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妄想編
9話【night shift】 榎本隆志 25歳 :頻呼吸(藍原編)
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……ふう。今日の外来も忙しかった。結局、伝単の中山くんは、思った以上にデータが悪かったから、入院してもらうことにした。お母さんが慌てふためいていたけど、全然大丈夫。週末には退院できるはず。……それまでに、お見舞いに来る人をチェックしなきゃね! 絶対、中山くんの彼女が現れるはず!! どんな子か、観察しちゃうんだから。
……にしても、やっぱり誰だって聞くわよね、「何が原因なんですか!?」って。「唾液感染です。あなたの息子さんは、最近彼女ができて、若さのままにチューしたんです。それも、ディープチューです。だから、彼女から移ったんですよ」……なあんて、本人がいる前でいえるわけないし! 「その辺にあるウイルスがたまたま移っただけだから、気にしなくていいですよー」なんて笑ってごまかしたけど、あとでインターネットで調べたら、すぐバレるわね……。
そんなことより、今日は当直。明日の朝まで、がんばらなきゃ……。患者さん、あんまり来ないといいなあ。ちょっとは寝ないと、お肌にも悪いし……。
「はい、今日の内科は藍原先生ね。看護師は武井です、よろしく。外科は西先生です」
点呼に行くと、ベテランナースの武井さんがいた。外科は西先生か、よかった! 無口であまり笑わないけど、デキる先生だって評判だもんね。ハンサムでナースからも大人気らしい。40台、独身……モテモテなんだろうなあ。
「西先生、よろしくお願いします」
「……よろしく」
笑顔で挨拶したんだけど、西先生はぶっきらぼうにそれだけいって去ってしまった。あれれ、機嫌悪いのかな……?
……と、思ってたら。
「藍原先生、救急車来ます!」
突然声がかかった。
「25歳男性、外出先で突然の呼吸苦。意識清明、サチュレーション98%、体温36.8度、血圧正常……」
ナースが報告する。若い男性の呼吸苦か。でも酸素は足りてるし、何だろう?
……と、待ち構えていたら……来た来た。んん? 若い女性が付き添ってるぞ?? 美人だけど妙にけだるそうなロングヘアの女性。そして、患者さんは……あれれ、なんか、この世の終わりみたいな勢いでゼエゼエハアハアしてる……。
「ハアッハアッ、く、苦しい……息が……!」
ホラー映画でも見たのかってくらいパニック状態の25歳。でも、それを見守る女性の視線が妙に冷たい。
ストレッチャーで運んできた救急隊が報告をしてくれた。
「えー、本日17時頃、喫茶店で突然の呼吸苦を訴え……」
そこで連れの女性が横槍を入れてきた。
「あたしが別れたいっていったら、急に苦しいっていい出してさ、いい迷惑なんだけど」
あら、別れ話がショックで呼吸苦に?
「ハアハア、あ、やばい、手ぇしびれてきた、何これ……」
あーはいはい、そういうことね。
「えー、既往歴に、パニック障害あります」
救急隊の一言で、私はペンを取り出す。救急隊の報告書の病名欄に「過換気症候群、軽症」と書いてあげる。
「はい、お疲れ様でしたー」
笑顔で救急隊を送り帰し、さて、えーと……
「榎本隆志さん、ですね。大丈夫ですよ。過換気、初めてかしら?」
榎本君は必死の形相であたしのほうへ手を伸ばしてきた。
「ハッ、ハッ、初め、て……じゃ、ないッ、ス……!」
「じゃあご存じですね。大丈夫、落ち着いて、ゆっくり息をして。吸おうとしないで、ながーく吐いてー……」
過換気は、パニックになって呼吸が速くなるからダメなの。治療はとにかく、安心させて、ゆっくり呼吸をさせること……って、ちょっと! 榎本くん、いくら安心したいからって、なんであたしの手を握ってるの!? 彼女さんが見てるわよ! ……でももうすぐ別れるからまぁいっか。
『はあ、はあ、先生、俺の手、握ってて……』『だめよ榎本くん、彼女が見てる……』『も、いいんだ……あいつとは、終わったから……』『そんなことより、もっとゆっくり、呼吸しないと……』『無理、だよ……先生見てると、興奮して、息が、荒くなる……先生、どうにかして……』『……仕方ないわね、じゃあ、こういうのはどう……?』そして榎本くんの上に覆いかぶさって、苦しそうに喘ぐ彼の口を、あたしの唇で覆う。『んふ……っ』彼は急に口をふさがれて、一瞬呼吸が止まる。それを見逃さず、あたしはもっと深く彼に口づけを……『んん……っ、榎本、くん……』舌を絡ませて、長く、濃厚なキスをする……。『んん……はあっ、ン……ふっ……』ときおり息継ぎしながら、舌を絡ませ合ううちに、だんだん彼の呼吸が静かになってきて……そしてあたしは、名残り惜しそうに唇を離す。
「……ね? 呼吸、落ち着いたでしょ?」
「は……い……」
……あ、あ、あ、あれ!? ちょっと待って、どこまでが妄想でどこからが現実だっけ!? あ、危ない危ない、チューはしてなかったわね、よかったわ……。ていうか、ダメダメ! そろそろ手離して、榎本くん!
