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障害編
63話【off duty】林 惣之助:官能の果て(新條編)①
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1週間後の土曜日。俺は先生に連れられて、とある一軒家の前に来ていた。白い漆喰の壁と赤い屋根がメルヘンチックな、かわいい家だ。先生がインターホンを鳴らすと、しばらくして若い男性が出てきた。細そうなふわふわの栗色の髪の毛と、白い陶器のような肌の、彫刻みたいな美青年。……凛太郎くん、相変わらず、驚くほど綺麗だ。
「香織さん……! 新條さん、も……?」
凛太郎くん、目をぱちくりさせてる。その目には、戸惑いと罪悪感みたいなものが滲み出ていて。……よかった、まったく後悔してないようだったら、さすがの俺もムカついていたかもしれない。
「林さん、いるかしら? 体調はその後、どう?」
「え……あ、あの、はい……先生は今、アトリエにいらっしゃいます。あの、どうぞ、お入り下さい」
……凛太郎くん、よく見ると、ちょっと痩せたな。愛する男が末期癌で余命いくばくもないんだもんな。そりゃあ辛いよな。表情も、暗い。……凛太郎くんの恋は、実らないまま終わるんだろうな……。
藍原先生にあんなことをした男だけど。……ちょっと、同情する。
案内されたアトリエは、メルヘンチックな木造の1階部分と全然違って、コンクリートで囲まれた、天井の低い地下室だった。窓はなくて、天井からは裸電球が数個、ぶらさがっている。中央に置いてある天蓋付きベッドがやけに浮いていて、いやらしく見えた。
……ここで、藍原先生が。
そう考えると、収まっていたはずの怒りが少しだけぶり返し、同時に股間が熱くなる。……わかってる、俺だって変態なんだ。自分の彼女が犯されてるのを想像して、興奮してんだもんな。
「藍原先生……また、戻っていらっしゃるとは……」
抑揚のない声で、キャンバスの前に座っている老人が口を開いた。これが、林さんか。背中を丸めて、どんよりとした目でこちらを見ている。体はやせ細って鎖骨やわずかに見える肋骨が浮き出ている。指は骨ばり、それでも筆を持っている。髪は手入れもせず肩の下あたりまで伸ばし、黄色味の強い土気色の皮膚が、この人の生気のなさを際立たせていた。
近づいてみて、気がついた。老人に見えたけど、そうじゃない。意外と若そうだけど、こけた頬や目の下のどす黒いクマ、しわしわの皮膚が、老人だと思わせただけだった。
「……こちらの方は」
林さんの曇った目が俺に向けられ、思わず緊張する。
「香織さんの恋人ですよ、先生」
凛太郎くんが説明した。林さんの目に、初めてわずかな光が宿った。
「ほう……藍原先生の……。これは、興味深い……」
じっと見つめられて落ち着かない。たぶん、こんなのと付き合ってるのか、とか思われてるんだろうな。自分でもそう思うし。期待に添えなくて申し訳ない。
「それで、今日は……どういったご用件で……?」
林さんがキャンバスに目を戻して再び手を動かし始めた。藍原先生は、俺のほうをちらっと見た。俺がうなずくと、先生は少しだけ頬を赤くして、きゅっと手を握りしめた。自分からいうのは勇気がいるだろう。俺が代わってあげたいけど、ここはやっぱり、先生からいうほうがいいんだろうな。
そっと隣の先生の手を握ってあげると、先生は握り返して、それから顔をあげた。
「あの……あたしにできることなら、その……林さんの作品の、お手伝いを、したいと思いまして……」
凛太郎くんと林さんが同時に振り向いた。先生はますます顔を赤くする。
「あの……凛太郎くんとでは、無理なんです。あの、その……あたしが好きなのは、新條くんなので……」
今度はふたりが俺へ目を向けた。凛太郎くんが驚いた顔をしていた。
「新條さん……お聞きに、なったのですか」
俺はうなずいた。
「それで、俺は……俺は、林さんのことも知りませんし、凛太郎くんのことだって、正直いって、協力したいとかそういう気持ちにはまだならないです。でも、俺は、藍原先生が好きなんで……先生がしたいと思うことの、力になりたい。俺はただ、それだけです」
凛太郎くんの顔がほころんだ。
「ああ……やっぱりあなたがたは、素敵なカップルですね。愛が、溢れています」
俺自身はまだ、凛太郎くんを許せる気持ちにはなってない。なのにこんな屈託のない笑顔を向けられて、何だか俺のほうが心が狭いみたいな気がしてくる。
林さんが、描きかけのキャンバスを無造作に取り外して、新しいものをイーゼルに立てかけた。
「興味深い……実に、興味深い。新條さん。あなたはどうやら、ごく平凡な学生さんのようだ。あなたのような男が、藍原先生から、あなたにしか引き出せない真実を、引き出すというのですか……」
「それは、その……ちょっと、よくわかりませんけど」
