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七日目
第50話 「魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘」
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「その声は……」
金色の巻き毛に、こげ茶のベレー帽をかぶった青年が顔を上げる。
その視線はいまだ見えないままなのか虚ろだった。
それを見たダニエル神父は驚きの声をあげる。
「なっ、どうして……!? あなた、目腐れ病の治療に来なかったんですか? 昨日も今日も、このガーネット嬢たちが大々的に教会で奇跡を起こしていたというのに……」
「……ああ。そう……だったんですか?」
どうにも無気力な様子の青年は、そう言うなりまた俯いてしまう。
ダニエル神父はしきりと首をかしげた。
「なぜ。まさかずっと家にこもっていて……知らなかったとでも?」
「まあ、そのようなものです。でももう、どうだっていいんです……」
「どうでも……いい? どういうことですか」
困惑する神父に、青年は面倒くさそうに言う。
「ですから……たとえ目が治ったとしても、もう僕にはお金がない。これ以上生きていても……仕方ないんです。絵もずっと売れないし……だから、僕はこのまま……」
「……おい」
突然その二人の間に、ファンネーデルが割って入る。
画家の両肩をわしづかんでさらに鋭い口調で迫った。
「おい、お前……! ふざけんなよ! ボクの前でそんな弱音、吐くんじゃない!」
ファンネーデルの青い目がきらきらと光り出したかと思うと、その光を受けていた画家の視点がだんだんと正しくなっていく。
「なっ、何……。やめろ! 目が……。ぼ、僕は治してほしいなんて一言も……」
だが、何度か瞬きをするとすぐに青年はファンネーデルをきちんと見据えることができた。
その事実にひどく気落ちすると、青年は悔しそうな顔を作る。
「君は……いったい、誰なんだ? どうして僕にこんなことをする!」
「ボクは、お前にパンくずを恵んでもらった黒猫だ。お前は憶えてないかもしれない、けどな……。あのとき本当に腹ペコで……ボクは嬉しかったんだぞ!」
「く、黒猫?」
画家は面食らったようにファンネーデルを見つめた。そして、その瞳を見ているうちに、何かを急に思い出したようである。
「その青色……そうか! たしかに、憶えがあるぞ。そんな。でも……まさか……」
「ボクは今、理由あって人間の姿になっている。でもたしかに、お前に一時助けられた黒猫なんだ! だから……だからボクの前でそんな風に言うな!」
「……僕はもう、嫌なんだ。そんなことを言われても毎日が辛い。生きているのが辛いんだ……もう……」
「…………」
目を治しても何も届かないのか……そう無力感に打ちのめされそうになった矢先、ダニエル神父が優しい声音でつぶやく。
「画家さん。もし良かったら……ウチで宗教画を描いていただけませんか?」
「え?」
「此度の奇跡を……絵で遺していただきたいのです。あの、彫像のように……」
ダニエル神父が指さしたのは、広場の中央にある「英雄ファンネーデル」の石像だった。
その像は大昔の本当の英雄であり、壮年の男性の姿をしている。
さらに目には青い石が埋まっていた。
「あれは、ラーレス教の布教のために、教会がさる彫刻家に作らせたものです。あなたは……どうやら絵をお描きになるとのこと。であれば、その技量がどれほどのものなのかは知りませんが……もし腕に自信がおありなのでしたら、ぜひあなたにお仕事をお願いしたい」
「えっ……そ、それは本当ですか?」
「ええ。神に誓って」
ダニエル神父が両手を上に向けて祈りのポーズをすると、画家の青年は顔をぱっと輝かせた。
「あ、ああ! ありがとうございます!」
ガーネットも嬉しくなって、思わず飛び上がる。
「わっ、よ、良かったですね。ジャスパーさん!」
「はい! あ、君も……ありがとう黒猫君!」
「ボクの名前は……ファンネーデルだ。あの英雄と同じ名の魔法猫……だ。憶えとけよ!」
口をとがらせ気味にそう言うと、画家の青年は満面の笑みになる。
「ああ。ファンネーデル……。魔法猫、か。『魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘』……うん、うん。いい! 素晴らしい題材だ! ああ、こんなに心の底から描きたいと思える題材に出会ったのはいつ以来だろう!」
左右の親指と人差し指で窓をつくり、そこからガーネットたちを覗いていた画家は、急にうずうずと肩を震わせはじめると、すくっと立ち上がった。
「こうしちゃいられない! すぐにこれから画材を取ってきます! そして、あなたたちを描く! 皆さん、ちょっとここで待っててください!」
走り出しかけた画家をダニエル神父はあわてて呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 我々はこれから教会に戻るところなんですよ。ですので、来るなら教会に……。それに急がなくてもいいですよ!」
「いいえ! この感動をすぐに形にしなければ! 教会……ですね! わかりました。画材を持ってすぐに向かいます! では!」
そう言って片手をあげると、ジャスパーは一目散に駆けていった。
あとにはガーネットたちだけが残される。
「あいつ、急に元気になりやがったなあ……」
画家の背を見送りながら、ファンネーデルは苦笑いをする。