結局榎本くんは歩いて帰っていったけど、……あの、彼女さんの冷たい視線……。完全に、破局したわね。
……にしても、やっぱり誰だって聞くわよね、「何が原因なんですか!?」って。「唾液感染です。あなたの息子さんは、最近彼女ができて、若さのままにチューしたんです。それも、ディープチューです。だから、彼女から移ったんですよ」……なあんて、本人がいる前でいえるわけないし! 「その辺にあるウイルスがたまたま移っただけだから、気にしなくていいですよー」なんて笑ってごまかしたけど、あとでインターネットで調べたら、すぐバレるわね……。
そんなことより、今日は当直。明日の朝まで、がんばらなきゃ……。患者さん、あんまり来ないといいなあ。ちょっとは寝ないと、お肌にも悪いし……。
「はい、今日の内科は藍原先生ね。看護師は武井です、よろしく。外科は西先生です」
点呼に行くと、ベテランナースの武井さんがいた。外科は西先生か、よかった! 無口であまり笑わないけど、デキる先生だって評判だもんね。ハンサムでナースからも大人気らしい。40台、独身……モテモテなんだろうなあ。
「西先生、よろしくお願いします」
「……よろしく」
笑顔で挨拶したんだけど、西先生はぶっきらぼうにそれだけいって去ってしまった。あれれ、機嫌悪いのかな……?
……と、思ってたら。
「藍原先生、救急車来ます!」
突然声がかかった。
「25歳男性、外出先で突然の呼吸苦。意識清明、サチュレーション98%、体温36.8度、血圧正常……」
ナースが報告する。若い男性の呼吸苦か。でも酸素は足りてるし、何だろう?
……と、待ち構えていたら……来た来た。んん? 若い女性が付き添ってるぞ?? 美人だけど妙にけだるそうなロングヘアの女性。そして、患者さんは……あれれ、なんか、この世の終わりみたいな勢いでゼエゼエハアハアしてる……。
「ハアッハアッ、く、苦しい……息が……!」
ホラー映画でも見たのかってくらいパニック状態の25歳。でも、それを見守る女性の視線が妙に冷たい。
ストレッチャーで運んできた救急隊が報告をしてくれた。
「えー、本日17時頃、喫茶店で突然の呼吸苦を訴え……」
そこで連れの女性が横槍を入れてきた。
「あたしが別れたいっていったら、急に苦しいっていい出してさ、いい迷惑なんだけど」
あら、別れ話がショックで呼吸苦に?
「ハアハア、あ、やばい、手ぇしびれてきた、何これ……」
あーはいはい、そういうことね。
「えー、既往歴に、パニック障害あります」
救急隊の一言で、私はペンを取り出す。救急隊の報告書の病名欄に「過換気症候群、軽症」と書いてあげる。
「はい、お疲れ様でしたー」
笑顔で救急隊を送り帰し、さて、えーと……
「榎本隆志さん、ですね。大丈夫ですよ。過換気、初めてかしら?」
榎本君は必死の形相であたしのほうへ手を伸ばしてきた。
「ハッ、ハッ、初め、て……じゃ、ないッ、ス……!」
「じゃあご存じですね。大丈夫、落ち着いて、ゆっくり息をして。吸おうとしないで、ながーく吐いてー……」
過換気は、パニックになって呼吸が速くなるからダメなの。治療はとにかく、安心させて、ゆっくり呼吸をさせること……って、ちょっと! 榎本くん、いくら安心したいからって、なんであたしの手を握ってるの!? 彼女さんが見てるわよ! ……でももうすぐ別れるからまぁいっか。
『はあ、はあ、先生、俺の手、握ってて……』『だめよ榎本くん、彼女が見てる……』『も、いいんだ……あいつとは、終わったから……』『そんなことより、もっとゆっくり、呼吸しないと……』『無理、だよ……先生見てると、興奮して、息が、荒くなる……先生、どうにかして……』『……仕方ないわね、じゃあ、こういうのはどう……?』そして榎本くんの上に覆いかぶさって、苦しそうに喘ぐ彼の口を、あたしの唇で覆う。『んふ……っ』彼は急に口をふさがれて、一瞬呼吸が止まる。それを見逃さず、あたしはもっと深く彼に口づけを……『んん……っ、榎本、くん……』舌を絡ませて、長く、濃厚なキスをする……。『んん……はあっ、ン……ふっ……』ときおり息継ぎしながら、舌を絡ませ合ううちに、だんだん彼の呼吸が静かになってきて……そしてあたしは、名残り惜しそうに唇を離す。
「……ね? 呼吸、落ち着いたでしょ?」
「は……い……」
……あ、あ、あ、あれ!? ちょっと待って、どこまでが妄想でどこからが現実だっけ!? あ、危ない危ない、チューはしてなかったわね、よかったわ……。ていうか、ダメダメ! そろそろ手離して、榎本くん!
結局榎本くんは歩いて帰っていったけど、……あの、彼女さんの冷たい視線……。完全に、破局したわね。
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