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彼氏と彼女
想定外のその先で_9
しおりを挟む「そうですか? 嬉しいは嬉しいんですけど……。正直、私なんかより素敵な女性は世の中にたくさんいますし、家柄も全然違いますし……」
「ゆあちゃん、私たち守衛に、いつも笑顔でこっちの顔見ながら挨拶してくれるだろ? あれって、実は結構少ないんだよ。挨拶をしてくれても、目線は前を向いていたり、スマホを触っていたりで。こちらが挨拶しても、『BGMですね』ってくらい人間本体には無関心な人もいるし。……人のことは嫌でもよく見る商売だからね」
「……私ちょっと、自分に自信が持てた気がします」
「おっ、私良い仕事したかな? そういえばね、坊ちゃんが昔、恥ずかしくてまだ親正さんの後ろに隠れていた時のことなんだけど……」
「えっなんですかそれ可愛い」
「可愛いだろ? あれは3歳くらいだったかな。まぁまぁ人見知りする子でね。嫌ってほど顔を合わせていても、旦那さまや奥さまがいらっしゃるとその後ろにすぐに隠れて、ちょこっとだけ顔を出してこちらを覗いてくるような時期があったんだよ」
「今からだと信じられないですね……」
「だろう? ……同世代のことはなかなか遊ぶ機会もなくてね。いつも独りで遊んでいたのさ。だから多分、独りでいることには慣れっこなんだろうけど、やっぱり寂しそうではあったよ。使用人や坊ちゃんの周りは大人ばかりだったからね。年相応の子供ではなかったと思うよ。大人びていて、どこか諦めていて」
「なんとなく、想像できます」
「それがさ、最近表情が少し柔らかくなったなって思ってね。なにかあったんだろうとは思っていたけど、遂に坊ちゃんにも春が来たからだね」
「改めて言われると、こそばゆいですね」
「いやいや、実際そうなんだよ。やっぱり、坊ちゃんは社長だから。周りによって来る人間は、良くも悪くもそれを理解している人が多いからね……。今までも……おっと、あんまり話すと坊ちゃんに叱られちまうな」
「でも、私そういうお話聞きたいです! こんな言いかたしたら良くないのかもしれませんが、ちょっとだけやっぱり『住む世界が違うのかなぁ』って思うことがあるんです。でも、お話していて楽しいし、勉強にもなるし。ハルトさんは凄く優しくて、でも寂しそうなところもあって、全部はまだ無理かもしれませんけど、辛いことも嫌なことも共有できたらなぁって思ってるんです」
「……おやおや、妬けるねぇ」
「えっ?」
「坊ちゃんはあれでいて愚直な部分もあるんだ。きっと、正面からぶつかれば、ゆあちゃんなら上手くやれると思っているんだよ」
「そう、ですかね?」
「あぁ、そうだよ。……そのためにも、坊ちゃんの色んな話をたくさんしておかないとねぇ」
「ぜひ! お願いします!」
「うんうん。それじゃあ、あれはまだ小学校に上がる前だったかな……」
「ハルトさんの小学生時代! 全然想像がつかないです!」
「いやいや、可愛い男の子だったんだよ? 見た目もお人形さんみたいで、なんにでも一生懸命でねぇ……」
ヤスは昔を懐かしむように、それでもどこか悲しそうに笑いながらゆあに話した。生まれる前から見守ってきたヤスは、親のような気持をハルトに対して抱いているのかもしれない。むしろ、少し離れた場所からハルトの成長を見てきたヤスは、親が見られなかった部分も、親以上に知っていることもあるだろう。そうして二人はポツポツと、お互いに誰も知らない内緒話を楽しむようにハルトの話をしながら守衛室へと戻った。
「坊ちゃん? 戻りましたよ?」
「――あぁ、おかえり。鞄は無事だった?」
「ちゃんとありました! ……これからは、攻めてスマホだけはずっと持ち歩くようにします」
「賢明かもね。……いや、こんな状況が起こることがそもそもあり得ないんだけど。……ところでヤスさん? ゆあに余計な話はしてないよね?」
「そりゃあもちろん! ちょっと昔話をしただけですよ? ね? ゆあちゃん」
「そうです! ちょっとその、ご両親の後ろに恥ずかしがって隠れてるハルトさんの話とか……」
「ちょっ……それが余計な話だよ!」
「ハルトさんの意外な一面が知られて良かったです!」
「……忘れて良いんだよ?」
「しっかり覚えておきます!」
ニコニコと笑うゆあとヤスの二人とは反対に、バツの悪そうな顔で口をつぐむハルトだったが、すぐに諦めたような顔をしてパソコンを触るのをやめた。
「あ、そういえば。坊ちゃん、なにか見つかりましたかい?」
「……あぁ」
「そうですか。それは良かった」
「念のため、ヤスの話も聞きたいんだけど。明日出社したら、社長室に来てくれるかい?」
「もちろんです。なんでも聞いてください。……一応、出退勤の記録、必要そうな部分だけ印刷しときましょうか?」
「お願いするよ。急にごめんね。僕たちはそろそろ帰るけど、引き続き見回り頼むよ」
「任せてください! それじゃあ、お気をつけて」
「あぁ。それじゃ。お疲れさま」
「ヤスさんもお疲れさまでした! また明日!」
「えぇ、また明日」
ヤスは会社から出る2人を見送ると、ふぅ、と一息ついて守衛室へと入っていった。
「……春だねぇ」
そう言って、思いがけないハルトのヤスは口元をほころばせた。
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