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16 高宮side
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あの日、急な出張が入ったのは本当だ。だがその日のうちに帰れる予定だった。
それができなくなったのは、うちの会社の取引先の社長が過去に持ちかけてきた話のせいだった。
出張のからの帰り道、長引いてしまったことに知らず舌打ちをした。運転する椎名も珍しく顔をしかめている。
そこに俺の携帯に電話がかかってきた。
着信表示を見ると、ある取引先の社長だ。
めんどくさい、とまた舌打ちをする。
「取引先でしょう?出てくださいよ。」
電話を無言で眺めている俺をバックミラーごしに見て、俺の次の行動を察した椎名に釘をさされる。
俺は眉間にしわを寄せて、通話ボタンを押した。
「はい、高宮ですが。」
「おう、高宮社長かい?今から出てこれるかね」
これは嫌な流れだと眉間のしわを深くする。
「会わせたい者がいるんだ。急ですまないが○○まで来てくれないか?」
やっぱり、と目を閉じた。告げられた場所は高級料亭だ。俺にとってなかなかにめんどくさい事案になりそうだ。椎名が俺の気配を伺っているのがわかる。
「…わかりました。少し遅くなると思いますが」
「構わんよ。」
では、と告げて電話を切る。椎名が気遣わしげな視線を送ってきた。
「○○まで送ってくれ」
思ったより疲れて不機嫌そうな声が出た。
早く奈月のもとに帰りたかったのにどうやら無理そうだ。
もうあの社長、じじいとしか呼ばねぇ。
「今からですか?」
「あぁ。お前はもうそのまま帰れ。俺はタクシーでも拾うから」
「しかし」
「いいから」
俺は強引に椎名の言葉を遮った。椎名は静かに有難うございます、と言った。俺はシートにもたれかかると深く沈みこんだ。
料亭に着き、通された部屋に入るとそこには既に出来上がったじじいがいた。じじいだけではなく、数人の男と一人の若い女もいる。数人の男にはかろうじて見覚えがある者もいた。
「おお、高宮君!来てくれたかい」
誰が君だよ、と内心思いながらまあ一杯、と差し出された器を受けとる。それを煽った俺は次の言葉に目を見開いた。
「実はねぇ、今日は君と娘との縁談を進めようと思って君を呼んだんだよ。」
「はあ?」
思わず思ったままが口に出た。だが本当に訳がわからない。進めるって言ったかこいつ?なんだ進めるって。
「これが娘だよ。ほら挨拶しなさい。」
とじじいが上機嫌で喋っているのを聞き流して、必死に記憶を掘り起こす。部屋に一人いた女が俺の側にきた。どうやらこいつがその娘だったらしい。気の強そうな顔の女だ。
と、一つ思い当たった記憶があった。
ああ、これか!と合点する。確か以前もこいつに縁談を持ちかけられたことがあったはずだ。その時も俺は話を受ける気はなかった。だがそこそこ大きな取引先だったから、邪険にも出来ず曖昧に濁して断ったはずだ。どうやらその時の話を勘違いしているようだ。あのとき曖昧にしたのが失敗だったか。
「俺は結婚する気はありません。」
きっぱりと断る。じじいが面食らった様子で黙った。これで引くかと思ったが、予想に反して女が俺の腕にまとわりついてきた。きつい香水が気持ち悪い。
「高宮さん、そんなこと言わないでください。私、高宮さんとお話してみたいと思っていたのに」
そう言いながら更に体を寄せてくる。自分に自信があるのだろう。確かにそれなりの美人だが、奈月の足元にも及ばないと感じた。奈月のことを思うと、この状況に吐き気がする。
すいませんが、と身を引いて体を離した。
「もう一度言いますが俺は結婚する気はありません。何を勘違いしているのか知りませんが縁談なんてないはずだ。」
じじいが顔を真っ赤にして激昂する。回りの男たちは雲行きが怪しくなってきたのを見てとっておろおろしている。俺は深くため息をついた。ここで大人しく引いていたらよかったものを、ここまで厄介なことに発展させるとは。生憎俺はこんなやつに付き合ってやるほど広い心は持ち合わせていない。
「な、何を言う!あのとき縁談を約束しただろ!大体俺はお前の取引先だぞ!断れると思ってるのか! 」
