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Act 3
04. 夢から覚めても、褪せない愛
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久我と真也は去り、健斗は自分の部屋に皓一を招き入れた。
皓一は健斗に促されてその場に腰を下ろすなり、隣に座った健斗に詰め寄った。
「健斗、教えてくれ。いつからなんだ――俺はいつから、あの男に、騙されていたんだ?!」
「俺が初めてあいつに会ったのは、あの居酒屋です。俺が、皓一さんに告白した夜です」
健斗は包み隠さず、自分の知っていることを皓一に話した。しかしただ一つだけ、話さなかったことがある。真也が「番」とした皓一の愛を失うか、もしくは死別したり何らかの事情で長時間会えななくなったりすれば、「番」を持つ者の宿命によりやがて死に至るという事実だけは、話さなかった。それを知れば皓一は、自分の感情より真也の命を優先しようとするだろう。皓一の性格なら、たとえ自分を騙していた憎い男でも、同情から助けようとするだろう。たとえその気がなくても、一緒にいて出来るだけ愛そうとするだろう。そうなれば皓一の人生は、彼の意思から離れ、狭まり、限定されたものになる。健斗はそれを恐れた。皓一には、誰よりも幸せになって欲しかったからだ。
一方、高羽真也の正体が異星人であることを知った皓一は、すべてが腑に落ちた。
目玉焼きを食べたことがないのも、花見をしたことがないのも、そういうわけだったのだ。
――俺は、化け物だ。本当の俺の姿を知れば、きっとおまえは……。
真也の言葉が、脳裏によみがえる。
皓一は、あのとき真也が見せた、苦痛に耐えているような表情を思い出した。
「健斗……教えてくれ……俺には分からない……あの男の目的は、何だったんだ? 俺をからかって、休暇とやらを楽しんでいたのか?!」
「違います」
健斗はきっぱりと、言い放った。
真也の肩など持ちたくないが、皓一に嘘はつきたくなかった。
「あいつは皓一さんを心の底から愛してた。俺が……負けを認めるほど。悔しいけど……。あいつは、本気だった。絶対、遊びなんかでは、ないです。あいつは皓一さんに一目惚れして、恋情を募らせた挙句、皓一さんが作りだした『高羽真也』に擬態したんです。皓一さんを、確実に手に入れるために」
健斗は一旦言葉を区切ると、気持ちを切り替えるように深呼吸をして、再び口を開いた。
「けど、皓一さん。そんなこと、気にすることはない。あんな男、さっさとふればいんです。やつの気持ちなんか、知ったこっちゃあないですよ。ねえ皓一さん、あいつ、めちゃ気持ち悪い外見をしてるみたいですよ? 付き合う義理は一切ないです。勝手に好きになって、身勝手極まりないやり方であなたを手に入れようとした、自分勝手な男です。勝手三連発の気色悪い宇宙人のことなんか忘れて、目の前のイケメンとくっつきましょうよ? 皓一さんだって、あの男の正体を知ってしまった今となっては、以前と同じように恋人扱いするなんて、無理でしょ?」
「俺は……」
皓一は焦点を失くした目で黙り込んだ。
戸惑い、疑いながらも、本当は皓一にも分かっていた。真也が本当に自分を愛していることを。気まぐれや遊びで手を出したのではないことを。そしてどうにかして、皓一の過去の傷跡を癒そうとしてくれていたことも。
健斗の部屋の前で、真也が額を合わせてきたとき、彼の感情が直接脳に流れ込んできて――皓一は知ったのだ。
ひたむきで純粋な、真也の愛を。
いや、正確には、高羽真也に扮していた異星人の男の、愛を。
「俺は……どうすればいいか分からない。恋人は実は宇宙人でしたって言われても……俺、どうすりゃいいんだ?! なあ健斗、これ実は夢じゃないか?!」
「そうですね……夢だったと思えばいいです。この1ヶ月、夢を見ていたということに、すればいいです」
「……!」
夢だと思いこむには、生々し過ぎる――皓一は真也と過ごした夜を思い出し、ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしり、両手で顔を覆って唸った。
そしていきなり立ち上がると、ヨロヨロと玄関に向かいながら言った。
「仕事に戻らないと……。昼休憩、とっくに終わってる……。ごめんな、健斗、急に邪魔して」
「もう少し休んでいってください。顔色、悪いですよ。いっぺんに色んなことが起きたんです、無理しないでもっと自分を甘やかしてください」
色んなこと……と言う言葉に、皓一はハッとした。
「……そうだ……健斗……おまえ……知ってたのか……俺の妹が、もう……」
