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それでも彼は動くのか
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お嬢様が攫われた。アルフレッド公爵の言葉を理解するまで暫く固まってしまう。
「.......お嬢様は無事なんでしょうか!?」
「恐らくね。連中も大切な人質に怪我なんてさせないだろうから」
アルフレッド公の声はいつも通り落ち着いている。動揺をおくびにも出さない態度、どう見ても娘が誘拐された父親のものではなかった。だからだろうか? 彼の言葉からは危機感が無いのだ。自分のような者が言えた事じゃないのは承知だ、それでも聞かずにはいられなかった。
「お嬢様のこと、心配じゃないんですか」
「とても心配してるさ。アイリーンが上手くやってくれるかどうか気が気でないからね」
上手く?
「どういう意味ですか」
自分で思っていたよりずっと低い声が出た。その時ようやく焦らされているのは自分の方だと気がつく。
「アイリーンを誘拐した犯人に心当たりがあるんだ。証拠さえ掴めればこっちのものなんだけど、中々難しくてね。彼女を送り込めば上手いことやってくれるかなって期待してみた」
楽しげに笑みさえ浮かべる公爵。お嬢様が攫われるかもしれないと知っていたのか? 知っていて自分を任務から外したのか?
────あの人、私のこと便利な道具としか思ってませんよ。
以前お嬢様の口から聞いた悲しい台詞を思い出した。当時はそんな事ないと首を振ったんだ。だってそんな事あるはずが無いと。アルフレッド様はアイリーンお嬢様が大切で可愛らしいから引き取ったんだと思っていたから、だから。
「貴方はそれでいいのか!?」
どうしても許せなかった。だってそれではあまりにもお嬢様が報われない。利用されているのだと口で言うのと自覚するのでは違いすぎるのだ。
立場など弁えず、つい口を出してしまう。
「お嬢様は今何処に? 無事を確認次第自分が護衛に」
「その必要はないよルイ」
話を遮られ、アルフレッド公を睨みつける。
「君が行ってどうなる? 計画だけが丸潰れでアイリーンは誘拐され損じゃないか。今君に出来ることは彼女の無事を祈ることぐらいだ。何故私がわざわざ君にこの話をしたのかまだ理解していないようだね」
威圧感、幼子を窘めるような口調で彼は続ける。
「つまり君に邪魔をするなって言いたいんだよ。これは命令だ」
何も言い返せず、ただその場に立ち尽くした。
命令だなんて言われればそれ以上何も出来ない。今までだってそうだった。命じられるままに人を傷つけてきた前職は結局最後に自分が裏切られる形で終わったが、その後も今も自分自身は何一つ変われてないのを身をもって実感させられる。
追い出された廊下を歩きながら考える。お嬢様は今、何を思っているのだろうか。
怖い思いをしているかもしれない。
震えて泣いているかもしれない。
強がるのが得意な方だから唇を噛み締めながら笑っているかもしれない。
人の神経を逆撫でするような発言で誘拐犯を怒らせているのかもしれない。
口の回るお人だから犯人を説き伏せて支配下に置いているのかもしれない。
色々な可能性が可能性のまま思考を止められないでいる。
アルフレッド公爵は雇い主だ。彼の命令に背けば自分は此処に居られなくなるだろう。そうなればもうお嬢様の傍に仕えることは出来なくなる。
お嬢様の無事を願うこの身で、お嬢様を見捨てようとしているのか。
なんて身勝手で浅はかな考えだ。笑い飛ばしてくれる主人はここに居ない。お嬢様ならこんな時、なんて言ってくれるだろうか。
自分がどうすべきかさえ分からない。
「ルイさん?」
呼び止められた方を向き直ればアイザック様が立っていた。手には茶菓子とティーセット。確か彼は今日友人達と一緒に集まっていたようだが。
「何かあったんですか? 顔色が悪いですよ」
「いえ大丈夫です」
アルフレッド公爵の許可もなしにお嬢様が誘拐されたなんて口が裂けても言えなかった。この優しい兄はきっと憤慨して、アイリーンお嬢様を助けようとするに違いないのに。何も出来ない自分が知って、助けになりたいと願う彼は何も知らされることは無い。
皮肉なものだと、お嬢様なら笑うだろうか。
「そうだ、ルイさんもアイリーンのサプライズバースデーパーティ参加しますよね!」
「えぇ」
確かにそんな話を聞いた覚えがある。お嬢様が無事に帰ってきたら護衛として自分も参加することになるだろう。
「絶対成功させたいので、ルイさんからもバレないよう注意を払っていて下さいね」
当の本人はそれどころではないからきっとそこまで気が回らないだろう。
成功させるには、お嬢様がいなくては始まらない。一瞬どう答えればいいのか迷ってしまった。だって自分の口からは確証の無いことなんて言えない。
お嬢様は戻ってくるのか?
