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第三章 Hello, my friend

第49話 兄妹

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「どうしたの? 十一夜君」

 Nシステムの記録から割り出した進藤君を乗せた車の行き先を見て、十一夜君は随分と驚いている。一体何が普段冷静な彼をそんなに驚かせているのだろうか。

「例の警備会社だ。華名咲さんを拉致した、あの警備会社の連中だよ。……そうなると、進藤君の拉致事件も我々が追っている事件と何らかの関係がある可能性が出てきたな……」

「え……? わたしを拉致したあの人達が、進藤君を拉致? どうして……」

 わたしが拉致されたのは、この身の女子化と何かの関係があるのじゃないかと考えているんだけど、進藤君もまさかの? いやぁ、そこまで性転換者が身の回りにゴロゴロいるもんか? 丹代さんと十一夜君とわたしだけで既に三人もいるんだからもう一人ぐらい至って不思議はないか。だけどなぁ……。うーん……。

「進藤先輩が接触していたあの女性のことも気になりますね……。家に帰れば画像の解析ソフトが使えるので、この動画からもっと鮮明な画像を起こすことができると思います」

「そんなこともできるんだ」

 十一夜家は本気で凄そうだ。聖連ちゃんは普段はほんとにかわいいメガネっ娘なんだけど、やはり仕事となると十一夜君同様まるで別人だ。

「アメリカのペンタゴンで採用されている解析ソフトなんですけど、うちのソフトウェア開発部門が提供しているらしいです。警視庁で採用しているソフトより使えますよ」

「十一夜家凄いね……。流石に驚くわ」

「そっち方面はまぁ、強いですかね、うちは。でも流石に華名咲家にはとても敵いませんけどね。うふふ」

「二人共、そんなことより進藤君だ。まさか白昼堂々と会社に連れて行くとは思わなかったな。そこで働く警備員の殆どは、自分の会社がやってる裏稼業のことなんて知らないだろうに、あんな怪しい奴が学生を拉致して堂々と入れるとは考えにくいな。専用の出入口でもあるのか?」

 確かに言われる通りだ。そんなことを堂々とやらかしてるなんて一体どんな会社だよ。なかなか考えにくいことだが、考え難いことがやたらと身の回りに起こっているもの現実だからな。何とも言えない。

「圭ちゃん、そこの会社の防犯カメラをハックするなら多分近くに行く必要があるよ。警備会社のセキュリティシステムも最近はインターネットを使ってるけど、当の警備会社内のセキュリティシステムがどうなってるかちょっと分からないから。あと通信車両で行った方が確実」

「そうか、じゃあいったん帰宅して準備してから出直そうか」

 おっと、これはわたしだけ置いてけぼりのパターンか。足手纏になるからな。仕方ないんだけど、今回は苦手なタイプとは言え関わりのある進藤君が被害者だもんな。どうにかわたしも付いていきたいんだけど。

「あの、十一夜君……わたしも……」

「え、あぁ、う~ん……。聖連の方だったらいいか」

「こっちは大丈夫よ。基本、通信車に待機になりますけど、情報は逐一入ってくるから、先輩にとってもそっちの方がいいかもしれません」

「だけどなぁ。潜入は夜になるよ。出歩いて大丈夫なの? 華名咲さんは」

 夜かぁ……夜は不味いな。でも行きたいな……。

「あの……、華名咲先輩。よかったらうちに泊まりませんか?」

「おい、聖連。そんなこと勧めるなよ。却って迷惑になるよ」

 何、お泊まりか。それは悪くないアイディアだな。十一夜家にはかなり関心あるしな。

「聖連ちゃん、泊めてもらってもいいの?」

「は、はいっ! そ、その……聖連は先輩が泊まりに来てくださったら、とっても、う、嬉ひいでし……あ、また噛んじゃった」

 最後の方は俯いてもじもじしながらそういう聖連ちゃんだ。ハッキング中と違ってなんてかわいらしいんだ。天使だな、聖連ちゃんは。ハッキング中は悪魔としか思えないんだけど。

「いいかな……十一夜君?」

「いや、逆にいいのか、華名咲さんは? 華名咲さんがいいならうちは歓迎だよ」

 よっしゃ、高校生になって……ていうか女子になってから、初めてのお泊りだな。まぁ、お泊りを楽しんでる場合じゃないんだが、一応そういうことで家の方には説明が付くだろう。

「ありがとう。寧ろお泊り楽しみだよ。聖連ちゃんと女子トークしようね~。あ、十一夜君も入りたい?」

「ばか」

 おぉ、十一夜君が照れて『ばか』って言うのちょっとかわいいね。新鮮だなこれは。

「取り敢えず、進藤君を確認できたら警察に通報するのが一番いいと思う。調査の方は恐らく警察では当てにならないだろうから、こっちで積極的に動くつもりだけどね」

「圭ちゃん、プランはどうしますか? 画像解析も急いだ方がいい気がするし、進藤先輩がこのまま監禁されているなら、ご家族も心配するはず」

 確かにな。家族だって進藤君が帰ってこなければ心配するはずだ。

「そうだね。ただ、この件で進藤君の家族が暗躍している可能性もゼロじゃない。……進藤家も探る必要があるね。……聖連、画像解析で人物特定までいけるかな?」

「う~ん、どうかな。学校のデータベースに生徒の顔写真とかあれば照合できるけど……」

「そうか、分かった。取り敢えずやるだけやってみて。僕は一先ず進藤邸に行ってみる。華名咲さんは、その間に泊まり支度をして駅で待ち合わせしようか。うち、分からないよね?」

「あ、うん。そうだね」

「あ……やっぱり迎えに行くよ。一人で移動するのはできるだけ避けよう。このところ物騒な事件が立て続けに起こっているからね。連中、華名咲さんに直接手出ししてこないとは思うけど、慎重に行こう」

 それからわたしは十一夜君と時間の打ち合わせをして、その間に聖連ちゃんは自宅に連絡をしていた。

「よし、じゃあ一旦ここで解散だね。帰り道一人になるけど、何かあったら必ずキーホルダーで知らせてね」

「うん、分かってる。あの、このキーホルダーって充電とかしなくて大丈夫なの?」

「あぁ、大丈夫。持って歩いてればその振動で発電されて、自動的に充電される仕組みだよ」

「へぇ~、そうなんだ。これってなかなか優れものなんだね」

「まぁな」

 出たよ、いつもの奴が。自信作なんだね、これ。それから三人は夫々それぞれの目的を成すべく解散した。
 表は止む気配のない大雨が降り続いている。折り畳み傘を携帯していたし、気休めかも知れないが靴用の防水スプレーも携帯しているので事なきを得た。

 わたしは十一夜家へのお土産用のケーキを購入してから帰宅して、家族にお泊りの報告をしたわけだが、十一夜君の家ということで、秋菜がちょっとうるさい。お陰で叔母さんがまたあれこれと要らぬ心配をしてちょっとだけ面倒臭かった。あくまで十一夜君の妹さんと仲良くなったのだということは、秋菜にしっかりと言い含めておいたが、勘違いしていなければいいがな。
 その間、恐らく聖連ちゃんは画像解析に勤しみ、十一夜君は進藤君の自宅を調査していたはずだ。どうやって進藤君の住所を知り得たのか、また、どうやって調査していたのか、その辺のことはわたしにはさっぱり想像もつかないけど、色々と怪しげなことをやらかしているには違いない。そういったことについてはなるべく知らないままでいた方が精神衛生上良いであろうということは何となく分かる。

 漸く雨もやんだ頃、十一夜君が迎えに来てくれて、いつものバイクに二人乗りで十一夜邸へと向かった。相変わらず無免許の無法者だ。そしてそうと知りながら二人乗りしているわたしも同罪だ。十一夜君たちと行動を共にしていると、どうも感覚が普通じゃなくなってくる気がするな。
 十一夜君のご両親に会うのかと思って、結構緊張していたのだが、行ってみたらご両親は特殊任務が入ったのだとかで不在。ホッとしたような、ちょっとどんなご両親なのか見てみたかったような、複雑な気持ちでもあったが、兎に角今日は進藤くんのことだ。
 十一夜君の家は一軒家で鉄筋コンクリートの地上二階地下二階という、聞けばなかなか立派な造りの家だ。地下には作戦室とでも言った風な部屋があり、着いて早々にそこへ通された。中央に会議机が据えられており、十一夜君と聖連ちゃんはいつものモバイルパソコンを開いて席に着いた。
 わたしも促されて着席した。ペットボトルの飲み物が用意されていて、聖連ちゃんが人数分注いでくれる。