「妹さんの話を皓一さんから聞いたときは、知りませんでした。でもその後、見たんですよ。……皓一さんのお守りを拾ったとき。ツインテールの小さな女の子が、お守りを指さして、落ちていると教えてくれたんです」
「翠が?! いるのか、俺の傍に?!」
「多分。でも今は、気配を感じない。皓一さんのお守りを依代としているんだと思いますが……」
皓一は首から提げているお守りを取り出し、ギュッと手の中に握りこんだ。
「会いたい……もし、会えるなら、翠に会いたい。どうやったら、会えるんだ?」
「……会って、どうするんですか、皓一さん?」
「謝りたいんだ。謝りたい。本当にすまなかった。俺のせいだ。俺のせいで、翠は……」
「妹さんは、そうは思ってないですよ。傍にいるのは、何か別の理由があるんです。だって、あの子は……」
健斗は一度だけ見た、あの小さな女の子の表情を思い出した。
「碧ちゃんは、すごく澄んだ目をしてました。恨みとか未練とか、そう言う類の嫌な気配は一切感じなかった」
そう、だからあのとき、直前まで生きている普通の女の子だと思ったのだから。
「皓一さん、自分を責めるのはやめてください。きっと妹さんも、それを望んでない。皓一さんが望むなら……俺、あの子にもう一度会えないか、試してみます。どんな方法でも、試してみますよ。だから俺に任せて、もう思い悩むのはやめてください」
健斗はそっと、皓一の涙の跡の残る頬に触れた。皓一が逃げないことを知り、もう少し近づき、今度は腕の中に抱きしめる。皓一は健斗を抱きしめ返して言った。
「ありがとな、健斗。こんなことに巻き込んでしまって……すまない。俺と関わらなければ、普通に大学生活を楽しんでいたはずなのに……本当に、すまない」
「俺、大学もバイトも楽しんでますよ? 皓一さんの悪い癖です、何でも自分のせいにして、責めてしまう。自分のことより、他人のことを優先してしまう。……まあ、そういうところが気になって仕方なくて、好きになってしまったんですが……」
皓一は健斗の腕の中で、身じろぎした。このまま、この年下の青年に甘えそうになりそうな心を叱咤し、健斗の体からゆっくり離れる。
(もし、「真也」が現われなければ……きっと俺は、おまえを……)
心の中でその思い付きを呑みこみ、皓一は自嘲の笑みを浮かべて首を振った。
もう、手遅れだった。軌道修正するにはもう遅い。
(ああ……そうか。俺は……)
衝撃からじわじわと立ち直り始めた皓一は、気付いてしまった。
彼が「高羽真也」ではないことを知った今も――あの得体の知れない男を、深く愛してしまっている自分の心に。
皓一は健斗に促されてその場に腰を下ろすなり、隣に座った健斗に詰め寄った。
「健斗、教えてくれ。いつからなんだ――俺はいつから、あの男に、騙されていたんだ?!」
「俺が初めてあいつに会ったのは、あの居酒屋です。俺が、皓一さんに告白した夜です」
健斗は包み隠さず、自分の知っていることを皓一に話した。しかしただ一つだけ、話さなかったことがある。真也が「番」とした皓一の愛を失うか、もしくは死別したり何らかの事情で長時間会えななくなったりすれば、「番」を持つ者の宿命によりやがて死に至るという事実だけは、話さなかった。それを知れば皓一は、自分の感情より真也の命を優先しようとするだろう。皓一の性格なら、たとえ自分を騙していた憎い男でも、同情から助けようとするだろう。たとえその気がなくても、一緒にいて出来るだけ愛そうとするだろう。そうなれば皓一の人生は、彼の意思から離れ、狭まり、限定されたものになる。健斗はそれを恐れた。皓一には、誰よりも幸せになって欲しかったからだ。
一方、高羽真也の正体が異星人であることを知った皓一は、すべてが腑に落ちた。
目玉焼きを食べたことがないのも、花見をしたことがないのも、そういうわけだったのだ。
――俺は、化け物だ。本当の俺の姿を知れば、きっとおまえは……。
真也の言葉が、脳裏によみがえる。
皓一は、あのとき真也が見せた、苦痛に耐えているような表情を思い出した。
「健斗……教えてくれ……俺には分からない……あの男の目的は、何だったんだ? 俺をからかって、休暇とやらを楽しんでいたのか?!」
「違います」
健斗はきっぱりと、言い放った。
真也の肩など持ちたくないが、皓一に嘘はつきたくなかった。
「あいつは皓一さんを心の底から愛してた。俺が……負けを認めるほど。悔しいけど……。あいつは、本気だった。絶対、遊びなんかでは、ないです。あいつは皓一さんに一目惚れして、恋情を募らせた挙句、皓一さんが作りだした『高羽真也』に擬態したんです。皓一さんを、確実に手に入れるために」
健斗は一旦言葉を区切ると、気持ちを切り替えるように深呼吸をして、再び口を開いた。
