虹の月 貝殻の雲

たいよう一花

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Ⅲ 誓約

3. サライヤの来訪(3)

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サライヤは運命の絆について、ゆっくりと説明を始めた。魔族の間では周知の事実であるため、自ら誰かに説明するのは初めてだった。

「魔族には、生まれたときに、互いの半身となるよう定められた相手がいます。それを<運命の相手><絆の相手>もしくは<魂の半身>と呼び、出会うことが叶えば、二人は特別な絆で結ばれ、様々な恩恵を授かります。わたくしたちは皆、運命の相手を探し求め、結ばれることを強く望みます……ですが、この広い世界でどこにいるか分からない相手と自然に出会うことは稀で、大抵の場合は、誰か適当な者と普通に恋に落ち、婚姻を結びます」

サライヤは一旦話を区切ると、優雅な手つきで茶の入ったカップに口を付けた。そして再び、口を開いた。

「絆の相手は、特別な存在です。幸運に恵まれて出会うことが叶えば、必ず額瞳がくどうが報せてくれるそうです。……残念ながら、わたくしにはまだその啓示はありませんが、聞くところによると、無視できない強烈な輝きを相手に感じるとのこと……。出会った瞬間にお互い恋に落ち、即座に結ばれ、離れることがこの上ない苦痛になると聞きます」

「!」

レイは魔王と離れると考えただけで、激しい拒絶反応に襲われたことを思い出した。今朝もそうだ。魔王が帰った後、レイは胸にぽっかり穴が開いたような、虚しさと淋しさを感じた。

(そうなのか……? やっぱり俺は……魔王あいつの言う通り……運命の……)

「レイ様……? 思い当たるところが、お有りなのですね?」

「ああ……ある……いや、……分からない……」

レイは両手で顔を覆い、悩ましげに額を指で探った。

「俺の額瞳は、露出していないせいか、他と違うらしくて。だから俺は……額瞳の扱いに、慣れていないんだと思う。……中途半端なんだ、俺は……。……人間と、仙界人と、魔族の血が、ぐるぐる混ざってあやふやになって……」

レイは子供の頃を思い出した。魔導術を使えない人間の子らと一緒に遊んでいた時、ふいに魔導術を使ってしまい、「人間のくせに人間じゃない。レイは変だ!あっちに行け!」と仲間外れにされてしまったことがあった。 一方、兄と共に仙界に行けば、人間の姿をした自分は仙界人の中で一人ういている。同様に、魔族の中に混じれば、この外見が違和感を生む。

どこへ行っても、自分の中の何かが、はみ出してしまう。

だからこそ、何でも屋という稼業を選んだのかもしれない。どこにもはまれないのなら、世界中を自分の居場所にしてしまいたかった。旅をしていれば、その土地で自分が異邦人であることは当然のことで、その方が素直に、あるがままの自分を受け入れられた。

ずっとそうして、生きていくものと、思っていたのに。
魔王に攫われてから、何もかもが崩れ出した。
――この、額の疼きと共に。

「分からないんだ……サライヤ。まるで、新しい呪文を覚えたのに、どこか一文字だけ間違っているために、完璧に詠唱できない……そんなもどかしさが、胸に渦巻いて……。今まで、こんな思いをしたことがないんだ。揺り動かされる……激しい、思い……これが何なのか、はっきり分からないんだ」

「レイ様……」

サライヤは胸を突かれて、レイをじっと見つめた。
苦しんでいるその姿に、一つの確信が芽生えていた。

(お兄様の仰るとおりだわ……。レイ様は、お兄様を愛している……。でも何らかの事情で確証が持てずに苦しんでいらっしゃるのだわ……。額瞳の目覚めが不充分というのは本当かもしれない……それに、確かに人間界の常識も障害の一つね……それと……)

――無理に体を繋げたのも、混乱の一因ではないかと考えて、サライヤは視線を落とし、僅かに唇を噛んだ。

(お兄様はひどい……。あんな風にレイ様を無理やり……)

しかしそう思いながらも、サライヤは、兄をきつく責めることができずにいた。

本来、運命の相手と出会えば、即座に二人は魅かれ合い、結ばれる。しかし魔王は、レイが気付いていないことを知り、時が解決してくれることを祈って2年も待ったのだ。

――運命の相手と出会いながら、その存在と離れて暮らさねばならない心の痛みは、どれほどのものだったろうか。それに耐えたのもすべて、レイの気持ちを一番に考えてのことに違いない――サライヤはそう思いながら、悩ましげに目を伏せた。

(王妃候補の悶着がなければ……。お兄様もこれほどの無茶はなさらなかったはず……)

これ以上妃の座を空けておけば、無用な争いが激化しかねない――そうなれば、国政にも支障をきたすだろう。いや、もう既に、影響は出ていた。臣を束ね、国を導いていかねばならない王としての責務が、兄を苛み、やがて粗暴な振る舞いへと追い立てたのだろう。

(どうしたら……レイ様に確信を持っていただけるのかしら。お兄様を、愛していると……)

レイを兄から引き離せば、答えは簡単に出ると思えたが、そうすれば<神聖な誓い>の成就に心血を注いでいる兄の思いを踏みにじることになる。

(わたくしにできることはないの? 本当に……?)

