5 / 93
1章
ピクニック
しおりを挟む「奥様。ピクニックの準備が整いましたよ」
イリスがバスケットを手に持って、再度アンジェの部屋へと訪れた。
公爵家に嫁い一月が経つが、まだあまり外に出ていない事にアンジェは気づく。
いつも自室に篭もり、勉強したりピアノを弾く。後は読書や刺繍等をする……そんな日々ばかりを送っていたのだ。
だからピクニックを提案された時、とても嬉しかった。
しかし、あまり喜びすぎたら子供だと馬鹿にされるかもしれない。だからあまり喜び過ぎない程度に喜んでいる風を装ってみせた。
イリスに案内され、庭へとやって来たアンジェ。
公爵邸の庭の東側には大きな大樹が有る。その大きさからは力強い生命力が感じとれる。
そんな大きな木の下にシートを敷いて、早速ピクニックを開始した。
「奥様は甘い物をよく好んでおららるので、沢山のフルーツをあしらったフルーツサンドを御用意致しました」
「フルーツ…サンド」
そう小さく呟くと、脳裏に声が響き渡った。
『アンジェ』
その声にアンジェは思いを浸らせる。
フルーツタルトを持って部屋へと訪れてきたリアの姿を思い出したのである。
幼い頃から病弱だったアンジェをいつも心配し、習い事やお茶会での話を沢山してくれた。
そんな大好きな姉の姿を思い出し、一気に寂しさに駆られた。
しかし、自分が望んで今この場所に居るのだ。
今更帰ることなんて出来ないし、ましてや泣くことも出来ない。
「もしかして…フルーツサンドは苦手でしたか?」
「いいえ。ただちょっとお姉様のことを思い出していただけです。心配させてごめんなさい」
「お姉様のことをですか……。あ、あの! 奥様が嫌でなければですが、御家族のお話をお聞かせ下さいませんか?」
イリスからの申し出にアンジェは驚いた。
しかし、ここ最近ずっと部屋に篭ってばかりでろくに人と会話すらしていない事を思い出した。
病気のことがバレないかの不安で、人と接する事を避けていたのだ。
イリスからの提案は、アンジェを気遣ってのことだと直ぐに察したアンジェは、イリスに家族の話をする事に決めた。
とは言っても、アンジェの家庭は表面だけ取り繕った家族である。中身は商人と商品の様な関係であるが、両親から真実を口にしてはならないと強く釘を刺されているので、アンジェは両親が言う完璧な家庭についての模範回答を淡々と口にする。
「私の家族はとっても優しい人ばかりなんです。お父様はいつも私達家族のことを一番に考えて下さってて、お母様は暖かい笑顔と声で私達を支えてくれます」
そんな風に両親のことを思ったことなんて一度も無いが。
「最後にお姉様ですね。お姉様は可愛くて綺麗で凄く立派で、私の事を何より大切にしてくれています。そんなお姉様は、私にとって世界一大切な人ですし、私の憧れです」
姉のリアだけは、アンジェ自身が感じている事をありのまま言葉にし、イリスに伝えた。
イリスはリアの話をするアンジェの穏やかな表情に、笑みを浮かべる。
気づけばアンジェはイリスにリアとの思い出話を沢山していた。
無邪気な笑みを浮かべながら話すアンジェに、イリスはつられて笑みを浮かべる。その笑みは心から安堵した様なそんな笑みであった。
イリスがアンジェの専属侍女になったのには理由があった。
それは、アンジェとイリスは年齢が近い為、イリスにならアンジェは心を開くかもしれない、と言うものだ。
なにせ、アンジェは十二歳だと言うのに妙に落ち着きがある。もしかしたらそれは、公爵家の使用人達に人見知りしているのかもしれない。
そう考えたメイド長がアンジェと一番歳の近いイリスをアンジェの専属侍女へと認定したのだ。これは少しでも早く心を開いて欲しい。そして、楽しく笑顔で毎日を過ごして欲しい…という願いからだった。
無邪気な笑顔で大好きなリアの話をするアンジェの姿を見て、イリスは微笑ましそうに見つめると共に、安堵していた。
初めてアンジェを見た時、十二歳とは思えない落ち着きと大人っぽさを感じていたが、実際はイリスの方が四歳年上で、もしかしたら自分よりも大人な面が多いかもしれない、なんて言う不安もあったが、その心配は要らなかったらしい。
アンジェの年相応の一面を見れてイリスは嬉しく感じた。
「ねぇ、イリス。貴方が良ければだけど、イリスの御家族のお話も聞きたいです」
「私ですか? 構いませんが、面白い話は一つも有りませんよ」
イリスはそうは言ったものの、アンジェの願い通り、自分の家族の話を始めた。
イリスは地図にも載っていないような小さな村で生まれた。
しかし、村がモンスターの群れによって壊滅させてしまった。生きる希望も失いかけていたその時、村の様子を見に訪問してきたグレジス公爵家の前当主に拾われたらしい。
モンスターの群れによって村が襲われ、壊滅状態にされる話はここ数年で良く耳にするようになった。しかし、こうも身近に体験者が居ることに驚きを隠せなかった。
「……無理して話させてしまいましたよね。ごめんなさい」
「奥様が謝る事では有りません。それに、もう過去の話です。気にしてませんよ」
そう言ってイリスは微笑んだ。
しかし、その笑顔にアンジェは心が更に苦しくなる。
大好きな人離れ離れになる辛さは、アンジェもよく知っているからだ。けれど、イリスの場合、もう絶対に会えなくて、アンジェはまだ大好きなリアと会うことが出来る。
命
それが有るか無いかによって生まれるあまりにも大き過ぎる違いに、アンジェは更に胸が苦しくなった。
44
お気に入りに追加
3,050
あなたにおすすめの小説
稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜
撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。
そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!?
どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか?
それは生後半年の頃に遡る。
『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。
おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。
なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。
しかも若い。え? どうなってんだ?
体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!?
神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。
何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。
何故ならそこで、俺は殺されたからだ。
ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。
でも、それなら魔族の問題はどうするんだ?
それも解決してやろうではないか!
小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。
今回は初めての0歳児スタートです。
小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。
今度こそ、殺されずに生き残れるのか!?
とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。
今回も癒しをお届けできればと思います。
❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました
四つ葉菫
恋愛
彼は私を愛していない。
ただ『責任』から私を婚約者にしただけ――。
しがない貧しい男爵令嬢の『エレン・レヴィンズ』と王都警備騎士団長にして突出した家柄の『フェリシアン・サンストレーム』。
幼い頃出会ったきっかけによって、ずっと淡い恋心をフェリシアンに抱き続けているエレン。
彼は人気者で、地位、家柄、容姿含め何もかも完璧なひと。
でも私は、誇れるものがなにもない人間。大勢いる貴族令嬢の中でも、きっと特に。
この恋は決して叶わない。
そう思っていたのに――。
ある日、王都を取り締まり中のフェリシアンを犯罪者から庇ったことで、背中に大きな傷を負ってしまうエレン。
その出来事によって、ふたりは婚約者となり――。
全てにおいて完璧だが恋には不器用なヒーローと、ずっとその彼を想って一途な恋心を胸に秘めているヒロイン。
――ふたりの道が今、交差し始めた。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
前半ヒロイン目線、後半ヒーロー目線です。
中編から長編に変更します。
世界観は作者オリジナルです。
この世界の貴族の概念、規則、行動は実際の中世・近世の貴族に則っていません。あしからず。
緩めの設定です。細かいところはあまり気にしないでください。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
〖完結〗ご存知ないようですが、父ではなく私が侯爵です。
藍川みいな
恋愛
タイトル変更しました。
「モニカ、すまない。俺は、本物の愛を知ってしまったんだ! だから、君とは結婚出来ない!」
十七歳の誕生日、七年間婚約をしていたルーファス様に婚約を破棄されてしまった。本物の愛の相手とは、義姉のサンドラ。サンドラは、私の全てを奪っていった。
父は私を見ようともせず、義母には理不尽に殴られる。
食事は日が経って固くなったパン一つ。そんな生活が、三年間続いていた。
父はただの侯爵代理だということを、義母もサンドラも気付いていない。あと一年で、私は正式な侯爵となる。
その時、あなた達は後悔することになる。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす
初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』
こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。
私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。
私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。
『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」
十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。
そして続けて、
『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』
挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。
※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です
※史実には則っておりませんのでご了承下さい
※相変わらずのゆるふわ設定です
※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる