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第二章 Love Letter
第23話 Ballet Mécanique
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十一夜君は、丹代花澄が去った後もその前と変わらず、ぼけーっと同じ場所を見つめていた。丹代花澄がいた事にすら気付いていたのかいなかったのか、この様子じゃ怪しい。まあ十一夜君に気付かれなかったのなら、それはそれでいい。部外者に変に関わられてもまずいからな。
「丹代と何かあった?」
言った端から気付かれてた~。ぼけーっとしているようでちゃんと見てた~。
くそ、こいつのペース掴みにくいわ。
「え? いや、特にこれといって何かあったわけじゃないけど?」
「そうか」
そう言うと十一夜君はまたぼけーっと同じ場所を眺め始めた。え、そんだけ? もう終わり? もうちょっとこう、何かもっとこう、食いついてこいや。俺のこと心配じゃねえの? ちょっと心配してた風だったよね? 淡白過ぎるぞ。もっとコク出せや。フォン・ド・ヴォーをもっと足せこら、十一夜。このあっさり京風昆布だし野郎が。まったくもう。って、いやいや。第三者をおいそれと巻き込むわけには行かないんだった。何だかちょっと心配してもらって、うっかり頼りたくなっちゃったじゃないかよ。中途半端に優しくすんな、バカ。……バ~カ。
そんなことより今は丹代花澄だよ。あいつは本当に一体何を考えているんだよ。薄気味悪いにも程があるってもんだ。何がしたいんだろうな。俺を動揺させて何の得がある。何か得することがあるって言うのなら教えて欲しいもんだ。俺にも何らかのインセンティブあってもいいだろ?
その日帰宅後、夕食までの間に俺はネットで情報を当たっていた。
丹代燎平。元バレエダンサー。十三歳の時に国際的に有名なバレエ講師の目に留まり、ウィーン国立歌劇場バレエスクールに留学。十七歳でローザンヌ国際バレエコンクールに出場し、金賞受賞している。その後も数々の賞を取り、数年前よりニューヨークのディビッド・コッホ・シアターの芸術監督に就任、か。
途中を大分すっ飛ばしたけど、輝かしいまでの来歴だな。丹代花澄はそこの一人娘か。長女がいたようだが、幼い頃に不慮の事故で亡くなっているのか、気の毒なことに。
しかし丹代花澄に関する直接的な情報は特に見つからなかった。まあそうだろうな。一介の女子高生の個人情報がそうそう転がってちゃ困る。
あ、そうだ。Facebookを探してみるか。芸能人のゴシップネタも、最近じゃ結構ここからバレてるって話だしな。ブラウザにFacebookのページを表示させて、丹代花澄を検索しようと思ったところで時間切れだ。夕食の支度をするので降りてくるように秋菜から電話があった。
秋菜の奴も最近料理を手伝わされている。まだ大したことはできないのだが、元々俺と一緒で手先が器用なあいつのことだ。直ぐに料理も覚えるだろうな。ただ、何しろ言われなきゃやれないというのが致命的だ。気が利かないというのか、女子力が低いというのか、その辺のところは何とも困ったやつだ。俺よりか秋菜の方が男みたいだよな。おっと、今俺、墓穴掘った気がするな。取り消し。聞かなかったことにしてくれ。
夕食の準備をしながらいつもの様に学校でのことをお喋りした。その時にもさり気なく秋菜に丹代について探りを入れてみたのだが、やはり何も知らないようだった。情報を得るのも簡単なことじゃあないな。
夕食後に俺は早速パソコンに向かってFacebookで丹代花澄を検索してみた。
お、あったあった。どれどれ。ふ~ん。普通に楽しそうにやってるじゃん。楽しんでるなぁ、スクールライフ。こっちの気も知らないで。
