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1章

返事と来客

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 手紙の返事がイリスのおかげで書けそうだ。

 アンジェは部屋に戻るなり、早速手紙の返事を書いた。
 さっきは進まなかった筆が嘘のようにスラスラと進んだ。

 そしてあっという間に返事を書き終えた時だった。


 「奥様」


 扉のノックする音と共にイリスの声が聞こえてきた。
 アンジェは「どうぞ」と返す。すると、扉が開き、イリスが一礼すると言った。


 「奥様の御友人と言う方がお見えになっているのですが……」


 「私の友人ですか?」


 「はい。黒髪で赤い瞳をした少年なのですが……」


 容姿の特徴を聞いて、アンジェはもしかして…と一人の人物の姿が思い浮かんだ。アンジェは、応接室に通す様にイリスに伝え、支度が済み次第急いで応接室へと向かった。

 応接室へ着くなり、アンジェは驚いた。
 深緑のソファーにお行儀よく座り、テラスの外を見つめていた少年の姿を見て、手紙の内容と話が違うじゃないか、と内心叫んだ。

 少年は赤い瞳をアンジェへと向けるなり笑う。


 「グレジス夫人。お久しぶりです」


 「……イリス、少しの間席を外してくれますか?」


 「しかし…」


 「この方は私の幼い頃からの友人です。心配するような事は決して有りませんから」


 アンジェの言葉にイリスは頷くと部屋を後にした。

 二人だけとなった部屋で、アンジェは少年と向き合う様にソファーに腰を下ろす。その表情は少しご機嫌斜めの様に見える。


 そんなアンジェの姿を見て、少年は用意されたクッキーを口に運んで言う。


 「機嫌が悪そうですね、グレジス夫人」


 「……手紙と話が違う。だって来るのはまだ先でしょ? あとその話し方辞めて。背筋が凍りそう」


 「ほんと、失礼な奴。けど、堅苦しいの嫌いだから助かるわ」


 「それで……先生は? まさか王都まで一人で来たの?」


 リディスという名の少年は、アンジェよりも三つ年上の少年だ。
 現在は、アンジェがお世話になっている医者の元で勉強している、言わば医者の卵である。

 そんなリディスの急な訪問。てっきり診察に来たのかと思っていたが、先生の姿は何処にもないのだ。


 「ちょっと様子を見に来たんだよ。体の調子は?」


 「普通」


 「何か変わった事は?」


 「両親の顔を見なくて済んで心が穏やかよ」


 「そりゃあ良かった。じゃあ指輪見せて」


 リディスに言われた通り、アンジェは指輪をはめた左手を見せる。
 そしてリディスは、指輪のはめられた中指を優しく握る。


 「指輪にも異常は無いな」


 「ねぇ、リディス。予定より診察早くない? それに先生は居ないし…。どうしてなの?」


 「師匠が様子見と診察兼ねて行けって煩くて渋々来たんだよ。本当は見習いの俺よりも師匠が診察した方がいいって分かってるけど、バレたら解雇って伯爵に脅された。 なら、バレないようにしないといけないじゃねーか」


 リディスの言葉で、アンジェは手紙に書かれていたルーンや使用人達にバレないような形での訪問診察の意味が漸く分かった。
 まだ少年であるリディスならば、『友人』として来ても何の不自然さも無いのだ。

 にしても父親の横暴さにはアンジェは心底呆れていた。
 アンジェを商品としか思っていない父親は、容姿が良いアンジェを見捨てるには惜しいと専属医師を付けてくれた。それが、リディスとその師匠である。
 アンジェがここまで可憐な乙女に成長したのは、彼等の尽力があっての事。それにも関わらず、そんな彼等さえも脅す父親にアンジェは呆れて果てて何も言えなくなっていた。

 
 「じゃあ、今日は直ぐ帰るの?」


 「いや。暫くの間、王都の学校で勉強してから帰ることにした。だからその間はまぁ…話し相手になってやらない事は無いけど」


 「ほんと、素直じゃないよね、リディスって」


 アンジェがそう言って笑えば、リディスはそっぽを向いてしまった。

 二人の出会いは、四年前。リディスとその師匠がアンジェの住む伯爵邸へ薬を届けに来た時だった。出会った瞬間から、二人は直ぐに意気投合し、親しくなった。喧嘩する事も多いが、喧嘩するほど仲が良いとも言えるだろう。

 紅茶を口に運んでいると、ふとリディスからの視線にアンジェは気付く。
 何? と首を傾げれば、リディスは眉間にシワを寄せて言った。


 「結婚生活、どうなの?」


 「楽しいよ」


 「嘘つき」


 咄嗟に作り笑顔をして答えてみたが、直ぐに見破られてしまった。
 アンジェは見破られた事に驚き、目を見張っている。
 そんなアンジェを見て、リディスはため息をこぼす。


 「お前、ほんと嘘つくの下手だよな。で、グレジス公爵は素晴らしい御方だって有名だけど、実際は?」


 「……まだ会ったことない」


 「冗談だろ、さすがに」


 「それが冗談じゃないんだよね」


 アンジェの返答にリディスは驚き呆れている様だった。
 
 まぁ、驚き呆れられるのも仕方ない。
 なにせ、結婚して一ヶ月は経ったと言うのにまだルーンと顔すら合わせていないのだから。

 リディスはクッキーを口に運ぶなり、言う。


 「結婚とか俺にはよく分からんが、夫婦が仲良く幸せに暮らすやつ何じゃないの? お前の大好きなロマンス小説がそうだろ?」


 「そうだけど…これでいいよ」


 「……リアさんに伝えなくて本当に良いのか?」


 リディスの口から出て来た言葉は、アンジェの鼓動を強く高鳴らせた。


 
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