林さんの目が爛爛と輝き出した。やばい、俺、期待されてる? そんな、うまく行くかわからないよ? いや、全力は尽くすけどさ、俺だってこんな、ほとんど初対面の男ふたりの前で、改まってセックスをご披露するなんて初めての経験だからさ、どうなるか、わからないよ? でも……藍原先生が、自分の体を張ってでも助けてあげたいと思って計画したことだ。藍原先生が傷つかないためにも、とにかく俺は、がんばるしかないんだ。
不自然に静かな地下室で、藍原先生が、ためらいがちにベッドに上った。ギシ、ときしむ音がして、途端に空気が変わる。
生唾を飲み込んだ。
……やばい。これはちょっと、興奮するかも。
背中から突き刺さる林さんの視線と、なぜだか先生の後ろにスタンバってる凛太郎くんの視線はなるべく気にしないようにして、俺は、そっと、先生の胸元に手を伸ばした。ブラウスのボタンを、ひとつひとつ外す。先生が、震えているのがわかった。すごく、緊張してるんだ。どうしよう、ほぐしてあげたいけど、俺もまだ余裕がない。ボタンを全部外すと、前が開いて水色のブラが顔をのぞかせた。ブラウスの下の肩に直接触れて、そのまま腕へと撫でるように沿わせ、ブラウスを脱がせようとしたところで、ビクビクっと先生が大きく震えて身を引いた。
「あ……っ! あ、だ、ダメ、やっぱり……っ」
先生、羞恥で真っ赤になってる。そりゃそうだ、西園寺先生のときは、気がついたらもう止まらないくらい気持ちよくなってたけど、今日は……最初から、こんなに見られてるんだもんな。いくら変態でも、これは上級者コースだ。でも、ここを乗り越えないと、先生の望みは叶わない。
「……では、こうしましょうか」
突然凛太郎くんが、黒くて細い布を持ってきた。赤くなって固まっている藍原先生に差し出すと、にっこりと笑った。
「目隠しです。見られていると思うから、恥ずかしいのでしょう? では、視覚を遮断しましょう。こうすれば、他人の存在を気にしないで済む。それどころか、残る五感が研ぎ済まされて、感度もよくなることでしょう。あなたは、新條さんからもたらされる快感を、存分に味わうことができる……」
そういうと、素早く先生に目隠しをした。
「あ……っ! ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が……っ」
突然視界を奪われて、藍原先生が慌てた声を出す。ベッドの上で、内股に座り込んだまま、両手を前へ差し出した。
「ねえ、待って? し、新條くん、どこ? 新條くん……!」
なぜだか急に、ドキドキしてきた。藍原先生が、恐怖と羞恥と戦いながら、すがるように手を伸ばしている。今の先生はとても無力で、頼れるのは、俺しかいない――そんな状況に、興奮してくる。
俺は四つん這いになって先生に近づいた。
「香織さん……! 新條さん、も……?」
凛太郎くん、目をぱちくりさせてる。その目には、戸惑いと罪悪感みたいなものが滲み出ていて。……よかった、まったく後悔してないようだったら、さすがの俺もムカついていたかもしれない。
「林さん、いるかしら? 体調はその後、どう?」
「え……あ、あの、はい……先生は今、アトリエにいらっしゃいます。あの、どうぞ、お入り下さい」
……凛太郎くん、よく見ると、ちょっと痩せたな。愛する男が末期癌で余命いくばくもないんだもんな。そりゃあ辛いよな。表情も、暗い。……凛太郎くんの恋は、実らないまま終わるんだろうな……。
藍原先生にあんなことをした男だけど。……ちょっと、同情する。
案内されたアトリエは、メルヘンチックな木造の1階部分と全然違って、コンクリートで囲まれた、天井の低い地下室だった。窓はなくて、天井からは裸電球が数個、ぶらさがっている。中央に置いてある天蓋付きベッドがやけに浮いていて、いやらしく見えた。
……ここで、藍原先生が。
そう考えると、収まっていたはずの怒りが少しだけぶり返し、同時に股間が熱くなる。……わかってる、俺だって変態なんだ。自分の彼女が犯されてるのを想像して、興奮してんだもんな。
「藍原先生……また、戻っていらっしゃるとは……」
抑揚のない声で、キャンバスの前に座っている老人が口を開いた。これが、林さんか。背中を丸めて、どんよりとした目でこちらを見ている。体はやせ細って鎖骨やわずかに見える肋骨が浮き出ている。指は骨ばり、それでも筆を持っている。髪は手入れもせず肩の下あたりまで伸ばし、黄色味の強い土気色の皮膚が、この人の生気のなさを際立たせていた。
近づいてみて、気がついた。老人に見えたけど、そうじゃない。意外と若そうだけど、こけた頬や目の下のどす黒いクマ、しわしわの皮膚が、老人だと思わせただけだった。
「……こちらの方は」
林さんの曇った目が俺に向けられ、思わず緊張する。
「香織さんの恋人ですよ、先生」
凛太郎くんが説明した。林さんの目に、初めてわずかな光が宿った。
「ほう……藍原先生の……。これは、興味深い……」
