
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