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六 勝三郎の決意

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 翌日の朝早く、勝三郎は、三郎吉法師に呼び出された。昨日、殴り飛ばした後である。切腹を言い渡されるとの思いで那古野城へ登城した。
 家を一人で出る前に、養父森寺秀勝は、
むすの失態は、養父おやの責任。ワシも若殿の元に出向いて頭を下げよう。それでダメなら一緒に腹を切る!」
 と、実直な言葉をくれた。
(養父には、跡継ぎの籐左も、養母のお代の暮らしもある。養父の気持ちは嬉しいが、尚更、言葉に甘える訳にはいかない。だって、それだと籐左が俺みたいになっちまう)
 と、勝三郎は秀勝が身なりを整えに下がった隙に、馬に乗り置き去りにした。
 那古野城へ着いた勝三郎は、三郎吉法師の命で、城の風呂に入れと命じられた。
 ああ、これで俺の命は決まった。お善しにはすまないことをしたが、俺にはこうするしかできないのだ。勝三郎は、己の人生をうれうるどころか、お善に意に沿わぬ結婚をさせることに心を痛めた。
 風呂場は、湯気が満ちて視界が悪い。
 勝三郎は、視界に入った盆にのせられた木綿の袋と米糠で身を清め、チャポンと、湯船に浸かった。
 デカい風呂である。平時の城兵だけが入る風呂とはいえ、優に、二、三十人は入る。
「これが、人生最後の風呂か」
 勝三郎は、この世の未練を洗い流そうと大声で呟いた。
「勝三郎、そう思うのか?」
 聞き覚えのある青年の声だ。
 勝三郎が、声のする方に目を細めると、やはり、見覚えのある茶筅髷がある。
「まさか!」
 勝三郎は、ビックリして飛び上がった。
「暴れるな勝三郎。お前に殴られた顎が痛むじゃねぇか。今日、お前を呼んだのは、命を奪う道ではなく、生きる道だ」
「生きる道⁉」
「そうだ。俺は、勝三郎、お前を召し上げたい。それでも死を選ぶか」
 やはり、意地が悪い若殿だ。そんなの勝手に命令すれば、こちらは逆らえないのに、自分で選べと問うてきた。
「答えは決まっている。俺は、お前に仕えてやる。そして、立身出世して、お善を自由にしてやる!」
 と、勝三郎が断言した。
「そうか、それを聞いて安心した」
 と、三郎吉法師は、嬉しそうに風呂を後にした。
 残された勝三郎は、狐につままれたような顔をして、ブクブクと、湯船に沈んだ。

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