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七 俺たちの元服式

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同じ年の四月。
 放蕩の限りを尽くす三郎吉法師の将来を、心の底から心配する傅役の平手政秀の手紙を受け取った織田家当主で父である織田信秀は、
「それならば元服させれば大人しくなろう」
 と、元服の礼を執り行うため、三郎吉法師とその子分たちもまとめて古渡城へ呼んだ。
 広間に、集められた悪ガキたちの中に、仲間になって日の浅い、勝三郎の姿もある。
「なんで、俺まで……」
 少し遅れて、両手で碁盤ごばんを抱えた三郎吉法師が入ってきた。
 ドンッ!
 と、悪ガキどもの輪の真ん中に置いて、
「おい、お前たち、つまらないココを逃げ出して、俺たちだけで元服式をやらないか」
 と、いつもの悪知恵を働かせて、子分たちを誘った。
 碁盤なんか持ち込んで、口を開けば「俺たちの元服式をやる!」という。まったく、この大うつけはどうしようもない。
「親分、一体どこを攻めるのだ? 俺は、今度は総大将の首が挙げてぇ」
 と、最年長の十九歳で、すでに今川の侍大将由原よしはらなにがしかを組み討ちにした大柄な河尻かわじりろうが応じた。
「よし、攻めるのは今川領だ。新介しんすけ、今度はお前の番だ」
「与四郎の兄貴が、いきなり大将首を獲っちまうから、俺は総大将の今川義元の首を狙うしか手柄で勝つ方法がなくなっちまった」
 十七歳の毛利もうり新介は、与四郎とは反対に小柄だが負けじ魂が強い。
「しかし、今川領を攻めるにしても、今日の元服式を上手く抜け出さないと、妾腹めかけはらの私は、兄の信広がうるさいので何とか考えないと」
 十歳になる礼儀正しい織田おだ喜蔵よしぞうは、この間、三郎吉法師の命で、お善と結婚した。三郎吉法師の腹違いの弟で幼くして、叔父の犬山いぬやま城主織田おだ信康のぶやすの養子に入ったが、昨年戦死してしまい、その息子で年長の信清のぶきよに放り出された。
「そうだなぁ、こういう時は、ウチの軍師殿に知恵を借りよう。小十蔵こじゅうぞう、うまくココをトンズラする作戦を考えてくれ」
 軍師と呼ばれる十六歳の額の突き出た岩室いわむろ小十蔵は「四書ししょ五経ごきょう」・「十八史じゅうはちしりゃく」を独学で学んだ一味の知恵袋だ。
「ならば申し上げます。この城に居られるかん十郎じゅうろう君を我らの影武者に仕立てて、その隙に脱出するのはいかがでしょう?」
「よし、それで行こう。母上にはまた憎まれるが仕方ない」
 いつも、どんな相手にも物怖じしない三郎吉法師が、実母の土田御前と弟の勘十郎には少し気兼ねするようだ。
 と、勝三郎が、悪ガキどもの手の内をすべて聞き終えたところで、三郎吉法師が身を乗り出して尋ねた。
「勝三郎、お前はどうする?」
 ここまで話を聞いて、仲間外れはないだろう。すでに、織田家の当主信秀の命に逆らって元服式からトンズラすると聞いたのだ。この悪ガキどもは、大うつけと呼ばれる親玉を誰一人として止めない。むしろ、協力して知恵を絞って成功させようとしている。
(まったく、こいつらは手が付けられない)
 勝三郎も、三郎吉法師と風呂を共にした日から、大人しくイイ子ちゃんに生きるのは諦めた。元来、悪さこそしないが、生まれたころから他人の家に預けられ、居候として暮らしてきたから、なんだか、世間のはみだし者の淋しさもわかる。
「俺も行くよ」
 勝三郎が、そう返事すると、三郎吉法師は会心の笑みを浮かべた。
「よし、決まった。俺たちは、このつまらない古渡城を抜け出して、俺たちだけの元服式をしよう。そうだなぁ、目指すは今川領・岡崎だ!」

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