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障害編
9話【daily work】神沢 隼人:落とし物(藍原編)
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外来が終わって病棟へ上がろうとしたら、院内電話が鳴った。交換からだ……ってことは、外線?
「はい、内科の藍原です」
『藍原先生、交換です。Y大付属病院内科の神沢先生より、お電話が入っております。お繋ぎしてよろしいでしょうか』
ギクッとした。か、神沢先輩!? どうして、電話なんか。……でも、病院からの電話だ、断れない。
「……はい、お願いします」
しばらくして、電話の向こうから先輩の声が聞こえてきた。
『香織ちゃん?』
「……はい、そうです」
『忙しいところごめんね。……君さ、昨日、うちの病院に、IDカード落としていったでしょ』
「え!」
うそ、どうしてないのかと思ったら、まさか先輩の病院に落としてたなんて! どうしてそんなことに!
「あのっ、そうなんです、IDカード紛失して、どうしようかと思ってたところなんですっ!」
『ははは、拾ったのが僕でよかったね。悪用されたら大変だよ』
「すみません、ありがとうございます」
『今夜そっちに届けるから、7時ごろ、M病院前の喫茶店で待ってるよ』
「え……あ、いえ、あたしが取りに行きます、先輩遠いじゃないですか! あの、Y病院の時間外受付に取りに行きますから、そこに預けておいてください」
『いや、せっかくだからそっちに行くよ。遅くなっても気にしないでね、待ってるから』
「あっ、いえ先輩、それは――」
プチッ。ツー、ツー。
……切られた! うそでしょ、Y病院からここまで、片道小一時間はかかる。あたしの落とし物なのに、先輩にそこまでさせるわけにはいかない。でも、電話切れちゃったし……。まいったなあ、ありがたいはありがたいけど……。
「先生! どうしたんですか、浮かない顔して」
病棟で梨沙ちゃんが待ち受けていた。
「え? ああ、何でもないのよ……」
「外来で、イヤなことでもあったんですかぁ?」
そう聞かれて、林さんのことを思い出した。……そういえば梨沙ちゃん、凛太郎くんに何回か会ったことあったわね。
「……凛太郎くんがモデルしてる絵描きさん、いるでしょ。その人がね、どうも、末期の膵臓癌らしいのよね……」
「えー、でも確かそんな年じゃなかったですよね」
「ええ、46歳なんだけど……。本人はそれほど自分の命に執着してなくて、あっけらかんとしてるんだけど、……凛太郎くんが、ね。すごくショック受けちゃって……。それが気になっちゃって」
「へえ~。自分の雇い主が末期癌だったくらいで、そんなにショックですかね? 仕事がなくなるから?」
梨沙ちゃんも、あっけらかんとしてる。そうか、梨沙ちゃんは、凛太郎くんが林さんに片思いしてるって、知らないものね。……そういえば、凛太郎くんを好きになっちゃうかもしれないって話、どうなったのかしら。
「……梨沙ちゃんは、凛太郎くんと連絡取り合ってるの?」
「はあ? なんであたしが?」
「だってほら、前に、いってたじゃない。凛太郎くんがちょっと素敵だって……」
「ああ」
梨沙ちゃんは軽い調子で笑った。
「あれ、やめました。なんか、よく話してみたら、ぼーっとしてて何考えてるかよくわかんないし。見た目はいいけど、頼りなさすぎて」
「あ、そうなの……」
何だか、和食屋さんではかなり気に入ってたみたいだけど、打って変わってずいぶんないいようね……。まあ、よかったわ。梨沙ちゃんがいくら頑張っても、ゲイの凛太郎くんだとさすがに無理だろうから。
「ところで先生、今日このあと、時間あります? 明後日入院してくる患者のことで、よくわからないことがあって」
梨沙ちゃん、偉いわ! 2日も先のことなのに、もう先回りして予習しようとしてる。入院してからじゃないと腰をあげない医者も多い中で、素晴らしい姿勢だわ、本当に優秀。
「いいわよ、何でも――あ」
快諾しようとして、神沢先輩と待ち合わせしてたことを思い出す。確か、7時に待ってるっていってた。今日は診療会議で7時ぎりぎりになっちゃうから、梨沙ちゃんの話を聞いていたら先輩を待たせることになってしまう。
「……ごめん梨沙ちゃん、今日は時間がないの。明日でもいいかしら?」
「いいですよ。……何か、用事ですか?」
「実はあたし、昨日Y病院にIDカードを落としてきちゃって。拾ってくれた人と、待ち合わせてるから……」
本当はあまり会いたくないけど、仕方ない。さっと受け取って、お礼をしてすぐ帰ろう。
「はい、内科の藍原です」
『藍原先生、交換です。Y大付属病院内科の神沢先生より、お電話が入っております。お繋ぎしてよろしいでしょうか』
ギクッとした。か、神沢先輩!? どうして、電話なんか。……でも、病院からの電話だ、断れない。
「……はい、お願いします」
しばらくして、電話の向こうから先輩の声が聞こえてきた。
『香織ちゃん?』
「……はい、そうです」
『忙しいところごめんね。……君さ、昨日、うちの病院に、IDカード落としていったでしょ』
「え!」
うそ、どうしてないのかと思ったら、まさか先輩の病院に落としてたなんて! どうしてそんなことに!
