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Chapter 1.極悪鬼畜研究所で絶体絶命の貞操危機
1-10 王牙卿 ヴァルジフォルド・ダン・ディビド
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「あ、あ、あんた……王牙卿、なのか? そうなのか? 俺を買ったド変態の、王牙卿?!」
震える声でそう言った俺を見て、シフォンちゃんが心配そうな眼差しで話しかけてくる。
「どうしたんですか、ユート様。ずいぶんと怯えていらっしゃるような……。……あ、大丈夫ですよ、旦那様は魔王軍一番の猛者と評判の王牙卿でいらっしゃいますが、怖くないです! 普段はとっても優しいんです! いきなり嚙みついたり、得意技の無敵咆哮を上げたりなんてしませんから、安心してください!」
……ああ……やっぱりこいつが、王牙卿だったんだ……。
イケメン獣人=ヴァルなんちゃら=変態王牙卿。
なんてことだ。
「どうした、ユート? 何を怯えている? 大丈夫だ、俺は狼人種だが、おまえを襲ったりしない。ニンゲンの中にはたまに、我らが苦手な個体がいるが、もしかして、おまえもそうなのか? しかし先程までは、俺を見てもまるで委縮していなかったのに……」
「あ! 旦那様、もしかして、ユート様は悪い噂を施設で耳にしたのでは? これほど賢い方ですもの、きっとそうだわ! 旦那様、多分、思いっきり誤解されています!」
「 !! そうなのか?!」
ヴァルが詰め寄ってきたため、俺は「ぎゃあーっ!」と叫びながら慌てて彼から遠ざかった。すごい勢いでベッドから下りると、部屋の隅まで後退し、半べそかいて様子を窺う。
そんな俺を見て、シフォンちゃんが叫んだ。
「やっぱり! 旦那様、見事に嫌われています!」
「お、おお……。き、嫌われて……いるのか……俺は……」
ヴァルはショックを隠し切れないようだ。その声は震えている。シフォンちゃんはそんな彼をフォローするどころか、とどめとばかりに声を荒げた。
「旦那様の正体を知った途端の、ユート様のあの怯えよう! これ絶対、旦那様の『変態王牙卿』とか、『ゲテモノ喰らいの好色卿』とかの悪評のせいですよ! だから言ったのに! 世の中の噂を放置しないで何か手を打った方がいいって! どうして間違った評判を野放しにしてたんですか、旦那様! 他にもありましたよね、確か……『変態ゲス王牙卿』とか『淫乱狼』とか、『股突き殺しの絶倫卿』とか!」
それ。『股突き殺しの絶倫卿』ってやつ、ホーランちゃんが言ってた。でも、他のは知らない。『変態ゲス王牙卿』とか『淫乱狼』とまで言われてるんだ……とんでもないな。マジでこのひと、そんなド変態なのか?! シフォンちゃんは「間違った評判」って言ってるけど、火のないところには煙はたたないとか言うじゃん。どっちが真実だ?! ここは慎重に、見極めないと! 食べられてからでは遅い!!
「可哀そうなユート様! あんなに怯えて! 全力で旦那様から逃げようとなさってます! 賢い方だもの、きっと旦那様の評判を誰かから聞いて、怖がっていらっしゃるんだわ! 私だって怖いですよ、『トンデモ悪趣味ゲテモノ悪食卿』とか、『ニンゲン喰らいの好色卿』とか聞いちゃったら!! ゾッとしちゃう!! 他にもありましたよね、ええと……」
「頼む、もうやめてくれ、シフォン」
ヴァルは頭痛がすると言うようにこめかみを抑え、深い溜息を吐き出し、絞り出すような声で言った。
「そうか……。昨日、あれほど怯えていたのは、俺のせいだったのか、そうか……そうか……彼は賢い……他の個体とは比べようもないほど、言葉を理解している……。……昨日のあの様子は…………俺自身が……彼に恐怖を与えていたせいだったのか……なんたることだ……」
ヴァルはそう言ってがっくりとうなだれ、壁際に置かれたソファに、へなへなと腰を下ろした。そして再び深い溜息をつきながら、両手で顔を覆う。さっきまでピンと立っていた大きな耳は下がり、すごく悲しそうだ。「きゅうーん」なんていう鳴き声が飛び出しそうなほど。
「え……何あれ……可愛い……かも……」
俺は思わず、そう呟いてしまった。
今の彼の姿は、まるで飼い主に叱られた大型犬みたいだ。あんな姿見たら、俺の緊張もゆるんでしまう。
もしかしてあいつ、あの悪い評判とは正反対の、いい奴なんじゃね?