広場の中央では、大きな男の石像がそんな彼らを優しく見下ろしていた。
空の高いところの色のような、深い青の瞳が――。
金色の巻き毛に、こげ茶のベレー帽をかぶった青年が顔を上げる。
その視線はいまだ見えないままなのか虚ろだった。
それを見たダニエル神父は驚きの声をあげる。
「なっ、どうして……!? あなた、目腐れ病の治療に来なかったんですか? 昨日も今日も、このガーネット嬢たちが大々的に教会で奇跡を起こしていたというのに……」
「……ああ。そう……だったんですか?」
どうにも無気力な様子の青年は、そう言うなりまた俯いてしまう。
ダニエル神父はしきりと首をかしげた。
「なぜ。まさかずっと家にこもっていて……知らなかったとでも?」
「まあ、そのようなものです。でももう、どうだっていいんです……」
「どうでも……いい? どういうことですか」
困惑する神父に、青年は面倒くさそうに言う。
「ですから……たとえ目が治ったとしても、もう僕にはお金がない。これ以上生きていても……仕方ないんです。絵もずっと売れないし……だから、僕はこのまま……」
「……おい」
突然その二人の間に、ファンネーデルが割って入る。
画家の両肩をわしづかんでさらに鋭い口調で迫った。
「おい、お前……! ふざけんなよ! ボクの前でそんな弱音、吐くんじゃない!」
ファンネーデルの青い目がきらきらと光り出したかと思うと、その光を受けていた画家の視点がだんだんと正しくなっていく。
「なっ、何……。やめろ! 目が……。ぼ、僕は治してほしいなんて一言も……」
だが、何度か瞬きをするとすぐに青年はファンネーデルをきちんと見据えることができた。
その事実にひどく気落ちすると、青年は悔しそうな顔を作る。
「君は……いったい、誰なんだ? どうして僕にこんなことをする!」
「ボクは、お前にパンくずを恵んでもらった黒猫だ。お前は憶えてないかもしれない、けどな……。あのとき本当に腹ペコで……ボクは嬉しかったんだぞ!」
「く、黒猫?」
画家は面食らったようにファンネーデルを見つめた。そして、その瞳を見ているうちに、何かを急に思い出したようである。
「その青色……そうか! たしかに、憶えがあるぞ。そんな。でも……まさか……」
「ボクは今、理由あって人間の姿になっている。でもたしかに、お前に一時助けられた黒猫なんだ! だから……だからボクの前でそんな風に言うな!」
「……僕はもう、嫌なんだ。そんなことを言われても毎日が辛い。生きているのが辛いんだ……もう……」
「…………」
目を治しても何も届かないのか……そう無力感に打ちのめされそうになった矢先、ダニエル神父が優しい声音でつぶやく。
「画家さん。もし良かったら……ウチで宗教画を描いていただけませんか?」
「え?」
「此度の奇跡を……絵で遺していただきたいのです。あの、彫像のように……」
ダニエル神父が指さしたのは、広場の中央にある「英雄ファンネーデル」の石像だった。
その像は大昔の本当の英雄であり、壮年の男性の姿をしている。
さらに目には青い石が埋まっていた。
「あれは、ラーレス教の布教のために、教会がさる彫刻家に作らせたものです。あなたは……どうやら絵をお描きになるとのこと。であれば、その技量がどれほどのものなのかは知りませんが……もし腕に自信がおありなのでしたら、ぜひあなたにお仕事をお願いしたい」
「えっ……そ、それは本当ですか?」
「ええ。神に誓って」
ダニエル神父が両手を上に向けて祈りのポーズをすると、画家の青年は顔をぱっと輝かせた。
「あ、ああ! ありがとうございます!」
ガーネットも嬉しくなって、思わず飛び上がる。
「わっ、よ、良かったですね。ジャスパーさん!」
「はい! あ、君も……ありがとう黒猫君!」
「ボクの名前は……ファンネーデルだ。あの英雄と同じ名の魔法猫……だ。憶えとけよ!」
口をとがらせ気味にそう言うと、画家の青年は満面の笑みになる。
「ああ。ファンネーデル……。魔法猫、か。『魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘』……うん、うん。いい! 素晴らしい題材だ! ああ、こんなに心の底から描きたいと思える題材に出会ったのはいつ以来だろう!」
左右の親指と人差し指で窓をつくり、そこからガーネットたちを覗いていた画家は、急にうずうずと肩を震わせはじめると、すくっと立ち上がった。
「こうしちゃいられない! すぐにこれから画材を取ってきます! そして、あなたたちを描く! 皆さん、ちょっとここで待っててください!」
走り出しかけた画家をダニエル神父はあわてて呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 我々はこれから教会に戻るところなんですよ。ですので、来るなら教会に……。それに急がなくてもいいですよ!」
「いいえ! この感動をすぐに形にしなければ! 教会……ですね! わかりました。画材を持ってすぐに向かいます! では!」
そう言って片手をあげると、ジャスパーは一目散に駆けていった。
あとにはガーネットたちだけが残される。
「あいつ、急に元気になりやがったなあ……」
画家の背を見送りながら、ファンネーデルは苦笑いをする。
広場の中央では、大きな男の石像がそんな彼らを優しく見下ろしていた。
空の高いところの色のような、深い青の瞳が――。
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