ざっと見た感じでは怪しげなところはなく、典型的なJKって感じだ。俺に対して見せる不敵な感じっていうのはここからは感じられない。でも取り敢えず俺は彼女のページをブックマークして、後は交友関係についてざっと目を通してみた。学校関係の奴と、何だかよく分からない外国人と、それ以外のグループに分けられる感じだろうか。
学校関係の繋がりを一人一人確認して行く。そのまたフレンドも確認しながら、共通するグループを探って行くと、大まかに三グループぐらいが丹代花澄と関わりの深そうなグループだと思われた。各々特に怪しげな雰囲気もなく、普通の交友関係と思われる。
なので学校関係でないグループも念のために一人一人当たって行き、そのまた交友関係も一人ずつ当たって行くと、そのグループの中に俺がこの三月まで通っていた学校の生徒が何人かおり、しかもそのうちの何人かは俺にも見覚えのある人間だった。どうやらこのグループから何かヒントを得られそうだ。
考えられるのは、丹代花澄は俺が通っていた翔華学院の出身者だという可能性だ。だとすると、俺の名前から、俺があの華名咲夏葉と同一人物だと気付かれた可能性は十分にあり得る。そんなにある名前じゃないからな、苗字も名前も。少し手掛かりが掴めてきたぞ。流石俺だな。
自分の心の中で自画自賛して気持ちを奮い立たせてから、俺は初等部と中等部の卒業アルバムを取り出してきた。しかし、各クラスを丁寧に確認していったにも関わらず、丹代花澄の名前を見つけることはできなかった。途中で姓が変わることもあるかもしれないので、下の名前も見落とすことがないように注意していたが、何処にも見当たらなかった。俺は姓じゃなくて性が変わっちゃったけどね。あはは。心から笑えねぇ~。
それにしても丹代花澄、見つけられると思ったんだけどいなかったか。しかし向こうは俺のこと知ってた。Facebookの交友関係からしても、恐らく翔華学院に何らかの関係がある可能性は高いと思うんだがなぁ。——あ、まだ見落としていたな。
幼稚舎時代だ。幼稚舎時代の卒アルってあったかなぁ~。少なくとも俺の部屋の小中の卒アルを仕舞ってある場所には無い。取り敢えず母にLINEで幼稚舎時代の卒園アルバムがあるかどうか、あるとすれば何処にあるのか問い合わせておいた。
その間に風呂に入ったり、美容マッサージ各種とスキンケアをしたりして、風呂から上がると、家族からのメッセージが大量に書き込まれていた。気にしてくれるのはありがたいんだけど、スマホを大分下までスクロールした挙句、俺の質問に対する答えは結局何処にも見つけることができなくてがっくり来た。面倒くさかったが、家族のコメントに対して丁寧にコメントを返し、その上で再度同じ質問を書き込んだ。数分して漸く知りたいことを知ることができ、それ以上だらだら話が続かないよう、スマホをナイトモードに切り替えて、充電しながら机の上に置いておいた。
家族からは俺がすっかり冷たくなったと最近もっぱらの評判だが、何しろ階段で突き落とされるような目に遭っているのだ。今は自分の用事が大事だ。悪いけど許して欲しい。
ということで、俺は両親が寝室として使っていた部屋に移動し、クローゼットの中を探した。途中、多分子供が見ちゃいけないんだろうものも見つけてしまったが、何も見なかったことにして、もう一箇所可能性のある場所として挙げられていたウォークインクローゼットを探すことにした。奥の方にダンボールが何段か重ねてあったが、丁寧にマジックで内容が書かれていたので、『写真・アルバム』と書かれている箱を取り出して中身を検めた。
あった~。その場で直ぐにアルバムを紐解いて確認したい気持ちだったが、俺はダンボールを元に戻してから、自分の部屋に戻ってじっくり確認することにした。途中キッチンに立ち寄り、オレンジジュースをコップに注いで部屋に持って行った。
