幻想彼氏

たいよう一花

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Act 1

32. 封印された過去の痛み

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濡れた唇が触れ合い、皓一の首筋に真也の指が這わされる。耳の後ろや鎖骨付近を指先の軽いタッチで撫でられ、皓一は背筋に電流が走ったような心地がした。湯の中で向かい合わせに座ったまま、皓一は真也の背中に両腕を回しギュッと抱きしめた。逞しい恋人の肩に頭を乗せ、どこもかしこもぴったりと触れ合っている心地良さに耽溺する。脚を真也の腰に絡ませ腰を寄せると、股の間の互いの欲望が合わさるのを感じた。皓一は真也のソレに手を伸ばし、キュッと遠慮がちに握りしめた。その途端、溜息まじりに喉を震わす真也の声が、僅かに零れた。皓一は自分のと真也のソレをぴったりと触れ合わせながら、湯の中で扱き始める。

「皓一……」

真也の大きな手が、皓一の手を覆い隠すように添えられる。皓一は真也が以前、「俺を受け入れて、一つになってくれ」と言ったことを思い出した。そしてずっと気になっていたその言葉の意味と、真也の本心を知らなければ、という思いに駆られた。

荒くなっていく息遣いの合間に、皓一は言葉を紡いだ。

「おまえ、これ、どうしたいんだ……?」

「……これ、って何のことだ?」

わざと言わせようとしてるな……と、皓一は真也の肩にもたせかけていた頭を上げて、恋人を見た。真也は半開きの口から僅かに舌を覗かせ、扇情的にチロチロと動かしている。見惚れるほどの男前がそんな表情を展開するものだから、皓一は気絶しそうな心持ちになってしまった。思わずムラッとするほどセクシーな表情を見ているだけで、イッてしまいそうだ。
そんな皓一の様子を見て、真也が煽るような口調で囁いた。

「すごいな皓一……さっきイかせてやったばかりなのに、もうギンギンじゃないか。今度は、口で抜いてやろうか?」

「うっ……! 待て、俺じゃなくて、おまえだよ、今度はおまえのこれを……」

「これ? 何だ? これって?」

「し、しつこいぞ、真也! わかってるくせに!」

皓一は手で湯を跳ね飛ばし、真也の顔にバシャバシャとかけた。

「ははは、なんだ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか、皓一、可愛い」

くしゃ、と相好を崩し、真也が全開で笑う。まるで子供みたいな、無邪気な笑顔だった。
皓一の鼓動が跳ね上がる。思わず手を止めて恋人の笑顔に見惚れてしまうほどに。

「何だ? 水かけごっこはもう終わりか? もっとかけてくれていいんだぞ? いい男なだけに、水も滴らせないとな?」

真也はわざと自画自賛して、気取った仕草で顔にかかった髪をかきあげた。それがまた決まっていて、CMのワンシーンみたいにキャッチーだった。商品はさしずめ、スタイリッシュな一流ヘアサロン御用達のメンズヘアケアグッズといったところか。目線をもらった一枚をポスターにして駅の連絡通路にでも貼り出せば、たちまち何者かに剥されて無くなってしまいそうだ。

(この男が、俺の恋人……。5年も付き合っているくせに……なんか、信じられないな。真也ならどんな相手でも、よりどりみどりだろうに……。なんで俺みたいな、冴えない男を……)

皓一の心に、正体のわからない不安が渦巻いた。さっきまでの浮かれた気分が吹き飛ぶ。今この瞬間はすべて虚構で、手に入れた幸福はやがて、泡沫(うたかた)のように消えてしまう気がした。

「どうした……皓一? のぼせたか?」

「なあ……真也、なんで俺なんだ? ……俺には、モテ要素なんて一つもないと思うのに……」

「皓一、前にも言ったが、おまえは自己評価が低すぎる。俺は、おまえが奥手のゲイで良かったと、つくづく思うぞ。でなければ、俺と出会う前に積極的などっかのメスに奪(と)られていただろうしな……」

真也はそう言いながら皓一を抱き寄せ、なだめるように背中をさすった。その抱擁に応えながら、皓一がたどたどしく言葉を紡ぐ。

「俺、怖いんだ……。幸せ過ぎて、怖いっていう、あれだよ……。こんな幸せな恋人とのひとときを現実に味わえるなんて、今まで生きてきて、一度も思ったことが無かったんだ」

(そうだ……どこかで俺は……ずっと、幸せになるなんて無理だって思って生きてきた……どうしてだろう? 臆病な隠れゲイだから? いや……違う、もっと何か、他に……)

皓一は自分の心の中を覗き込んだ。何か呑みこめない苦い塊のようなものが、喉につかえている気がした。

(俺は忘れてる。何か、大事なことを。ずっとずっと昔……子供の頃。何か、あった。それは何だ? 何なんだ……?)

喉につかえた塊がどんどん大きくなり、皓一の呼吸を阻害する。不安と恐怖がわき上がってきたとき、真也が大きな両手で皓一の頬から首を包み込むように挟み、囁いた。

「よせ、皓一。思い出すな。おまえはまだ、準備ができていない」

「うう……あ……」

呼吸が、戻ってくる。皓一は息を整えながら、涙に潤んだ目で真也を見つめ返した。

「大丈夫、大丈夫だ、皓一……俺がついている。ずっと傍に、いる」

落ち着いた優しい声と、愛情に満ちた眼差し。真也の長い指先が、なだめるように肌を愛撫する。恋人の温もりに触れ、その目を覗き込んだとき皓一の不安や恐怖はパッと消えた。

「……あれ……俺、おまえに、何か訊きたいことが、あった……」

そうだ、と皓一は真也の腹の下に手を伸ばした。すっかりおとなしくなってしまっているソレにやんわり触れながら、問いかけた。

「俺は……今までバニラで満足だったけど……おまえは、違うんじゃないのか?」
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