上 下
14 / 24

結婚式まであと6日②

しおりを挟む


エリの言葉にイレーナは目を見開いた。

今、エリは何と言った…?

瞬きを忘れてしまう程に衝撃的な言葉だった。


「ふむ…。だが、イレーナ。君は子爵令嬢としての誇りが欠けてはいないかい?」

「……あー」


成程、とイレーナは思う。
2人は未だにイレーナが子爵家の令嬢であると思い込んでいるのだ。
本当はもう既に身分など剥奪され、ただの平民になった事など知らずに。


「……別に誇りも何も有りませんよ。、ですが……農業を侮辱する様な先程の発言は、撤回して頂けませんか?」


イレーナの言葉に部屋が一気にシーンと静まり返る。
後ろで待機していたルカも、イレーナの発言には驚いた様で、ギョッと目を丸くしていた。


普段ならば軽く受け流し、身を引くのがイレーナだ。
そうれば変に巻き込まれずに済むし、何より深く傷つく事も無かった。

しかし、どうしてもあの発言は聞き捨てならなかった。


「撤回? なぜ? 私は本当のことを言ったまでよ?」


さも当然、と言うようにエリは淡々と言う。

イレーナはあまりエリとの接点は無かったが、学祭の時に実行委員で一緒になった事があった。
そして……その時と同じ感情を抱いた。



___あの時の変わらない。この人は自分の思い描いた答えがこの世の全てだと思ってるんだ。


自分軸で世界は回ってる…。
所謂自己中心的な思考をした人物、という事である。


実行委員を押し付けられるような形で任せられ、けれど引き受けた(拒否出来なかった)からには、きちんと役目を果たさなければいけない。

そして参加した実行委員会での会議で初めてエリと顔を合わせる事となったのだが……その時の実行委員会の会議については今でも忘れられない。


生徒達が出すアイデアを徹底的に却下。
終いには『皆さんのアイデアは駄目駄目。見ててガッカリです。そこで、私が素晴らしいアイデアを持ってまいりました』と言って、自身が考えたアイデアを発表した。指摘に対しても耳を傾けず、『私の意見に何か不満でも?』と周囲を更に困らせていた。

……因みに、実行委員委員長はセシルであり、『いいね! 最高だ!』と言ってエリのアイデアを即決していた。


「……あぁ、でもそうね。子爵家の落ちこぼれ。家族にも見放されてセシルの心を奪えなかった女性としても欠落した貴方には、泥臭い作業が大変お似合いだわ」


そう言って弧を描くようにして笑うエリ。
心底心から小馬鹿にする様なその笑み。
明らかにわざと嫌味を言い、イレーナの心を傷付けようとしているのが分かる。



『この食事会はエリ様が計画されたものだ。恐らく、イレーナさんを精神的に追い詰めるためにね』


食事会が始まる前、ルカがイレーナにそう言った。
そして同時にイレーナもまた、やはりかと思った。


『私はもうセシルの元婚約者なのに何でわざわざそんな事をするんだろう…。別に、エリさんからセシルを横取りしようなんて考えていないのに』

『予防線…って所かもね。それか、もしくは……ただ単に性格が悪いだけかもな』



この食事会、やはりルカの想像通りイレーナの精神的に追い込むために予定されたもので間違いないだろう。
そして……その理由は圧倒的に後者だったのだと痛感した。


しかし、何故だろう。
全く苦しくない。
胸がギュッと締め付けられる事も無かった。

ただ、思わず頬を緩ませてしまった。
そして、思わず告げてしまった。


「泥臭い……ですか。私にとっては褒め言葉ですね。だって……私にとって農作業は誇りですから。それほど私も農家の色に染まってきてるって事でしょう? 嬉しいな」


そう言ってニッコリと微笑むイレーナ。
その笑顔はかつてのイレーナでは絶対に見せなかったような…無邪気さに溢れ、輝かしく、愛らしい笑顔だった。

その笑顔にエリは目を丸くしていた。
予想していた反応とは違い、驚いたのだろう。
一方のセシルはイレーナを見つめ、エリとは違った意味で驚いてるい様子だった。


「ご馳走様でした。食事が終わりましたので私は部屋に戻ります。2人の幸せの一時にお邪魔して申し訳ありませんでした。どうぞごゆっくり」


いつの間にか平らげられていた食事。
2人が無駄話をしている間にイレーナは用意された食事を完食していたのだ。
勿論、食事にばかり集中しては失礼なので、しっかり話を聞き(流し)ながら食事を堪能でき、イレーナは大満足だった。


「……益々……な」

「セシル? 何か言った?」

「いや! 何でもないぞ、エリ! 取り敢えず、食事を再開しようじゃないか。僕も頑張って芋を食べるとしようじゃないか。好き嫌いは良くないしな! うむ!」


そう言って芋をスプーンで砕いたりと試行錯誤しながら完食を目指すセシル。
そんなセシルの行動にもエリは目を見張ると同時に、ザワりと心の奥底で嫌な予感を覚えた。



一方その頃、イレーナは部屋に戻っていた。


「はぁ…美味しかったなぁ」



食事に大満足の様子のイレーナ。
大層頬を綻ばせた後、トランクから紙とペンを取り出した。


「よし…!」


そして机に向かうと、紙へと綴り始めた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

【完結】4公爵令嬢は、この世から居なくなる為に、魔女の薬を飲んだ。王子様のキスで目覚めて、本当の愛を与えてもらった。

華蓮
恋愛
王子の婚約者マリアが、浮気をされ、公務だけすることに絶えることができず、魔女に会い、薬をもらって自死する。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

処理中です...