上 下
10 / 85
Chapter 1.極悪鬼畜研究所で絶体絶命の貞操危機

1-10 王牙卿 ヴァルジフォルド・ダン・ディビド

しおりを挟む
「あ、あ、あんた……王牙卿おうがきょう、なのか? そうなのか? 俺を買ったド変態の、王牙卿?!」

震える声でそう言った俺を見て、シフォンちゃんが心配そうな眼差しで話しかけてくる。

「どうしたんですか、ユート様。ずいぶんと怯えていらっしゃるような……。……あ、大丈夫ですよ、旦那様は魔王軍一番の猛者もさと評判の王牙卿でいらっしゃいますが、怖くないです! 普段はとっても優しいんです! いきなり嚙みついたり、得意技の無敵咆哮むてきほうこうを上げたりなんてしませんから、安心してください!」

……ああ……やっぱりこいつが、王牙卿だったんだ……。
イケメン獣人=ヴァルなんちゃら=変態王牙卿。
なんてことだ。

「どうした、ユート? 何を怯えている? 大丈夫だ、俺は狼人種おおかみじんしゅだが、おまえを襲ったりしない。ニンゲンの中にはたまに、我らが苦手な個体がいるが、もしかして、おまえもそうなのか? しかし先程までは、俺を見てもまるで委縮していなかったのに……」

「あ! 旦那様、もしかして、ユート様は悪い噂を施設で耳にしたのでは? これほど賢い方ですもの、きっとそうだわ! 旦那様、多分、思いっきり誤解されています!」

「 !! そうなのか?!」

ヴァルが詰め寄ってきたため、俺は「ぎゃあーっ!」と叫びながら慌てて彼から遠ざかった。すごい勢いでベッドから下りると、部屋の隅まで後退し、半べそかいて様子をうかがう。
そんな俺を見て、シフォンちゃんが叫んだ。

「やっぱり! 旦那様、見事に嫌われています!」

「お、おお……。き、嫌われて……いるのか……俺は……」

ヴァルはショックを隠し切れないようだ。その声は震えている。シフォンちゃんはそんな彼をフォローするどころか、とどめとばかりに声を荒げた。

「旦那様の正体を知った途端の、ユート様のあの怯えよう! これ絶対、旦那様の『変態王牙卿』とか、『ゲテモノ喰らいの好色卿』とかの悪評のせいですよ! だから言ったのに! 世の中の噂を放置しないで何か手を打った方がいいって! どうして間違った評判を野放しにしてたんですか、旦那様! 他にもありましたよね、確か……『変態ゲス王牙卿』とか『淫乱狼いんらんおおかみ』とか、『またごろしの絶倫ぜつりんきょう』とか!」

それ。『股突き殺しの絶倫卿』ってやつ、ホーランちゃんが言ってた。でも、他のは知らない。『変態ゲス王牙卿』とか『淫乱狼』とまで言われてるんだ……とんでもないな。マジでこのひと、そんなド変態なのか?! シフォンちゃんは「間違った評判」って言ってるけど、火のないところには煙はたたないとか言うじゃん。どっちが真実だ?! ここは慎重に、見極めないと! 食べられてからでは遅い!!

「可哀そうなユート様! あんなに怯えて! 全力で旦那様から逃げようとなさってます! 賢い方だもの、きっと旦那様の評判を誰かから聞いて、怖がっていらっしゃるんだわ! 私だって怖いですよ、『トンデモ悪趣味ゲテモノ悪食あくじききょう』とか、『ニンゲン喰らいの好色卿』とか聞いちゃったら!! ゾッとしちゃう!! 他にもありましたよね、ええと……」

「頼む、もうやめてくれ、シフォン」

ヴァルは頭痛がすると言うようにこめかみを抑え、深い溜息を吐き出し、絞り出すような声で言った。

「そうか……。昨日、あれほど怯えていたのは、俺のせいだったのか、そうか……そうか……彼は賢い……他の個体とは比べようもないほど、言葉を理解している……。……昨日のあの様子は…………俺自身が……彼に恐怖を与えていたせいだったのか……なんたることだ……」

ヴァルはそう言ってがっくりとうなだれ、壁際に置かれたソファに、へなへなと腰を下ろした。そして再び深い溜息をつきながら、両手で顔を覆う。さっきまでピンと立っていた大きな耳は下がり、すごく悲しそうだ。「きゅうーん」なんていう鳴き声が飛び出しそうなほど。

「え……何あれ……可愛い……かも……」

俺は思わず、そう呟いてしまった。
今の彼の姿は、まるで飼い主に叱られた大型犬みたいだ。あんな姿見たら、俺の緊張もゆるんでしまう。
もしかしてあいつ、あの悪い評判とは正反対の、いい奴なんじゃね?
そう思い始めた俺は、少し警戒を解いて、遠くから彼を観察した。
俺のその様子を見て、シフォンちゃんがそっと声をかけてくる。

「ユート様、大丈夫です、怖くないですよー。旦那様はとてもお優しい方で、ニンゲンを愛しています。無体なことはなさらないので、安心してください! もちろん、食べたりしません!」

本当? 本当に本当? 絶対?

「私たち、動物の肉は食べないんです。さっきユート様にお出ししたお食事も、畑で取れるものばかりだったでしょ? 私たちにとって肉食は、下品で悪辣あくらつな行為なんです。だからユート様、安心してください、旦那様はもちろん、私も、あなたを食べたりしませんし、あなたをとても大切に思っているんですよ。傷一つ、つけやしません!」

信じて……いいんだろうか。
もしかして俺を油断させて、実は太らせてから食べるつもり……とかない?!

まだ半信半疑な俺は、胡散臭うさんくさげな視線でヴァルを遠くから眺めた。その様子を見て、シフォンちゃんがヴァルを小突こづく。

「ほら旦那様も、ちゃんと弁明なさってください!」

「……ああ……。申し訳ない、ユート。昨日……俺はおまえの体調を知りたくて面会に行ったのだが……施設の従業員は何やら誤解し、気を利かせたらしく……、俺をあの部屋でおまえと二人っきりにしたのだ。俺は愚かだった……おまえが俺の悪評を聞いて怯えているのだと、全く気付かなかった。おまえが可愛かったので……すっかり……見入ってしまって……」

は? か……可愛い?
え? み……見入ってしまった?
俺には可愛い要素も、見入るほどの素敵な景観もないが?
どういう、ことかな? 聞き間違い? 何かの暗号か?
あっ……もしかして、優しい言葉と旨い飯で油断させておいて、あとで襲うつもりか?!
わからん、わからんぞ! 信じていいのか否か?!

そうやって俺が戸惑っていると、扉がノックされる音が響き、部屋に新たなケモ耳獣人が入ってきた。

「失礼します。旦那様、そろそろ出発のお時間です。ご準備を」
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

処理中です...