じっと見つめられて落ち着かない。たぶん、こんなのと付き合ってるのか、とか思われてるんだろうな。自分でもそう思うし。期待に添えなくて申し訳ない。
「それで、今日は……どういったご用件で……?」
林さんがキャンバスに目を戻して再び手を動かし始めた。藍原先生は、俺のほうをちらっと見た。俺がうなずくと、先生は少しだけ頬を赤くして、きゅっと手を握りしめた。自分からいうのは勇気がいるだろう。俺が代わってあげたいけど、ここはやっぱり、先生からいうほうがいいんだろうな。
そっと隣の先生の手を握ってあげると、先生は握り返して、それから顔をあげた。
「あの……あたしにできることなら、その……林さんの作品の、お手伝いを、したいと思いまして……」
凛太郎くんと林さんが同時に振り向いた。先生はますます顔を赤くする。
「あの……凛太郎くんとでは、無理なんです。あの、その……あたしが好きなのは、新條くんなので……」
今度はふたりが俺へ目を向けた。凛太郎くんが驚いた顔をしていた。
「新條さん……お聞きに、なったのですか」
俺はうなずいた。
「それで、俺は……俺は、林さんのことも知りませんし、凛太郎くんのことだって、正直いって、協力したいとかそういう気持ちにはまだならないです。でも、俺は、藍原先生が好きなんで……先生がしたいと思うことの、力になりたい。俺はただ、それだけです」
凛太郎くんの顔がほころんだ。
「ああ……やっぱりあなたがたは、素敵なカップルですね。愛が、溢れています」
俺自身はまだ、凛太郎くんを許せる気持ちにはなってない。なのにこんな屈託のない笑顔を向けられて、何だか俺のほうが心が狭いみたいな気がしてくる。
林さんが、描きかけのキャンバスを無造作に取り外して、新しいものをイーゼルに立てかけた。
「興味深い……実に、興味深い。新條さん。あなたはどうやら、ごく平凡な学生さんのようだ。あなたのような男が、藍原先生から、あなたにしか引き出せない真実を、引き出すというのですか……」
「それは、その……ちょっと、よくわかりませんけど」
林さんの目が爛爛と輝き出した。やばい、俺、期待されてる? そんな、うまく行くかわからないよ? いや、全力は尽くすけどさ、俺だってこんな、ほとんど初対面の男ふたりの前で、改まってセックスをご披露するなんて初めての経験だからさ、どうなるか、わからないよ? でも……藍原先生が、自分の体を張ってでも助けてあげたいと思って計画したことだ。藍原先生が傷つかないためにも、とにかく俺は、がんばるしかないんだ。
不自然に静かな地下室で、藍原先生が、ためらいがちにベッドに上った。ギシ、ときしむ音がして、途端に空気が変わる。
生唾を飲み込んだ。
……やばい。これはちょっと、興奮するかも。
背中から突き刺さる林さんの視線と、なぜだか先生の後ろにスタンバってる凛太郎くんの視線はなるべく気にしないようにして、俺は、そっと、先生の胸元に手を伸ばした。ブラウスのボタンを、ひとつひとつ外す。先生が、震えているのがわかった。すごく、緊張してるんだ。どうしよう、ほぐしてあげたいけど、俺もまだ余裕がない。ボタンを全部外すと、前が開いて水色のブラが顔をのぞかせた。ブラウスの下の肩に直接触れて、そのまま腕へと撫でるように沿わせ、ブラウスを脱がせようとしたところで、ビクビクっと先生が大きく震えて身を引いた。
「あ……っ! あ、だ、ダメ、やっぱり……っ」
先生、羞恥で真っ赤になってる。そりゃそうだ、西園寺先生のときは、気がついたらもう止まらないくらい気持ちよくなってたけど、今日は……最初から、こんなに見られてるんだもんな。いくら変態でも、これは上級者コースだ。でも、ここを乗り越えないと、先生の望みは叶わない。
「……では、こうしましょうか」
突然凛太郎くんが、黒くて細い布を持ってきた。赤くなって固まっている藍原先生に差し出すと、にっこりと笑った。
「目隠しです。見られていると思うから、恥ずかしいのでしょう? では、視覚を遮断しましょう。こうすれば、他人の存在を気にしないで済む。それどころか、残る五感が研ぎ済まされて、感度もよくなることでしょう。あなたは、新條さんからもたらされる快感を、存分に味わうことができる……」
そういうと、素早く先生に目隠しをした。
「あ……っ! ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が……っ」
突然視界を奪われて、藍原先生が慌てた声を出す。ベッドの上で、内股に座り込んだまま、両手を前へ差し出した。
「ねえ、待って? し、新條くん、どこ? 新條くん……!」
なぜだか急に、ドキドキしてきた。藍原先生が、恐怖と羞恥と戦いながら、すがるように手を伸ばしている。今の先生はとても無力で、頼れるのは、俺しかいない――そんな状況に、興奮してくる。
俺は四つん這いになって先生に近づいた。
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