余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人

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1章

まるでヒーローみたいな

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 「薬はもう飲ませたので、あとは安静にしておけば大丈夫かと」


 アンジェの横たわるベッドの隣で、リディスが言う。
 その言葉にイリス、ライアーそして駆けつけたノーチラスが心底安堵したような顔をした。

 アンジェは魔力を放出する為の扉が多いため、治癒魔法を利用しての治療は出来ない。
 だから、リディスがこの場にいて良かったと誰もが思った。何せ、リディスしか薬の調合が出来る者は居なかったからだ。


 「暫くグレジス夫人に必要な薬の調合を此処でやっても構いませんか?」


 「勿論です。あ、必要な物とか有りますか?」


 「ではこの紙に書いた物の用意を」


 リディスがイリスへと紙を渡す。
 その紙を見て、ノーチラスが「使いを出そう」と言い、二人は部屋を後にした。

 部屋に残ったライアーは、ただポツンと部屋の隅に立ち、自分に何か出来ないかを考えていた。そんな彼にリディスが言う。


 「グレジス夫人を助けて下さりありがとうございました。昔から無理するお方で……ハーフル鄉が傍に居てくれて良かったです」


 「あ、いえ。にしてもリディス様は凄いですね。薬を調合出来るとは…」


 ライアーが心底関心した様に言う。
 実際、本気で関心をしていた。
 何せ彼は調合の術を身につけていないからだ。
 と言うか、この世界に薬を調合出来る者だと極わずかだ。なにせ、治癒魔法で病気は一瞬で治るし、ポーションがあればそれを飲めば怪我は一瞬で治ってしまうからだ。


 「あー。私はグレジス夫人の為に薬の調合を出来るようにと師匠に幼い頃から薬の知識を叩き込まれましたので。言わば、私はグレジス夫人の専属薬師になる為に育てられてきたんです。だから当然ですよ。あと、様は不要です。私は平民ですので」


 「ではリディス…。今回の様なことは昔からよくあったんですか?」


 「そうですね。昔からよくありましたね。ほんと、無理せずにもっと自分を大切にして欲しいものです」


 リディスはそう言うと、アンジェを見つめる。
 その穏やかな優しい瞳に、ライアーは少し戸惑う。その視線に込められた熱は、よく知るものだったからだ。
 優しくて穏やか。
 まるで宝物を見つめるような、そんな瞳だ。


 「あ、しまった。すいません、ハーフル卿。イリスさん達に追加の材料を伝えに行ってもらっていいですか?」


 「勿論です」


 ライアーが頷く。
 リディスは新たに必要な材料を書いた紙を渡す。
 そしてライアーが部屋を後にした後、リディスは肩を竦めながら言った。


 「…もう言ったから起きていいぞ」


 リディスの少し不満げな声に、アンジェは微笑む。


 「なんだかハーフル卿に悪いことしちゃった気分」


 「自分に何かできないかを考えてたっぽいし、良いじゃないか?」


 「そっか。ねぇ、今回の体調不良って…」


 「魔力の流れが悪くなってて起きてる。薬も飲ませたし、寝てれば治るよ。だからいい子で寝てなって」


 「もうっ! 子供扱いは辞めてよね」


 アンジェは不満そうに言う。
 ムッと頬を膨らませるアンジェにリディスは笑う。

 昔からアンジェは病弱だった。
 人間は定期的に魔力を放出しないと体調を崩してしまうのだが、アンジェは魔力を放出する扉が多いため、定期的な放出さえも危険だ。だから薬で魔力の調整をするのだが、その処方されていた薬ではどうやらもう効き目が無くなってきてしまったらしい。

 新しく効き目の強い薬を調合しなければいけない、とリディスは師匠から教わった事全てを書いた調合ノートを捲る。


 「私の体って、ほんと不便だよね。一瞬で治る治癒魔法が使えないんだもん」


 「体質なんだから仕方ないだろ。人の魔力を体に取り込んだら、元々自分のも放出出来なのに体が限界を超えて破裂するぞ? ……て言うか、何か良いことでもあった?」


 「え、何いきなりっ!?」


 「いや、なんか嬉しそうだから」


 リディスの言葉にアンジェは慌てる。
 ほんのりと赤い頬が一気に赤く染っていくので、リディスは少し驚く。

 そして嫌な予感を覚えた。


 「あのね、その。ハーフル鄉が…その、凄くかっこいい人だなって思った」


 アンジェの言葉にリディスはまるで頭をトンカチにでも叩かれたかのような衝撃を覚えた。理由は分からない。いや、分かりたくなかった。
 リディスは手に持っていたノートを閉じ、少し強めの口調で言う。


 「お前には旦那がいるじゃん」


 「そうなんだけど…そのハーフル鄉を見てリディスは何も思わなかった?」


 「……背が高い奴は敵だ」


 「リディスだってこれから伸びるよ」


 「だと良いけどな」


 リディスの目が死んだ魚のような目になった。

 確かに同い年の人達の比べて、リディスの背丈は低めだ。そして本人もそれを大変気にしているらしい。何でも師匠から酷くからかれるからだと。

 年齢の割には冷静で、物静かな性格。だけど、背の高さを気にするという歳相応の一面も持っている。そんなリディスをアンジェは可愛いなと思いつつ、笑みを堪える。
 ここで笑ってしまったらリディスは拗ねてしまうだろうから。


 「話を戻すけど…お前の言いたいこと、少しだけ分かるかも。なんか、物語のヒーローみたいだよな」


 「そう、それっ! ゴホッ...ヴ...ゲホッ!!」


 「あーもう落ち着け! あと安静にしろっ! ほんと、お前は危なっかしい! 興奮するのは分かるけど、今の自分の状況を考えろ! 取り敢えず今は眠れ。いいな?」

 「はーい…」


 アンジェはそう返事をすると、布団を頭まで被る。
 
 ヒーロー
 その言葉はライアーにピッタリだと、アンジェは思った。何せ彼は昔自分に手を差し伸べてくれた……本当のヒーローなのだから。

 頬を緩ませながら、目を閉じる。
 そうすれば、アンジェはあっという間に深い眠りに着いた。


 穏やかな寝顔で眠るアンジェを眺めながら、リディスは不安に浸っていた。
 明らかに魔力の流れが不調になるペースが早すぎる。指輪でも調整していたものの、まさかこんなに早く指輪の効果が切れるとは予想していなかった。


 このままじゃアンジェは間違いなく六年後には……。


 「クソっ…!」


 リディスはそう小さく吐き捨てると、調合ノートを書き殴った。




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