サライヤの苦慮に満ちた感情の波が、レイの元に静かに押し寄せてくる。レイは自分の苦しみに彼女を巻き込んだことを知り、煩わしい感情に蓋をかぶせ、当面の対処方へと頭を切り替えた。

「……とにかく、君は30日間は、魔王との約束に縛られてる……そういうことだよな? ……それで、それはいつから数えているんだ? あと何日で、約束の30日は終わる?」

「……あと17日間ですわ……18日後には、わたくしは兄との約束から自由になります。18日後には、わたくしはレイ様をここから解放するよう、働きかけることができるでしょう。兄が拒んだ場合は、強硬手段に出ることも辞さないつもりでおります。……ですが、レイ様……」

レイの気持ちを知った今、サライヤはできれば、レイと兄を結びつけたかった。

「兄の肩を持つようで心苦しいのですが……兄は本当に、あなたを愛しています。兄がこれほど、誰かに執着するのを、わたくしは初めて見ました。わたくしは生まれてからずっと兄の傍におりましたが……兄はいつも、どこか冷めていました。誰と、何をしていても。それがレイ様と出会ってからは別人のように変わりました。額瞳の報せが、兄の勘違いだとは、とても思えないのです……」

サライヤの言葉に、レイは魔王との情事を思い出し、わずかに顔を赤らめた。それと同時に、魔王と出会ってからのこの2年間、時折見せる魔王の不可解さが意識に登る。

「……でも、サライヤ……俺は時々、魔王のことが分からなくなる……」

「まあ、どこがですの? 今のお兄様は、とても分かりやすいですわ。恋にとち狂った、ただの愚か者です。見ているこちらが恥ずかしくなりますわ。昨日もレイ様のために、わざわざラルカの街まで行ってセラシャル葉を……」

そこまで言って、サライヤはハッとして口を閉ざした。
レイの魔力をセラシャル葉によって回復させたのは、万が一の刺客から、レイが自分の身を守れるようにとの配慮だ。しかしサライヤは、これに関しても魔王から口止めされていた。
王妃候補を巡る悶着から、レイが難しい立場にあることを告げれば、異常な軟禁状態にあるレイの心労を増やすことになる。それは理解できる。しかしその一方、命を狙われる危険があることを本人に告げずにおくのも、サライヤには抵抗があった。

そんなサライヤの逡巡をよそに、レイは驚いて声を上げた。

「ラルカの街まで!? 魔王が自分で、行ったのか? セラシャル葉を買う目的だけで?」

「えっ…ええ。セラシャル葉は、魔界では手に入らないのです」

レイは渋面を作って唸った。

「……やっぱり……分からない……。今まで魔王は、俺の魔力を散々奪っておきながら、今度は一転して、時間と労力をかけてまでセラシャル葉を……」

「それは……」

サライヤは、迷ったのちに、今はまだ時機ではないと感じ、王妃候補の件については黙っておくことを決めた。

「簡単ですわ。レイ様の機嫌をとるためです。わたくしはよく存じませんが、兄は昨日、あなたを怒らせてしまったと、可哀想なほど意気消沈しておりました。本当に……恋に狂った男ほど、哀れなものもありませんわ。おかげで帰ってきたときには、仕事は山積み、眠る暇もありません」

レイがハッとして顔を上げる。

「あっ……やっぱり、寝てないのか……。魔王あいつは昼間、少しでも仮眠をとったのか?」

サライヤはうまく話をはぐらかせたことに胸を撫で下ろし、レイの質問に答えた。

「いいえ。元々兄は、わずかしか睡眠をとりません。ご心配には及びませんわ」

「でも……魔王はこのところ、すごく疲れているように見える。……何か……あったんじゃないのか?」

サライヤは内心ドキリとしたが、それを表情には出さず、嫣然えんぜんと微笑んだ。

「レイ様、それは……片想いというのは、つらいものでございますから……」

「…………」

沈んだ表情で黙り込んでしまったレイを見て、サライヤは慌てて付け加えた。

「ああ……レイ様、申し訳ありません。今の言い方では、あなたを責めているようですわね。そんなつもりでは、なかったのです……」

「いや、分かってるよ、サライヤ。分かってる……」
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