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三 お善の縁談

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翌朝、お善の父、荒尾善次が、青い顔して隣に住む、同役の森寺秀勝を尋ねた。
「困ったことになった。若殿から、お善を弟の織田おだ喜蔵よしぞう様の嫁に寄こせと仰せつかった」
「それはめでたい話ではないか、しかしまたどうしてお善が?」
「それがなんでも、町で喜蔵がお善を見かけて見染めたらしいのだ」
 織田家の若殿三郎吉法師は、昨日、子分たちと領内見聞から帰ると、なにを思ったか、突然、家老の平手政秀ひらてまさひでにお善と喜蔵の縁談を進めるように命じたらしいのだ。
 ガタッ!
 居間の大人二人の密談を、障子の陰に隠れて盗み聞きした籐左衛門が、慌てて勝三郎の部屋へ飛び込んできた。
義兄上あにうえ、お善が大変なことになったぞ!」
 これは一大事と血相変えて、籐左が勝三郎に報告した。勝三郎は「まさか!」と飛び上がって、大人の密談する居間へ駆け込んだ。
 勝三郎は「いくら相手が大うつけの三郎吉法師」であっても、口約束の子供の賭け喧嘩。まさか本気で実行するとは夢にも思わない。
「養父上、お善が嫁入りって本当ですか?」
「今朝方、家老の平手様が直々に、荒尾家にお越しになり、正式に善次殿に申し渡されたそうだ」
 と、秀勝は答えた。今度は勝三郎は善次に目を向けた。
「ワシには、心当たりがないから、お善に色々尋ねても、承知しましたと言ったきり、それらしい理由は話さない。だから、こうして勝三郎、お前ならなにか知っておるのではないかと訪ねたのだ」
 勝三郎は、相手が荒くれ者の頭、三郎としか認識していない。まさか三郎が、織田家の若殿、三郎吉法師とお善を賭けて喧嘩したとは夢にも思わなかった。
「俺の喧嘩が原因です」
「なんだと! 勝三郎、お前の喧嘩が原因とはどういうことだ」
 善次は「喧嘩が原因」との勝三郎の言葉が呑み込めない。それがお善の突然の縁談になんの関係があるのか問い質した。
 勝三郎は、善次に正直に喧嘩の経緯いきさつを話した。三郎こと吉法師に売られた喧嘩で、自分は一切悪くなく。むしろ、吉法師の罠に嵌められたものであると必死に弁解した。
「勝三郎、お前は悪くない。この度の一件は、すべて勝三郎、お前を子分にしようとする若殿の計略であろう」
 秀勝は、そう言って勝三郎をなだめるように慎重に言葉を継いだ。
「ならば養父上、口約束の賭け喧嘩を実行する若殿の暴挙を断るように取り計らって下さい」
 必死に訴える勝三郎の剣幕に、秀勝は返事に困って押し黙ってしまった。
「養父上、どうして返事をして下さらないのですか」
 勝三郎は、下を向き視線を外してした養父では埒が開かないと、相談にやってきたお善の父善次に取り縋った。 
 善次は、我が娘の事。必死の勝三郎から経緯も了解し、逃げる訳にはいかない。しかし、事をどう収めればいいかの判断に困って同役の森寺秀勝を訪ねたのである。返事は諦めのつぶやきのように淋しかった。
「相手があの大うつけ様であられるからのう……」
 善次の言葉に秀勝も頷きながら同調する。
「なんでも若殿は、その手の口約束を真にする暴挙は枚挙にいとまがないからのう……」
 噂に上がる三郎の暴挙とは、銭貸しをしている寺の坊主に「十倍にして返す」と銭を借り、その金を元手に寺に賭場を開いて、銭持ちの大店の主人や庄屋を集めて寺銭を取った。それが利を生み「十倍にして返す」との口約束を実現したのだ。そこまでなら小賢しい若殿だ。それで終わらないのが三郎吉法師だ。
「今度は、鉄砲が買いたい。銭を貸してくれ」
 坊主は「鉄砲‼‼」と突飛なものに銭を使うなとは思ったが、三郎には先に儲けさせてもらった。きっとさらなる儲けを期待して、また貸した。三郎はその銭で一挺の鉄砲を手に入れた。
「若殿、それで貸した銭はいつ返してくれるので?」
 守銭奴の坊主は、すぐに返してくれるものと催促した。すると三郎は、鉄砲に銃弾を詰めてこう言った。
「まずは試し撃ちしてからじゃ」
 そう言って銃口を坊主に向けてぶっ放した。坊主が三郎の銃弾に当たって死んだかどうかは家老の平手政秀が内々に処理してしまったからわからないが、その後、坊主は尾張から姿を隠したと聞いた。
 それが評判の大うつけ三郎吉法師だ。関わったからには、どんな災難に巻き込まれるか分かったものではない。
 秀勝もお善の父、善次も、侍と申してもまだまだ数十人の家来と馬上の身分を与えられたに過ぎない。うつけが過ぎる若殿に目でもつけられたものなら、どんな酷い仕打ちに遭うか分からない。
「ここはお善にはすまないが……」
 泣き寝入りするのが賢明であろう。
 すると、それまで三郎吉法師に仕組まれた喧嘩に嵌まり、お善を甘い気持ちで巻き込んだことに反省の色を示していた勝三郎が立ち上がった。
「俺が、直接若殿へ詫びを入れ、お善の縁談を撤回してもらってくる」
 と、勝三郎が飛び出そうとすると、秀勝が腕を掴んで引き留めた。

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