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アンドレを連れ戻せ! 編

70 大変なことになった

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 私とシキさんを囲む大きな円。
 この円から先に出てしまった方が負けという簡単なルールの元、今から私とシキさんの勝負が始まる。
 得意分野で戦っていいと言われ、私は魔法を選択し、シキさんは剣を選択した。

 「では、良いな? 試合、始めっ!」

 エルゼさんによって試合開始の合図がされた。

 大きな黒い剣を構えるシキさん。
 あんな大きな剣を持てるだなんて、さすが竜人と言うべきか……。

 そう思っているうちに、気付けばシキさんが真正面からこちらへと向かってきているのが分かった。
 大きな剣は確かに攻撃力や重さはあるけれど、剣を振り上げるその瞬間に隙が多くなる。出来れば怪我をさせないよう円から追い出して早く試合を終わらせたい。

 「試合中に考えこととは関心しないな……!」

 気付けば目の前にシキさんの姿があった。
 なんて素早い動き……!
 シキさんの剣が私へと振り下ろされそうになった瞬間、私は咄嗟に「ウォーターボール!」と叫んでいた。

 次々と魔法陣から現れる水の玉。
 その水の玉はシキさん目掛けて勢いよく飛んでいく。
 シキさんはそんな水の玉を全て剣で受け止めた。
 このウォーターボールはアンくんでもまだ完全に防げないのにシキさんは完璧に全てを塞いでみせた。

 けど、それなりに反動があったのかシキさんは勢いよく転がっていってしまった。
 でもまだ円の外からは出ていない。

 「中々の威力だな……魔法攻撃に慣れていて良かった。にしてもお前。人間のくせに強いな。驚いた」

 「まだまだこれからですよ、シキさん!」

 少し卑怯かもしれないけど、これで終わりにしよう。

 「いでよ! 土人形!」

 シキさんの足元に魔法陣を貼る。
 そしてその魔法陣から現れたのは大きな土人形。
 地面を利用した召喚魔法である。
 大きさは見た感じ二十メートルはありそうだ。

 そんな土人形がシキさんをガシッと掴みあげる。
 バタバタと踠くシキさんだけどビクともしない。土人形には流石の竜人も叶わなかったらしい。

 「土人形、そのまま円の外にシキさんを出して!」

 そう土人形へと指示をした瞬間、土人形が思いっきりシキさんを円の外へと放り投げた。

 塀へと激しくぶつかる音と共に塀の崩れる音がし、私の顔は真っ青へと変わった。


 「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!」

 そして私の謝罪の言葉が響き渡った。



 *********



 「すいません、すいません……! 」

 私は必死に謝罪をしながらシキさんの治療にあたっていた。
 勝負は私の勝ち。竜人のシキさんだったから擦り傷だけで済んだものの、これが人間だったらあちこち折れていただろう。

 土人形……コントロール出来るようにならないと。


 「そう何度も謝らなくていい。俺の方こそすまなかった。元は俺がお前に勝負を挑んだんだ。気にするな」

 「けど……!」

 「エデン。その馬鹿の言う通りだ。そなたが気にすることではない」

 エルゼはそう言うと、シキさん目掛けて拳骨を振り落とした。

 「この大馬鹿者! 人間が嫌いなのは分かるが、そう血の気が多いのはお前の欠点だ! もう少し冷静に考え、取り組む事が出来ないのか!?」

 「うるさいな! エルゼこそ、直ぐに手が出るのはどうかと思うぞ!」

 「それはお前だけにだ!」


 ”お前だけ”

 その言葉にシキさんの顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。
 そしてそんなシキさんを見て、私はピンときてしまった。
 私はアンくんの元へ駆け寄り、耳打ちする。