不安が押し寄せてくる。自分では何も出来ないくせに誰かに大丈夫だと言われるのを待っているだけのくせに。
こんな時、お嬢様なら.......。
「アイリーンは人には好きにすればいい、なんてよく言うのに自分は結構我慢しがちな所あるのでその日は皆で目一杯甘やかしてあげるんです!!」
アイザック様の言葉にはっとした。そうだ、お嬢様なら。
────貴方がしたいようにしてみればいいじゃないですか、失敗したらその時は私がどうにかしてあげますよ。
私にもどうにも出来ないような事なら尚更悩むだけ無駄です、当たって砕け散れば破片ぐらい回収してあげますから。
そんな事をさも当然のように言うだろう。
自分にはやりたい事なんて何一つなかった。前職もこの護衛の仕事すら成り行きでそうするより他に道がなかっただけに過ぎない。初めて見つけたやりたい事、守りたいものがあるとするならそれは.......。
「安心して下さいませアイザック様。お嬢様の誕生日会必ずや成功させてみせましょう」
例え、その先彼女の傍に居られなくとも。
「.......お嬢様は無事なんでしょうか!?」
「恐らくね。連中も大切な人質に怪我なんてさせないだろうから」
アルフレッド公の声はいつも通り落ち着いている。動揺をおくびにも出さない態度、どう見ても娘が誘拐された父親のものではなかった。だからだろうか? 彼の言葉からは危機感が無いのだ。自分のような者が言えた事じゃないのは承知だ、それでも聞かずにはいられなかった。
「お嬢様のこと、心配じゃないんですか」
「とても心配してるさ。アイリーンが上手くやってくれるかどうか気が気でないからね」
上手く?
「どういう意味ですか」
自分で思っていたよりずっと低い声が出た。その時ようやく焦らされているのは自分の方だと気がつく。
「アイリーンを誘拐した犯人に心当たりがあるんだ。証拠さえ掴めればこっちのものなんだけど、中々難しくてね。彼女を送り込めば上手いことやってくれるかなって期待してみた」
楽しげに笑みさえ浮かべる公爵。お嬢様が攫われるかもしれないと知っていたのか? 知っていて自分を任務から外したのか?