アルバムにはちゃんと個別写真が並んでいて、写真の下には平仮名で一人一人の名前が振ってある。最初のページから順を追って見て行くと、オレンジジュース四口目くらいで見つけることができた。しかもなんと、俺と同じ桃組さんじゃないか。
『たんだいかすみ』
間違いない。奴だ。奴と呼ぶにはまだあどけないその写真の中のかすみちゃんは、とてもかわいらしくはにかんでいた。どうしちゃったんだよ、かすみちゃん。このかすみちゃんはあんな不敵な笑い方知らなかっただろうに……。それでも俺は、あの気味の悪い丹代花澄ではない、本来のたんだいかすみちゃんの姿を垣間見たように思えて、少しホッとしたのだ。
安心したせいか、急に眠気を催してきたので、残りのオレンジジュースを一気に飲み干してそのまま床に就いたのだが、どうしてもコップが気になってしまって、やはりキッチンに戻ってコップを洗い、口を漱いでから改めて床に就いたのだった。我ながら几帳面な性格だな。
その後やっぱり疲れていた俺は、有効な情報を得られたことに気を良くしてぐっすりと眠った。基本俺って疲れてるよな。だって色々あるんだもん。普通のJKじゃないよね。おやすみ。
◇
昨夜丹代花澄と俺との接点について知ることができたが、ただそれだけで問題解決の糸口を掴めたわけではない。犯人は恐らく丹代であろうことはあいつの態度から確実だと思うが、動機も目的も不明だ。
これから何をやろうとしてくるのか分からない。正直人を階段から突き落とすような人間のことだから、危険極まりない。そしてすっかり丹代花澄には踊らされっぱなしだ。流石バレエダンサーの娘だな。この踊らせ上手が。なんて感心してる場合じゃない。
通常通り登校すると、俺の靴箱にまた怪しい手紙が入っていた。この前は怪しいなんて思わず、ラブレターなのじゃないかなどと考えて若干浮かれてドキドキしたものだが、もう今回は騙されないぞ。下校時に比べると、人が多いので手紙を取るのにもちょっと躊躇する。クラスメイトと挨拶を交わしながら、あまりグズグズしていても怪しいので、思い切ってポケットに手紙を素早く仕舞い、靴を上履きに履き替えた。
教室に入ると、いつも通り楓ちゃんが先に来ており、友紀ちゃんはまだ登校していなかった。十一夜君は珍しくもう登校している。俺より先に来ているとは珍しい。
「おはよう」
「おぉ~、おっはよー、夏葉ちゃん」
いつもの様に柔らかい表情でニッコリ微笑みながら挨拶を返してくれる楓ちゃん。癒される。十一夜君は飽きもせずにまた窓の方をぼけーっと眺めていたが、俺の方をちらっと見てから「おはよう、華名咲さん」とひと言無愛想に返してまた窓の方に向いてしまった。相変わらずのこのサービス精神の無さ。楓ちゃんを見倣ってもっと俺を癒せ。
俺は鞄の中身を机の中に仕舞い、トイレに向かうことにした。トイレなら個室なので手紙を確認できると思ったからだ。前回は下校時に手紙が入れられていたが、今回は登校時だ。前回とは意図が異なっているのではないだろうか。気になるので、『なる早』で中身を確認したい。
立ち上がってトイレに向かおうとすると、楓ちゃんが
「あ、トイレ? 待って待って、わたしも行く~」
と言いながら着いてきた。連れションか。でかい方かもしれないが。
楓ちゃんが自然と腕を絡ませてくるが、友紀ちゃんのようなエロさは感じないので、俺も別に拒否はしない。男同士でこんなスキンシップはキモいだけだが、女の子同士だと、何だか落ち着く。女の体になってからなのかなぁ。男同士だとそんなにスキンシップ自体がなかったのだけど、こうしてスキンシップの機会が多くなって感じるのは、信頼関係とか安心感とか、そういう感覚と体の触れ合いが結構関係しているような気がする。