そう思い始めた俺は、少し警戒を解いて、遠くから彼を観察した。
俺のその様子を見て、シフォンちゃんがそっと声をかけてくる。
「ユート様、大丈夫です、怖くないですよー。旦那様はとてもお優しい方で、ニンゲンを愛しています。無体なことはなさらないので、安心してください! もちろん、食べたりしません!」
本当? 本当に本当? 絶対?
「私たち、動物の肉は食べないんです。さっきユート様にお出ししたお食事も、畑で取れるものばかりだったでしょ? 私たちにとって肉食は、下品で悪辣な行為なんです。だからユート様、安心してください、旦那様はもちろん、私も、あなたを食べたりしませんし、あなたをとても大切に思っているんですよ。傷一つ、つけやしません!」
信じて……いいんだろうか。
もしかして俺を油断させて、実は太らせてから食べるつもり……とかない?!
まだ半信半疑な俺は、胡散臭げな視線でヴァルを遠くから眺めた。その様子を見て、シフォンちゃんがヴァルを小突く。
「ほら旦那様も、ちゃんと弁明なさってください!」
「……ああ……。申し訳ない、ユート。昨日……俺はおまえの体調を知りたくて面会に行ったのだが……施設の従業員は何やら誤解し、気を利かせたらしく……、俺をあの部屋でおまえと二人っきりにしたのだ。俺は愚かだった……おまえが俺の悪評を聞いて怯えているのだと、全く気付かなかった。おまえが可愛かったので……すっかり……見入ってしまって……」
は? か……可愛い?
え? み……見入ってしまった?
俺には可愛い要素も、見入るほどの素敵な景観もないが?
どういう、ことかな? 聞き間違い? 何かの暗号か?
あっ……もしかして、優しい言葉と旨い飯で油断させておいて、あとで襲うつもりか?!
わからん、わからんぞ! 信じていいのか否か?!
そうやって俺が戸惑っていると、扉がノックされる音が響き、部屋に新たなケモ耳獣人が入ってきた。
「失礼します。旦那様、そろそろ出発のお時間です。ご準備を」
震える声でそう言った俺を見て、シフォンちゃんが心配そうな眼差しで話しかけてくる。
「どうしたんですか、ユート様。ずいぶんと怯えていらっしゃるような……。……あ、大丈夫ですよ、旦那様は魔王軍一番の猛者と評判の王牙卿でいらっしゃいますが、怖くないです! 普段はとっても優しいんです! いきなり嚙みついたり、得意技の無敵咆哮を上げたりなんてしませんから、安心してください!」
……ああ……やっぱりこいつが、王牙卿だったんだ……。
イケメン獣人=ヴァルなんちゃら=変態王牙卿。
なんてことだ。
「どうした、ユート? 何を怯えている? 大丈夫だ、俺は狼人種だが、おまえを襲ったりしない。ニンゲンの中にはたまに、我らが苦手な個体がいるが、もしかして、おまえもそうなのか? しかし先程までは、俺を見てもまるで委縮していなかったのに……」
「あ! 旦那様、もしかして、ユート様は悪い噂を施設で耳にしたのでは? これほど賢い方ですもの、きっとそうだわ! 旦那様、多分、思いっきり誤解されています!」
「 !! そうなのか?!」
ヴァルが詰め寄ってきたため、俺は「ぎゃあーっ!」と叫びながら慌てて彼から遠ざかった。すごい勢いでベッドから下りると、部屋の隅まで後退し、半べそかいて様子を窺う。
そんな俺を見て、シフォンちゃんが叫んだ。
「やっぱり! 旦那様、見事に嫌われています!」
「お、おお……。き、嫌われて……いるのか……俺は……」
ヴァルはショックを隠し切れないようだ。その声は震えている。シフォンちゃんはそんな彼をフォローするどころか、とどめとばかりに声を荒げた。
「旦那様の正体を知った途端の、ユート様のあの怯えよう! これ絶対、旦那様の『変態王牙卿』とか、『ゲテモノ喰らいの好色卿』とかの悪評のせいですよ! だから言ったのに! 世の中の噂を放置しないで何か手を打った方がいいって! どうして間違った評判を野放しにしてたんですか、旦那様! 他にもありましたよね、確か……『変態ゲス王牙卿』とか『淫乱狼』とか、『股突き殺しの絶倫卿』とか!」
それ。『股突き殺しの絶倫卿』ってやつ、ホーランちゃんが言ってた。でも、他のは知らない。『変態ゲス王牙卿』とか『淫乱狼』とまで言われてるんだ……とんでもないな。マジでこのひと、そんなド変態なのか?! シフォンちゃんは「間違った評判」って言ってるけど、火のないところには煙はたたないとか言うじゃん。どっちが真実だ?! ここは慎重に、見極めないと! 食べられてからでは遅い!!
