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呪われたベーカー家

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 知らなくていい、アルフレッドはそう言った。私が呪われた家系について興味を持たないよう牽制したつもりだったのか、本当に不必要な情報だったのか今まで判断できなかったがどうやら前者だったらしい。
「.......ふざけるな」
自分でも驚くほど低い声が出た。何が知らなくていいだ。これだけ多くの人間が、それもベーカー家の身内から病死しているのに知らなくていいわけないだろう。
アルフレッドの兄弟も若くして亡くなってしまったことに思う所があるのは分かる、それでも。
「お嬢様?」
ルイが私にそっと触れた。
私がこの家に蔓延る呪いと言われるものの正体を知らないのと同様にアルフレッドは知らないだろう、私は誰よりも死ぬのが怖いのだ。

前世の最期は病死だった。体温が上昇し、危うくなった呼吸に段々と遠のく音。死にたくないと口に出そうにも声が出ない、泣いてすがったところで助けてくれる神様なんて何処にも存在しなかった。
霞んだ視界の中で郁が手を掴んで泣いていてくれたことだけが救いだったのだ。もう思い出せない彼女の面影があったからこそ生まれ変わった今でも生きようと立っていられる。欲しかった温もりも大切だと思える家族ともようやく出会えたのに。


また、私は死ぬのだろうか。


 アルフレッドは何故私をベーカー家に引き取ったんだ。ここにさえ来なければ呪われた家にさえ近づかなければ他人事だと無視出来たのにどうして。
「お嬢様!!」
ルイの声にハッとした。彼を見ると心配そうに眉を歪めている。
「気分が優れないようでしてたら自室で休んでください」
「大丈夫ですよルイ」
「.......ですが震えています」
安心してくれと咄嗟に作った笑みの奥底を見抜かれてしまい私は顔をふせた。

死ぬのは嫌だ、誰だってそうだろう。それをルイに訴えて何になる。落ち着け。落ち着くんだ。
「そうですね。ルイの言った通り一度部屋に戻って休むことにします」



支えられるまま部屋まで行き、青ざめた顔のサラに介抱されながらベッドの中に潜り込んだ。医者に診てもらおうと勧めるサラには少し寝たら大丈夫だと受け流し目を閉じた。
「お嬢様、打ち所が悪かったのでしょうか?」
今朝ベッドから落ちた時のことを言っているのだろう。
「次に起きた時まだ具合が悪そうなら医者を呼びましょう」




 ここはゲームの世界。だから私はこれから自分の身に起こる大まかな出来事を知っている。クルセント学園と呼ばれるところに入学し、主人公の少女を目の敵にしていじめて。犯罪まがいのことにまで手を染め最後はアイザックからも見捨てられる、そんな悪役令嬢アイリーン・ベーカー。現実がこの物語りの通りに進むなら少なくとも私はクルセント学園に入学し卒業式を迎えるまでは生きていられるはずだ。それにベーカーの呪いにかかるのは当主以外の人間、ならアイザックは除外できる。


彼は死なない。それだけで霧が晴れたような気分になった。

冷静になれば考えも浮かんでくる。呪いなんて非科学的なもの信じてられるか!! (この際転生したことは置いておこう)ベーカー家特有というなら遺伝性の病気かもしれない。当主だけが生き残るのも、生き残った人間が当主になっただけということなら理解出来る。


 生き残った人間が当主か.......まるで蠱毒みたいだ。古代中国にあった呪術。虫や動物などを同じ容器に入れ飼育し、生き残ったものを呪詛の媒体にする方法。ベーカー家で似たようなことが執り行われて来たのなら必ず止めなければ。




頭がグラグラする。もしかして本当に風邪気味だったか? 分からない、だってアルフレッドは。
「どうして何も言ってくれないんだ.......」
零れ落ちた言葉はきっとアルフレッドに届かない。あの人が何を考えているのか私には何も見えなくてそれがただただ不安だった。













「気分はどうアイリ?」
「大分マシですね。わざわざ見舞いに来ていただいてすみません」
「こういう時はありがとうって言うものだよ」
「あ、ありがとうございます」
相変わらずの天使スマイルで私のライフを回復してくれるアイザック。少し寝て休めば元々身体の方は何ともなかったらしくすぐに体調を戻した。肝心のメンタルも思考さえ巡らせれば悩むのが勿体ないと開き直れるぐらいに落ち着いた。
ベーカー家がなんであれ、私はアイザックを守ればいい。呪いだろうが何だろうが降りかかる災いはその都度対象していくしかない。それに前世の時とは違って私には頼れる一味がいるじゃないか、きっと何とかなる。

「そうだ。アイリの為に茶菓子つくってみたんだ。もしよかったら食べてみてくれないかな」
「是非喜んで!!」
うちのお兄様女子力高いな。私悪役とはいえ一応令嬢なのにやってることといえば裏工作だの忍び込みだの謎解きだの.......アイザックの方がヒロイン素質ありそうだ。

「ほら口を開けて」
「自分で食べられますよ?」
「アイリは甘えるのが苦手だからこういう時ぐらい兄っぽいことしたいんだよ」
アーンと甘酸っぱいことをされたが口に広がる味は砂糖菓子のように甘いもの。食感からして金平糖に近い。
「美味しいです」
「ふふっ、良かった。早く元気になってね」
アイザックはそれから私が退屈しないよう話を沢山してくれた。
「今度剣術の見学に来ない? アイリが見てくれるなら頑張れる気がするんだ」
この春からアイザックもめでたく剣術デビューである。私は二つ返事で頷いて話の続きを促した。


 思えば、誰でなく私自身のためにこの優しい兄を守りたい。そう強く願ったのはこの時だったのかもしれない。






「そういえばお父様も心配していたよ。後で見舞いに来るそうだ」
「具合悪くなったので面会謝絶にして下さい」


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