信頼していない相手とスキンシップを取りたいとは思えないし、逆に仲の良い相手となら触れ合うことで親しさを確認できる気がするし、そこで安心感とか信頼感を感じられるというのかな。そういう感覚って、男だった時には気付かなかった。
見てると勿論個人差はあるようで、ベタベタされるのを嫌う女子も結構いるようだが、持ち上がりの子たちは総じてベタベタする傾向があるように感じられる。女子校の特徴だな、多分。甘えん坊キャラの子は、当たり前のように誰かの膝の上に座って抱えられていたりとかするんだよな。あれってぬいぐるみを抱えているような感覚なのかな。俺の場合は自分からベタベタしたりはしないが、仲がいい子なら友紀ちゃんみたいなエロいのじゃなければ、嫌な感じはしない。
女子の世界はまだまだよく分からないことだらけだが、少しずつ馴染んできている俺である。正直慣れてくるとこんなものかなと思って、最悪男に戻れなかったとしても何とかやっていけそうな気もしてきている。こんな自信、いらなかったんだけどなぁ。
トイレに入っていそいそと手紙を取り出し、封を切る。今回のはこの前のとは様子が違って、セロテープで封を止めてあるだけだった。二回目雑だなおい。お陰でビリビリ音を立てる心配もなくトイレで封を切ることができていいのだが。
便箋を取り出して、今度は一体何が書いてあるのだろうかと、ちょっとばかりドキドキしながら確認すると、そこにはまたシンプルに『丹代花澄には近づかない方がいい』と書かれてあった。何だこれ? 丹代花澄からわざわざ? いや、女の子の文字なんだが、この前のとは明らかに筆跡が異なる。誰だよ今度は。相手は丹代花澄一人じゃなくってグループだったのか? いや、でも『近づかない方がいい』っていう文言からは、敵対的な印象は受けないな。もしかして俺のことを思ってのアドバイス的な警告か? だったら誰が? 皆目見当がつかん。
一瞬、十一夜君の顔が脳裏を過ぎったが、どう考えてもあの唐変木がこんなかわいい字を書くとは思えない。寧ろ書いてたら引くレベルだわ。
「夏葉ちゃ~ん」
あれこれとまた考えていたら、隣の個室で奮闘中の楓ちゃんから声が掛かった。何だろう、こんなところで。
「な~に~?」
「ごめん、始まっちゃったんだけどナプキン忘れちゃった。持ってる?」
何この緊張の糸をぶち切る流れは。気が抜けるわ。ある意味これも楓ちゃんの持つ独特の癒やし効果か。
「ほれ、投げるよ~」
俺はポーチからナプキンを取り出して、壁越しに隣の個室目掛けて放り投げた。
「サンキュ、夏葉ちゃん。助かった~」
生理用品が飛び交う女子トイレ。端から見たら、さぞシュールな光景だろうなぁ。
はぁ。この手紙、誰からなんだろな~。またひとつ、新たな疑問を抱え、いつもの様に溜息を吐く俺だった。
「丹代と何かあった?」
言った端から気付かれてた~。ぼけーっとしているようでちゃんと見てた~。
くそ、こいつのペース掴みにくいわ。
「え? いや、特にこれといって何かあったわけじゃないけど?」
「そうか」
そう言うと十一夜君はまたぼけーっと同じ場所を眺め始めた。え、そんだけ? もう終わり? もうちょっとこう、何かもっとこう、食いついてこいや。俺のこと心配じゃねえの? ちょっと心配してた風だったよね? 淡白過ぎるぞ。もっとコク出せや。フォン・ド・ヴォーをもっと足せこら、十一夜。このあっさり京風昆布だし野郎が。まったくもう。って、いやいや。第三者をおいそれと巻き込むわけには行かないんだった。何だかちょっと心配してもらって、うっかり頼りたくなっちゃったじゃないかよ。中途半端に優しくすんな、バカ。……バ~カ。
そんなことより今は丹代花澄だよ。あいつは本当に一体何を考えているんだよ。薄気味悪いにも程があるってもんだ。何がしたいんだろうな。俺を動揺させて何の得がある。何か得することがあるって言うのなら教えて欲しいもんだ。俺にも何らかのインセンティブあってもいいだろ?
