妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

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迷走編

45話【case 5】塩谷 茜 22歳:緊急入院(藍原編)②

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 外来を終えて夕方に病棟に上がると、梨沙ちゃんがうきうきした様子で待っていた。

「先生! すごいですね、Hb 4.2! こんな数字、あたし初めて見ました!」
「あたしも滅多に見ないわよ。若い女性だから生理過多かな、くらいに思ってたんだけど、違ったみたい。便潜血も陰性」
「じゃああとは、胃カメラですか?」
「そう。……やるわね、梨沙ちゃん」

 賢いという話は本当みたい。

「本人に、会った? 病歴はどう?」
「会いましたよ。病歴も、別に気になることはないですね。貧血は昔から何度か指摘されてるって。鉄剤を飲んだり飲まなかったりして、何となく経過してたみたいです。それより、あれ、彼氏ですよね?」
「ああ、けんちゃん?」
「そう、けんちゃん!」

 どこかがツボったらしく、梨沙ちゃんがきゃきゃっと笑った。

「けんちゃんがもう、茜ちゃんラブ過ぎて、笑えるくらいなんですけど!」

 あらあら、梨沙ちゃんも女子らしく、恋愛ネタ好き?

「もう甲斐甲斐しくお世話しちゃって、あれ、仕事も休んでお見舞いに来ちゃう勢いじゃないですかね? まあ茜ちゃんも、はかなげで可愛らしいザ・女子って感じで、わかる気はしますけど」

 そういえば、塩谷さんは23歳で看護師。彼氏は社会人なのかしら? そういう人間関係みたいなところは、実は担当ナースに聞いたほうが話が早い。えーと、塩谷さんの担当ナースは……あら。小野くん。……やだなあ、ちょっと話しかけづらい。こんなこと聞いたら、『そんなしょうもない世間話してる暇あったら仕事したらどうっすか』とかいわれそうで。と、思ってたのに。梨沙ちゃんがすすっとあたしの横を通り過ぎ、ナースステーションにいる小野くんに声をかける。

「小野さん! 今日入院の塩谷さん、彼氏の話してました?」

 ひゃあ! 勇気あるわね、梨沙ちゃん。まだ小野くんのキャラを知らないだけかしら? と、思いきや。小野くん、相変わらず仏頂面だけど、聴取したばかりの入院時記録を梨沙ちゃんに渡した。

「してましたよ。緊急連絡先第一号」

 え、家族じゃなくて? 見ると、連絡先の1行目に、『坂井健一 21歳 続き柄:友人』って書いてある。……まあ、友人ていうのは建前であって。21歳だったら、大学生かもしれないわね。2行目に、『塩谷優子 続き柄:実母』って書いてある。でも、住所が山梨県だ。なるほど、ひとり上京して働いているわけね。それなら納得。入院時の患者さんの受け止め方、の欄には、『貧血がひどいって聞きました。仕方ないですね。早く退院したいです。親にはいわないでください、心配かけるから。彼氏が全部面倒見てくれるので、何かあったら彼氏にいってください』って書いてある。相思相愛なのね。

 とりあえず、回診を兼ねて、塩谷さんの病室に梨沙ちゃんと顔を出す。

「塩谷さーん。大丈夫そうかしら?」

 カーテンから覗くと、塩谷さんがニコッと笑った。もう夕方なのに、彼氏のけんちゃんもまだ付き添って病室にいる。赤血球輸血はもう始まっている。とりあえず今日1回入れて、あとは鉄剤点滴だけで何とかなるといいけど。

「倒れる前に入院できてよかったわ。出血源の検索が必要だから明日、胃カメラの予定を組んだわよ。いいかしら?」

 塩谷さんがうなずく。

「茜、ほかにいるものないか? 飲み物は大丈夫? お菓子とか、もうちょっとほしい? あ、先生、お菓子差し入れても大丈夫っすか」
「ええ、食べ物に制限はないわ」
「よかった。じゃあ茜、毎日見舞いに来るから、がんばれよ。何かあったらいつでも連絡よこせよ」
「ありがとう、けんちゃん」

 うわあ、確かに甘々、ラブラブだわね。

「坂井さん、今学生さんなんですか? お見舞い、毎日来て大丈夫なんですか?」

 ひゃあ、梨沙ちゃん、さらっとグイグイ聞くわね、あなた。けんちゃんはニコッと笑った。

「はい、大学3年です。大学はわりと暇なんで、大丈夫です」

 3年か。新條くんと一緒ね。新條くんも、単位はわりととってあるから余裕があるなんていってた。

「じゃあ、なるべく安静にね。また明日」

 回診終了。緊急入院とはいえ、片時も目が離せないような重症患者じゃなくてよかった。なぜなら、今日は……。

「先生! 仕事、終わりですね!」

 梨沙ちゃんがうきうきしている。そう、このあとは、新入医局員歓迎会。梨沙ちゃんの入局を歓迎して、病棟・医局合同飲み会。

「お酒、好きなの?」
「はい、大好きでーす。ぱあっと行きましょー」

 梨沙ちゃん、相当な酒好きっぽいわね。これは楽しみ……。
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