荷運び屋、お初

津月あおい

文字の大きさ
上 下
5 / 5
女力持ち、お初

第五話 お初、浅草へ

しおりを挟む
 翌日、板橋宿のとある酒屋に、お初とその父親弥吉が姿を見せた。
 店主の喜久蔵が応対する。

「やあ、弥吉さんじゃないか。昨日ぶりだね、いらっしゃい。お初ちゃんも? 親子で来るたあ、今日はどうしたんだい」
「本当に、いつも父が大変ご迷惑をおかけしております。今日は、改めてお詫び申し上げます」

 深々と頭を下げるお初に、つられて弥吉も頭を下げた。
 喜久蔵は突然の謝罪に驚き、あわてる。

「な、なんだいなんだい改まって……」

 一瞬、酒代のツケのことかと思った喜久蔵だったが、すぐにピンときた。

「ああ、もしかして昨日の騒ぎのことか? あれから高田様がわざわざ酒を買いなおしにいらっしったんだ。その高田様から聞いたよ、なんであんな加賀藩のお侍様なんかにからんじまったんだ。本当に命があって良かった」

 事件の顛末を知り、ホッと胸をなでおろしたことを伝える。
 しかし、件の当事者である弥吉は憮然とした表情のままでいた。

「ンなこと言って、裏ではずいぶんな言われようだったって、知ってんだぜ? 俺はここの酒代を滞納してる、この宿場でも有名な飲んだくれだってよ」
「そんなこと、誰から聞いたんだい……」
「あの高田様とかっていう侍だよ」
「ああ、そういうことか。でもそれは事実だろう?」
「そうだけどよ」

 あからさまに拗ねてみせる弥吉に喜久蔵は苦笑いを浮かべる。
 
「とにかく、これに懲りてしばらくは畑仕事に精を出すんだね。昨日、せがれからお初ちゃん経由でツケの一部を払ってもらったから、残りはいつだっていい。これからも、せいぜいごひいきに……」
「あ、そのことなんですけど」

 喜久蔵が笑顔で切り上げようとすると、お初がそこに割って入ってきた。
 袖から巾着袋を取り出して、中から銭差を出す。

「残りの代金です。今まで遅くなってすみませんでした」
「お初ちゃん、これ……」
「わたし、今日から浅草に出稼ぎに行くんです。家のためにそこで働くんです。これはその手付金。喜久蔵さん、おとっつぁんをこれからもよろしくお願いします。無茶な飲み方して、たくさんお酒買うようだったら、一切売らないでいいですから」
「お初!?」

 そりゃないぜという顔でお初を見る弥吉。
 そんな弥吉を差し置いて、喜久蔵はお初に迫った。

「ど、どういうことだい。家のためにって。こんな大金……おい、弥吉さん? あんたまさか娘を売ったんじゃないだろうね」
「いや、それが……」
「あんた、それでも人の親か! ええ? 飲んだくれってのはまだいいとして、それだけは、それだけはしねえ、ろくでなしなんかじゃねえって思ってたのに!」
「いや、だから違うんだって。おおい、お初、なんとか言ってくれ!」
「あたしは知りません」
「おい! じゃあ、外にいる半次郎さんでもいい、半次郎さん!!」

 半次郎? と顔を上げた喜久蔵は暖簾をくぐって入ってきた着流し姿の男に目を奪われた。

「あ、あんた、昨日うちで酒を買っていったお人じゃないか」
「昨日はどうも。俺は浅草で見世物をやってる者でね。このお嬢ちゃんの力業を見込んで、誘ったんだ。売り上げは一部世話になってる口入れ屋に払うことになってるが、そのほかは歩合制でそれぞれの懐に入ることになってる。だから、嬢ちゃんの家の借金も早くなくせるぜ、ってな」
「そうかい、でも……」
「まあ、心配する気持ちはわかる。だが俺の仲間は、普段は畑仕事やって、たまに見世物の出稼ぎするって兼業のやつも多いんだ。お嬢ちゃんがあっちでずっと帰れなくなるってことはねえよ。だからそんな心配すんな」
「はあ……」
「じゃあ、喜久蔵さん、そろそろあたし行きます。おとっつぁんのこと、くれぐれもよろしくお願いします」
「ああ、お初ちゃん、達者でな」

 お初が深くお辞儀して店を出ていく。
 それを追う弥吉と半次郎。喜久蔵が店の外まで見送りに出ると、後ろから息子の喜一と、いつのまに来ていたのか喜一の遊び仲間の平助がやってきた。

「お初! お初行くのか!」
「まだ勝負はついてないからな! 次来た時にまた勝負しろ!」

 二人の声に、お初が振り返る。

「ええ、次の時に。また勝負しましょう!」

 右腕を上げて、さらした二の腕の力こぶしを見せつける。
 お初はそうして半次郎とともに浅草へと旅立ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

時代小説の愉しみ

相良武有
歴史・時代
 女渡世人、やさぐれ同心、錺簪師、お庭番に酌女・・・ 武士も町人も、不器用にしか生きられない男と女。男が呻吟し女が慟哭する・・・ 剣が舞い落花が散り・・・時代小説の愉しみ

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

仏の顔

akira
歴史・時代
江戸時代 宿場町の廓で売れっ子芸者だったある女のお話 唄よし三味よし踊りよし、オマケに器量もよしと人気は当然だったが、ある旦那に身受けされ店を出る 幸せに暮らしていたが数年ももたず親ほど年の離れた亭主は他界、忽然と姿を消していたその女はある日ふらっと帰ってくる……

【1分間物語】戦国武将

hyouketu
歴史・時代
この物語は、各武将の名言に基づき、彼らの人生哲学と家臣たちとの絆を描いています。

晩夏の蝉

紫乃森統子
歴史・時代
当たり前の日々が崩れた、その日があった──。 まだほんの14歳の少年たちの日常を変えたのは、戊辰の戦火であった。 後に二本松少年隊と呼ばれた二本松藩の幼年兵、堀良輔と成田才次郎、木村丈太郎の三人の終着点。 ※本作品は昭和16年発行の「二本松少年隊秘話」を主な参考にした史実ベースの創作作品です。  

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

通史日本史

DENNY喜多川
歴史・時代
本作品は、シナリオ完成まで行きながら没になった、児童向け歴史マンガ『通史日本史』(全十巻予定、原作は全七巻)の原作です。旧石器時代から平成までの日本史全てを扱います。 マンガ原作(シナリオ)をそのままUPしていますので、読みにくい箇所もあるとは思いますが、ご容赦ください。

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

処理中です...