妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

文字の大きさ
上 下
59 / 309
恋愛編

1話【off duty】新條 浩平 20歳:119番(新條編)

しおりを挟む
 何だか胸が急に痛くなってきたと思ったら、どんどん息が苦しくなって、動けなくなった。なぜだか藍原先生が来て、救急車を呼んだ。そうか、俺、内科の先生が救急車呼んじゃうほど、具合悪いんだ? 救急車のサイレンの音がする。なんか、すごく揺れるなあ、ただでさえ息苦しいのに、簡便してくれよ。……あれ、藍原先生が切羽詰まった顔で何か叫んでる。がんばれとか、助かるとか。俺を、励ましてくれてるのかな? あ、先生が乱暴に俺の服を脱がせて、胸をまさぐってる。なんだこれ、俺、先生に襲われちゃう? うわー、幸せだなー……。このまま、死んでもいいかも……。息も苦しいし、ちょっと、俺、もう無理みたい。うん、どうせ死ぬなら、藍原先生に、看取られたい。手を握ってもらって、あわよくばぷにぷにのおっぱいに抱きしめてもらって……。あれ、なんだ? 急に人が増えて、騒がしくなってきて……藍原先生、待って……行かないで……あれ、何か、体の横のほうでメキメキ音がしてる……何やってんの、俺の体に……いて、痛いよ、グイグイ押さないで……

「新條さん、もうすぐ楽になるからね。あと少し、がんばって」

 近くで男の人の声がする。いて、なんだ、背中に固い板が……

「はい、レントゲンとりまーす」
「バイタル安定してきました。血圧92の54、サチュレーション95%」
「オッケー、間一髪だったな」
「外傷とか打撲のエピソードはないんだよね?」
「同乗の藍原先生の話によると、部屋を訪れたところ反応がなく、中に入ったら床に倒れていたとのことです。そのときはまだ橈骨動脈は触知できていて、会話も多少はできたそうです」
「へえ、確か、覚知から病着まで20分だよね? 速かったね。それでもギリギリか。危なかったね」

 先生たちの会話がだんだんはっきり聞こえてきた。そうか、藍原先生が俺を見つけてくれたのか。

「お、呼吸が落ち着いてきたね。君、わかる?」

 マスクをしていてよく見えないけれど、眉毛のきりっとした男の先生が俺の肩を叩いた。

「君、部屋で倒れていたらしいんだけど。緊張性気胸っていう病気ね。君みたいに背が高くて痩せてる男の子はね、肺に穴が空きやすいの。運悪くそのせいで死にかけたけどね、藍原先生がたまたま発見してくれたおかげで、君、助かったよ」
「あの……ここ、M病院ですか……?」
「そうだよ。意識もはっきりしてきたね。よかったよかった」
「藍原、先生が……?」
「そう。藍原先生が通報してくれて、救急車内で応急処置してくれたから、君、助かったの。覚えてない?」

 なんか、藍原先生が叫びながら、俺の胸をまさぐってたのは何となく覚えてる。……そうか、あれ、処置してくれてたんだ……。

「……よし、ドレーン位置オーケー。血圧も安定、酸素も足りてるね。藍原先生、呼んでくるね」
「え、藍原先生、いるんですか……?」
「うん、救急車に乗ってきて、そのまま待合室で待ってるよ。君はしばらく入院だけど、ま、その前に、藍原先生にお礼でもいっておきなよ」

 しばらくして、私服姿の藍原先生がやってきた。心配そうな顔が、俺を見て、少しだけ柔らかくなる。

「新條くん、大丈夫?」

 ……ああ、藍原先生の声だ。少しだけ高くて、コロコロとした、可愛い声。すごく落ち着く、この声。

「鍵が開いててよかったわ」

 先生が、じっと俺を見つめて微笑んだ。先生の温かい手が、俺の手に触れる。……ああ、ほっとする。藍原先生。先生が、俺を助けてくれたんだ。

「先生……藍原、先生……」

 名前を呼ぶと、応えてくれる。本気で俺を心配してくれて、死にそうな俺を励ましてくれて、助けてくれた、藍原先生。

 自然と、先生に触れている手に力が入る。

「……好き」

 気がついたら、勝手に口走ってた。

「先生、好き」

 あれ、俺、何いってんだろ。藍原先生が、赤くなって困ったような顔をしてる。そりゃそうだよな、いきなり俺、好きとかいっちゃって。そりゃあ困るよな……。俺、ちょっと今、精神状態おかしいのかも。うん、おかしい。俺、今まで女の子に告ったことなんてないのに。こんな、きれいで可愛くて頭がいい女医さんに、まだ何回かしか会ったこともないような女医さんに、何口走ってんだ……。

 自分でも、おかしいと思う。でも、この気持ちは、勘違いなんかじゃない。本当に、好きになっちゃったんだ。

「……新條くん、とにかく今は、ゆっくり休んでね? あたしにできることがあったら、何でもいって?」

 あ、さりげなく流された。……そりゃそうだよな、こんな状況で告ったって、誰も信じないよな……。

「大丈夫です……藍原先生には、ほんと助けられました。ありがとうございました……」
「ご両親に連絡とか、おうちのこととか、大丈夫? ほら、お部屋の鍵、開けっ放しで来ちゃったし」
「あ、大丈夫です。大橋に連絡して、やってもらいますんで……。あ、その……すみません、電話する、小銭だけ、貸していただければ……退院したら、すぐ返しますんで」

 ああ、俺、何いってんだ。好きだって告って、その直後に金貸してって、ほんとダメだ、俺。

「ふふ、気にしないで。手ぶらで来ちゃったものね。とりあえずこれ、貸しておくから」

 藍原先生が笑って、財布の中から1万円札1枚と100円玉5枚、出した。

「あっ、こんなに借りられません、すぐ大橋に持ってこさせるんで……」
「いいのよ、後で返してもらえれば。入院したら、いろいろ必要になるから。大丈夫、新條くんのことは、信用してるから」

 ……ああ、ヤバい。こういうところだよ。こんな純粋な笑顔でさ、ろくに話したこともない俺に、信用してる、って、はっきりいい切っちゃってさ。どんだけいい人なんだよ。

「じゃああたし、帰るから。とにかく、助かってよかったわ。お大事にね」

 藍原先生が、さりげなく俺の手からするっと手を放して立ち上がった。時計を見ると、もう夜の10時を回ってる。

「先生……本当に、ありがとうございました……」

 先生はにっこり笑って去っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...