「さて、進藤君の家だけど。一応盗聴器とカメラを仕掛けてきた」

「えぇっ? そんなことして大丈夫なの? ていうかどうやったらそんなことできるの?」

「あぁ、留守だったから楽勝だった。会話があったら自動的にサーバに録音が残るようになってる。カメラの方はそんなにたくさんは仕掛けられなかったけど、まあ補助程度に考えて欲しい」

「う……聞かない方がわたしの精神衛生上良さそう……」

「ふふ、そうかもね。聖連の方はどうだった?」

「うん、これが鮮明化した画像ね」

 聖連ちゃんがそう言ってプリントアウトした画像を出してきた。

「それで? 特定はできそう?」

 十一夜君がプリントを見ながら聖連ちゃんに確認する。プリントされたものは、あの録画映像とは比べ物にならないくらいに鮮明になっており、進藤君と会っていた生徒と彼を拐って行った人物がハッキリと写し出されていた。

「今のところ打つ手無しかな。学校のデータベースにも侵入してみたけど、生徒の画像までは無かったし、警視庁のサーバにも一応入ってみたけど、該当無し。車両はレンタカーでした。以上」

「そうか……一先ずそっちは保留だな。それにしてもあの警備会社はどう考えても危険だね。警察に通報したら大騒ぎになるぞ、これは」

 そう言って十一夜君は悪そうな顔をして右の口角を釣り上げた。時々こういう悪い顔するよね、十一夜君。
 それから十一夜君はパソコンを操作しながら何か確認して、
「進藤君の家族が帰ってきたようだな」
 と言って、パソコンの画面をこちらにも見えるようにしてくれた。
 画面には進藤邸と思われる部屋が映し出されている。画面は四分割されており、四台分のカメラ映像がそれぞれに割り当てられている。

「圭ちゃん、この動画録画もされてるよね? ファイルを共有してもらえる?」

 聖連ちゃんが進藤邸のカメラ画像を見ながら十一夜君にリクエストを出した。

「OK。アクセス許可出した。今送ったメールのリンク先に置いてあるよ」

「ありがとう」

 やはり仕事モードに入ると十一夜君も聖連ちゃんも淡々としたやり取りになるんだな。
 カメラに写っているのはどうやら進藤君の義妹さんのようだ。うちの学校の中等部なのか。いつも見慣れたわたしたちと同じ制服を着ている。

「一応念のために画像を鮮明化してみる」

 聖連ちゃんはそう言うと部屋にあるデスクトップパソコンの前に移動して作業を始めた。興味があるので暫く覗いていたが、画像の鮮明化というのが具体的に何をしているのかよく分からない。

「画像の解像度が低いですけど、動画はひとコマずつ少しずれた画像になりますよね。そのずれを利用してピクセル補完していく仕組みなんですよ」

「はぁ、よく分かんないけど凄いんだね」

 十一夜君のパソコンのライブ映像からは時々進藤君の義妹さんの鼻歌が聞こえてきたりしている。兄が大変な目に遭っているのも知らないのだろうな。進藤君のことが増々気の毒になってしまう。

「鮮明化できた。じゃ、プリントアウトするね~」

 進藤君の義妹さんに負けず劣らず呑気な調子で聖連ちゃんが告げる。そのタイミングで進藤君のお義母さんも帰宅したようで、義妹さんと会話している。その会話の中で気になることを義妹さんが言った。

『洋介君は今日はお友達の家で勉強会だって、泊まりで』

『あら、そうなの。洋介さん、頑張ってるわね。あなたもちゃんと勉強しなさいよ』

「泊まりで勉強会って言った、今?」

「言ったね。本当にそういう話があったのか、それとも嘘を吐いているのか……」

 わたしの質問に十一夜君も同意で返答し、更なる疑問が提出された。静まった部屋にプリンターが作動する音がただ響き渡る。

「その答えがここにあるかもね」

 聖連ちゃんがかわいらしく微笑んでそう言った。
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