この上ここで取引という権力を持ち出すとは。この場にいるのが馬鹿らしくなって俺は立ち上がった。少し分かりやすく怒気を出しただけなのに怯むやつらをみて、はっと笑う。こいつは俺に媚びて来るところがあってうっとうしく感じていたのが事実。うまく媚びればいいものの露骨なんだよな。世渡り下手くそ、と椎名が評価を下していたのが思い出される。もともと伸びしろがないこいつの会社とは取引を縮小していくつもりだった。少し早めても問題ない。
「…言い換えよう。俺はお前の娘と結婚するつもりは一切ない。何を勘違いしているのか知らないが縁談は前に断ったはずだ。」
「何を言う!この若造が!」
最早敬語も使う気のなくなった俺にまだ言い募るじじいに、寄ってくる女。絡み付く腕が心底気持ち悪い。そのしつこさに自分の怒りがふつふつと込み上げてくるのを感じていたが、もう我慢出来なくなった。
「何を勘違いしているのか知らないが、取引先はお前のところでなくてはならないことは一切ないからな。」
そう言い放って俺は席を立った。何か喚いているがそれを無視して部屋を出る。
そのまま椎名に電話をかけた。
「明日一番に能無しじじいのとこと契約切るからそのつもりでいとけ」
「…誰ですかその能無しじじいというのは」
椎名にあったこととこれからの指示をしてから、俺はタクシーで会社に戻った。
帰り際もなにやら喚いていたあいつのことだ。大人しく引き下がりはしないだろう。厄介なことになった。これから会社に戻ってしなければいけないことを思うと頭が痛い。
奈月に今日は帰れないと連絡をいれた。
その日、徹夜で作業した俺は香水のついたスーツのことをすっかり失念して家に戻った。これが奈月とのすれ違いに繋がってしまった。自分のせいも少しあるとはいえ、あの勘違い親子を恨みに思った。
奈月に説明しようかとも思ったが、それをすれば今の“運命”に懐疑的な奈月は「やっぱり自分が身を引く」などと言い出しそうで片をつけてからにしようと思っていたのだ。だがそれが奈月を傷つけてしまった。
すれ違いが続く日々にこれではいけないと思い、少し時間があいた昼間に俺は奈月と話し合おうと、奈月の大学に向かうことにした。
それができなくなったのは、うちの会社の取引先の社長が過去に持ちかけてきた話のせいだった。
出張のからの帰り道、長引いてしまったことに知らず舌打ちをした。運転する椎名も珍しく顔をしかめている。
そこに俺の携帯に電話がかかってきた。
着信表示を見ると、ある取引先の社長だ。
めんどくさい、とまた舌打ちをする。
「取引先でしょう?出てくださいよ。」
電話を無言で眺めている俺をバックミラーごしに見て、俺の次の行動を察した椎名に釘をさされる。
俺は眉間にしわを寄せて、通話ボタンを押した。
「はい、高宮ですが。」
「おう、高宮社長かい?今から出てこれるかね」
これは嫌な流れだと眉間のしわを深くする。
「会わせたい者がいるんだ。急ですまないが○○まで来てくれないか?」
やっぱり、と目を閉じた。告げられた場所は高級料亭だ。俺にとってなかなかにめんどくさい事案になりそうだ。椎名が俺の気配を伺っているのがわかる。
「…わかりました。少し遅くなると思いますが」
「構わんよ。」
では、と告げて電話を切る。椎名が気遣わしげな視線を送ってきた。
「○○まで送ってくれ」
思ったより疲れて不機嫌そうな声が出た。
早く奈月のもとに帰りたかったのにどうやら無理そうだ。
もうあの社長、じじいとしか呼ばねぇ。
「今からですか?」
「あぁ。お前はもうそのまま帰れ。俺はタクシーでも拾うから」
「しかし」
「いいから」
俺は強引に椎名の言葉を遮った。椎名は静かに有難うございます、と言った。俺はシートにもたれかかると深く沈みこんだ。
料亭に着き、通された部屋に入るとそこには既に出来上がったじじいがいた。じじいだけではなく、数人の男と一人の若い女もいる。数人の男にはかろうじて見覚えがある者もいた。
「おお、高宮君!来てくれたかい」
誰が君だよ、と内心思いながらまあ一杯、と差し出された器を受けとる。それを煽った俺は次の言葉に目を見開いた。
「実はねぇ、今日は君と娘との縁談を進めようと思って君を呼んだんだよ。」