「可哀そうなユート様! あんなに怯えて! 全力で旦那様から逃げようとなさってます! 賢い方だもの、きっと旦那様の評判を誰かから聞いて、怖がっていらっしゃるんだわ! 私だって怖いですよ、『トンデモ悪趣味ゲテモノ悪食卿』とか、『ニンゲン喰らいの好色卿』とか聞いちゃったら!! ゾッとしちゃう!! 他にもありましたよね、ええと……」
「頼む、もうやめてくれ、シフォン」
ヴァルは頭痛がすると言うようにこめかみを抑え、深い溜息を吐き出し、絞り出すような声で言った。
「そうか……。昨日、あれほど怯えていたのは、俺のせいだったのか、そうか……そうか……彼は賢い……他の個体とは比べようもないほど、言葉を理解している……。……昨日のあの様子は…………俺自身が……彼に恐怖を与えていたせいだったのか……なんたることだ……」
ヴァルはそう言ってがっくりとうなだれ、壁際に置かれたソファに、へなへなと腰を下ろした。そして再び深い溜息をつきながら、両手で顔を覆う。さっきまでピンと立っていた大きな耳は下がり、すごく悲しそうだ。「きゅうーん」なんていう鳴き声が飛び出しそうなほど。
「え……何あれ……可愛い……かも……」
俺は思わず、そう呟いてしまった。
今の彼の姿は、まるで飼い主に叱られた大型犬みたいだ。あんな姿見たら、俺の緊張もゆるんでしまう。
もしかしてあいつ、あの悪い評判とは正反対の、いい奴なんじゃね?
そう思い始めた俺は、少し警戒を解いて、遠くから彼を観察した。
俺のその様子を見て、シフォンちゃんがそっと声をかけてくる。
「ユート様、大丈夫です、怖くないですよー。旦那様はとてもお優しい方で、ニンゲンを愛しています。無体なことはなさらないので、安心してください! もちろん、食べたりしません!」
本当? 本当に本当? 絶対?
「私たち、動物の肉は食べないんです。さっきユート様にお出ししたお食事も、畑で取れるものばかりだったでしょ? 私たちにとって肉食は、下品で悪辣な行為なんです。だからユート様、安心してください、旦那様はもちろん、私も、あなたを食べたりしませんし、あなたをとても大切に思っているんですよ。傷一つ、つけやしません!」
信じて……いいんだろうか。
もしかして俺を油断させて、実は太らせてから食べるつもり……とかない?!
まだ半信半疑な俺は、胡散臭げな視線でヴァルを遠くから眺めた。その様子を見て、シフォンちゃんがヴァルを小突く。
「ほら旦那様も、ちゃんと弁明なさってください!」
「……ああ……。申し訳ない、ユート。昨日……俺はおまえの体調を知りたくて面会に行ったのだが……施設の従業員は何やら誤解し、気を利かせたらしく……、俺をあの部屋でおまえと二人っきりにしたのだ。俺は愚かだった……おまえが俺の悪評を聞いて怯えているのだと、全く気付かなかった。おまえが可愛かったので……すっかり……見入ってしまって……」
は? か……可愛い?
え? み……見入ってしまった?
俺には可愛い要素も、見入るほどの素敵な景観もないが?
どういう、ことかな? 聞き間違い? 何かの暗号か?
あっ……もしかして、優しい言葉と旨い飯で油断させておいて、あとで襲うつもりか?!
わからん、わからんぞ! 信じていいのか否か?!
そうやって俺が戸惑っていると、扉がノックされる音が響き、部屋に新たなケモ耳獣人が入ってきた。
「失礼します。旦那様、そろそろ出発のお時間です。ご準備を」
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