妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

文字の大きさ
上 下
258 / 309
障害編

55話【off duty】戸野倉 凛太郎:アトリエ(藍原編)①

しおりを挟む
 目が覚めると、そこは見知らぬ薄暗い部屋だった。打ちっぱなしのコンクリート壁が寒々しく四面を囲み、窓ひとつない。天井が低くて、地下室のようだ。そしてあたしは、現実離れした天蓋付きの柔らかいベッドの上にいた。起きるのに手をつこうとして、自分の腕が自由に動かないことに気づく。両腕とも背中に回されて、動かそうとすると手首が痛んだ。……縛られてる……?

 肘をついて何とか体を起こすと、そこはなんとも奇妙な景色の部屋だった。あまりにも殺風景なコンクリートの部屋なのに、真ん中にあまりにもそぐわない中世風の天蓋付きベッド。床もコンクリートで、ベッドから少し離れた場所には、木でできた丸椅子と――大きな、キャンバスがあった。

「……ここは……」

 それでやっと思い出した。あたし、凛太郎くんと食事している間に、急に眠くなって、意識を失ったんだ。それで――

「お目覚めですか、香織さん」

 突然背後から呼びかけられてびくっと震える。凛太郎くんがいた。

「申し訳ありません。これしか方法が思いつかなくて……」

 口元はかすかに笑ってるけど、思いつめたような表情は相変わらずだ。

「……ねえ、どういうこと? どうして縛るの……」

 嫌な予感がする。凛太郎くんが、あたしの隣に腰を下ろした。括られたあたしの手首を、そっと撫でる。

「すみません……。逃げられたら、困るので……」

 凛太郎くんの指先が、すうっと手首から肘に向かってあたしの肌を薄く撫でた。

「……っ」

 不意打ちのような触れ方に、思わず息が止まる。2本の指先が腕を伝って肩まで辿り着いたとき、あたしは初めて、着ていたはずの服が脱がされていることに気づいた。服の代わりに着ているのは、光沢のある、白いシルクのスリップだった。細い肩紐と、レースのあしらわれた裾。片側にはスリットが入っていて、丈は――あたしの太ももを、半分も隠していない。
 こんなスリップ、あたしのじゃない! 誰かが、あたしを脱がせて、着替えさせたんだ。透けそうなほど薄いスリップの下にはつけていたはずのブラもない。胸ぐらの大きくあいたスリップからは谷間が見えてるし、パンツは……パンツも、スリップとおそろいのシルクのものに替えられてる!

 凛太郎くんの指が、肩から鎖骨の上を撫でて、そのままあたしの首筋へと這い上がってきた瞬間、あたしは全身が粟立つのを感じて身をよじらせた。

「ちょっ……、な、なにするの凛太郎くんっ、ねえ、あたしの服を返して……!」

 凛太郎くんが申し訳なさそうに微笑む。

「すみません……それは、できません。どうかわかってください。すべて、林先生のためなんです」

 そういうと、凛太郎くんがあたしの背後に寄り添って、うなじに顔を近づけた。ぺろりと熱い舌先で首筋を舐められ、思わず体をすくめて声をあげる。

「ああ……ッ」

 凛太郎くんが、耳元でふふと笑った。

「ああ、いいですね……。それでこそ、香織さんだ……」
「ま、待って……! ねえ、あなたゲイなんでしょ? む、無理にこんなことすることないわ、あなたが好きなのは違う人でしょ!」

 何とか止めようとするけど、凛太郎くんはかすかに笑ったまま動じない。その顔には、開き直ったような覚悟が見えた。狂気じみた瞳に一瞬寒気を感じたとき、奥のほうの扉が開いて、林さんが入ってきた。数か月ぶりに見る林さんは、最後に会ったときよりも細く、頬はこけ、目の下にはどす黒いくまが広がっていた。

 悪液質。

 担癌患者が末期にさしかかり、栄養状態も悪く衰弱した状態。その姿は、まさにそれを思わせた。

「藍原先生……お久しぶりです」

 しわがれた声でいう林さんは、まだ40台なのに20歳以上老け込んで見える。そして……どんよりと暗い瞳の奥が異様にぎらぎらと光っているのが、不気味だった。

「は、林さん……! こんなバカなことはやめてください……! 凛太郎くんを、止めてください!」

 必死にお願いしたけど、林さんは首を振った。

「私のことなど放っておくようにいったんですけどね……凛太郎くんは、私の心のうちを、いわずとも察してくれた。彼は、私のために、あなたをここまで連れてきてくれたんですよ……。本当に、ありがたい話だ。私に残された時間は少ない。凛太郎くんがくれたチャンスは、寸分漏らさず、有意義なものにしないとね……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...