「はあ?」
思わず思ったままが口に出た。だが本当に訳がわからない。進めるって言ったかこいつ?なんだ進めるって。
「これが娘だよ。ほら挨拶しなさい。」
とじじいが上機嫌で喋っているのを聞き流して、必死に記憶を掘り起こす。部屋に一人いた女が俺の側にきた。どうやらこいつがその娘だったらしい。気の強そうな顔の女だ。
と、一つ思い当たった記憶があった。
ああ、これか!と合点する。確か以前もこいつに縁談を持ちかけられたことがあったはずだ。その時も俺は話を受ける気はなかった。だがそこそこ大きな取引先だったから、邪険にも出来ず曖昧に濁して断ったはずだ。どうやらその時の話を勘違いしているようだ。あのとき曖昧にしたのが失敗だったか。
「俺は結婚する気はありません。」
きっぱりと断る。じじいが面食らった様子で黙った。これで引くかと思ったが、予想に反して女が俺の腕にまとわりついてきた。きつい香水が気持ち悪い。
「高宮さん、そんなこと言わないでください。私、高宮さんとお話してみたいと思っていたのに」
そう言いながら更に体を寄せてくる。自分に自信があるのだろう。確かにそれなりの美人だが、奈月の足元にも及ばないと感じた。奈月のことを思うと、この状況に吐き気がする。
すいませんが、と身を引いて体を離した。
「もう一度言いますが俺は結婚する気はありません。何を勘違いしているのか知りませんが縁談なんてないはずだ。」
じじいが顔を真っ赤にして激昂する。回りの男たちは雲行きが怪しくなってきたのを見てとっておろおろしている。俺は深くため息をついた。ここで大人しく引いていたらよかったものを、ここまで厄介なことに発展させるとは。生憎俺はこんなやつに付き合ってやるほど広い心は持ち合わせていない。
「な、何を言う!あのとき縁談を約束しただろ!大体俺はお前の取引先だぞ!断れると思ってるのか! 」
この上ここで取引という権力を持ち出すとは。この場にいるのが馬鹿らしくなって俺は立ち上がった。少し分かりやすく怒気を出しただけなのに怯むやつらをみて、はっと笑う。こいつは俺に媚びて来るところがあってうっとうしく感じていたのが事実。うまく媚びればいいものの露骨なんだよな。世渡り下手くそ、と椎名が評価を下していたのが思い出される。もともと伸びしろがないこいつの会社とは取引を縮小していくつもりだった。少し早めても問題ない。
「…言い換えよう。俺はお前の娘と結婚するつもりは一切ない。何を勘違いしているのか知らないが縁談は前に断ったはずだ。」
「何を言う!この若造が!」
最早敬語も使う気のなくなった俺にまだ言い募るじじいに、寄ってくる女。絡み付く腕が心底気持ち悪い。そのしつこさに自分の怒りがふつふつと込み上げてくるのを感じていたが、もう我慢出来なくなった。
「何を勘違いしているのか知らないが、取引先はお前のところでなくてはならないことは一切ないからな。」
そう言い放って俺は席を立った。何か喚いているがそれを無視して部屋を出る。
そのまま椎名に電話をかけた。
「明日一番に能無しじじいのとこと契約切るからそのつもりでいとけ」
「…誰ですかその能無しじじいというのは」
椎名にあったこととこれからの指示をしてから、俺はタクシーで会社に戻った。
帰り際もなにやら喚いていたあいつのことだ。大人しく引き下がりはしないだろう。厄介なことになった。これから会社に戻ってしなければいけないことを思うと頭が痛い。
奈月に今日は帰れないと連絡をいれた。
その日、徹夜で作業した俺は香水のついたスーツのことをすっかり失念して家に戻った。これが奈月とのすれ違いに繋がってしまった。自分のせいも少しあるとはいえ、あの勘違い親子を恨みに思った。
奈月に説明しようかとも思ったが、それをすれば今の“運命”に懐疑的な奈月は「やっぱり自分が身を引く」などと言い出しそうで片をつけてからにしようと思っていたのだ。だがそれが奈月を傷つけてしまった。
すれ違いが続く日々にこれではいけないと思い、少し時間があいた昼間に俺は奈月と話し合おうと、奈月の大学に向かうことにした。
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