10 / 80
Ⅰ 強奪
9. 依頼の旅
しおりを挟む
遺跡を巡る博士との旅は、レイに新しい知識を与え、快い刺激となった。
中年を過ぎ、そろそろ初老の域に達する博士だったが、細身の体は驚くほど強靭で、眼鏡の奥に隠された瞳は、少年のようにきらきらと輝いている。
依頼を受けて良かったと、レイは改めて感じた。
博士の闊達な性格と、豊富な知識に裏打ちされた巧みな話術は、何よりレイの気を紛らわせてくれた。
旅を始めて半月が過ぎた頃、国境を越え、クエンサールの国に入った二人は、目的の遺跡まで人気のない山道を踏みしめていた。
足場の悪い狭い山道は、先刻からずっと登り続きで、さすがの博士も息を切らせている。
「この……近くには、魔界に通じる……〈界門〉があって……ね、ふう、よっこら…しょっと!」
博士が大きな岩をまたぐ。
辺りを警戒しながらすぐ後ろをついて来ているレイは、魔界と聞いた途端、魔王を思い出し、突然心臓を掴まれたような心地になった。
「この山道は、昔は、〈界門〉から町に続く主要道として、使われておったのだが……ふう、はあ、ごらんの通りのきつい山道だから、西の谷沿いに新しい道が開かれると、ほとんど使われなくなったんだよ……はあ、はあ」
博士は言葉を切り、膝に手をついて息を整えている。
「休みましょうか、博士」
「いやいや、大丈夫だ、ありがとう。目的の遺跡まであと少しだよ。この先は平坦な道だから、楽になる。今回の遺跡は、少々風変わりでね……ふう、ほら、見たまえ、あれだよ!」
博士の指し示した方向を見ると、木々に埋もれるようにして、変わった様式の建造物が佇んでいるのが見えた。
何本もの石柱が幾重にも円を描いて並び、装飾の付いた丸い屋根を支えている。
傍まで辿り着くと、遺跡は驚くほど状態が良く、中心部分の柱や床は、たった今磨いたばかりかと思うほど、美しく輝いていた。
その様子に魅入っているレイに、博士が愉快そうに声をかけた。
「不思議だろう? これが有史以前の物だと言うと、大抵の者は信じない」
「有史以前……」
レイは驚きに目を見開くと、あちこちを調べ始めた博士に問いかけた。
「……博士は昔、一度ここを訪ねたことがあると仰いましたね?」
「そうなんだ、若い頃ね。いやあ、変わらないなぁ。ほら、床に刻まれた文字をよく見てごらん。君には分かるだろう?」
あっ、とレイは小さく声を上げた。
流れるような優美な曲線、上下に配置された幾つもの小さな点と星。繊細に編みこまれたレースのように、あえかな文字。
「古代アキュラージェ語……のような?」
古代アキュラージェ語とは、魔導術に使われる古い言葉で、レイにとっては馴染み深いものだった。
しかし床に刻まれた文字には、どこか違和感がある。
レイの戸惑いに気付いた博士が、浮き浮きと解説を始めた。
「これは古代アキュラージェ語の原形文字と言われていてね、乏しい資料と格闘しながらも、長年の研究でほとんど解明できたのだが……ほら、見なさい、ここと、それから、あっちも」
文字は柱と呼応するかのように円をなして幾重にも刻まれていたが、一番外側の列の文字が、所々欠けて判読不可能となっていた。
博士はため息をついて、欠けた部分にそっと指を這わせた後、レイに問いかけた。
「どうだろう、君、これを見て何か閃ひらめいたりせんかね? 君には魔導術の知識がある。欠けた部分の前後の言葉から、導き出される語彙、あるいは呪文のつながり……」
「博士!」
突然、濃厚な魔族の気配を感じ、レイは博士を背に庇うと、守護の呪文を唱え始めた。
中年を過ぎ、そろそろ初老の域に達する博士だったが、細身の体は驚くほど強靭で、眼鏡の奥に隠された瞳は、少年のようにきらきらと輝いている。
依頼を受けて良かったと、レイは改めて感じた。
博士の闊達な性格と、豊富な知識に裏打ちされた巧みな話術は、何よりレイの気を紛らわせてくれた。
旅を始めて半月が過ぎた頃、国境を越え、クエンサールの国に入った二人は、目的の遺跡まで人気のない山道を踏みしめていた。
足場の悪い狭い山道は、先刻からずっと登り続きで、さすがの博士も息を切らせている。
「この……近くには、魔界に通じる……〈界門〉があって……ね、ふう、よっこら…しょっと!」
博士が大きな岩をまたぐ。
辺りを警戒しながらすぐ後ろをついて来ているレイは、魔界と聞いた途端、魔王を思い出し、突然心臓を掴まれたような心地になった。
「この山道は、昔は、〈界門〉から町に続く主要道として、使われておったのだが……ふう、はあ、ごらんの通りのきつい山道だから、西の谷沿いに新しい道が開かれると、ほとんど使われなくなったんだよ……はあ、はあ」
博士は言葉を切り、膝に手をついて息を整えている。
「休みましょうか、博士」
「いやいや、大丈夫だ、ありがとう。目的の遺跡まであと少しだよ。この先は平坦な道だから、楽になる。今回の遺跡は、少々風変わりでね……ふう、ほら、見たまえ、あれだよ!」
博士の指し示した方向を見ると、木々に埋もれるようにして、変わった様式の建造物が佇んでいるのが見えた。
何本もの石柱が幾重にも円を描いて並び、装飾の付いた丸い屋根を支えている。
傍まで辿り着くと、遺跡は驚くほど状態が良く、中心部分の柱や床は、たった今磨いたばかりかと思うほど、美しく輝いていた。
その様子に魅入っているレイに、博士が愉快そうに声をかけた。
「不思議だろう? これが有史以前の物だと言うと、大抵の者は信じない」
「有史以前……」
レイは驚きに目を見開くと、あちこちを調べ始めた博士に問いかけた。
「……博士は昔、一度ここを訪ねたことがあると仰いましたね?」
「そうなんだ、若い頃ね。いやあ、変わらないなぁ。ほら、床に刻まれた文字をよく見てごらん。君には分かるだろう?」
あっ、とレイは小さく声を上げた。
流れるような優美な曲線、上下に配置された幾つもの小さな点と星。繊細に編みこまれたレースのように、あえかな文字。
「古代アキュラージェ語……のような?」
古代アキュラージェ語とは、魔導術に使われる古い言葉で、レイにとっては馴染み深いものだった。
しかし床に刻まれた文字には、どこか違和感がある。
レイの戸惑いに気付いた博士が、浮き浮きと解説を始めた。
「これは古代アキュラージェ語の原形文字と言われていてね、乏しい資料と格闘しながらも、長年の研究でほとんど解明できたのだが……ほら、見なさい、ここと、それから、あっちも」
文字は柱と呼応するかのように円をなして幾重にも刻まれていたが、一番外側の列の文字が、所々欠けて判読不可能となっていた。
博士はため息をついて、欠けた部分にそっと指を這わせた後、レイに問いかけた。
「どうだろう、君、これを見て何か閃ひらめいたりせんかね? 君には魔導術の知識がある。欠けた部分の前後の言葉から、導き出される語彙、あるいは呪文のつながり……」
「博士!」
突然、濃厚な魔族の気配を感じ、レイは博士を背に庇うと、守護の呪文を唱え始めた。
13
お気に入りに追加
880
あなたにおすすめの小説
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる