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二 勝三郎と三郎の喧嘩

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なんだ、この三郎っていうガキは、子供のくせに一益従兄貴をあごで使いやがって、そもそもその高圧的な態度が気に入らない。
 三郎は、顔立ちこそ女のように美しく育ちの良い顔をしているが、その装いは異様だ。頭髪は茶筅ちゃせんまげで、服装は女物の花柄の黄色い小袖を肩で引き千切って剥き出しだ。袴は、左右柄違いで、右足は黒地に金色髑髏どくろ柄、左足は虎の皮だ。荒縄を腰で縛って、瓢箪ひょうたんと朱塗りの目立つ馬上ばじょうむちを差している。
「誰がお前みたいなうつけ者の子分になんかなるか!」
「では、どうすれば子分になる?」
 三郎が、やはり高圧的に問いかけた。
「簡単さ、俺と喧嘩して勝てば、子分になってやらんこともない」
 勝三郎は、喧嘩には自信がある。父が元々体格のいい滝川の血筋だから、持って生まれた強さの素質がある。それに養父の秀勝が、
「いずれお主は、殿となられる吉法師様に仕えねばならぬ身」と、剣術の稽古も受けている。こんな青二才に負けるはずがない。
「よかろう、お前と喧嘩しよう」
(こいつは馬鹿なのかどんな育ちか知らないが、体格だけを比べても勝三郎の方が一回り大きい)
 こんな喧嘩は、やる前に勝負は決まっている。勝三郎は、三郎に諦めさせようと、ついてきたお善の手を掴んで、
「俺はこいつと用事がある。日を改めてくれ」
 と、こんなうつけ者と関わるのは面倒だと、間に合わせの理由をつけ、お善と立ち去ろうとした。
 すると三郎は、何を思ったか子分に向かって顎をしゃくって合図した。
 ドサリッ!
 三郎の子分の一人が、中身を確かめると、中に永楽銭えいらくせんが詰まっていた。
「なんだこれは?」
「さっき懲らしめた悪党から奪った銭だ。お前が勝ったらくれてやる」
 勝ったら銭をくれるというのなら喧嘩をしても構わない。だが、相手が銭を賭けるというのなら、こちらがなにも賭けないのは不公平だ。
「俺には、この銭に釣り合うだけの物がない。やっぱり、お前と喧嘩することはできない」
 それを聞いた三郎は、腰から馬上鞭を引き抜くと、真っすぐ、お善を指し示した。
「お前は、そいつを賭けろ!」
「嫌よ、勝三郎!」
 三郎に狙われたお善は、勝三郎の手を揺すってこの場を立ち去ろうとした。
(こんな生意気なクソガキは、どこかで誰かが一度懲らしめておかないと、味をしめて二度、三度と同じことを繰り返す。ここは、俺が痛い目をみせてやろうじゃないか)
「わかった。三郎、お前との喧嘩、受けて立つ!」
 勝三郎の返事を聞いた三郎は、口元をニヤリと緩ませこう切り出した。
「ただ、銭と女を賭けてもつまらない。こうしよう。おい、喜蔵よしぞう!」
「なんだい親分?」
「喜蔵、お前は、早く女が欲しいと言っていたであろう。俺が勝ったらこの女を妻としろ!」
 無茶苦茶である。初対面の相手に喧嘩を売ったかと思うと、次の瞬間には、その女を賭けの対象とし、勝つつもりで奪った女の結婚相手を決めてしまう。
「絶対嫌よ! 勝三郎断って‼」
 お善が、勝三郎の袖を引いて、三郎の無茶苦茶な提案を了解しないように取り縋った。
「いいだろう。三郎、お前の条件で喧嘩しようじゃないか」
「勝三郎! 本当に負けたらどうするの‼」 
 賭けの対象にしたお善にはすまないが、勝三郎は負けることなどこれっぽちも頭になかった。頭にあるのは、三郎を懲らしめて銭を貰いお善への詫びに美味い大福でも買ってなだめてやることだ。
(そうだ。熱田神宮横の茶屋の大福にしよう。今朝方、あそこの大福を養母が、俺に見つからないようにこっそりと、籐左にだけ食べさせていたっけ。そうだ、そうしよう)
 負けるはずなどない喧嘩を引き受けることに少しの罪悪感もなかった。
「よし、賭けは成立だ。勝三郎、お前が勝てば銭をやる。お前が負ければ、お前は俺の子分になり、女は喜蔵の妻となる。立会人は、一益。大人おとなのお前が立会人だ」
「三郎殿、お引き受け申した。万事、この滝川一益が立会人として不正のないように立会人を相つとめよう」
 喧嘩のルールはこうだ。勝三郎と三郎の足に縄を括りつけて一定の距離以上は逃げられないようにする。後は、地面に落ちた石でも棒でも自由に使って喧嘩するだけ。ただ、大怪我だけは相手にさせないように、大人の一益が勝負の一線を判断する。
(こんな条件の良い喧嘩ははじめてだ。三郎には申しわけないが、これも人生経験、誰かがお灸を据えてやった方が奴のためだ)
 勝三郎と三郎の二人の足が一本の縄でしかりと結ばれた。これから三郎は一方的に殴られるというのに、その表情には一切の恐れは見えない。むしろ、勝三郎が、自信満々の三郎の燃える瞳を見ていると、なんだかこちらが飲み込まれそうに感じる。
 そんな勝三郎の心情を見透かして三郎が尋ねた。
「おとなしく俺の子分になるなら今だぞ」
 ここまできて、そんなこと言われても勝三郎は後には退けない。それに、今となって思えば、こんなおいしい賭け話はない。

 それが勝三郎の自惚うぬぼれだったと気づいたときには、すでに仰向けの大の字に転がされていた。
(俺は、夢を見ているのだろうか……)
 大の字に転がって、気絶していた勝三郎が、死んだものと心配して目にいっぱい涙を浮かべたお善が健気けなげに介抱してくれていた。
「お善、俺は……」
「よかった。勝三郎が生き返った!」
 お善は、喜びのあまり勝三郎に抱き着いた。
「痛ててッ!」
 お善の抱き着いた右肩が鉛のように重かった。きっと、三郎に棒でしたたかに打ち据えられたからであろう。
 勝三郎は、三郎に、いきなり目に砂をぶつけられ目潰しを食らった。すぐさま、三郎は、河原の石を拾って拳に握りしめ、勝三郎の顎に一発、重い一撃をお見舞いしたのだ。それで終わりだ。
 三郎の計画通りの電撃でんげき奇襲きしゅう作戦さくせんが決まった。
(俺は、初めから奴の仕掛けた罠にまっていたのだ。それなのに馬鹿な俺は、三郎の姿形で見くびって、自分の持って生まれた体格を頼ってまんまと穴に落ちた……)
「よかった。よかった勝三郎が生きていた」
 お善が、涙をいっぱい浮かべて泣いていた。
「お善、賭けはどうなった?」
 我に返った勝三郎は、お善を賭け喧嘩の道具にしたのを思いだした。
「私は、子分の喜蔵の元へ嫁に行くことが決まったわ……」
 そんな馬鹿な話はない。所詮、子供の喧嘩の口約束だ。
「三郎はどこにいる? 俺が話を差し戻すよう土下座でもして詫びてくる!」
「それはできない。だって、あの方が吉法師様なのだから」
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