「あのっ、そうなんです、IDカード紛失して、どうしようかと思ってたところなんですっ!」
『ははは、拾ったのが僕でよかったね。悪用されたら大変だよ』
「すみません、ありがとうございます」
『今夜そっちに届けるから、7時ごろ、M病院前の喫茶店で待ってるよ』
「え……あ、いえ、あたしが取りに行きます、先輩遠いじゃないですか! あの、Y病院の時間外受付に取りに行きますから、そこに預けておいてください」
『いや、せっかくだからそっちに行くよ。遅くなっても気にしないでね、待ってるから』
「あっ、いえ先輩、それは――」
プチッ。ツー、ツー。
……切られた! うそでしょ、Y病院からここまで、片道小一時間はかかる。あたしの落とし物なのに、先輩にそこまでさせるわけにはいかない。でも、電話切れちゃったし……。まいったなあ、ありがたいはありがたいけど……。
「先生! どうしたんですか、浮かない顔して」
病棟で梨沙ちゃんが待ち受けていた。
「え? ああ、何でもないのよ……」
「外来で、イヤなことでもあったんですかぁ?」
そう聞かれて、林さんのことを思い出した。……そういえば梨沙ちゃん、凛太郎くんに何回か会ったことあったわね。
「……凛太郎くんがモデルしてる絵描きさん、いるでしょ。その人がね、どうも、末期の膵臓癌らしいのよね……」
「えー、でも確かそんな年じゃなかったですよね」
「ええ、46歳なんだけど……。本人はそれほど自分の命に執着してなくて、あっけらかんとしてるんだけど、……凛太郎くんが、ね。すごくショック受けちゃって……。それが気になっちゃって」
「へえ~。自分の雇い主が末期癌だったくらいで、そんなにショックですかね? 仕事がなくなるから?」
梨沙ちゃんも、あっけらかんとしてる。そうか、梨沙ちゃんは、凛太郎くんが林さんに片思いしてるって、知らないものね。……そういえば、凛太郎くんを好きになっちゃうかもしれないって話、どうなったのかしら。
「……梨沙ちゃんは、凛太郎くんと連絡取り合ってるの?」
「はあ? なんであたしが?」
「だってほら、前に、いってたじゃない。凛太郎くんがちょっと素敵だって……」
「ああ」
梨沙ちゃんは軽い調子で笑った。
「あれ、やめました。なんか、よく話してみたら、ぼーっとしてて何考えてるかよくわかんないし。見た目はいいけど、頼りなさすぎて」
「あ、そうなの……」
何だか、和食屋さんではかなり気に入ってたみたいだけど、打って変わってずいぶんないいようね……。まあ、よかったわ。梨沙ちゃんがいくら頑張っても、ゲイの凛太郎くんだとさすがに無理だろうから。
「ところで先生、今日このあと、時間あります? 明後日入院してくる患者のことで、よくわからないことがあって」
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「いいわよ、何でも――あ」
快諾しようとして、神沢先輩と待ち合わせしてたことを思い出す。確か、7時に待ってるっていってた。今日は診療会議で7時ぎりぎりになっちゃうから、梨沙ちゃんの話を聞いていたら先輩を待たせることになってしまう。
「……ごめん梨沙ちゃん、今日は時間がないの。明日でもいいかしら?」
「いいですよ。……何か、用事ですか?」
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