────あの人、私のこと便利な道具としか思ってませんよ。
以前お嬢様の口から聞いた悲しい台詞を思い出した。当時はそんな事ないと首を振ったんだ。だってそんな事あるはずが無いと。アルフレッド様はアイリーンお嬢様が大切で可愛らしいから引き取ったんだと思っていたから、だから。
「貴方はそれでいいのか!?」
どうしても許せなかった。だってそれではあまりにもお嬢様が報われない。利用されているのだと口で言うのと自覚するのでは違いすぎるのだ。
立場など弁えず、つい口を出してしまう。
「お嬢様は今何処に? 無事を確認次第自分が護衛に」
「その必要はないよルイ」
話を遮られ、アルフレッド公を睨みつける。
「君が行ってどうなる? 計画だけが丸潰れでアイリーンは誘拐され損じゃないか。今君に出来ることは彼女の無事を祈ることぐらいだ。何故私がわざわざ君にこの話をしたのかまだ理解していないようだね」
威圧感、幼子を窘めるような口調で彼は続ける。
「つまり君に邪魔をするなって言いたいんだよ。これは命令だ」
何も言い返せず、ただその場に立ち尽くした。
命令だなんて言われればそれ以上何も出来ない。今までだってそうだった。命じられるままに人を傷つけてきた前職は結局最後に自分が裏切られる形で終わったが、その後も今も自分自身は何一つ変われてないのを身をもって実感させられる。
追い出された廊下を歩きながら考える。お嬢様は今、何を思っているのだろうか。
怖い思いをしているかもしれない。
震えて泣いているかもしれない。
強がるのが得意な方だから唇を噛み締めながら笑っているかもしれない。
人の神経を逆撫でするような発言で誘拐犯を怒らせているのかもしれない。
口の回るお人だから犯人を説き伏せて支配下に置いているのかもしれない。
色々な可能性が可能性のまま思考を止められないでいる。
アルフレッド公爵は雇い主だ。彼の命令に背けば自分は此処に居られなくなるだろう。そうなればもうお嬢様の傍に仕えることは出来なくなる。
お嬢様の無事を願うこの身で、お嬢様を見捨てようとしているのか。
なんて身勝手で浅はかな考えだ。笑い飛ばしてくれる主人はここに居ない。お嬢様ならこんな時、なんて言ってくれるだろうか。
自分がどうすべきかさえ分からない。
「ルイさん?」
呼び止められた方を向き直ればアイザック様が立っていた。手には茶菓子とティーセット。確か彼は今日友人達と一緒に集まっていたようだが。
「何かあったんですか? 顔色が悪いですよ」
「いえ大丈夫です」
アルフレッド公爵の許可もなしにお嬢様が誘拐されたなんて口が裂けても言えなかった。この優しい兄はきっと憤慨して、アイリーンお嬢様を助けようとするに違いないのに。何も出来ない自分が知って、助けになりたいと願う彼は何も知らされることは無い。
皮肉なものだと、お嬢様なら笑うだろうか。
「そうだ、ルイさんもアイリーンのサプライズバースデーパーティ参加しますよね!」
「えぇ」
確かにそんな話を聞いた覚えがある。お嬢様が無事に帰ってきたら護衛として自分も参加することになるだろう。
「絶対成功させたいので、ルイさんからもバレないよう注意を払っていて下さいね」
当の本人はそれどころではないからきっとそこまで気が回らないだろう。
成功させるには、お嬢様がいなくては始まらない。一瞬どう答えればいいのか迷ってしまった。だって自分の口からは確証の無いことなんて言えない。
お嬢様は戻ってくるのか?
不安が押し寄せてくる。自分では何も出来ないくせに誰かに大丈夫だと言われるのを待っているだけのくせに。
こんな時、お嬢様なら.......。
「アイリーンは人には好きにすればいい、なんてよく言うのに自分は結構我慢しがちな所あるのでその日は皆で目一杯甘やかしてあげるんです!!」
アイザック様の言葉にはっとした。そうだ、お嬢様なら。
────貴方がしたいようにしてみればいいじゃないですか、失敗したらその時は私がどうにかしてあげますよ。
私にもどうにも出来ないような事なら尚更悩むだけ無駄です、当たって砕け散れば破片ぐらい回収してあげますから。
そんな事をさも当然のように言うだろう。
自分にはやりたい事なんて何一つなかった。前職もこの護衛の仕事すら成り行きでそうするより他に道がなかっただけに過ぎない。初めて見つけたやりたい事、守りたいものがあるとするならそれは.......。
「安心して下さいませアイザック様。お嬢様の誕生日会必ずや成功させてみせましょう」
例え、その先彼女の傍に居られなくとも。
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