「けど、皓一さん。そんなこと、気にすることはない。あんな男、さっさとふればいんです。やつの気持ちなんか、知ったこっちゃあないですよ。ねえ皓一さん、あいつ、めちゃ気持ち悪い外見をしてるみたいですよ? 付き合う義理は一切ないです。勝手に好きになって、身勝手極まりないやり方であなたを手に入れようとした、自分勝手な男です。勝手三連発の気色悪い宇宙人のことなんか忘れて、目の前のイケメンとくっつきましょうよ? 皓一さんだって、あの男の正体を知ってしまった今となっては、以前と同じように恋人扱いするなんて、無理でしょ?」
「俺は……」
皓一は焦点を失くした目で黙り込んだ。
戸惑い、疑いながらも、本当は皓一にも分かっていた。真也が本当に自分を愛していることを。気まぐれや遊びで手を出したのではないことを。そしてどうにかして、皓一の過去の傷跡を癒そうとしてくれていたことも。
健斗の部屋の前で、真也が額を合わせてきたとき、彼の感情が直接脳に流れ込んできて――皓一は知ったのだ。
ひたむきで純粋な、真也の愛を。
いや、正確には、高羽真也に扮していた異星人の男の、愛を。
「俺は……どうすればいいか分からない。恋人は実は宇宙人でしたって言われても……俺、どうすりゃいいんだ?! なあ健斗、これ実は夢じゃないか?!」
「そうですね……夢だったと思えばいいです。この1ヶ月、夢を見ていたということに、すればいいです」
「……!」
夢だと思いこむには、生々し過ぎる――皓一は真也と過ごした夜を思い出し、ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしり、両手で顔を覆って唸った。
そしていきなり立ち上がると、ヨロヨロと玄関に向かいながら言った。
「仕事に戻らないと……。昼休憩、とっくに終わってる……。ごめんな、健斗、急に邪魔して」
「もう少し休んでいってください。顔色、悪いですよ。いっぺんに色んなことが起きたんです、無理しないでもっと自分を甘やかしてください」
色んなこと……と言う言葉に、皓一はハッとした。
「……そうだ……健斗……おまえ……知ってたのか……俺の妹が、もう……」
「妹さんの話を皓一さんから聞いたときは、知りませんでした。でもその後、見たんですよ。……皓一さんのお守りを拾ったとき。ツインテールの小さな女の子が、お守りを指さして、落ちていると教えてくれたんです」
「翠が?! いるのか、俺の傍に?!」
「多分。でも今は、気配を感じない。皓一さんのお守りを依代としているんだと思いますが……」
皓一は首から提げているお守りを取り出し、ギュッと手の中に握りこんだ。
「会いたい……もし、会えるなら、翠に会いたい。どうやったら、会えるんだ?」
「……会って、どうするんですか、皓一さん?」
「謝りたいんだ。謝りたい。本当にすまなかった。俺のせいだ。俺のせいで、翠は……」
「妹さんは、そうは思ってないですよ。傍にいるのは、何か別の理由があるんです。だって、あの子は……」
健斗は一度だけ見た、あの小さな女の子の表情を思い出した。
「碧ちゃんは、すごく澄んだ目をしてました。恨みとか未練とか、そう言う類の嫌な気配は一切感じなかった」
そう、だからあのとき、直前まで生きている普通の女の子だと思ったのだから。
「皓一さん、自分を責めるのはやめてください。きっと妹さんも、それを望んでない。皓一さんが望むなら……俺、あの子にもう一度会えないか、試してみます。どんな方法でも、試してみますよ。だから俺に任せて、もう思い悩むのはやめてください」
健斗はそっと、皓一の涙の跡の残る頬に触れた。皓一が逃げないことを知り、もう少し近づき、今度は腕の中に抱きしめる。皓一は健斗を抱きしめ返して言った。
「ありがとな、健斗。こんなことに巻き込んでしまって……すまない。俺と関わらなければ、普通に大学生活を楽しんでいたはずなのに……本当に、すまない」
「俺、大学もバイトも楽しんでますよ? 皓一さんの悪い癖です、何でも自分のせいにして、責めてしまう。自分のことより、他人のことを優先してしまう。……まあ、そういうところが気になって仕方なくて、好きになってしまったんですが……」
皓一は健斗の腕の中で、身じろぎした。このまま、この年下の青年に甘えそうになりそうな心を叱咤し、健斗の体からゆっくり離れる。
(もし、「真也」が現われなければ……きっと俺は、おまえを……)
心の中でその思い付きを呑みこみ、皓一は自嘲の笑みを浮かべて首を振った。
もう、手遅れだった。軌道修正するにはもう遅い。
(ああ……そうか。俺は……)
衝撃からじわじわと立ち直り始めた皓一は、気付いてしまった。
彼が「高羽真也」ではないことを知った今も――あの得体の知れない男を、深く愛してしまっている自分の心に。
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