その日帰宅後、夕食までの間に俺はネットで情報を当たっていた。
丹代燎平。元バレエダンサー。十三歳の時に国際的に有名なバレエ講師の目に留まり、ウィーン国立歌劇場バレエスクールに留学。十七歳でローザンヌ国際バレエコンクールに出場し、金賞受賞している。その後も数々の賞を取り、数年前よりニューヨークのディビッド・コッホ・シアターの芸術監督に就任、か。
途中を大分すっ飛ばしたけど、輝かしいまでの来歴だな。丹代花澄はそこの一人娘か。長女がいたようだが、幼い頃に不慮の事故で亡くなっているのか、気の毒なことに。
しかし丹代花澄に関する直接的な情報は特に見つからなかった。まあそうだろうな。一介の女子高生の個人情報がそうそう転がってちゃ困る。
あ、そうだ。Facebookを探してみるか。芸能人のゴシップネタも、最近じゃ結構ここからバレてるって話だしな。ブラウザにFacebookのページを表示させて、丹代花澄を検索しようと思ったところで時間切れだ。夕食の支度をするので降りてくるように秋菜から電話があった。
秋菜の奴も最近料理を手伝わされている。まだ大したことはできないのだが、元々俺と一緒で手先が器用なあいつのことだ。直ぐに料理も覚えるだろうな。ただ、何しろ言われなきゃやれないというのが致命的だ。気が利かないというのか、女子力が低いというのか、その辺のところは何とも困ったやつだ。俺よりか秋菜の方が男みたいだよな。おっと、今俺、墓穴掘った気がするな。取り消し。聞かなかったことにしてくれ。
夕食の準備をしながらいつもの様に学校でのことをお喋りした。その時にもさり気なく秋菜に丹代について探りを入れてみたのだが、やはり何も知らないようだった。情報を得るのも簡単なことじゃあないな。
夕食後に俺は早速パソコンに向かってFacebookで丹代花澄を検索してみた。
お、あったあった。どれどれ。ふ~ん。普通に楽しそうにやってるじゃん。楽しんでるなぁ、スクールライフ。こっちの気も知らないで。
ざっと見た感じでは怪しげなところはなく、典型的なJKって感じだ。俺に対して見せる不敵な感じっていうのはここからは感じられない。でも取り敢えず俺は彼女のページをブックマークして、後は交友関係についてざっと目を通してみた。学校関係の奴と、何だかよく分からない外国人と、それ以外のグループに分けられる感じだろうか。
学校関係の繋がりを一人一人確認して行く。そのまたフレンドも確認しながら、共通するグループを探って行くと、大まかに三グループぐらいが丹代花澄と関わりの深そうなグループだと思われた。各々特に怪しげな雰囲気もなく、普通の交友関係と思われる。
なので学校関係でないグループも念のために一人一人当たって行き、そのまた交友関係も一人ずつ当たって行くと、そのグループの中に俺がこの三月まで通っていた学校の生徒が何人かおり、しかもそのうちの何人かは俺にも見覚えのある人間だった。どうやらこのグループから何かヒントを得られそうだ。
考えられるのは、丹代花澄は俺が通っていた翔華学院の出身者だという可能性だ。だとすると、俺の名前から、俺があの華名咲夏葉と同一人物だと気付かれた可能性は十分にあり得る。そんなにある名前じゃないからな、苗字も名前も。少し手掛かりが掴めてきたぞ。流石俺だな。
自分の心の中で自画自賛して気持ちを奮い立たせてから、俺は初等部と中等部の卒業アルバムを取り出してきた。しかし、各クラスを丁寧に確認していったにも関わらず、丹代花澄の名前を見つけることはできなかった。途中で姓が変わることもあるかもしれないので、下の名前も見落とすことがないように注意していたが、何処にも見当たらなかった。俺は姓じゃなくて性が変わっちゃったけどね。あはは。心から笑えねぇ~。
それにしても丹代花澄、見つけられると思ったんだけどいなかったか。しかし向こうは俺のこと知ってた。Facebookの交友関係からしても、恐らく翔華学院に何らかの関係がある可能性は高いと思うんだがなぁ。——あ、まだ見落としていたな。
幼稚舎時代だ。幼稚舎時代の卒アルってあったかなぁ~。少なくとも俺の部屋の小中の卒アルを仕舞ってある場所には無い。取り敢えず母にLINEで幼稚舎時代の卒園アルバムがあるかどうか、あるとすれば何処にあるのか問い合わせておいた。
その間に風呂に入ったり、美容マッサージ各種とスキンケアをしたりして、風呂から上がると、家族からのメッセージが大量に書き込まれていた。気にしてくれるのはありがたいんだけど、スマホを大分下までスクロールした挙句、俺の質問に対する答えは結局何処にも見つけることができなくてがっくり来た。面倒くさかったが、家族のコメントに対して丁寧にコメントを返し、その上で再度同じ質問を書き込んだ。数分して漸く知りたいことを知ることができ、それ以上だらだら話が続かないよう、スマホをナイトモードに切り替えて、充電しながら机の上に置いておいた。
家族からは俺がすっかり冷たくなったと最近もっぱらの評判だが、何しろ階段で突き落とされるような目に遭っているのだ。今は自分の用事が大事だ。悪いけど許して欲しい。
ということで、俺は両親が寝室として使っていた部屋に移動し、クローゼットの中を探した。途中、多分子供が見ちゃいけないんだろうものも見つけてしまったが、何も見なかったことにして、もう一箇所可能性のある場所として挙げられていたウォークインクローゼットを探すことにした。奥の方にダンボールが何段か重ねてあったが、丁寧にマジックで内容が書かれていたので、『写真・アルバム』と書かれている箱を取り出して中身を検めた。
あった~。その場で直ぐにアルバムを紐解いて確認したい気持ちだったが、俺はダンボールを元に戻してから、自分の部屋に戻ってじっくり確認することにした。途中キッチンに立ち寄り、オレンジジュースをコップに注いで部屋に持って行った。
アルバムにはちゃんと個別写真が並んでいて、写真の下には平仮名で一人一人の名前が振ってある。最初のページから順を追って見て行くと、オレンジジュース四口目くらいで見つけることができた。しかもなんと、俺と同じ桃組さんじゃないか。
『たんだいかすみ』
間違いない。奴だ。奴と呼ぶにはまだあどけないその写真の中のかすみちゃんは、とてもかわいらしくはにかんでいた。どうしちゃったんだよ、かすみちゃん。このかすみちゃんはあんな不敵な笑い方知らなかっただろうに……。それでも俺は、あの気味の悪い丹代花澄ではない、本来のたんだいかすみちゃんの姿を垣間見たように思えて、少しホッとしたのだ。
安心したせいか、急に眠気を催してきたので、残りのオレンジジュースを一気に飲み干してそのまま床に就いたのだが、どうしてもコップが気になってしまって、やはりキッチンに戻ってコップを洗い、口を漱いでから改めて床に就いたのだった。我ながら几帳面な性格だな。
その後やっぱり疲れていた俺は、有効な情報を得られたことに気を良くしてぐっすりと眠った。基本俺って疲れてるよな。だって色々あるんだもん。普通のJKじゃないよね。おやすみ。
◇
昨夜丹代花澄と俺との接点について知ることができたが、ただそれだけで問題解決の糸口を掴めたわけではない。犯人は恐らく丹代であろうことはあいつの態度から確実だと思うが、動機も目的も不明だ。
これから何をやろうとしてくるのか分からない。正直人を階段から突き落とすような人間のことだから、危険極まりない。そしてすっかり丹代花澄には踊らされっぱなしだ。流石バレエダンサーの娘だな。この踊らせ上手が。なんて感心してる場合じゃない。
通常通り登校すると、俺の靴箱にまた怪しい手紙が入っていた。この前は怪しいなんて思わず、ラブレターなのじゃないかなどと考えて若干浮かれてドキドキしたものだが、もう今回は騙されないぞ。下校時に比べると、人が多いので手紙を取るのにもちょっと躊躇する。クラスメイトと挨拶を交わしながら、あまりグズグズしていても怪しいので、思い切ってポケットに手紙を素早く仕舞い、靴を上履きに履き替えた。
教室に入ると、いつも通り楓ちゃんが先に来ており、友紀ちゃんはまだ登校していなかった。十一夜君は珍しくもう登校している。俺より先に来ているとは珍しい。
「おはよう」
「おぉ~、おっはよー、夏葉ちゃん」