 「シキさんってもしかして……」

 「あー、うん。エルゼに惚れてるんだけどさ、エルゼは全く気づいてないんだよね」

 「応援しなきゃね」

 「うん。けど……何時になることやら」

 乾いた笑みを浮かべるアンくんを私は思わず抱きしめた。
 突然過ぎたからか

 「お、お師匠!?」

 とアンくんが焦った様子で言った。

 「……心配しんだからね」

 「ご、ごめんなさい」

 「うんうん。けど……無理には連れ戻さないよ。私はアンくんの意志を尊重する。アンくんは元々竜騎士になりたかったんだよね。もし今もその気持ちなら……」

 「俺はお師匠の所に行く! 俺、まだまだお師匠から教わりたいこといっぱいあるから!」

 私の言葉を遮り、アンくんが言った。
 益々顔を真っ赤にさせるアンくんがとても微笑ましくて、思わず笑みが零れた。

 そして「エデン」と名前を呼ばれ、私はアンくんを腕の中から開放し後ろを振り向く。

 「弟を連れ去ったこと、謝罪する。申し訳なかった」

 「……いえ。シキさんなりに何か事情があったんですよね。何となくだけど分かります」

 「観察力も優れているようだな。益々驚いた」

 小さく笑うシキさん。
 私は詳しく話を聞くことにした。


 そうして通されたのは木で出来た丸いテーブルの置かれた部屋だった。
 私は椅子に腰をかけ、ルカを膝に乗せる。
 相変わらず甘えん坊なルカに頬が緩んだ時だった。

 「エデン。お主、人間の姿をした化け物を知っているのか?」

 「人間の姿をした化け物ですか?」

 ルカの頭を撫でながら、私は聞き返す。
 人型のモンスターなんて聞いたことない。

 「あぁ。実はアンドレが人間の世界に佇むことになった原因を作った化け物でもある危険な奴だ」

 「アンくんが佇む原因をつくった…………」

 ん?

 それって私のことじゃない?

 嫌な予感がし、私の頬に汗が伝う中エルゼさんが眉間にシワを寄せながら話を続ける。

 「五ヶ月ほど前から我が同士達が行方不明になる事件が相次いでいてな。私達竜騎士が捜査にあたっていたんだが、全く目星がつかずにいた時アンドレまでもが姿を消したんだ。竜騎士試験の試験監督の話によれば人間型の化け物がアンドレを連れていった、という話だったんだがそんな有力な情報がある中まだ目星はつかないのだ」

 「どんな些細な情報でもいい。教えて欲しい」

 教えて欲しいと言われてましても……アンくんを連れ去ったのは十中八九私の事だろうけど、他の竜人を連れ去ってはいないし……。

 言おうか、言わまいか迷っているとキッチンへお茶の準備をしに行っていたアンくんがやっと帰ってきた。私はアンくんに助けを求めるようにアンくんを見つめる。するとアンくんは察してくれたのかお茶を並べた後、エルゼさんの元へと駆け寄る。

 「エルゼ。俺が突然消えたのはその事件には関係ないよ」

 「何故そう言いきれる?」

 「だって、俺を連れ去ったのはお師匠だから」

 一気に私へと注がれる視線。
 息がしずらい……。
 私は行き場のない視線を思わず下へと向ける。

 「説明してくれるか?」

 「はい。あれは確か試験中にお師匠が突然現れて、人間を攻撃する俺にお師匠が激怒して治療するから手を貸せと言われてその流れで……」

 アンくんの話にずっと黙り込んでいたアンくんのお父さんがゆっくりと口を開けた。

 「エデン。我々竜人は人間の手によって一度絶滅しかけたことがあるのだ」

 「え!?」

 「竜人が高値に売れるからという勝手な理由で奴らは竜の国を襲ってきたのだ。次々に同士達が連れさらわれ、時には殺され……そんな荒れ果てていく竜の国をある一人の巫女が救ってくれた。彼女のおかげで竜の国は護られ、平和が訪れた。しかしその出来事以来竜人達は皆人間が嫌いになったのだ」

 なるほど。だからシキさんやアンくんは「人間如きに……」って言ってたのか。あれは人間嫌いの表れでもあったということか。

 ん? でも待って。

 私はある一つの疑問を抱いた。


 「その巫女って人間の方なんじゃ……」

 「あぁ。しかし彼女はドラゴンと会話をする事が出来、なおかつ我々竜人よりも遥かに強かったんだ。巫女とはどんな生物とでも会話が出来、言語までも理解してしまう者。我々竜人にとって巫女は英雄のようなものだ」

 アンくんのお父さんはそう言うと、小さく笑った。
 まるで過去を振り返り、懐かしむように。

 シーンと静まり返る部屋の中で、私の膝の上に乗っていたルカが突然「あ!」と言った。
 ルカは私の膝から降りるなり、何故か得意げに胸を張って……


 「なら、エデンさんは英雄ですね! だって巫女なんですから!」

 と言い、満足気に笑った。

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