いつもの様に柔らかい表情でニッコリ微笑みながら挨拶を返してくれる楓ちゃん。癒される。十一夜君は飽きもせずにまた窓の方をぼけーっと眺めていたが、俺の方をちらっと見てから「おはよう、華名咲さん」とひと言無愛想に返してまた窓の方に向いてしまった。相変わらずのこのサービス精神の無さ。楓ちゃんを見倣ってもっと俺を癒せ。
俺は鞄の中身を机の中に仕舞い、トイレに向かうことにした。トイレなら個室なので手紙を確認できると思ったからだ。前回は下校時に手紙が入れられていたが、今回は登校時だ。前回とは意図が異なっているのではないだろうか。気になるので、『なる早』で中身を確認したい。
立ち上がってトイレに向かおうとすると、楓ちゃんが
「あ、トイレ? 待って待って、わたしも行く~」
と言いながら着いてきた。連れションか。でかい方かもしれないが。
楓ちゃんが自然と腕を絡ませてくるが、友紀ちゃんのようなエロさは感じないので、俺も別に拒否はしない。男同士でこんなスキンシップはキモいだけだが、女の子同士だと、何だか落ち着く。女の体になってからなのかなぁ。男同士だとそんなにスキンシップ自体がなかったのだけど、こうしてスキンシップの機会が多くなって感じるのは、信頼関係とか安心感とか、そういう感覚と体の触れ合いが結構関係しているような気がする。
信頼していない相手とスキンシップを取りたいとは思えないし、逆に仲の良い相手となら触れ合うことで親しさを確認できる気がするし、そこで安心感とか信頼感を感じられるというのかな。そういう感覚って、男だった時には気付かなかった。
見てると勿論個人差はあるようで、ベタベタされるのを嫌う女子も結構いるようだが、持ち上がりの子たちは総じてベタベタする傾向があるように感じられる。女子校の特徴だな、多分。甘えん坊キャラの子は、当たり前のように誰かの膝の上に座って抱えられていたりとかするんだよな。あれってぬいぐるみを抱えているような感覚なのかな。俺の場合は自分からベタベタしたりはしないが、仲がいい子なら友紀ちゃんみたいなエロいのじゃなければ、嫌な感じはしない。
女子の世界はまだまだよく分からないことだらけだが、少しずつ馴染んできている俺である。正直慣れてくるとこんなものかなと思って、最悪男に戻れなかったとしても何とかやっていけそうな気もしてきている。こんな自信、いらなかったんだけどなぁ。
トイレに入っていそいそと手紙を取り出し、封を切る。今回のはこの前のとは様子が違って、セロテープで封を止めてあるだけだった。二回目雑だなおい。お陰でビリビリ音を立てる心配もなくトイレで封を切ることができていいのだが。
便箋を取り出して、今度は一体何が書いてあるのだろうかと、ちょっとばかりドキドキしながら確認すると、そこにはまたシンプルに『丹代花澄には近づかない方がいい』と書かれてあった。何だこれ? 丹代花澄からわざわざ? いや、女の子の文字なんだが、この前のとは明らかに筆跡が異なる。誰だよ今度は。相手は丹代花澄一人じゃなくってグループだったのか? いや、でも『近づかない方がいい』っていう文言からは、敵対的な印象は受けないな。もしかして俺のことを思ってのアドバイス的な警告か? だったら誰が? 皆目見当がつかん。
一瞬、十一夜君の顔が脳裏を過ぎったが、どう考えてもあの唐変木がこんなかわいい字を書くとは思えない。寧ろ書いてたら引くレベルだわ。
「夏葉ちゃ~ん」
あれこれとまた考えていたら、隣の個室で奮闘中の楓ちゃんから声が掛かった。何だろう、こんなところで。
「な~に~?」
「ごめん、始まっちゃったんだけどナプキン忘れちゃった。持ってる?」
何この緊張の糸をぶち切る流れは。気が抜けるわ。ある意味これも楓ちゃんの持つ独特の癒やし効果か。
「ほれ、投げるよ~」
俺はポーチからナプキンを取り出して、壁越しに隣の個室目掛けて放り投げた。
「サンキュ、夏葉ちゃん。助かった~」
生理用品が飛び交う女子トイレ。端から見たら、さぞシュールな光景だろうなぁ。
はぁ。この手紙、誰からなんだろな~。またひとつ、新たな疑問を抱え、いつもの様に溜息を吐く俺だった。
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